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桑田の引退を予言していた男がいる
桑田の引退を予言していた男がいる。
チャック・タナー。1977年から1985年までパイレーツの監督を務め、79年にはワールドシリーズを制した名将である。広島のブラウン監督が尊敬している指揮官で、一、三塁の場面で敢行する「セーフティースクイズ」は彼が考えだした戦法である。
80歳を超えているのに元気でキャンプ地のブランデンドンでは彼のフィギュア人形を持つ子供達に、丁寧にサインペンを走らせ、今なお、パイレーツファンから尊敬のまなざしを浴びる。現在は、パイレーツのスカウトとしてチームに協力している。

「去年、彼のカーブを見たときは、驚いた。あの落差にコントロール。あれだけで通用すると思った」
レインボーボールと呼ばれたカーブである。
「なぜ、あのカーブを投げれるのかを考えたのだ。答えは、下半身。彼の粘りあるあの下半身から生まれるのだと分析した。それが、キャンプでの足首の怪我だろう。桑田にとっては、一番重要な部分を故障してしまったわけだ」
彼が監督を務めていた頃に信頼していたジョニー・セイという投手コーチが「下半身主導型のピッチング理論」の持ち主だったそうだ。ノーラン・ライアンと組んだトム・ハウスに始まったシステムからすると、下半身主導理論は、どちらかといえば、日本的。そこに目をつけていたチャック・タナー氏だからこそ、こういう見方ができたのかもしれない。
彼は、立場上、開幕メジャーに残れるかどうかを私は言うべきではないと前置きをしながらも、こんな予感を口にしていた。
「動きを見るかぎり、やはり足を気にしているように感じる。昨年の秋に手術したのなら、まだ回復に時間が足りないのではないか。マイナーからスタートして、しっかりと、下半身が使えるようになってから、メジャーということを考えてもいいのではないか」
マイナースタートを予告していたのである。
桑田にとってみれば、「まだいける、まだいける」と、心が、引退を拒絶し続けてきたモチベーションは、開幕メジャーにしかなかった。裏を返せば、マイナーイコール引退の結論を桑田が導く出す可能性は高かったのである。
しかし、しっかりと下半身が出来始める5、6月には、再び桑田を評価する球団が出てきてもおかしくなかった。帰国直前に、桑田は、ロスに寄っているが、そこで、ジョーブ博士が再び翻意させるのではないかと、淡い可能性を探っていた。
「ジョーブさんとは、お互い現役でいる限り辞めないという約束があったんです。実際、去年は、手術という考えもしない選択を指示してくれ、再びチャレンジもしました。でもね、ジョーブさんも、今は、実際執刀はしていない。ジョーブさんも引退されたんです。二人のとっての一緒に現役でいようという約束もね、なくなったんですよ」
アスリートの鏡と言ってもいいほど、自分を律してきた。
食事は、たんぱく質デイ、炭水化物デイまでが、細かく決められていて、インナーマッスルをあらゆる手段で強化している。そういう桑田が40歳でボールを置くのは、早すぎやしないか。「40歳なんてまだまだ。ここじゃ珍しくない」と語っていた、あの老将も早すぎる引退をきっと悔やんでいるはずである。
2008年5月 7日 12:17|記事URL|コメント(0)|トラックバック(0)
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