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A代表予備軍・谷口博之の驚異の身体能力 by 藤江直人
■J1第6節
川崎フロンターレ(勝ち点8) 3‐1 大宮アルディージャ(勝ち点9)
[4月18日午後4時キックオフ@等々力陸上競技場/観衆1万6224人]
こりゃダメだ。大きいよ。ゴールラインを割っちゃう。
等々力陸上競技場にいた人間のほとんどがこう思ったのではないか。
1‐1で迎えた後半42分だった。川崎フロンターレのDF森勇介が右サイドを攻め上がるも手詰まりとなり、後方に下げたボールを途中出場のCB井川祐輔がダイレクトでファーサイドにへ送る。その試みはいい。問題は精度だ。緩やかな放物線を描くクロスに、ゲームキャプテンを務める日本代表MF中村憲剛は胸の中でこう呟いたという。
「井川、どこ蹴ってんだよ」
味方さえもあきらめかけた瞬間だった。頭上を越そうかというボールに対してMF谷口博之が必死に背走する。マークする大宮アルディージャの選手に体を寄せられ、体勢を大きく崩しながらもマーカーより高くジャンプ。おそらくは後頭部に当たったであろうボールは、一歩も動けない相手GKをあざ笑うかのようにゴールに吸い込まれていった。
驚異の身体能力が生んだ土壇場での勝ち越しゴール。ヒーローも無我夢中だった。
「とにかく頭に当てるだけだったんで。どこに当たったかは覚えていません。ゴールを奪いに行くという気持ちが、ああいう形になったんだと思う」
また勝てないのか、とため息を漏らしかけていたサポーターが一転して狂喜乱舞する。その1分後にはカウンターからエースのFWジュニーニョがダメ押し弾をゲット。過去2シーズンで2分け2敗。特に昨年11月8日には結果的にJ1初制覇を逃す原因となった痛恨の黒星を喫した怨敵から奪った逆転勝利に誰もが酔いしれた。
もちろん、中村憲もその一人だ。
「あのゴールはすごい。ねじ込んだ。あれがタニ(谷口)ですよ!」
フロンターレでレギュラーの座を不動して5シーズン目。谷口の武器は1m82、73kgの恵まれたボディーをフルに使った攻守両面でのハードワーク。その一方で2006年シーズンは13ゴール、昨シーズンも10ゴールを奪うなど神出鬼没のポジショニングで得点にも絡む大型ボランチは、時間とともにユース年代までは無縁だった「日の丸」との距離を縮めてきた。
昨夏の北京五輪には主力として招集され、しかも反町康治監督(当時)からその得点能力を見込まれてセカンドトップに抜擢された。しかし、1次リーグの全3試合で先発するも無得点。決定的な場面もほとんどないままチームも3連敗を喫し、自身の力不足を思い知らされる形で五輪の舞台から早々に姿を消した。
その北京五輪について、自分の中ではこう総括しているという。
「3連敗してよかった、というわけではないけど、中途半端な成績で終わるよりは(3連敗の方が)よかった」
アメリカ、ナイジェリアに連敗した時点で日本の1次リーグ敗退は決まった。オランダとの最終戦は23歳以下の若き代表にとって「今後」につながる戦いに切り替わっていた。もちろん負けようと思ってプレーしている選手はいないし、谷口も足をつらせるほど全力でピッチを駆け回った。その結果として欧州王者オランダに一矢を報いれば2つの黒星で味わったショックはいくらか和らいだはずだし、メディアの厳しい論調も少しはその矛先を収めたかもしれない。
だが、終わりよければとりあえず......という状況になることが谷口には我慢ならなかったのだろう。世界との明確な差を痛感させられた。気休めなどいらない。落ちるところまで落ちたら、あとははい上がるしかない。すべては自分次第だ、と。
「僕は嫌なことがあった方が成長できる。横浜F・マリノスのユース時代もマリノスでプロになってJの試合に出ることが夢だったけど、昇格できなかった悔しさがあったからフロンターレで頑張ることができた。(北京五輪は)また世界と戦いたいと思えた部分で、これからさらに上を目指していく上で刺激になった。サッカー選手は現役でプレーできる時間が限られているから、落ち込んでいたら時間がもったいない。気持ちを切り替えるしかないので」
