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お釈迦様の掌の上で転がされた岡田ジャパン
■W杯南アフリカ大会・アジア最終予選
日本代表(勝ち点8) 0‐0 オーストラリア代表(勝ち点10)
[日産スタジアム/観衆6万5,571人]
シュート数は11本に対して3本。コーナーキックは9本に対して2本。ボール支配率は62.4%に対して37.6%。決定機の数は6回に対して0回。数々の記録が90分間を通じて日本がオーストラリアを完璧に圧倒していたことを告げていた。
ただひとつ、「得点」の項目が「0」でイーブンだったことを除いては。
「長旅で時差があり、準備期間もまったくなかった中で、非常に強い国を相手にこの結果を残せたことに満足している。選手たちをほめてあげたい」
試合後の公式会見。最初に臨んだオーストラリア代表のピム・ファーベク監督が漏らした言葉は偽らざる本音だった。翻って、日本代表の岡田武史監督はどうか。
「これぐらいの相手でも、我々がやろうとしているサッカーができれば十分に通用する。ようやく最終予選の半分が終わったわけですが、確実に進歩してきているという手応えはあります」
ひな壇で見せる表情はほとんど変わらないが、その胸中には別の感情も同居していたはずだ。試合終了を告げるホイッスルが横浜の夜空に鳴り響いた瞬間、選手に対して労いの拍手を送ったピム監督とは対照的に岡田監督は頭を抱えていた。
グループA最強のライバルをホームに迎えた大一番でスコアレスドロー。確かに日本代表には進歩の跡がうかがえた。しかし、勝ち点1を積み上げたのと引き換えに、いっこうに解消できない「決定力不足」という課題もまた突きつけられてしまった。
キックオフ直後はやや緊張気味だった日本だが、すぐにペースをつかんだ。
「ボールに常にプレッシャーをかける、相手がボールを下げたらサンドイッチにする、守備においては数的優位を作って潰していく、攻撃に関してはサポートを速くしてボールを動かして攻めていくサッカーができた」
岡田監督が掲げるコンセプトが日産スタジアムのピッチ上で具現化しかけたのは前半5分。相手の最終ラインに裏に抜け出したFW田中達也が、右サイドからグラウンダーのクロスをゴール前に送る。ニアに飛び込んだFW玉田圭司が左足で巧みに触れてコースを変えたが、ボールはサイドネットに弾かれてしまった。
ほぼ満員で埋まったスタンドから悲鳴が漏れたが、同時に最終予選無失点のオーストラリアの城壁に風穴を開けてくれるだろう、という期待も膨らんだ。しかし、時間の経過ともにそれはため息に変わっていく。ピッチを縦横無尽に駆け回る青いユニホーム。防戦一方の巨漢揃いのオージーたち。しかし、最後の「1ピース」が足りない。それは何か。
シュートを打たない。正確に言えば、決定的な形にならないと打とうとしない。その象徴的な場面が前半43分。右サイドでボールを持ったMF中村俊輔が最終ラインの裏に抜けたMF長谷部誠にスルーパス。長谷部はマイナスにクロスを折り返したが、走り込んだ玉田が相手DFに体を寄せられていたこともあって、シュートを打つことを選択しなかった。
試合後のミックスゾーン。玉田は90分間をこう振り返った。
「自分としてはピンポイントでもらうか、相手DFの前に入ってボールに触る感じを狙っていた」
日本サッカー界がが生んだ不世出のストライカーで、68年メキシコ五輪で得点王に輝いている釜本邦茂氏にはこんな持論がある。
「ボールが通るぐらいのすき間があればシュートを打てる。多少強引でも打てばいいんや。それで局面が変わることもあるでしょう」
同じ思いを胸に募らせていた現役の日本代表FWがいた。1月にドイツ・ウォルフスブルグに移籍したばかりという状況を考慮されて、ベンチスタートとなった大久保嘉人だ。
