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J1通算350試合出場/松田直樹の存在感 by 藤江直人
■J1第16節
大宮アルディージャ(勝ち点21) 0‐0 横浜F・マリノス(勝ち点20)
[7月4日午後6時キックオフ@NACK5スタジアム大宮/観衆1万3166人]
短く刈り込んだ髪が威圧感をよりいっそう増幅させる。記録上のポジションはボランチだが、プレーそのものは最終ラインの前にそびえ立つ5人目のDFと言った方がいい。1対1にも、空中戦にもめっぽう強い。J1史上で16人目となる通算350試合出場を果たした松田直樹が、90分間を通じて大宮アルディージャにプレッシャーを与え続けた。
圧巻は後半29分。中央を突破してゴールに迫っていたMFパク・ウォンジェに背後から追いつき、1m83、78kgの重量感あふれる体を叩きつけるようにして止めて、ボールを奪ったシーンだ。
松田自身、後半11分にパクへの危険な行為でイエローカードをもらっていた。つまり、2枚目を提示された瞬間に即退場。きわどいプレーに大宮サポーターもレッドカードを期待していっせいに歓声を上げたが、主審は笛を吹かなかった。
屈強なフィジカル。正確なボール奪取のテクニック。そして、臆することなく体をぶつける度胸。究極の心技体が、あわや失点のピンチを未然に防いだ。
ベンチで指揮を執る木村浩吉監督は「ボランチ・松田」に全幅の信頼を寄せていた。
開幕時の3バックから4バックに移行したのが5月9日の大分トリニータ戦。センターバックは不動の日本代表でもある中澤佑二と、今シーズンからキャプテンに指名している25歳の栗原勇蔵で固定したいと考えていた。
ならば、その前方に位置するボランチを誰にするか。攻撃に厚みをもたせる意味でも、一人で攻守のかじ取りを司ることができる選手が望ましい。現有戦力の中で託すことができるのは、昨シーズンもボランチでプレーした経験がある松田しかいなかった。
木村監督は言う。
「ボランチは360度を見渡すことが求められる難しいポジション。そのユーティリティー性があるのは松田しかいなかった。(中澤)佑二にいきなりボランチをやれ、と言っても無理だからね」
前橋育英高校から入団してまだ間もない1995年3月18日。敵地で行われた鹿島アントラーズとの第1ステージ開幕戦が松田にとってのデビュー戦だった。ヘッドコーチとしてベンチにいた木村監督は、そのときに受けた衝撃がいまも忘れられないという。
「第一印象は、とにかくすごかった。プレーもそうだけど、ルーキーなのに試合に出られないとふてくされる。コイツは大物だと思った。(元日本代表キャプテンの)井原にガツンと言われても、自分が違うと思ったら堂々と意思表示をしていたからね」
ふてくされるのは何もF・マリノスに限ったことではなかった。
日本代表キャップ40を誇るが、05年1月29日のカザフスタンとの親善試合を最後に更新されていない。同2月2日のシリア戦から不動のレギュラーだった宮本恒靖がスタメンに戻るとサブに回され、その後の競争すらさせてもらえない状況に我慢の限界が訪れたのだろう。
3月30日のバーレーンとのドイツW杯アジア最終予選でベンチ外となると、以後は一度も日本代表に招集されないまま現在に至っている。当時のジーコ監督と起用法で衝突したと伝えられたのは、代表落ちからしばらく経ってからだった。
木村監督は苦笑いを隠せない。
「350試合出場を果たしたと言っても松田は松田。当時から何も変わっていない。問題児でわがままだけど、それを抑える術も身に付けた。彼もいろいろな人と接してきたからね」
試合はF・マリノスが主導権を握り続け、ボール支配率では60対40とアルディージャを圧倒。しかしながら最後の詰めを欠いてスコアレスドローに終わった。最後は逆に押し込まれる場面もあったが、松田と最終ラインが相手の猛攻を何とか跳ね返した。
秒読み段階だったMF中村俊輔の復帰が正式に消滅した6月22日以降は、これで1分け1敗。まだ白星を挙げられず、チームが目標に掲げていた勝ち越しての折り返しもかなわなかったが、チーム生え抜きかつ最古参となる松田は意に介していない。
「あと一歩のところで点が取れていないだけで、チームの雰囲気はすごくいい。ボンバー(中澤)も戻ってきたしね。あとは勝ち切ること。悪いときは最後にポンと入れられて負けちゃうものだからね」
俊輔の復帰消滅報道で外野がかまびすしかった6月21日の浦和レッズ戦で2‐0と快勝したときには、松田はこんな言葉でチーム全員の気持ちを代弁している。
「もちろん俊輔が来てくれれば強くなる。でも、みんなプロとしてプライドを持っている。負けられないと思っていないようでは、プロじゃない」
開幕直後の3月14日に32歳の誕生日を迎えた。ベテランと言われて久しいが、生涯F・マリノスを宣言している松田へ、木村監督は「400試合、500試合と目指してほしい」とエールを送りながらこんな秘話を明かしてくれた。
「練習を100%でやっていないのはわかっている。あのトシで(練習量を)コントロールできるのは一種のテクニック。でも、走らせたら速いし、持久力もある。だから、周りは何も言えない。ウチは若い選手が多いから、そのへんは見習ってほしくないんだけどね」
U‐17から年代別の日本代表の守備の要として国際大会で戦い、五輪もアトランタ、シドニーと2度経験。2002年日韓共催W杯ではフラット3の右を占め、フィリップ・トルシエ監督に率いられた日本のベスト16進出に大きく貢献した。
すべての舞台で屈強な相手の攻撃陣と対峙してきた松田のフィジカルは、木村監督の言葉を借りればいまだ健在。レッズ戦後のコメントから見え隠れするように闘争心も萎えていない。さらには、J1での350試合出場を含めてあらゆる経験をその身に刻み込んできた。
来年のW杯南アフリカ大会出場を決めている日本代表だが、センターバックの層の薄さは深刻。中澤と田中マルクス闘莉王に続く第3の男が、レッズではボランチを務める阿部勇樹というのが現状だ。
チーム事情でボランチに配されている松田だが、中澤や栗原が故障や出場停止のときには本来のポジションで躍動している。アルディージャ戦を視察に訪れ、いつものように選手個々にはノーコメントでスタジアムを後にした岡田武史監督の目には、攻守に奮闘した「永遠のガキ大将」がどう映っていたのだろうか。(文=藤江直人)
2009年7月 5日 03:33|記事URL|コメント(0)|トラックバック(0)
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