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天王山突破!/湘南ベルマーレを支えた守護神の意外な言葉 by 藤江直人
■J2第49節
湘南ベルマーレ(勝ち点94) 3‐2 ヴァンフォーレ甲府(勝ち点91)
[11月21日午後5時キックオフ@山梨県小瀬スポーツ公園陸上競技場/観衆1万6844人]
記者席から見た限りでは、「必ず止める」という意志表示以外の何物でもなかった。
2‐1と1点をリードして迎えた湘南ベルマーレが後半17分に与えた痛恨のPK。次の瞬間、ファウルを犯したDF島村毅をはじめ、ぼう然とするチームメートの一人ひとりにGK野澤洋輔が声をかけて回った。ゴールポストわきに置いてあったミネラルウォーターを口にふくみ、気持ちを落ち着かせてからゴールマウスに仁王立ちして両手を広げる。
ここまではまるでドラマのような光景だった。しかし、現実は甘くない。ヴァンフォーレ甲府のFWマラニョンが蹴った強烈なPKはゴール左隅に突き刺さってしまう。前売り完売、ほぼ満員で埋まったホームのサポーターの大声援を受けてますます勢いづくヴァンフォーレ。しかし、対峙するベルマーレも不思議なほどに落ち着いていた。
なぜか。その答えはPKの前に野澤が笑顔で仲間に発していた意外な言葉にあった。
野澤「決められたら同点だから、その時はゴメンね。勝ち越しゴールを頼むね!」
J1昇格への最後の1枠を争う2チームの直接対決。キックオフ前の段階では勝ち点91で並び、ベルマーレが得失点差でわずかに1だけ上回っていた文字通りの天王山。天国と地獄を分けそうな瞬間に守護神が見せた「ひょうきん」な言動が、チームのプレッシャーを取り除いていたのだ。
言うまでもなく、PKは蹴る側が圧倒的に有利。9割方はゴールを決められてしまう状況で下を向いてしまっても意味はない。3点目を許さずに、ウチらが奪えばいい。残り時間もまだ十分にある。野澤の「ゴメンね」発言は、そのことを伝えるのに十分だった。
その後もロングボールをマラニョン、金信泳の2トップにあて、中盤の選手がこぼれダマを拾ってサイドからグイグイと圧力をかけてくるヴァンフォーレの猛攻が続く。何度も背走を強いられ、時間とともにどんどん体力を削られていったベルマーレだったが、すきを突いてカウンターを仕掛ける時には歯を喰いしばりながら何人もの選手が相手ゴール前に迫っていった。
その光景を後ろから見ていた野澤は、歓喜のシーンが訪れることを確信していた。
野澤「同点に追いつかれてもみんな気持ちが落ちなかった。最後まであきらめない姿勢。絶対にいけると思った」
迎えたロスタイム。カウンターから得たFKをDFジャーンがヘディングシュート。バーに当たってはねかったボールをチーム最古参、30歳のMF坂本紘司が左足で執念で押し込む。あまりに劇的な勝利に涙するチーム関係者もいた中で、野澤は最後までひょうきんだった。
野澤「今日はアウエーにもかかわらず大勢のサポーターが来てくれて、僕は『湘南の風』を感じていました。PKは相手が蹴った方向に飛んだんですけどね。夢の中ではPKを止めるシーンを見ていたのに。うーん、残念!」
今年のはじめに、野澤は志願する形で9シーズン在籍したJ1のアルビレックス新潟からベルマーレに完全移籍で加入した。アルビレックスでJ1への昇格をともに達成した反町康治監督がベルマーレの新監督に就任したことが、アルビレックスから「出ていった方がいい」と事実上の戦力外通告を受けていた男のハートに再び炎を宿らせたという。
野澤「新しいことにチャレンジしたい気持ちがあったというか、僕の原点であるJ2からもう一回スタートして、また上(J1)に行きたいと思って。もちろん、ソリさん(反町監督)が監督になったのも大きい。残念ながら北京五輪は予選で敗退してしまったけど、ある意味で期待されてベルマーレの監督になったはずだし、これでダメだったら、期待されていた分だけ逆に悪い評判を招きかねないですからね」
今でこそホームのビッグスワンが4万人ものファンで埋まるアルビレックスだが、野澤が清水エスパルスから移籍した00年はJ2で観客が1000人、2000人という惨状だった。専用の練習グラウンドもクラブハウスも何もない状態からひとつずつ手作りで新潟の地にサッカーを根付かせてきた。
その中で野澤は「最初の1000人がいたからこそ今がある」という思いを胸に刻みながらサポーターを特に大切にしてきた。その人気は絶大で、いまでもベルマーレの試合はもちろん平塚市内で行われる練習にもオレンジ色のユニホームを着たアルビレックスのサポーターが訪れる。「J1で待っている」という激励の手紙も届けられる、まさに稀有な存在だ。
