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川崎フロンターレが乗り越えた2つのハードル  by 藤江直人


■J1第31節
川崎フロンターレ(勝ち点58) 3‐2 ジェフユナイテッド千葉(勝ち点24)
[11月8日午後3時キックオフ@等々力陸上競技場/観衆1万8470人]


 背負った「十字架」がいかに重たいものだったか。
 川崎フロンターレの前半45分間のプレーを見ただけで、眼前のジェフユナイテッド千葉だけでなく「見えざる敵」とも闘っていることがはっきりと伝わってきた。
 ファウルすれすれの激しいチェックを繰り返してくる相手に決して熱くならず、倒されても自ら握手を求めた。いままでなら両手を広げて抗議のゼスチャーをする微妙な判定にも、務めて顔色を変えない。前半23分にFWジュニーニョがCKをアピールしようとした場面では、そばにいたFW鄭大世が両手を叩きながら「OK」を連発してエースを必死に諫めた。ユニホームの上着のすそがパンツから出ていないか、プレーが途切れるたびに何人かの選手がこまめに確認している。
 鄭大世が異質な雰囲気に支配されたピッチをこう振り返る。
「精神的な部分で本当に難しい試合だった」
 チーム悲願の初タイトルの夢が無残にも散ったナビスコカップ決勝から5日。表彰式で見せた数々の非紳士的な態度がもたらす波紋と世間からの批判は時間とともに大きくなり、チーム側は5日に準優勝賞金5000万円の全額返還、フロントの減棒、ガムを噛みながら表彰式に臨んだDF森勇介の試合出場自粛などのクラブ内処分を決定。ジェフ戦の前には全員がグレーのスーツ姿で整列し、スタンドを埋めたファンに謝罪した。
 フロンターレに問われるのはただひとつ。フェアプレーの遵守しての勝利。日本代表GKの川島永嗣は、自身も含めて壮絶なプレッシャーとも闘っていたことを明かしている。
「僕らにとっては、フロンターレのサポーターを含めて、サッカーを応援してくれているすべてのファンへ向けて自分たちがやり直す姿を見せることが大事だった。その上で結果も出さなければいけない中で、他のゲームとは違った入り方になってしまった。後ろから見ていても、みんなが(フェアプレーの件を)意識していたのがよく分かった」


 フロンターレが6割を超えるボールポゼッションで圧倒的に試合を支配する。ジェフが肉弾戦を厭わない守備で相手の攻撃を止め、カウンターを仕掛ける。しかし、時計の針が進んでも自意識過剰気味のフロンターレの「ぎこちなさ」は解消されない。
 負けはもちろん、引き分けでもJ2降格決定が決まるジェフは、それこそ目の色を変えて臨んできた。技術を超えた気迫は時に力関係をも逆転させる。前半35分のジェフの先制点は、生まれるべくして生まれたものだった。
 5日前のナビスコカップ決勝も優位に試合を進めながら前半22分に先制されると、焦りも手伝って中央突破を繰り返す単調な攻撃に終始。後半14分にはカウンターで追加点を奪われる典型的な自滅に、ゲームキャプテンのMF中村憲剛は「ウチの最も悪い面が出た」と天を仰いだ。
 まさにその再現となった試合展開。鄭大世は目覚めたように自らにこう言い聞かせて、プレッシャーに飲み込まれかけていた心身を奮い立たせたという。
「これは技術より戦術より、気持ちの戦いなんだ」
 フロンターレの最大のストロングポイントは、ボールを奪ってから素早く両サイドに展開してゴールを奪う速攻。ナビスコカップ決勝では影を潜めていた必殺のコンビネーションが飛び出したのは、PKで追いついた15分後の後半25分だった。
 DF井川祐輔がカットしたボールを鄭大世が右にはたき、がら空きのサイドライン際をFWレナチーニョが疾走。そのままフィニッシュに持ち込み、右足から放たれた一撃は相手DFのブロックをかすめながらネットに吸い込まれた。
 終了2分前に追いつかれても冷静さは失わない。迎えたロスタイム。中村が体を張って食い止めたボールをDF伊藤宏樹が今度は左サイドに展開。ジュニーニョが抜け出し、折り返したボールをまたもレナチーニョが押し込んだ。ブラジル時代を含めてトップチームでは初体験となるハットトリックを達成したヒーローは、試合前の謝罪で号泣して頭を下げていたチームメートの名前を挙げながら神妙な表情で勝利を振り返った。
「同点にはされたけど、まだ2、3分は残っていたし、落ち込んでも仕方ないと思った。これは、サポーターと森勇介を含めたチーム全員でつかみとった勝利だ。今週に起こしてしまったことへ謝罪を試合前にしたけど、その出来事があってさらに団結することができた。今日の試合への力をもらったと思っている」
 勝ち点1差で追走してくる鹿島アントラーズが勝っていることは知っていた。引き分けに終われば2位に転落し、自力優勝の可能性が消滅する。まさに断崖絶壁のピンチで「普段着」のサッカーを演じられたことに、鄭大世は手応えを感じずにはいられなかった。
「いままでならここで取りこぼしていたけど、今日は残留争いをしているチームにきっちり勝つことができた。絶対に取り返せる自信があった。勝負強さを見せることができたと思う」


