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辰吉丈一郎の生き様 5年ぶりの復帰戦前夜 from バンコク
タイ国におけるムエタイの2大殿堂に一つ、ラジェダムナン・スタジアムの正面には、大きな横断幕がかかっていた。日本語で「辰吉丈一郎さん、ラジャダムナン・スタジアムにようこそ!」と書かれていて、辰吉の顔写真がプリントされている。
すでに日本からのツアー客が、約200人、現地の日系人も200から300人集まる予定で
8試合中、開始第2試合に予定されている辰吉のノンタイトル10回戦は、大きな注目を集めている。外国人の入場料は、2000バーツ(約6000円)で、通常の70バーツ(210円)の約30倍。観客で言えば、1万5000人を集めたと同じ興行収入が期待される。
辰吉丈一郎は殺気立っていた。
タイでは異例とも言える前日計量は、午後4時に予定されていたが、予想していた道路事情がスンナリといったために、辰吉は30分も前に試合会場であるラジャダムナン・スタジアムに到着していた。相手となるパランチャイ・チュワタナは、バイクにトレーナーと2人乗りで、辰吉より一足先に着いていたが、計量時間を早める処置は行われず。辰吉は「俺にとって、この1秒、1分がどれだけ長く感じるか」と、イラついた。
「こいつが相手か」
19歳説、20歳説と、諸説あるパランチャイと写真撮影を求められると、辰吉は握手をしてひとつ睨みを利かせた。Sフライのタイ国の4位にランクされるボクサーは、驚くほど緊張して、以降、ずっと辰吉に背を向けて座っていた。
計量は、両者共に契約の119パウンド(54キロ)で一発OK。計量器は、針の部分が直径1m以上の円形の驚くほどでかいサイズで、辰吉も「なんやこれ」と目をぱちくりしていた。前日の段階ではバンタムリミットの53.52をも切っていた。辰吉の中にあるバンタムのこだわりが、今回の契約ウエイトにもあり、バンタム戦を想定しながら、彼は減量を進めていたのである。
「54キロを切るのは5年ぶりやからな。さすがにきつい。何も考えられんわ」
辰吉は、計量場から日本料理店に直行して、そのまま空っぽの胃袋を満たしたが、計量後の食事で何度も経験してきた頭痛と、腹痛を、引き起こした。こういうボクサー特有の痛みも、実に5年ぶりである。ライセンス問題については詳しい説明は記さないが、現状ではJBCの発行するライセンスはなく、最後の試合から5年が経過しても所属ジムからライセンス交付申請が出されなかったため辰吉は、世界ランキング復帰を果たしたとしても日本での試合は出来ない。彼の場合は、しかも網膜はく離の既往症のあるため世界戦に準ずる試合しかできなかったのだが、さらにハードルが高くなったわけである。今後の試合を続けるには、海外所属選手としての逆輸入ボクサーの形しかない。
そこまで追い詰められてなお、辰吉は夢をあきらめない。いや夢なんてものではない。「もう一度、緑のベルトを腰に巻く」という宿命を課し、タイに飛んでまで5年ぶりのリング復帰を果たすのである。ここまでくれば、執念の域を超えた狂ったような人生である。その狂気は常人には真似ができない信念であり、生き様である。そして、その炎にほだされたかのようにタイの日系に方々や、義兄がはいずりまわって、このノンタイトル戦を実現にまでこぎつけたのである。
ただ、ボクシングはプロスポーツであり、本当の殺戮を見せるものでもなく、健康や安全は、大前提である。辰吉の信念は、その大前提の危険を犯すギリギリの場所にある。
さて気になるパランチャイだが、「辰吉を恐れず出てくるのか。こないのか」が、大きなポイントである。恐れていれば、辰吉の左のボディアッパー一発で早いラウンドで終わる。恐れがなければ、最悪の展開もあるかもしれない。
辰吉に近い関係者は「舐めていたらどうなるかわからない。全盛期に比べて今の辰吉にはスピードもキレもないんだから、決して甘くない試合だということを本人が一番わかっているはずだ」と警告している。
運命のゴングは、本日、午後4時30分。
「日付変更線を超えるあたりから、恐怖が襲ってくる。それも5年ぶりやな。そういう闘いは始まっているし、試合のことしか今は考えていない」
辰吉は、そう言って、バンコクの宿泊ホテルの部屋へ消えていった。
2008年10月26日 01:08|記事URL|コメント(0)|トラックバック(0)
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