女子ボクシング夜明けへの感慨
5.9@後楽園ホール。女子プロボクシングのJBC公認の初興行である。
お目当ては、論スポの連載でインタビューさせていただいた天心アンリ選手であったのだが、事前申請が必要だとは露と知らなかった小生は初対面のJBCの受付人にすげなく取材拒否。100人以上のメディア対策に、そんな組織的な対応がされているとは...途方に暮れているとボクシングマガジン編集部から心優しい救いの手が伸び、スポーツジャーナリストとして、めでたく歴史的な公式試合の証人となることができたのだ。
元海外ボクサーエージェント、現ライター兼コーディネイターの0氏と並んで観戦した。午後6時から4時間以上にわたる合計9試合すべてを見終わった直後のO氏とのお互いの感想の第1声は「素晴らしかった。面白かった」である。
記念すべき第1号勝利ボクサーとなった大内さくら(シャイアン山本)、ビックリするくらいのたんこぶを作って試合を止められた伊藤まみ(イアオカ)、そして、目当てのアンリは救急車で病院送り...。セミファイナルの藤本りえ対四ヶ所麻美のフライ級6回戦は本日の最高試合。男性に比べフィジカルで劣る女性ゆえ、パワーや一撃必殺の迫力には欠けるのだが、ボクシング技術の攻めと守りの「美しさ」、あきらめずにチャレンジし続ける燃え上がる炎のようなものをしっかりと魅せられた気がする。ルールは1ラウンド2分間であったが、立派な練習量が、彼女らの動きやフットワークを支え、『子供の喧嘩的ボクシング』になる最悪のパターンを見事に回避していた。
ただし...「この判定さえなければな...もっと素晴らしかった」の注釈はあって、その部分は別レポートするが、会場も、いつもと違う客層で埋まっていた。
「いつもと匂いが違うな」
ボクシングアナリストの一人が、そう言った。
ビールとチューハイが、床にこぼれて乾いたような後楽園独特の匂いが、女性の香水とも石鹸とも思える匂いにかき消されている。主催者の発表は2005人。これより満杯の後楽園興行は何度もおみかけてしているから超満員とは言えないけれど、盛り上がりは最高潮である。リングサイドには、有森裕子、ヨーコ・ゼッターランド、原田結花らのプロ女性アスリートの大先輩たちも、スポーツエージェント「ライツ」の動員であったにしろ(笑)素晴らしい花を添えてくれた。
女性だけの興行ということで通常試合後会見が行われるリングの一つ下の階にある控え室スペースへ報道陣は立ち入り禁止だった。女子興行を行うにあたってのルールをJBCがいくつか取り決めていて、女子だけ使用の隔離されたロッカー、シャワー室などを用意することが条件の一つになっている。
その鉄のドアあたりをウロウロしていると、緑ジムの松尾会長と顔を合わせた。
惜しくも天空ツバサ(山木)に判定で敗れた菊川未紀が所属するジムの会長である。
松尾会長は、感慨深そうに話し始めた。
「天国の吉井会長が喜んでいるんじゃないかな。僕と吉井さんの2人でなんとか女子ボクシングを正式なものにしようと動いたんだから。それと、ずっと女子ボクシングの活動をされてきた山木ジムの山木会長の功労ですよ。山木さんがいなければ実現しなかった」
山木ジムの山木会長は、日本女子ボクシング協会を立ち上げ、女子ボクシングを支えてきた人物である。だが、JBCの公認のない女子ボクシングは日陰の存在だった。
もちろん、一般紙の結果が掲載されることもない。
そんな状況下、大阪帝拳の故・吉井清会長が動いたのが、昨春だった。故吉井会長は、辰吉丈一郎を生んだ関西ボクシング界のドン的立場だった人物だが、これまでも女子ボクシング普及に積極的だった。「女性で入門希望者が増えている。技術もしっかりしている。男より根性もあるボクサーもいる。それにボクシング界を発展させていくには、子供と、女性という底辺の拡大なんです」と強く訴えていた。
自ら森田健元レフェリーに掛け合い、顧問的立場をお願いし、中部のとりまとめは松尾会長に任せ、WBCが承認しながら腰の重たかったJBCを動かすに至ったのである。
健康管理の問題、ルール整備の問題、ライセンスの問題など、プロスポーツのオフィシャルとして認知されるためにクリアすべき課題は山積みだった。しかし、改革にエネルギッシュなJBCの安河内事務局長が、一つ一つを解決していきスピード感のある処理で女子ボクシングに陽を当てたのである。そして何より山木会長が先駆者の権利を主張することも、長い間、無視されてきた過去への恨み事もなく、JBCの遅らせながらの決断を心よく受け入れたことが大きな前進を生んだのである。
この日を迎えるまで何年かかったか...。
後楽園には、東日本ボクシング協会の大橋会長や、具志堅用高や、見慣れたトレーナーらが顔をそろえていたが、その思いを抱いた関係者はきっと多かったんだと思う。松尾会長も「ボクシングは野蛮だというイメージが彼女たちによって払拭されれば新しい世界が広がり発展するかもしれない」と言う。
故・吉井会長は、プロテスト開催から初の女子興行を見ることもなく、昨秋、この世を去った。第1ラウンド開始のゴングは、そんな故・吉井会長への追悼の鐘に聞こえたのは僕だけだろうか。 (文責・本郷陽一)
2008年5月10日 20:26|記事URL|コメント(0)|トラックバック(0)
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