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今日にも決まる中村俊輔のエスパニョール移籍  by 藤江直人

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■J1第14節
横浜F・マリノス(勝ち点19) 2‐0 浦和レッズ(勝ち点25)
[6月21日午後2時キックオフ@日産スタジアム/観衆4万228人]


 いやがおうでも目立つ空席(=写真)は未明から降りしきる雨だけが原因だったのか。
 報道陣に配布されたチーム発行の『マリノス新聞』最新号には、浦和レッズをホームの日産スタジアムに迎える一戦についてこう記されていた。
「6万人越えはもちろん、入場者記録更新の可能性もある」
 日産スタジアムにおけるリーグ戦の最多入場者記録は昨年3月8日のレッズとの開幕戦における6万1246人。Jリーグ屈指の人気チームであるレッズの集客力に寄せる期待はどこのスタジアムでも変わらないが、今シーズンの横浜F・マリノスの場合、日産スタジアムで5試合を戦ってまだ一度も観客動員で3万人を突破していない。中断前までの成績も4勝4分け5敗といまひとつ波に乗れていない。新記録を達成するには天候に加えて、ファンを引きつける新たな「起爆剤」が必要だった。
 その「起爆剤」こそが日本代表MF中村俊輔の復帰戦......のはずだった。


 中村が4シーズンにわたってプレーしたスコットランドリーグの名門セルティックとの契約が6月いっぱいで切れる。その去就を巡る報道は2007年の冬からかまびすしくなったが、中村の姿勢は自分を育ててくれたF・マリノス及び日本サッカー界に「欧州で積み重ねた7年間の経験を還元したい」で終始一貫していた。
 今年1月の移籍は金融危機の影響でF・マリノス側の資金繰りが苦しくなったことで見送られたものの、その相思相愛ぶりから見ても、6月11日のメディカルチェックを経て晴れて復帰発表となる青写真が今度こそ現実のものになると思われた。年俸など条件面がセルティック時代よりはるかに下がることも中村側にとっては織り込み済みだった。
 今シーズンに入って背番号「25」をつけていた選手を急きょ別の番号に変更させたのも、セルティックと同じ背番号で中村を迎え入れるためならば説明がつく。5月に入るとシステムをそれまでの3バックから4‐3‐3に変更。シーズン中では異例の措置に木村浩吉監督は「これなら俊輔もはまるね」とジョークで対応していたが、この時点で3トップの右というポジションも用意されていたことになる。
 しかし、事態は水面下で風雲急を告げていた。
 一部報道は「F・マリノス側の誠意を欠いたオファーが中村側の態度を硬化させた」と交渉が暗礁に乗り上げていることを伝えていたが、今日22日にもF・マリノス側、中村側が会談。復帰が破談になると同時に、数回に渡って熱烈なオファーを受けてきたリーガ・エスパニョーラのエスパニョールへの移籍が決まる可能性が極めて高い状況となっている。


 何が中村側を土壇場で翻意させたのか。「誠意を欠いたオファー」に関して取材を進めていくと必然的にレッズとの一戦に突き当たる。
 3月の開幕前の段階で、中村の復帰戦は7月18日に日産スタジアムで行われるアルビレックス新潟戦でほぼ内定していた。持病の股関節痛を抱える中村自身もW杯アジア最終予選終了とともに心身をいったんリセットし、オーバーホールを施し、満を持してJリーグのピッチに立つ予定だった。
 しかし、F・マリノス側は21日のレッズ戦、28日のガンバ大阪戦と日産スタジアムで続く人気カードで中村のネームバリューを利用して収入増のソロバンを弾いていた。関係者によれば「特にレッズ戦を生中継するTBSに熱心に働きかけ、復帰戦と銘打って前宣伝から華々しく仕掛けていく戦略を練っていた」という。
 6月の2試合限定で「横浜開港150周年記念ユニホーム」も製作したことも裏目に出た。海をイメージし、ブルー&ホワイトのトリコロールボーダーラインを取り入れたデザインになっているが、ブルーの部分をグリーンに変えればセルティックのユニホームとほぼ同じ。寝耳に水の状況で準備が進められていたことに中村側が嫌悪感を抱いたとしても不思議ではない。
 正式契約の前にチームのユニホームスポンサーのイベントに参加することを要請されたことも、中村個人のスポンサーがチームスポンサーのライバル社という関係もあって、中村側が抱く不信感をさらに募らせたという。
 大金を投資する以上、それに見合う収入を得ようとするのは株式会社であるチームにとっては当然だ。しかし、方策には進め方というものがある。前出の関係者は言う。
「21日のレッズ戦に出て当然といった態度、どんな条件でも飲んでくれるだろうという上から目線の交渉では、下手を打って当然です」


