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川崎フロンターレ/鄭大世が愛される理由  by 藤江直人

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■J1第14節
川崎フロンターレ(勝ち点24) 2‐0 大分トリニータ(勝ち点4)
[6月20日午後3時キックオフ@等々力陸上競技場/観衆1万9375人]


 試合終了から約20分後。等々力陸上競技場の正面玄関前に集結していた川崎フロンターレのサポーターから、ひときわ大きな拍手と歓声が沸きあがった。
「テセ、おめでとう!」
「来年のワールドカップでも頑張れよ!」
 大分トリニータ戦を欠場し、スタンドでチームの勝利を見届けていたFW鄭大世が姿を現したときだった。北朝鮮代表の一員として現地時間17日に敵地リヤドで行われたサウジアラビア戦に先発出場。死力を尽くしてのスコアレスドローの末にアジア最終予選グループBの2位の座を勝ち取り、実に44年ぶりとなるW杯出場を決めてからまだ72時間と経っていない。
 羽田空港に到着したのが前日とあってさすがにこの日のJリーグは休養したが、「少しずつだけど喜びは薄れてきたね」とすでに気持ちをスイッチ。ガンバ大阪と敵地万博の一発勝負で争う24日のACL決勝トーナメント1回戦へ闘志をかきたてていた。
鄭大世「ホントにいまでも信じられない。まさかオレたちが最終予選を突破するなんて、誰も想像していなかったでしょう。でも、オレたちが進む方向はこの先もひとつしかない。そのためには慢心にならないように気をつけないと。自分の力で道を切り開いて、サッカー人生の中で大事な階段を一歩上がれたと思うけど、夢はもっと広がるものだと思っているから。オレは慢心することなくそれを追いかけたい。こういう喜びをまた味わいたい」


 あえて苦難が待つ道を歩んできた。愛知県名古屋市生まれの在日コリアン3世で、現在も公式な国籍は韓国だ。しかし、小学校から大学まで朝鮮学校で学んできたその課程で、2つの国の「架け橋になりたい」と韓国ではなく北朝鮮の代表ユニホームを着てプレーしたいと思うようになる。朝鮮総連の助力を得て北朝鮮のパスポートを取得し、2007年6月に念願の北朝鮮代表入りを果たした。
 最初の大会となった東アジア選手権の予選ラウンドの3試合で8ゴールを量産。08年2月の本大会の日本戦では先制ゴールを見舞っている。以来、国際舞台での経験が圧倒的に不足しているチームに自身がJ1やACLで得た経験を伝えてきた。
鄭大世「自分のメンタリティーはそんなに強い方じゃない。周りが強かったから(W杯に)出場することができた。ホントに上手い選手は1人か2人ぐらいしかいないチームだけど、それだけに精神力の強さがすべて。ダイヤのように強い固い絆の賜物だと思う。周囲とのコミュニケーションはまったく問題はありません」
 困難に挑むメンタリティーはピッチの中でも変わらない。キックオフの笛が鳴ると同時に、常に相手のセンターバックとのタイマンが始まる。自分のポジションはFW。仕事はゴールを決めること。ならば、相手ゴールまでの最短距離を突き進む上で避けて通れない敵は蹴散らすしかない。
 体のサイズは1m80、79kgと決して大きくないが、いつしかフロンターレのサポーターからつけられた異名がすべてを物語っている。
「人間ブルドーザー」
 風穴を開けるまで何度でも地べたをはい、歯を食いしばってチャレンジする。その典型的なシーンが5月24日のFC東京戦。0‐2の劣勢で迎えた後半12分に、ペナルティーエリアの中でFC東京のDFブルーノ・クアドロスが鄭大世を倒してしまう。キックオフから何度も火花を散らしてきた2人のバトルは、一発退場を宣告されたブルーノ・クアドロスの完敗。これで一気に流れを引き寄せたフロンターレは、相手の守備の要が退場した直後の10分間で3ゴールを奪って逆転勝ちした。
 しかし、座右の銘に「実るほど頭を垂れる稲穂かな」を掲げる25歳は貪欲だ。
鄭大世「でも、オレはこのままじゃダメ。もっとレベルを上げて、もっとJ1で余裕を持ってプレーできないといけない。人間は妥協する生き物だけど、もっと自分に厳しく、細かいところにとことんこだわって、残り1年で自分自身を成長させていきたい」


 リヤドのピッチで号泣したのに続いて、前日の羽田空港でも300人を超えるサポーターの予期せぬ出迎えに感極まる場面があった。5分を数えたロスタイムが異常に長く感じられ、鄭大世の脳裏にはそれまでのサッカー人生が走馬灯のように駆け巡っていたという。
鄭大世「いままでは負けた悔しさを理性で抑えてきたけど、今回は喜びを理性で抑える必要もなかったので。リーグ戦でもナビスコカップでも、高校でも大学でもずっと勝者になれなかった。いつも後ろの方で気持ちの入らない拍手を相手に送ってきた。初めて勝者になれた。信念を貫けば報われるということがわかった」
 ピッチの上ではFWの戦場がどこであるかを理解し、屈強なDF相手にストライカーの矜持を貫き通し、思ったことを率直に言葉で表現し、心が命じるままに喜怒哀楽をあらわにする。羽田空港で残した「日本と韓国と北朝鮮の懸け橋になりたいと思っている。3か国ともW杯に行けるなんて、これほどうれしいことはない」なる言葉は偽らざる本音だろう。
 フロンターレのサポーターでなくとも、鄭大世のようなFWらしいFW、というよりも鄭大世のようなアツい男には胸を打たれてしまう。
 等々力陸上競技場の正面玄関から選手駐車場まで約200mを進む間にも、サポーターの祝福は絶えなかった。記念撮影はもちろん、幼い子供の手を握ってやってくださいとせがまれる場面もあった。まるで鄭大世のように強く、くじけず、常に前を向く人生を歩んでほしいと願うかのように。
「ホント、(サポーターの祝福は)素直に嬉しいです」
 試合は鄭大世以外にも中村憲剛ら主力5人を欠いたフロンターレが、それでもFWレナチーニョの2ゴールで10連敗中の大分トリニータに完勝。中断前からの連勝を4に伸ばした。度が強いサングラスではっきりとはわからなかったが、レンズで覆われた両方の目尻は「喜」と「楽」で思いっきり下がっていたに違いない。(文=藤江直人)

2009年6月20日 23:59|記事URLコメント(0)トラックバック(0)

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