 終わってみれば退場や警告はもちろんなく、犯したファウルの数もジェフの19に対して8。フェアプレーの精神を貫き、苦境に陥ってもまさにクールに燃えて首位をキープした。
「この1勝はだたの1勝ではない。リスタートへ向けて、一生懸命やっていかなければならない。これからも前を向いて、胸を張れるようなプレーを続けていきたい」
 いまにも涙腺が決壊しそうな表情でヒーローインタビューに応じた中村は、痛めていた右足の太ももに前半の段階で激痛を覚えながら歯を喰いしばって耐え、PKを奪うドリブル突破を見せ、決勝点につながるパスカットを演じ、最後は両足に痙攣を起こしてピッチを去った。
 その際も姑息な時間稼ぎと思われないように、自らの足で必死に、一刻も早くピッチの外に出ようとした。チームドクターの診断の結果は「右足内転筋の挫傷」で全治2週間。9日に出発した日本代表の南ア・香港遠征を辞退するほど状態は深刻だった。
 ゲームキャプテンとして、ナビスコカップの表彰式前に「最後までちゃんとやろうぜ」と声をかけていたら状況はまた違っていたかもしれない。しかし、中村自身もひな壇からの階段を降りる途中で銀メダルを首から外していた。そうした自責の念が中村の体を限界の先まで突き動かしていたことは想像に難くない。
 試合後の公式会見。関塚隆監督は声を震わせながら一連の不祥事をあらためて謝罪し、一丸で勝ち取った白星の意義を語った。
「すぐに吹っ切れる事ではないが、やはりひとつひとつ、再スタートの意味で積み上げていかなければならない。(ナビスコカップ決勝の)直後の試合でしっかり勝利して、皆さんにその姿を見せられたということは、再スタートに向けてよかったと思っています」
 初タイトルを逃した無念さの裏返しだったとはいえ、ナビスコカップ決勝後の表彰式で見せた態度は批判を浴びて当然のものだった。失った信頼を取り返すには、かなりの時間を要する。川島も自分自身に言い聞かせるように「今日だけじゃない。これからも同じ気持ちで戦っていかないといけない」とこれからも十字架を背負っていく決意を新たにした。
 それだけに、世間から向けられる厳しい視線というプレッシャーを乗り越え、ピッチの中で直面した逆境にも動じずにつかんだ1勝の価値は計り知れないほど大きい。


 4位の清水エスパルスが柏レイソルにまさかの大敗を喫したことで、優勝争いはフロンターレ、アントラーズと3位のガンバ大阪の3チームに絞られたと言っていいだろう。
 残るは3試合。アントラーズとガンバの直接対決が28日に組まれていることを考えれば、上位との対決を終えているフロンターレが歓喜のゴールに飛び込む可能性はより現実味を帯びてきた。
 最後に鄭大世に聞いてみた。
――シーズン後に振り返ってみると、非常に大きな1勝だったと言えるのではないでしょうか。
 サポーターから「人間ブルドーザー」の異名で愛される25歳の武骨なストライカーは決して浮かれることなく、65年の第1回日本リーグから参戦した前身の古河電工時代を通じて初の2部降格が現実のものとなって涙する対戦相手の心中を慮るように、こう呟くだけだった。
「それは......シーズンが終わってから考えます」

2009年11月10日 00:57|記事URLコメント(0)トラックバック(0)

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