「シュートを打たないと始まらないでしょう。サイド、サイドで崩して、中にクロスを入れて(攻撃が)終わっている感じだった」
指摘通り、クロスを入れてもペナルティーエリア内の枚数が足りない場面が幾度となくあった。クロスそのものも、ほとんどがセオリーというか教科書通りでオーストラリアの最終ラインに簡単に跳ね返されていた。もっと工夫を凝らさなければ、相手にとって計算外のことをしなければ、ゴールをこじ開けることはできない。
後半12分、MF松井大輔に代わって大久保がイン。まるで飢えた獣のようにゴールに迫るブンデスリーガは、23分にゴール裏に抜け出してボールを受けると、体勢を崩しながら強引に体を反転させて左足でシュート。惜しくもGKシュオルツァーにキャッチされたが、この一撃が狼煙になったかのように25分にMF遠藤保仁、34分に玉田、42分には長谷部が決定的な一撃を放つ。しかし、すでに守備のリズムができ上がっていたオーストラリアを崩すには至らなかった。
「もうちょっと長い時間やりたかった」
試合後にポツリと漏らした大久保は、ベンチから見ていた日本の攻撃を「いい流れだった」と評価しつつも、こんな注文をつけるのも忘れなかった。
「緩急がない。速いだけの一辺倒。走ってばっかり。それが日本の特徴かもしれないけど。問題はボールを奪ってすぐのところ。そこで少しタメて、相手を引き付けてスペースを作るとか、そういう緩急が欲しい」
ピム監督はウォルフスブルグでのデビュー戦で味方のゴールをアシストし、惜しいシュートも2本放った大久保を最も警戒していた。
オーストラリア戦までの4日間、岡田監督は冒頭の15分以外は練習を非公開にした。しかし、日本が現在の4‐2‐3‐1の布陣として、運動量とアジリティーで相手を凌駕する戦術に変更してすでに14試合。情報に関してはボーダレスな時代になって久しい中で、Jリーグでの指揮経験もあるピム監督はすべてを掌握していた。
「日本はすべてが予想通りだった。大久保のところに松井が入っていた以外はね」
ゴールがほしい場面ではDF田中マルクス闘莉王を前線に上げるぐらいのオプションしかないという情報も含めて、移籍直後の大久保が不慣れな移動と試合2日前の合流でコンディションが若干落ちていたことを除いては、そのすべてが丸裸にされていた。中村俊輔が最も得意とする直接FKに関しても、ゴールが狙える場所では前半38分の3本目を最後に与えていない。
1月10日の鹿児島・指宿合宿からJリーグ組が始動していた準備周到の日本に対し、来日メンバーの大半がヨーロッパでプレーするオーストラリアは日本戦前日にようやく全員が集合。時差ぼけに長距離移動の疲れが加わり、後半途中から目に見えて運動量が激減したことは否定できない。
「もちろん勝つつもりだった。勝ちを目指さない監督はいない」
会見ではこうも付け加えたピム監督だったが、勝ち点を10に伸ばしてグループA1位をキープしたことで、南アフリカ大会切符を自動的に獲得できる2位以内に入るのに必要な勝ち点を「あと6あれば」と弾き出してもいた。敵地での引き分けは狙い通り。日本はたとえるなら「お釈迦様の掌の上で転がされた孫悟空」となるのだろうか。
キャプテンを務めたDF中澤佑二もこう証言する。
「相手は0対0でいいという感じだった。こういう試合で勝てないことが日本の課題です」
日本人のサイズを欧米人並みにできない以上、その小柄さを逆手に取り、アジリティーを生かしたいまの戦術は決して間違っていない。嫌がった相手がたまらずファウルを犯してしまうことは、オーストラリアが前半途中までに2枚のイエローカードをもらった事実が証明している。オシム前監督が標榜した「日本人による日本人らしいサッカー」へのひとつの答えとも言えるだろう。
選手たちにも「ブレ」はない。
「シュートのテクニックもそうだし、もっと前線の人数も増やしていかないといけない。これを続けていかないと意味がない」
