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「侍ハードラー」の神髄を見た!
[陸上日本選手権/男子400m障害決勝@等々力陸上競技場]
男子400m障害決勝で、世界陸上で2度の銅メダリストとなった為末大(30)=APF=が49秒17でホープ成迫健児(23)=ミズノ=を振り切り、2年連続7度目の優勝を果たした。すでに北京五輪参加標準記録Aをクリアしている為末は、これでシドニー、アテネに続く3大会連続の五輪代表に内定。両ふくらはぎ痛など満身創痍の状態で闘う「侍ハードラー」が、背水のロケットスタートで夢のゴールへ飛び込んだ。
倒れるなら前のめりに。幕末の志士、坂本龍馬の生き様として伝えられるフレーズが為末の姿にダブって見えた。号砲と同時になりふり構わず突っ走る。スタミナ配分も何もない。トラックを一周回った先にあるゴールだけを目指す30歳の鬼気迫るレースに、等々力陸上競技場のスタンドがどよめいた。
スタート直前まで、世界陸上で2度も銅メダルを獲得した第一人者の心は不安一色で染まっていた。「これまでの競技人生で一番プレッシャーが大きくて、逃げ出したい気持ちもあった」。3月に負傷した両ふくらはぎの影響でアキレス腱まで痛め、今シーズンは一度も満足のいく練習ができなかった。シーズン初戦は6月14日の記録会までずれ込み、しかもタイムは51秒28。自身が持つ日本記録47秒89より3秒以上も遅い数字に、思わず我が目を疑った。
前日26日の予選でも50秒87と出場23人中で9位に甘んじた。本来なら決勝の8人に残れない記録だったが、各組の1位はタイムにかかわらず自動的に決勝に進出するシステムに救われ、2組1位で何とか滑り込んだ。「決勝ではまともなレースができないのではないか」。惨敗への恐怖とプレッシャーの中で今まで経験したことのない「眠れぬ夜」が訪れ、気がつくと窓の外が明るくなり始めていた。
陸上勢の北京五輪切符は、2007年1月以降に五輪参加標準記録Aを突破していることが必要条件となる。400m障害の五輪参加標準記録Aは49秒20で、為末はすでに昨年5月の国際GP大阪大会でクリア。北京五輪代表選考会を兼ねた今回の日本選手権で五輪参加標準記録A突破者が優勝すれば自動的に代表に内定するが、例え2位以下でも「北京五輪で活躍する」と日本陸連が判断すれば、道が閉ざされることはない。
だからこそ、無理せずに2位を狙う安全策も脳裏をかすめた。5月下旬に北京で行われたプレ大会で48秒87をマークし、勢いに乗って日本選手権に臨んできた23歳の成迫健児の存在も脅威に感じていた。「49秒台の勝負になれば勝てないかもしれない」。前日の予選後に呟いた言葉は偽らざる本音だったが、スタートが迫るにつれて為末は自身の中に初めて芽生える感情に気が付いた。
「決勝に残った8人の中で僕が一番緊張しているんですよ。緊張なんて、高校生のとき以来かもしれない。自分の中にそういう部分が残っているんだ、と思ったら逆に嬉しくなってしまって」
腹は決まった。長く第一線で世界と戦ってきたプライドが、逃げることを許さなかった。「侍ハードラー」の本能が満身創痍の体を突き動かした、と言っても決して過言ではないだろう。「レース前に自分を抑えられず、かっ飛ばしてしまった。どうしてこうなったのかは説明ができない。(エンジンの)リミッターが切れてしまったとしか言いようがないけど、それが結果的に良かった」。
最後の10台目のハードルで成迫に並びかけられたが、最後の直線で執念のスパート。49秒17。追いすがるライバルに0秒30差をつけてのフィニッシュ。2年連続7度目の日本選手権制覇だが、万感の思いが全身を駆け抜けたのだろう。何度も右拳を突き上げ、勝者の咆哮を夜空に響かせた。
精根尽き果て、痛々しい足取りで現れたレース後のミックスゾーン。為末は成迫の影に怯えならがのトラック一周だったことを自ら明かした。
「走っていて(成迫が)まだ見えない、まだ見えないと思って、最後は少し横目で見えたんですけど、ラストは(自分の中に)あり得ない力が出ました。彼に負けるかも、五輪を逃すかもとという2重の苦しさで夢にまで見ました。スタートしてからゴールするまで彼のことを考えていました」
だからこそ、傷つき、ボロボロになりながらも前のめりになってつかみとった五輪切符は、シドニーとアテネのときよりも価値がある。日本記録でもある自己ベストに比べれば平凡な数字で、世界と戦うこともできないが、2008年6月27日ほど「49秒台」という記録を愛おしく思ったことはない。
「4月、5月は本当に苦しくて、毎日グラウンドで芝生の上を何往復も歩くだけでした。こんな状態で五輪に行けるのかと不安になって。(最悪の事態も)覚悟していたので、もう怖いものはない。日本選手権で何かが起これば北京でも、と思っていたので、北京で奇跡を起こしたい」
為末がなぜ「侍ハードラー」と呼ばれるのか。スタンドのファンはその理由を感動に導かれた鳥肌とともに感じたはずだ。期せずして沸き起こった「タメスエ」コールがその何よりの証だろう。あきらめたら何も始まらないし、何も起こらない。人間の人生にも通じる教訓が49秒17という短い時間の中に凝縮されている。
現役生活の集大成として臨んだ今シーズン。為末の勇気と度胸が切り開いた道は8月の北京へと伸びた。過去2回の五輪ではともに予選敗退。「五輪の借りは五輪でしか返せない」が口癖だった男は、最後に穏やかな笑顔を浮かべてこう呟いた。
「今夜はぐっすりと眠れます」 (文=藤江直人)
2008年6月28日 03:53|記事URL|コメント(0)|トラックバック(0)
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