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チケット代に相応しい最高の日本&東洋タイトル戦 日本フェザー級戦
矢代は、いつものように母の運転で南千住の自宅を出た。小さい軽自動車に元プロボクサーの兄・家康、アマチュア全日本3連覇の妹と、計4人。後楽園ホールへのいつものコースは途中、通行止めのアクシデントなどもあったが、無事に水道橋にたどり着いた。
チャンピオンの赤コーナー、そのチャンピオンカラーの真っ赤な揃いのTシャツに身を包んだ約400人の矢代応援団。メーンには、佐藤対江口のミドル級の好カードが用意されていて、チケットが足りず、矢代の父親は、朝から当日券売り場に並んでまでチケットを手に入れたが、それでも応援団全員が後楽園ホールに入ることができない。
タイル業を稼業とする矢代一家から出た日本チャンプは南千住という下町のヒーローである。しかも、矢代を含め、家族全員が腰が低く礼儀正しい愛すべき人々。その人柄は、応援団の一丸ムードを高める。試合中のアクシデントで意識不明に陥りプロボクサーの人生に終始符を打った兄は、開始2時間も前から心配そうに通路にたたずんでいた。
「大丈夫でしょうか? 相手は、こちらのいい部分を消すタイプ。義光が空回りするとやばいと思うんです。専門誌も黒星予想がありました。それにチャンピオンになったときの義光は自信満々だったのに、今日は、本当に緊張していました。あんな義光は初めてでした」
松崎は、世界チャンピオンとなった小堀とも判定にもつれこんだ変則タイプ。ランキング一位の最強挑戦者であることは間違いなかった。
「今日は、出てくると思うよ。義光の右を消すには、それしかないから」
筆者は、そんな予想を兄に語った。
「そうでしょうか? いつものように下がってくるのでは...」
満員の場内にルパン三世の入場テーマ曲が流れ、大音響の義光コールを受けながら、真っ赤なタオルを羽織って矢代はリングに入場した。
松崎は、左を前に突き出すようにしながら前に出てプレッシャーをかけてきた。右を狙うぞという構えを見せながら、ただ前に出るのだ。矢代は、長い右のリードブローを突く。リズムは悪くない。右を一発だけ被弾したが、この回は矢代。2回も、ジリジリと松崎が前に出る。もつれたときに、ガツンと鈍い音。頭がぶつかり矢代はおでこの上あたりを切った。かなりの出血である。
「あれで動転しました。もしかしたら、途中で止められてしまうのでは...と」
矢代のペースが狂う。
左を出しながらのプレッシャーなら怖いが、ただ右をちらつかせながら前に出てくるだけの戦法なのに、矢代はまっすぐ下がるのだ。サイドに動く、もしくは、右で止める。そういう工夫がない。スイング系のパンチを混ぜたりはするのだが、右に左をあわせようという意識が強すぎて手数が経るのだ。3回に入って、ようやく矢代は、左ボディを見舞いながら、そのプレッシャーを止めようとした。
「もう一度原点に戻って右かた組み立てようと考えました」
4回。矢代はもう一度、ストレートのような右のジャブを多用した。松崎のプレスがようやく緩む。リズムとプレッシャーを崩された松崎は、苦し紛れに強引に右を打ちにきた。リスクを考えない強引な攻めである。そこに矢代の見事なまでの左がカウンターとなった。
矢代の父が「見えなかった」というほどのキレとスピードである。
「練習してきた左」
そう矢代は振り返ったが天性のタイミングから繰り出された狂気のカウンターだった。
防衛に成功したチャンピオンは何度もリングを跳び上がった。一度起きようとした松先は、あまりのダメージに、また、リング上で大の字になった。危機感を集中力に変えた素晴らしい試合だった。プロとしての凄みを出したチケットの金額に見合うファイトだったと思う。矢代の肝っ玉かあさんも泣いていた。家族愛が支えた勝利だった。
ただ、リング上でアナウンサーが世界へとコメントを誘導したが、あの左こそ世界に通用するカウンターだったが、まだまだ物足りない部分が露出したことは事実。予期せぬ展開での対応力の不足と、コンビネーションブローの少なさである。しっかりと左を突きながらプレッシャーをかけられていたら、どうなっていたかはわからない。
(文責・本郷陽一)
2008年9月 7日 00:44|記事URL|コメント(0)|トラックバック(0)
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