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「大阪府体。伝説の夜」 名城信男V1記。         by 本郷陽一

20090411(011).jpg 夕暮れの道端で挑戦者がつっ立っていた。

激戦から2時間が経過していただろうか。

大阪府立体育館の玄関をスタッフに囲まれた出てきた名城信男に敗れた冨山浩之介が、たった一人で、つかつかと近づいてきて握手を求めた。

「ありがとうございます。これが僕の実力です。もう辞めます」

「こちらこそ、ありがとう」

そういう短い会話だけをして冨山は家族の待つ場所に歩き始めた。

 冨山は、「ありがとう」の一言と、自らの鮮烈な覚悟、すなわち、それほどの決意をもってリングに上がっていたことを伝えるために名城を待っていた。

 その背中を見ながら花束を抱えた名城がつぶやいた。

「なんかせつないっすねえ」

 藤原トレーナーが、チャンピオンの肩をガッとつかんで、引き寄せた。

「あほなこと言うなよ。ひとつ間違ったら、おまえがあの立場やったんやぞ」

 名城は、ふと我に返ったように笑いを浮かべた。

「ほんま、そうですね。天国と地獄。どっちが落ちていたかわからんすよね」

 枝川孝会長が言う。

1ラウンドに倒れたときは、もうジムを閉めようと思った。6ラウンドに倒れたときは、もう引退させようと思った。こんなとこで足踏みをしていて何がアメリカや、何がダルチニアンや。せやろ!」

 決して冗談ではない。それほど切実でスリリングな試合だった。

 観戦者はシナリオライターでも書けないような劇的な試合展開に酔い、ボクシングという競技の素晴らしさに再び溶けてしまったが、当事者たちは客観的に見れるわけがない。

「ほんまびっくりです。人間って倒れるんですね...。ほんま効いてました。最初のは何が当たったんですか?」

 名城は、そんな告白をした。

 

開始45秒。至近距離の打ち合い。名城の右を打った後の返しの左フックに冨山の左フックがカウンターになって先に当たった。名城は腰から崩れた。「アマチュアでもスタンディングダウン経験しかない」という人生初のダウンは、「名城絶対有利」だったはずの会場を凍りつかせた。藤原トレーナーの顔を真っ青にさせた。

「勝負をあせったのかもしれません」

冨山は東洋太平洋王者だが無名に近い。だから周囲は防衛を前提に内容を求めていた。だから慎重なはずの名城が、珍しく強引なまでに倒しに行ったのだ。

だが、冨山は「12回の戦いを考えて」勝負をかけてこなかった。

絶対絶命のピンチは、冨山の経験の浅さからくる勝負所の見極めの甘さに救われたのである。

「あそこで一気にこられていたら、たぶん、ダメだったでしょうね」

コーナーで枝川孝会長は「まだ先が長い、落ち着け、焦るな」と言いつけた。

名城は、ここから丹念にジャブというよりストレートのような左を突くところからボクシングを組み立て直した。原点とも言えるスタイル。ワンツーから左フック。冨山の右目を直撃した。それは、瞬間、冨山の視界をぼやけさせたのだろうか。右目をしばつかせた冨山は、3、4、5回と、名城の左ジャブを避けることができなくなる。名城は、そこに右のクロスを絶妙のタイミングであわせた。確実にポイントを奪い返していく。

だが、6回、再び悪夢が襲った。

また、あの左フックのカウンターである。

枝川孝会長は、毎回、「あせるな、ポイントは返していっているから」と伝えていたが、

名城は「負けてます。行かせてください。このまま単純な攻めになっていたら、またあわせられるんじゃないですか」と、あせりばかりを口走って、ワンツー主体のボクシングを自ら変えて、また、墓穴を掘ったのだ。

冨山は名城を研究し尽くしていた。

リーチとスピードでは勝る。返しの左フックに左を合わせれば先に当たるし、そこは名城の右のガードが甘い瞬間でもあった。

2度目のダウンは、あきらかに名城を壊した。

2回以降、冨山の有効なパンチはブロッキングで止めていたが、そのブロックの上から打たれたパンチにさえ名城の体が耐えれなくなってきた。ガタガタと下がるのだ。

「もうKOしかないと思っていました」

頼りは右のストレート。名城は前に出て右を打った。ここでも冨山もつめられない。

彼も、またダメージが蓄積していたのだ。

7回。冨山は、しきりにコーナーのワタナベのトレーナー陣を見る。途中、左の拳を指差した。この回、彼は左を痛めていたのかもしれない。名城もダメージがあったが、冨山も稀にみる消耗戦にエネルギーを使い果たそうとしていた。

8回。見事な右が冨山の顔面をとらえた。バシャ!と一瞬フラッシュが焚かれたかのような衝撃だった。藤原トレーナーが、長年、教え込んできた伝統の右。

「あの右をみましか? 過去最高の右です」

藤原トレーナーの絶賛する右が勝負を決めた。ダウンを奪うと、そこは、もう名城の独壇場だった。二度目のダウンは、強引に投げ飛ばしたスリップ気味のダウンだったが、レフェリーはカウントを数えた。再度、阿修羅のラッシュ。リングに駆け込んできた藤原トレーナーが号泣していた。名城は、珍しくコーナーに上がって吼えた。

 

大阪府立体育館近くにある中華料理店「蓬莱」で開かれた祝勝会に名城は、フィアンセの智子さんと一緒に現れた。スラッとしたスタイルのいい彼女は名城より背が高い。まるでポパイとオリーブのようなカップルである。

「僕も、一瞬、どうなるのかと思いました。皆さんのおかげで頑張れたし勝てたと思います。ありがとうございました」

名城は、マイクを持って何度も頭を下げた。

ハチャメチャな宴会となり枝川孝会長が胴上げされているのを見ながらボクシングとは、つくづく魂の格闘技なんだと再認識した。名城が2度立ち上がれなければ、今、弾けるような瞬間を迎えることはできなかったのである。

さまざまな問題はあった。

強引すぎた試合展開を迎えるにあたったメンタル。

試合中の冷静な対応能力。

サイドへの動きの少なさ。

枝川孝会長の言葉じゃないけれど、一流の挑戦者なら、あの1回に一気につめられて終わっていただろう。だが、今宵はそんな話はいい。

名城が見せた「絶対に負けられない」というスピチュアルな精神の輝き。ボクシング観戦者の心を震わせて共鳴させる「ど根性」である。これこそが、パフォーマンスや演出では、決してかなわない人を惹きつける魅力なのだ。いかんせん、テレビの地上波中継はなかった。この稀にみるベストバウトが、幅広いボクシングファンに伝わらなかったことは残念でならない。しかし、名城は、確かにボクシングで感動を与えた。

                                   (文・本郷陽一)

 

2009年4月13日 22:20|記事URLコメント(0)トラックバック(0)

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