田中達の言葉に、玉田もこう続いた。
「戦術を変える必要はない。いまのやり方は日本の特徴を生かせると思う」
それでも突きつけられた「決定力不足」という永遠の課題。これを乗り越えずして、世界うんぬんは語れない。岡田監督は開き直ったかのように、いまの戦術が「唯一無二」と自らに言い聞かせた上で今後のビジョンを明かした。
「決定的に何かか欠けているというよりも、日本が得点を取る場合、特に今日のような相手の場合には、こういうことを続けていく以外にないと私は思っています。より精度を上げ、もっとチャンスの回数も増やしていく必要があると思います」
現状でゴール数という「分子」が低いのであれば、チャンスという「分母」をどんどん増やすしかない。理論はわかる。オーストラリアの守備陣形が整う前にニアサイドに速いクロスを入れるパターンに自信を深めた中村俊輔は「大きな相手にどう戦うか、ある程度形はできてきた」と収穫も口にした。
ただ、サッカーというスポーツは、試合前やハーフタイムに監督から授けられたコンセプトだけを忠実に実行していけばいいというわけではない。
その状況下で臨機応変に選手が判断し、プレーすることで局面を打破できる。日本を孫悟空にたとえたが、もし三蔵法師の言いつけに背いたとしても頭を締め上げる輪はない。この日は「あの」オーストラリアを圧倒しながら引き分けたことで試合後のスタンドも平静を保っていたが、特にホームで同じような結果が繰り返されればブーイングとなってはね返ってくる。
釜本氏が豪語したように、大久保が率先して切り込み隊長を務めたように、特にペナルティーエリアの中においてはもっと「我」を出して、自己中心的な「やんちゃ坊主」になってもいい。それが相手の意表を突くことになる。この日のスコアレスドローで、「我」を出さないと世界どころかアジアの中のオーストラリアという壁にも弾き返されてしまうことが図らずも明らかになった。
古い話で恐縮だが、Jリーグの前身となる日本リーグで黄金期を築いていた読売クラブ(現東京ヴェルディ)は、大黒柱のラモス瑠偉を中心に「ピッチの中に入って試合が始まればオレたちのものさ」と豪語。監督の指示に半ば造反するように自分たちの色を上塗りさせて他チームを凌駕していた。もちろん造反までしろとは言わないが、監督の役割が試合開始前まででほとんど終わる側面を持つのもまたサッカーというスポーツの特徴であり、最大の魅力でもある。
すでに対戦を終えたバーレーン、ウズベキスタン、カタールとの実力差を考えれば、グループAは日本とオーストラリアが飛び抜けている。つまり、出場がほぼ確実になった南アフリカ大会で日本は何ができるか。何もできなかったドイツ大会の二の舞だけは許されない。アジア最終予選の残り4戦の焦点はそこに尽きると言っても決して過言ではないだろう。
たとえば1m84の長身FW巻誠一郎を投入したオプションも、岡田監督は構築する考えはないという。全員が揃って練習できる時間が極端に少ない代表チームの宿命のもと、いまのコンセプトを熟成させることが就任時に掲げた「世界を驚かせるサッカー」への唯一の道であると腹をくくっている。
ならば、あとは岡田イズムを実践した上で、選手個々がどんな「色」を見せられるか。
大黒柱の中村俊輔はすでに青写真を描いている。
「W杯でもっと上を目指すために、パスして動く日本のサッカーを確立していかないといけない」
ホームでのドローという悔しさをどのように糧にするか。次戦は3月28日に再びホームの埼玉スタジアムにバーレーンを迎える。選手たちの目線の高さが問われる闘いが始まる。(文=藤江直人)
2009年2月12日 05:14|記事URL|コメント(0)|トラックバック(0)
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