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「井原正巳監督」が喫したほろ苦い黒星 by 藤江直人
■J1第18節
ガンバ大阪(勝ち点26) 2‐0 柏レイソル(勝ち点15)
[7月19日午後7時キックオフ@柏スタジアム/観衆1万1367人]
刻々と減っていく時間をにらみながら、柏レイソルを指揮するジャージー姿の井原正巳監督代行はベンチで逡巡していた。
2点のビハインドを背負い、残り時間は20分を切った。選手交代のカードはあと1枚。攻撃の切り札であるフランサ、李忠成の両FWはすでにピッチに送り出した。ベンチに下げる選手は、両足に疲労がたまり、運動量が落ちていたMF栗澤僚一と決めていた。
ならば、誰と代えるべきなのか。選択肢は2つあった。栗澤と同じ攻撃的MFの菅沼実を投入するか。あるいはDF橋本和を投入し、左サイドバックの大谷秀和をボランチの位置に上げてパスの供給役とするか。後半27分。交代を命じられたのは前者だった。
フランサをワントップに据え、その後方にポポ、大津祐樹、交代で入った李、菅沼の4人の攻撃的な選手を配置。卓越したボールキープ力とパステクニックをもつフランサが前線でタメを作る間に4人が次々と飛び出し、ガンバ大阪ゴールに迫る青写真は、しかし、瞬く間に崩壊してしまう。
菅沼の投入が「もっと攻めろ」という指揮官のメッセージとなってピッチ上の選手たちに伝わったことは想像に難くない。誰もが前へ、前へと攻め急いだ結果、最前線にフランサを含めた5人が並ぶ異様な光景が生まれてしまった。
その一方で、ワンボランチの杉山浩太はガンバのカウンターに何度もさらされ、必然的に最終ラインに吸収された。フォーメーションで言えば「5‐0‐5」。著しくバランスを欠いた11人が仕掛けた猛反撃は、悲しいかな、ガンバにとっては脅威でも何でもなかった。
橋本がまだリーグ戦デビューを果たしていないルーキーだったことも、最後は指揮官の脳裏をよぎったのかもしれない。試合後の公式会見。41歳の監督代行は自身のさい配に非があったことを素直に認めた。
井原監督代行「予想していた試合の流れに引き戻すことができなかった。結果として2ラインになってしまったことは自分のさい配ミス。相手の最終ラインのウラへ、ウラへと行こうとする選手ばかりを揃えてしまい、中盤でボールをつなぐ意識が薄れてしまった。ボランチの選手をもう一枚増やして、中盤に厚みを持たせるのも手だった。チームを生き返らせることができなかった。自分の力のなさを痛感しています」
前半戦の17試合を終えて3勝6分け8敗。勝ち点15の17位は、下位の3チームが自動的にJ2に落ちる今シーズンの「降格ゾーン」にどっぷりとつかっていた。
15日になって、レイソルのフロントは「チームの雰囲気を変えたかった」と今シーズンから指揮を執っていた高橋真一郎監督の解任を電撃的に決定。後任にはかつてヴェルディ川崎と名古屋グランパスを率いた経験をもつブラジル人のネルシーニョ氏が内定したが、ビザ取得の関係で指揮を執れるのは鹿島アントラーズとの第19節以降となるため、臨時措置として井原ヘッドコーチがガンバ戦で監督代行を務めることになった。
指揮を執るのはわずか1試合。しかも前節では試合終了間際のゴールで京都サンガを下して3勝目を挙げたばかりとあって、井原監督代行は「大きく何かを変えることはない」といい流れを継承することを決意。内転筋を痛めたボランチ小林慶行の代わりに今シーズン2度目の先発となる鎌田次郎、コンディションを崩したフランサの代わりには31歳のベテランFW北嶋秀朗を起用した以外は、メンバーをいじらずにガンバ戦に臨んだ。
ミーティングで選手たちに求めたことは2つだけだった。
「守備は特に真ん中を締めて前半は0‐0で折り返そう」
「最後までファイトしよう」
ひとつは申し分のない前半の試合内容とともに達成することができた。もうひとつに関しては、選手たちがファウルを厭わない激しいプレーを貫いた結果がDF小林祐三の退場を含む7枚のイエローカードにつながったと言ってもいいだろう。
井原監督代行「ファイトしなくては勝つことはできない。その意味では、ボールに行ってファウルを取られたり、カードをもらったりするのは仕方ないことですから」
