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「死の組」は望むところ!/北朝鮮代表FW鄭大世の武者震い by 藤江直人
人事は尽くした。待っていた天命こそ訪れなかったが、それでも鄭大世は「いつものようにすっきしりない終わり方ではなかったし、マイナスの気持ちというか、胸の中にたまるものはない」と自らに必死に言い聞かせてタキシードに身を包んだ。
5日のJ1最終節から2日後。東京都内で行われた恒例のJリーグ表彰式。優秀選手賞を受賞した鄭大世は式典の最後に、勝者と敗者を隔てる非情な境界線を感じずにはいられなかった。
壇上には敵地・埼玉スタジアムに乗り込んだ最終節で浦和レッズを1対0で下し、史上初の3連覇を達成した鹿島アントラーズの選手全員が勢ぞろい。優勝盾を誇らしげに掲げるMVPのMF小笠原満男を中心に歓喜の表情を浮かべていたからだ。
鄭大世「優秀選手賞だけを受けて帰りたかったですよ(笑)。ここまで勝者の姿を見ると敗者とのコントラストを痛感するし、あらためてあの壇上に立ちたいという思いがこみ上げてきた。悔しい気持ちでいっぱいです。それが増えていくのか、このまま萎えていくのか。いまは気持ちがちょっと落ちているところがあるけど、現実をしっかり受け入れて次のタイトルへ向けて勝ち進んでいかないといけない」
首位アントラーズと勝ち点2差の2位で迎えた最終節。川崎フロンターレがチーム創設以来の悲願の初タイトルを手にするには敵地で柏レイソルに勝利し、その上で同時進行のアントラーズの結果を待たなければいけなかった。
自力優勝がない状況で、フロンターレはアントラーズの情報をいっさい遮断して勝利だけを追い求めた。雨脚が強くなる一方のピッチ状態の中で前半だけで3ゴール。レイソルの反撃を2ゴールに抑え、試合終了を告げるホイッスルが鳴り響いた時だった。
ベンチから誰一人としてピッチに駆け出してこない。この光景を見るだけでアントラーズが勝ったという状況は伝わってきた。最近の4シーズンで3度目。ナビスコカップを含めると実に6度目となる2位が決まった瞬間だった。
鄭大世「フロンターレのよさを出すことはできたけど、あの最終戦で勝ち切る鹿島の強さというのも感じたし、それを乗り越えないと優勝は手にできないとあらためて思った。その意味ではフロンターレはシーズンを通して勝ち切ることができなかったし、首位にいた時にプレッシャーを感じることもあった。精神的にもっと成長しないと鹿島は超えられない」
振り返ってみれば、最下位の大分トリニータに0対1で苦杯をなめ、首位の座をアントラーズに明け渡した11月22日の一戦があまりに痛かった。
鄭大世自身もトリニータ戦ではシュートすら打てずに終わっている。続くアルビレックス新潟戦で決勝ゴールを決め、レイソルとの最終戦でも2点目を叩き込んで勝利に貢献。エース・ジュニーニョの17ゴールに次ぐ14ゴールを挙げたが、もちろん手放しでは喜べない。
迎える2010年へ。サポーターから贈られた「人間ブルドーザー」なるニックネームで知られ、失礼ながらその風貌とは対照的にロマンティックな言葉をまくし立てる25歳は、心技体の特に「心」の部分でさらなる精進を重ねることを誓わずにはいられなかった。
鄭大世「頼りにされるFWにならないといけない、と強く感じました。いつまでもジュニーニョの脇役に甘んじるのではなく、ジュニーニョと一緒にチームを引っ張っていける選手が増えないとタイトルは取れない。再び2位になって『神様、どれだけ試練を与えるんだ』という感じですけど、それを乗り越えて、自分を信じて挑戦し続ける限り可能性はあると思うので。来年も一から自分を見つめて、いいところは残し、悪いところをしっかり直していきながら戦っていきたい」
