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元祖怪物・平山相太の覚醒に導かれたFC東京の戴冠 by 藤江直人
■Jリーグ・ヤマザキナビスコカップ決勝
FC東京 2‐0 川崎フロンターレ ※FC東京が5年ぶり2度目の優勝
[11月3日午後2時9分キックオフ@国立競技場/観衆4万4308人]
FC東京の歓喜の戴冠からさかのぼること約20時間。都内のホテルで華やかに開催された前夜祭で、FC東京の熱狂的なサポーターでもあるウルトラスの植田朝日氏と久しぶりに会った。会話の話題は必然的にファイナルの結果へ。下馬評ではほぼベストの布陣で臨んでくる川崎フロンターレが圧倒的に有利とされていたが、植田氏は自信満々に断言した。
「FC東京が余裕で勝ちますよ。相手は大舞台で勝負弱いし、FC東京はここまで来たら悪ノリ軍団ですから。それに、国立競技場で負けたイメージがないんですよ」
サポーターとしては至極当然の熱い発言だな、というのがその時の率直な感想だった。しかし、一夜明けて決勝戦のキックオフを迎え、刻々と時間が進んでいく中で、植田氏の次の発言を思い起こさずにはいられなかった。
「スコアは2‐0ですね。得点は平山がヘッドで決めて、あとは意外な選手が遠いところからズドンッと。米本あたりが決めるんじゃないですかね」
順番こそ逆だったが、得点者、シュートの形態、そして最終的なスコアを的確に言い当てていたのだ。FWの柱的存在だったカボレを中東のクラブに引き抜かれ、チーム得点王のMF石川直宏を試合中の不慮のアクシデントで欠き、不動の日本代表に成長したDF長友佑都も右肩を脱臼してベンチスタート。戦力ダウンは否めなかったはずだが、J1を含めたほとんどの試合で声を嗄らしてきた植田氏をはじめとするサポーターたちの目には、逆境をはね返してあまりある頼もしい選手の存在がはっきりと映っていたのだろう。
ファイナルの90分間で、その選手がFW平山相太であることがはっきりと分かった。
平山に対する先入観が完璧に覆されたのは、FC東京の1点リードで迎えた後半14分だった。
川崎フロンターレが怒とうの波状攻撃を仕掛け、必死のセーブを見せたGK権田修一を中心にFC東京が何とか防いでいた時間帯。自陣のペナルティーエリア付近でFC東京の選手がクリアし損ねたボールがふわりと浮かんだ瞬間、ひとつもふたつも抜きん出た平山の頭が状況を一変させた。
平山がヘッドでクリアしたボールはキャプテンのMF羽生直剛を経由して、カウンター要員として前線に残っていたMF鈴木達也へ。左サイドをドリブルでグングンと加速していった鈴木は、相手のペナルティーエリアに迫ったところで右サイドへクロスを送った。
恥ずかしながらボールウオッチャーとなっていた自分はこの時、逆サイドがどんな状況になっているか把握できていなかった。クロスが上がった瞬間は「何で我慢できないのかな」と味方のサポートを待てない鈴木の選択に幻滅を禁じえなかったほどだ。
だからこそ、緩い放物線が到達する先を見て驚きを隠せなかった。川崎フロンターレのDF菊池光将の背後に忍び寄って来たFC東京の青と赤のユニホーム。自陣のゴール前から70メートル近くを全力で走ってきた平山が、体を投げ打つようにして放ったヘディング弾が日本代表GK川島永嗣の牙城に風穴を開けた瞬間、フロンターレ悲願の初タイトル獲得の夢は砕け散ったと言ってもいいだろう。
自陣に戻っての献身的な守備。相手や味方を置き去りにする全力疾走。さらには、キックオフから何度も、執拗なまでに前線で仕掛けたチェイシング。いずれも昨シーズンまでの、というより今年5月までの平山には見られなかったプレーの数々だ。
試合後にこの点をFC東京の城福浩監督にぶつけてみた。「選手個々には言及しない」ことをモットーとしている48歳の指揮官は、あるエピソードを明かしてくれた。
「今年のあるタイミングを境に平山の姿勢が変わりました。一日24時間の中におけるファーストプライオリティーがサッカーになったということです」
オランダリーグのヘラクレスを電撃的に退団したのが06年9月。Jクラブによる争奪戦の末にFC東京に移籍したが、4年目を迎えた今シーズンになってもレギュラーの座は遠かった。
開幕から10戦を終えた時点で先発はわずかに1回。途中出場も3回だけで、あとはサブもしくはベンチ外。悶々としていた日々を送っていた平山へ、城福監督がたまらず声をかけた。
5月のはじめだったと平山は記憶している。
「監督からは見ていて気持ちにムラがある、サッカー選手ならば一日24時間のどれもが非常に大切なんだ、と言われました。確かに自分のサッカーに対する態度はいいとは言えなかった」