歴代最多の代表キャップ122を誇り、日本代表が悲願のW杯初出場を果たした98年フランス大会ではキャプテンを拝命。韓国代表の洪明甫と並んで「アジアの壁」と畏怖された、日本サッカー史上最高のDFが現役引退から7年目にしてはからずも振るうことになった監督としてのさい配。描かれた勝利へのシナリオはひとつのミスから暗転した。
両チームともに無得点で迎えた後半7分だった。
ガンバの攻撃を防ぎ、カウンターに転じた矢先に犯した痛恨のパスミスが逆にピンチを招いてしまう。ペナルティーエリア内にトップスピードで侵入してきたFWレアンドロをGK菅野孝憲が倒してまさかのPKを献上。それまでほぼ互角の試合を演じてきただけにショックは大きく、同8分の失点でレイソルイレブンはがっくりとうなだれてしまった。
5分後の13分。指揮官はフランサ、李の2人のFWを同時に投入した。
井原監督代行「チームの雰囲気が悪くなった。1点を失ったぐらいで下を向く必要はまったくないし、2人を投入することでムードを変えようと思った。その後に実際に流れがウチに傾いたんですけど、そこで決め切れなかった。選手は点を取りに行ったし、よく頑張ってくれたんですけど、それを勝利につなげられなかったのは僕の力のなさだと思っています」
攻撃陣を増やす一方で、ボランチを1枚に削るアグレッシブなさい配。裏を返せばギャンブルとなるのだが、実は対するガンバの西野監督にとっても歓迎すべき選手交代だった。
この1週間、レイソルのキーマンであるフランサとその周辺をつぶし、ボールを奪ってから攻撃のテンポを上げるレイソル対策を練ってきた。フランサが不在だった後半13分までは空振りに終わったプランが一気に奏功するからサッカーはわからない。
杉山のワンボランチとなったことで生じた中盤のスペースにFWルーカスが、途中出場のFW播戸竜二が、司令塔の二川孝広が次々と飛び込んでくる。迎えた22分。オーバーラップしてきたDF安田理大のクロスをレアンドロが今度はヘッドで沈める。これで勝負ありだ。
ガンバを率いて8シーズン目になる西野監督の周到な分析と準備の前に、ひと回り以上も歳が離れた青年指揮官のギャンブルが玉砕した。試合終了の笛が鳴り響くと同時に握手を求めてきた井原監督代行に向かって、西野監督は笑顔でこう語っている。
「お前の初陣には負けたくなかったよ」
成功と失敗は表裏一体であり、ギャンブルも結果を残していれば絶賛されただろう。ここで注目したいのは、現役時代から実直な人柄で知られる井原監督代行が大胆かつ背水のさい配をいきなり仕掛けた点だ。
井原監督代行「ボランチを削ることに躊躇はしませんでした。フランサのコンディションを考えれば、攻撃的な選手がもう一人必要だったので」
これからキャリアを積んでいくことを考慮すれば、この勝負度胸は"買い"かもしれない。
すでに05年にJクラブの監督就任に必要なS級ライセンスを取得。日本代表監督を含めた指導者への道を歩み始めた元日本代表DFにとって、一夜限りとはいえ、監督としてタクトをふるった「2009年7月19日」はどう刻まれたのか。
井原監督代行「プランがあってもプラン通りにいかないのがサッカー。厳しいし、そう簡単にはいかない。臨機応変に対応していかないといけない。自分自身、1試合だけの代行ということでどこかに甘えがあった。ネルシーニョにつなげたいという気持ちがあったのは事実で、その意味で甘かった。ネルシーニョの方がはるかにプレッシャーがあるので、これからは全力でサポートしていきたい。選手たちも気持ちを切り替えないといけないし、少しでも明るい雰囲気を作っていきたい」
スタンドでは、この日の午後に正式契約を結んだネルシーニョ新監督が観戦していた。黒星から一夜明けた21日は、当初のオフから一転、新体制のもとでの初練習に変更された。
J1残留を果たすには勝ち点4差のヴィッセル神戸とジェフユナイテッド千葉、6差の大宮アルディージャと横浜F・マリノスなど、現時点でレイソルより上位にいるチームのうち少なくとも2つを逆転しなければならない。
それこそ一戦ごとに魂をすり減らす残留争いは残り16戦、12月の第1週まで続く。その中で百戦錬磨のネルシーニョ新監督と二人三脚を組む日々は、監督代行として喫したほろ苦い敗戦とあわせて、ごく近い将来に誕生するであろう「井原監督」の血となり肉となるはずだ。(文=藤江直人)
2009年7月20日 06:00|記事URL|コメント(0)|トラックバック(0)
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