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湘南ベルマーレ/ヒーローが指揮官との抱擁を避けた理由 by 藤江直人

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■J2第33節
湘南ベルマーレ(勝ち点66) 1‐0 サガン鳥栖(勝ち点53)
[8月9日午後7時キックオフ@平塚競技場/観衆6354人]


 湘南ベルマーレのベンチ前では、反町康治監督が両手を大きく広げて、会心の笑顔を弾けさせながらヒーローが飛び込んでくるのを待っていた。
 両チームともに無得点で迎えた後半32分だった。その9分前に投入されていたMF寺川能人が大仕事をやってのける。ペナルティーエリアの左隅でボールを受け、右に切り返してマーカーを外すと、迷うことなく右足を豪快に振り抜いた。
「自分はパワーがある方じゃないし、思い切ってシュートを打っても入ったためしがないんですけど、あの場面ではコースも空いていた。だから、何も考えずに(右足を)振ってみようかなと思ったんです」
 強烈な一撃はあっという間にペナルティーエリアを通過。右のポストに当たって、そのままゴール内に吸い込まれた。サガン鳥栖のGK浅井俊光が一歩も動けないスーパーゴール。感情をあまり表に出すことのないチーム最年長の34歳のベテランは珍しく狂喜乱舞し、雄叫びをあげながらベンチに向かって走り出した。
 視線の先には、アルビレックス新潟時代に計4シーズンにわたってともに戦った反町監督がいた。昨シーズン限りでアルビレックスから戦力外通告を受けた寺川の元に、ベルマーレの新監督に就任したばかりの同監督から連絡が入ったのは昨年末。現役続行を希望し、Jリーグの合同トライアウトを受けていた34歳が受けた唯一のオファーだった。
「僕はここに呼んでもらったわけだし、今日のような動かないゲームの中で何とかチームの力になりたいと思っていた」
 誰もが歓喜の抱擁シーンを思い浮かべた次の瞬間、寺川は予想外の行動に打って出る。走る軌道を反町監督から大きく修正し、ベンチの横をすり抜け、陸上のトラックを横切り、ついにはメーンスタンド前へと突進。チームメートたちも目を白黒させながら必死に背番号7に追いつき、抱き寄せ、サポーターとともに喜びをわかちあった。
 肩透かしをくらった形の指揮官は苦笑いするしかなかった。
「テラ(寺川)とはいままで何年も付き合ってきたけど、ホントに見たことのないシュートでしたね。ベンチを通り越して喜ぶ姿も初めて見ました」
 このとき、寺川は自身の胸中に「ある決意」を刻んでいた。


 ベルマーレを率いるに当たって、反町監督はまず寺川を呼び寄せることを考えたという。
「ベテランと呼ばれる選手はたくさんいますけど、たとえ元代表といった肩書きはなくても、僕は人間性を見て選手を獲るようにしていますから」
 1993年のJリーグ元年に兵庫県の強豪・滝川二高から横浜マリノス(当時)に入団した寺川はなかなかレギュラーに定着できず、99年にはジェフ市原(当時)に移籍。その後も00年から当時J2のアルビレックス、03年はJ1に昇格した大分トリニータ、04年からは再びアルビレックスと渡り歩いてきた。
「彼は背中でチームを引っ張ることのできる選手ですから」
 アルビレックスの監督時代から寺川に全幅の信頼を寄せていた指揮官は、すでにチームの強化予算が上限に達しつつあるのを承知の上で、同じくアルビレックス時代に苦楽をともにしたGK野澤洋輔の2人の獲得をフロントに直訴した。
 昨シーズン限りで39歳のMF加藤望が現役を引退し、W杯フランス大会代表に名前を連ねた36歳のDF斉藤俊秀も藤枝MYFCに移籍。フロントは30歳の坂本絋司、26歳の田村雄三の両MFにチームリーダー役を任せる青写真を描いていたが、最終的に指揮官の熱意に折れた。
 特に寺川が加入した効果は、ピッチの中だけでなく外にも表れている。
「いまでも練習に一番早く来るのはテラです。ベテランがゆっくりと来て、口の中に飯が残っているような状態で練習を始めるようでは、そのチームは危機的な状態にあると言えるでしょう。テラのプロ意識と率先垂範して声を出す姿勢を見て、彼の背中を見てチームが刺激を受けているんです」
 いつの頃からか、練習に2番目に来るのは入団1年目の19歳、DF村松大輔になった。U‐20日本代表候補にも名前を連ねたことのあるホープは現在、フィールドプレーヤーではただ一人、3月8日の横浜FCとの開幕戦から33試合連続でフルタイム出場を続けている。