3戦3敗の悔しさをJ1のピッチにぶつけた昨シーズン後半のプレーはA代表を率いる岡田武史監督の目にも留まり、「いつも見ているぞ」というメッセージとともに、今年1月の代表合宿に初めて招集された。国際Aマッチデビューはまだ果たしていないが、J1でデビューした当時は夢だったというA代表の位置付けが今では「目標に変わっている」という。
「でも、A代表の一員としてW杯のピッチに立つことは現時点ではまだ夢。もっと頑張らないと」
開幕5試合を1勝2分け2敗と波に乗れなかったフロンターレだけに、今シーズンのJ1で唯一の無敗チームだったアルディージャ撃破で関塚隆監督の言葉も弾んだ。
「本当に我々にとってこの勝ちというのは次につながるといいますか、元気を出すために大事な要素だと思っていたので。勝点3を挙げることが一番大事なポイントだったので、それを選手たちがよくやってくれたと思う」
前節の清水エスパルス戦ではカウンター一発で沈み、守備の厚い守備網の前に昨シーズンにJ1最多の65ゴールをマークした自慢の攻撃陣も空砲に終わった。試合を圧倒的に支配しながら些細なミスで墓穴を掘る。まるで今までのVTRを見ているかのように、アルディージャ戦でも前半31分にパスミスからカウンターを許して先制された。
アルディージャのコンパクトな守備網を攻めあぐむ中で刻々と過ぎる時間。またか。嫌なムードが漂ってきた後半15分。戦局が大きく変わる。
中盤の右サイドが機能していないと見たアルディージャの張外龍監督が、MF内田智也に代えて19歳の渡部大輔を投入する。岡田武史監督がメンバー選考を行った20日からのU‐20代表候補合宿にも招集されているホープに「元気と自信を持たせて送り出そうと思った」という指揮官の青写真は、しかし、瞬く間に崩壊する。
「(渡部の)コンディションやどんな準備をしていたのかは分からないが、あれぐらいチームに溶け込めないプレーをしたのは初めてだった」
無残に決壊した右サイド、フロンターレから見れば左サイドを突かれ、オーバーラップしたCB伊藤宏樹から中村憲、そしてFW鄭大世に渡ったボールがゴールネットを揺らしたのは渡部投入からわずか2分後。張監督が天を仰いだ。
「敗因は私のメンバー交代。順番が違ってしまった。先にFWラフリッチを入れてタメを作ろうと思ったんだが、内田のところでバランスが崩れていたので......」
敵将の采配ミスを巧みに突いた同点劇。渡部はわずか8分間でFWラフリッチとの交代を告げられた。試合は再びフロンターレが圧倒的に支配しながら最後の詰めを欠く展開に陥っていたが、終了間際でA代表予備軍の筆頭・谷口の「個」の力でゴールと勝利への扉をこじ開けた。
どちらかと言うと人前で話すことが苦手で、クールな性格と受け止められがちな谷口だが、胸に秘めるサッカーへの思いは誰よりも熱い。
「現役は頑張ってもあと10年ぐらいかな。引退後にやりたいことは特に何もないし、サッカーを終えたら自分の人生の7割ぐらいが終わっちゃうような感じなので、悔いのないように、妥協することなく行けるところまで突き進みたい」
当面の目標はA代表定着と、横浜F・マリノスへの昇格がかなわなかった自分にチャンスを与えてくれたフロンターレに初タイトルで恩返しをすること。「サッカーの中では1失点は仕方ない。内容は悪くない。後半のサッカーができれば」。巻き返しへの手応えを静かに語った男の左手薬指には、今月6日に入籍したばかりの夫人、人気タレントの松木里菜さんと交わした指輪が輝いていた。
(文=藤江直人)
2009年4月19日 03:04|記事URL|コメント(0)|トラックバック(0)
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