国見高校時代に怪物の名をほしいままにし、高校生ながらアテネ五輪を目指すアジア予選のメンバーにも選出された。1メートル90、85キロとボディサイズにも恵まれ、すぐにでもジーコ監督率いるA代表でエースストライカーを任せろ、という声まであがった。
しかし、FC東京に移籍した直後の平山のプレーは精彩を欠き、怪物の面影は完全に消え失せていた。コンディションを整えられない自己管理の甘さが関係者を嘆かせ、ヘラクレスを退団した理由がホームシックと分かると今度はファンを失望させた。
合コンやパチンコ三昧の日々。携帯電話を運転しながら車を運転している姿の写真誌への掲載。出てくるのはサッカーとはかけ離れた話題ばかりで、肝心のピッチの中では結果を残せない。期待はバッシングへと変わるのに、それほど多くの時間は要さなかった。
07年こそ20試合に出場して5ゴールを挙げたが、08年は24試合で2ゴール。トータルの出場時間も1414分、1試合平均で約58分にとどまった。アテネ五輪に続いて北京五輪では今度はエースとして出場が期待されたが、時間とともに反町康治監督の構想から外れてしまった。
もはやバッシングの対象にすらならい存在となりつつあった今春。平山はその胸中にこんな不安すら抱いていたという。
「サッカー人生がこのまま先細りで終わってしまうのではないか」
だからこそ、城福監督からかけられた言葉が復活への道標に思えたのだろう。その後の平山の変化を指揮官はこう見ている。
「休日にグラウンドに来て一人で黙々と練習していたし、午前中の練習だけの日も午後に残って練習していた。そうした目に見える部分意外にも、自分を変えないといけない、という意識が伝わってきた。きょうの試合も運動量は明らかに増えていた。これでイナフ(十分)かと言えば、彼の潜在能力を考えればもちろんノーですけどね」
第11節以降の20試合で平山は累積警告で出場停止だった1試合を除いてすべてで先発。同時にチーム状態も上向きとなり、5連勝と4連勝を一度ずつマーク。不利が予想されたナビスコカップを制し、5年ぶりとなるタイトルを獲得した。
その間、平山が挙げたゴールはリーグ戦で4。ナビスコカップを合わせても7しかない。FWとしては物足りない数字だが、これには事情がある。リーグ戦で自己最多記録を大幅に更新する15ゴールをマークしている石川はこう語っていた。
「相太が前線でポストになったり潰れてくれるおかげで、僕や羽生さんが入り込んでいけるスペースが生まれる。結果的にゴールを決めているのは僕ですけど、相太を含めたチームのみんなで取ったゴールなんです」
高校時代から懐の深いポストプレーは評価されていたが、よりテクニックを磨き、より体の使い方を巧みにした結果、いまでは平山にボールが収まると攻撃のスイッチが入るようになった。以前は試合の流れから消える時間帯も多かったが、守備にも献身的に戻ることでそれも解消した。
この日のファイナルのハーフタイムには、川崎フロンターレの群を抜く攻撃力に対して城福監督はむやみにボールを奪いにいかない、むやみに攻め急がないという「2つの我慢」を指示。最終ラインを中心にパスを回す遅攻をメーンにしてカウンターで追加点を狙うサッカーを徹底させたが、そうした青写真を労を厭わない全力疾走で平山が具現化した形だ。
「達也くん(鈴木)はスピードがあるので、早くそのラインに追いつけるように走りました。ゴールは最高のボールが来たので頭で合わせるだけでした。相手の攻撃力がすごいので、前線から守備をして、そこからいい形で攻撃ができれば思っていました。まだまだ課題があるので、もっと90分間存在感を維持できるようにしたい」
平山は謙虚さを忘れないし、確かに相手のペナルティーエリア付近でボールを受けた時の絶対的なオーラ、ストライカーとしての脅威はまだまだ足りない。それでも、90分間を通じてこれだけ攻守にハードワークができれば、日本代表の岡田武史監督が選手選考において求める条件は満たす。
何よりも「高さ」と「ポストプレーヤー」が不足する現在の日本代表のFW陣において、平山はそれらのすべてを解消させてくれる稀有な存在でもある。味の素スタジアムでの優勝報告会に向かうバスに乗り込む直前の平山にA代表入りへの意欲を聞いてみた。
「いえ、全然考えられません」
素っ気ない言葉は、サッカーだけに集中し、ようやく勝ち取ったレギュラーの座を死守し、心技体をさらに磨いていくことで精いっぱいな24歳の現状の裏返しなのだろう。ともあれ、頂点からどん底に突き落とされ、雌伏すること約3年。より大きなスケールで「覚醒」しつつある元祖・怪物君が非常に楽しみな存在になってきた。(写真=高須力)
2009年11月 4日 02:35|記事URL|コメント(0)|トラックバック(0)
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