 もう一人、フルタイムではないものの、開幕から常にスタメンに名前を連ねてきたのが寺川だった。4‐3‐3の中盤で攻撃を組み立て、セットプレーではプレスキッカーを担当。16シーズンで培ってきた心技体を駆使し、上位をキープするチームを支えてきた。
 しかし、第27節のアビスパ福岡戦からまさかの4連敗を喫し、反町監督がシステムを3‐4‐3に、特に中盤のボランチを田村の1枚から永田亮太との2枚に変更した「煽り」を受ける形で突然ベンチへ追いやられる。前節の水戸ホーリーホック戦で連続先発出場が31試合でストップ。ようやく訪れた出番も後半ロスタイムの時間稼ぎ的なものとなり、中3日で迎えたこの夜のサガン戦も再びベンチからのスタートを命じられた。
 それでも、寺川の日々の態度が変わることはなかった。
「勝てない状況で監督が何かを変えたいという気持ちはよくわかりましたから。監督の考えを理解して、与えられた仕事をしっかりとこなすことしか考えていませんでした。(先発で出られないとか)そんなことはまったく意識しませんでした」
 黙々と努力を重ねる姿を見て、反町監督が寺川に寄せる信頼はさらに深まった。
「テラに説明は特にしていません。そのあたりはドラスティックに、ドライにしないと時間がいくらあっても足りませんし、試合に出られないと言って沈んでいるような選手なら、この場にはいません。テラの日々の頑張りが、あのスーパーシュートを生んだ。僕はそういう選手を大事にしたい」
 値千金の寺川の決勝ゴールを、前節から編成された3バックで必死に死守。サガンを率いる岸野靖之監督の言葉を借りれば「反町監督らしくないオーソドックスなサッカー」でもぎとった連勝で、チームはセレッソ大阪に勝ち点1差の2位をキープした。しかし、4位のベガルタ仙台までが勝ち点4差の中にひしめき合う未曾有の大混戦は変わらない。


 アルビレックス時代の01年、02年と続けてJ1昇格に失敗している寺川は、自身の経験から今後のJ2戦線をこう予測する。
「決着は12月までもつれるでしょう。そう簡単にはいきません」
 まだひとヤマも、ふたヤマもある。FWの柱、田原豊が左ひざの内側側副じん帯損傷で6週間も戦列を離れることが決まったことも苦戦予想に拍車をかける。全日程の3分の2すら終えていない長丁場のリーグだからこそ、決勝ゴールを叩き込んだ直後、ベンチで両手を広げて待つ反町監督の胸に飛び込む衝動を必死でこらえて走る軌道を修正した。
「一瞬、冷静になってしまって。まだ早いかな、と。最後の最後で監督に抱きつければいいと思ったんですよ(笑)」
 実は反町監督率いるアルビレックスがJ2を制し、歓喜のJ1昇格を決めた03年シーズンはトリニータでプレーしていた。かつて2年連続でJ1昇格失敗の悔しさをわかちあい、04年からはJ1の夢舞台をともに戦い、昨年末は現役引退寸前の状態で手をさしのべてくれた反町監督に恩を返すには、1ゴールだけでは足りるはずがない。抱き合うのはベルマーレが99年を最後に遠ざかっている悲願のJ1への復帰を決めたとき、と心に決めたのだ。
 前節で決勝点をアシストした入団2年目のDF島村毅を「反町チルドレン」と名付けたが、サガン戦でスポットライトを浴びたチーム最年長の寺川は例えるなら反町組の「学級委員長」といったところか。
「みんな監督に言われたことをまじめすぎるくらいに一生懸命に聞いて、監督を信じてついていこうとしている。元気もあるし、『いいチームに来たよね』と野澤とも話しているんですよ」
 一戦ごとに思わぬヒーローが飛び出す理想的な展開で、ベルマーレは悪夢の4連敗で喫したショックを払拭。苦しみ抜いた第2クールの成績を8勝3分け5敗とし、1試合を残して第1クールに続く勝ち越しを決めた。(文=藤江直人)
 

2009年8月10日 03:13|記事URLコメント(0)トラックバック(0)

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