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清原と「とんぼ」。最後のカリスマの引退に思う
清原は、ずっと誰かに裏切られてきた。
ドラフトで大人の倫理に裏切られ、西武時代は、写真週刊誌の餌食となり、夢の巨人に
移籍してからは、球界で最も巨大な権力に裏切られ、ボロ雑巾のそうに捨てられた。
仰木監督の有名な台詞となった「大阪へ帰って来い。男の花道を飾れ」という誘い文句は、実は05年のオフではなく、40試合しか出場できず、ナベツネに屈辱の発言をされた04年オフに極秘に会った際に、言われた言葉である。
清原は、このとき、巨人の恨みは巨人で晴らすと、イバラの残留を選んだのだ。
結局、仰木監督のラブコールは実った。その恩人は、天に召されたが清原は、最後の最後で裏切りのない野球人生を満喫したのではなかったか。
筆者は、99年に、格闘家、前田日明との対談をセッティングし、彼が肉体改造をすることになるトレーナー、ケビン山崎との出会いの橋渡しをした。
清原は、マグワイアに憧れ「タイミングを取ってスイングをするんじゃなく。ただ、バットを出したら、そのままレフトスタンド。そうなったら理想なんや」と、新しい打撃像を語っていた。「いつどこで誰と戦っても戦える準備をしておくのが男」という前田の言葉にいたく感激していたことも思い出す。
確かステーキを食べながらの会だったが、清原は、そのカリスマ性とは、裏腹に本当に愛すべき大阪にアンちゃんで、「なんで、そのキャラのまま報道陣と接しないのか」と聞いた。「全部が全部。わかってくれる人らとちゃうからな」。何か、清原ゆえの鎧をまとい、孤独とも戦っていたのかもしれない。この日、最後に報道陣に「これまで悪かった」と、謝ったらしいが、それが、清原の本心だったのかもしれない。
打者としては、無冠に終わったが、ここぞというときの集中力は非凡だった。彼は、単なる数字だけはいらなかったのだろう。落合博満が「ルーキーの年のバッティング技術が最高だった」と言っていたが、高卒で、そういう技術とパワーを手にしていたのだ。
清原の後に清原はないのかもしれない。彼は、ワインのシャンパン割りが好物らしいが、この夜は、もう膝を気にせず、飲み明かしているのだろうか。
そう言えば、知り合いの元世界チャンピオンが、清原に飲み会の席で、タバコの火で根性焼きをされた。永遠のガキ大将である。愛すべきガキ大将である。
京セラドームに、長渕剛の生ギターのヘビーゲージが響き、彼が口ずさむ、イントロで、もう清原は号泣していた。主役を食ったワンマンショーのような長渕のエンターテイメントが、少し鼻についたが、筆者も「とんぼ」のメッセージに、清原の野球人生が、どこかオーバーラップして涙が溢れた。 (文責・本郷陽一)
2008年10月 2日 01:59|記事URL|コメント(0)|トラックバック(0)
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