 しかし、それならばF・マリノス側が非を認めて謝罪すれば問題は収束するようにも思える。中村の復帰への思いが強いのであれば、古巣への愛情が深いのであればなおさらだ。
 中村自身、来年の南アW杯を見据えて、日本代表の試合の度に日本と欧州とを往復することで心身に負うダメージを軽減させることを何よりも優先させた末のJリーグへの復帰だった。プライベートでは今年12月に5歳になる長男の教育問題も真剣に考えての結論だったはずだ。
 前出の関係者はこう指摘する。
「本人の意思もかなり大きく働いているはず。でなければ、とっくにエスパニョールには断りを入れているはずでしょう」
 かつてF・マリノスでプレーしていたころから、中村は「いつかはリーガ・エスパニョーラでプレーしたい」とスペインへの憧憬を真顔で公言していた。描き続けてきた夢が、いまや自分の決断ひとつで手の届くところにある。より高いレベルで挑戦したい気持ちを抱くのはアスリートに共通した本能でもある。心が揺れ動いたとしても無理はない。
 また、一方ではエスパニョールのオファーには中村の所属事務所にエスパニョールのEU外枠の行使を任されることも含まれているという。関係者は「だから代理人としては中村をエスパニョールに行かせたい。その意味では、交渉の課程でF・マリノスがスキを見せたことは渡りに舟だった」と舞台裏を明かした。中村が悪者になることなく念願のスペインに移籍できる上に、事務所としても得るものが大きいからだ。


 レッズ戦後、F・マリノスの齋藤正治社長は今日22日に中村サイドと会談を持つ予定であることを認めたが、「どうなるかは実際に会ってみないことにはわからない」と厳しい表情を浮かべてスタジアムを後にした。
 スペインに滞在していた中村の代理人に国際電話で交渉再開の旨を伝えている松本喜美男チーム統括部長は、中村本人が会談に出席するかどうかは未定とした上で、「電話でもいいから直接(中村)本人と話がしたい」と切実な胸の内を明らかにした。
 日産スタジアムのメーンスタンド下のロビーは試合が終わるとチーム関係者、選手、メーカーなどのスタッフ、OB、メディアが往来するのが常だが、この日は幾度となく「どうなっているの」とチーム関係者が声をかけられる姿を見かけた。
 もちろん中村の件に他ならないが、返ってくる言葉は決まっていた。
「状況的には......」
 この後にはおそらく「厳しい」が続いていたことは想像に難くない。
 雨中の中で行われた中断後の初戦の観客数は4万228人。満員の7万2370人には程遠かったが、それでも今シーズンのホーム最多の視線を集めた中でF・マリノスは奮起。後半に怒涛のサイド攻撃で2ゴールを奪い、体調不良の日本代表主将のDF中澤佑二を欠いた守備陣の集中力も最後まで途切れなかった。
 強敵レッズにまったくサッカーをさせない快勝での8位浮上。2点目を左足で豪快に叩き込んだFW山瀬功治が力を込めた。
「いまはやっているサッカーに迷いがない。試合中に選手たちが思っていることが噛み合っている。1試合1試合、必死に戦って結果を出していくだけです」
 ピッチ外の異例の騒動に選手たちが動揺していないことが唯一の救いだ。(文=藤江直人)

2009年6月22日 01:23|記事URLコメント(3)トラックバック(0)

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コメント(3)

結局、中村はマリノスに本当に戻りたかったわけではないということ。サポーターは愛するチームを足蹴にされたと怒りを感じてほしい。
昨日の浦和戦みて感動しました。中村なんていなくても十分戦えます。今は選手を信じてます。中村なんて二度と顔も見たくない。ファーガソン監督の言葉を実感しました。
「チーム以上の存在の選手はいない。」

とはいえ、失態を演じたフロントは総辞職してほしい。

一度エスパニョールには断りを入れたはずでは?それに代理人のメリット=中村のメリットではない。中村はスペインに行きたいという気持ちもあったのは確かなんだろうが、一度はマリノス入りを完全に決断している。その決心を揺るがせた最大の原因はマリノス側のとった態度に対する不信感であることは間違いない。

 中村選手が移籍を決意したのは、自分を選手として1番必要としてくれるクラブと思えたからです。
 今までも中村選手の移籍の条件はそれが1番だったと思いますし、それ以上の答えは無いのではないでしょうか?

 事務所にしても佃氏は常々言ってたそうです。
 「俊輔で儲けるのはかまわない。でも儲けるために俊輔を取ろうというのはどうか。サッカー選手は商業主義のおもちゃじゃない。」と。

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