もちろん、野澤に感傷に浸っている時間はない。3月の開幕からチームただ一人の49試合フル出場。いまは心身ともに青とグリーンのチームカラーに染まっている。
野澤「エスパルス、アルビレックスと来たから、オレンジ3連チャンで次は大宮アルディージャかな、と思っていたんですけど(笑)。それはともかく、アルビレックスのサポーターの声援もホントに嬉しい限りですけど、今は何よりもベルマーレのサポーターが望んでいることを。ベルマーレの一員としてJ1昇格を目指すだけを考えてここまでやってきました」
カッコいいセリフを決める場面で必ず笑いをとる。本人いわく、このひょうきんな性格が181センチ、77キロと体格的には決して恵まれていないGKの最大の武器だという。
野澤「キーパーとしてはハンディを抱えているかもしれないですけど、それを上回る何かを出し続けることを常に心掛けてきた。それは反応の早さだったり、あとはコミュニケーション力ですね。生まれついてのひょうきんというか、ホントにお調子者ですし、いじられるよりはいじっちゃう方なので。このキャラを生かして、最終ラインだけでなくチーム全体を動かしたい。僕が暇しているのが一番いいんですけど、そういうわけにもいかないでしょうから。アルビレックスでは03年に昇格を決める前には2年連続でぎりぎりで涙を飲んでいる。そういう経験があるからこそ僕が呼ばれたと思っているし、その経験を今生かさないでいつ生かすんだ、という感じですね」
J1昇格の行方を左右する大一番の、それも最も緊迫する場面でいじりキャラが炸裂。PK前の「ゴメンね」発言につながったわけだ。
もっとも、2点は失ったものの、野澤は反応の早さでも幾度となくチームを救った。
開始2分に金が放ったヘディングシュートを野澤が体勢を崩しながら右足一本でかき出さなければ、試合の展開は大きく変わっていたはずだ。左右からのクロスを思い切りのいい飛び出しで何度もはね返し、後半24分には空中でクロスをキャッチしてピッチに倒れこんだ際に競り合った金にわき腹を踏まれて悶絶。それでも闘志は萎えず、同36分にDF杉山新が放ったシュートも右腕一本でセーブした。
「でも、あのPKは止めないと」
愛弟子にあえて苦言を呈した反町監督だが、もちろん本心ではない。小躍りして喜びたい心境の時に「(メディアの)皆さん、湘南はまだまだ力足らずで弱小チームだと書いてください」とあえて皮肉っぽく話す45歳の指揮官の本音は、会見における次の言葉に見え隠れする。
「どっちに転んでもおかしくないゲームだった。6、7割方、向こうに転んでいる可能性が高かった。ゲームの流れ、サポーターの盛り上がり、追いついたことなどが向こうを押してきたことは間違いない。もしかすると、ここで敗者の弁を述べていたかもしれない」
開始10分で2ゴールを先制する最高の立ち上がりから一転、前半25分以降はほぼ一方に攻め込まれた劣勢を覆しての価値ある1勝。ライバルに勝ち点3差をつけて残るは2試合。J2に甘んじること実に10シーズン。夢にまで見たJ1の舞台がついに手の届くところまで近づいてきた。
野澤「この試合に勝たなければJ1昇格はないという位置付けで今日は闘ったけど、勝ったことで次がさらに大事な試合になった。僕らは前を向いて、しっかりと次に向かわなければいけない。このシビれる状況で戦えることを幸せに思わないと。アルビレックスの時とはまた状況は違うけど、やっぱりゴールを守ること、最後の笛が鳴るまであきらめない、仲間にあきらめさせないことに尽きると思う。今日も最後まで声を掛け合って闘った結果が勝利につながったと思う」
今でも野澤の心に刻まれている光景がある。5月2日。強敵セレッソ大阪に1‐0の完封勝利を収めた直後に、ホームの平塚競技場のスタンドを埋めたサポーターから「野澤、湘南に来てくれてありがとう!」という声援を浴びた。
新参者を熱い言葉で受け入れてくれたサポーターへの感謝の思いを、何倍にも、何十倍にも、何百倍にも膨らませて返したい。試合中に強打した左ひざにアイシングを施し、踏みつけられたわき腹も疼くと苦笑いする野澤が愛用するグローブには、こんな英語が記されている。
"in full bloom"
J2戦線の年間51試合をマラソンに例えればまさに最後のトラック勝負に突入したJ1昇格争いで、日本語訳通りの「満開」となるハッピーエンディングへ。9日に30歳を迎えたばかりの、本人いわく「これからが旬」という遅咲きの守護神は満身創痍の体に最後のムチを入れる。
2009年11月22日 04:50|記事URL|コメント(0)|トラックバック(0)
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