1984年3月2日、愛知県名古屋市に在日コリアン3世として生まれた。現在も正式な国籍は韓国。サッカーにおいては韓国代表はもちろん、北京五輪代表のFW李忠成のように生まれ育った日本に帰化して日本代表を目指すことも可能だった。
しかし、鄭大世はそのどちらも選ばなかった。
朝鮮半島の歴史を学ぶうちに「北朝鮮代表としてプレーする」という目標を抱き、W杯に出場することで「北朝鮮、韓国、日本の架け橋になりたい」という壮大な夢を描くようになった。
韓国政府から北朝鮮への帰化を却下されてもあきらめず、朝鮮総連のアシストを得て北朝鮮のパスポートを取得。FIFAも北朝鮮代表としての出場を認め、07年6月、ついに念願の北朝鮮のユニホームを袖を通した。
南アフリカ大会切符を争ったアジア最終予選では韓国、サウジアラビア、イランとの「死の組」を2位で通過し、イタリアを撃破してベスト8に進んだ66年イングランド大会以来、実に44年ぶりとなるW杯切符獲得に大きく貢献。来年6月。26歳にして追い求めてきた舞台に立つ。
鄭大世「これが最初で最後のW杯になるかどうかは分からないし、日本代表になる道を選んでいたらもっとあっさり出られたかもしれないけど......険しき道を乗り越えてきた分だけ、僕らがつかんだ今回のW杯出場というのはどこの国よりも重いものだと思っている。それだけにかける思いも強いし、自分のすべての力を南アの舞台で見せたい」
Jリーグ最終節に備えて深い眠りに就いていた日本時間5日未明に行われたW杯の組み合わせ抽選会。北朝鮮はアジア最終予選に続いて「死の組」に組み入れられた。
優勝候補の一角ブラジル、チェルシーで活躍するFWドログバを擁するコートジボワール、そしてクリスティアーノ・ロナウド率いるポルトガル。誰もが「北朝鮮が草刈り場になる」という構図を思い描いたが、一夜明けて一報を伝え聞いた鄭大世は武者震いを覚えずにはいられなかった。
鄭大世「僕としては理想的なグループリーグに入ったと思っているし、『死の組』に入ったことでむしろテンションが上がった。ブラジルとは絶対にやりたかった。お金を払っても対戦できる相手ではないし、ましてや練習試合ではなくガチンコの舞台ですからね。誰もができる経験ではないでしょう。ヨーロッパ勢で対戦したいと思っていたのはイングランドかポルトガル。どの国にも並外れた力をもった世界的なストライカーがいますけど、そいつらに勝負を挑めるように全力を尽くしたい」
Jリーグの舞台でも「相手のセンターバックとのタイマン」をキックオフ直後から繰り広げることをモットーとする屈強なファイターは、逆境になればなるほど闘志を燃やす。
鄭大世「自分だけではなく、チームがしっかりと結果を残すことができればいい。2位に入ってグループリーグを突破することはホントに簡単なことではないんですけど、その中で何かを得られればいいな、と。世界との差を痛感して、自分をしっかりと見つめ直して、その先もまだまだ成長していきたい」
すでに北朝鮮代表チームから、来年1月10日から始まる強化合宿への参加を要請されている。場所はポルトガルで、2月10日まで続く異例の長丁場だ。
W杯切符を獲得してフロンターレに凱旋した6月。鄭大世は北朝鮮代表について「チームワークというか選手同士の絆の強さは世界一だと思う」と結束力の固さを最大の武器に挙げていた。
体を張った守備で粘りに粘って、乾坤一擲のカウンターで相手ゴールを陥れる。フィニッシャーの大役を担うのは、強靭なフィジカルとゴールに向かって常にエネルギッシュに突進する日本生まれの魂のストライカーしかいない。
鄭大世「日本だったらJリーグがあるけど、向こうはリーグがないから自由に長期の合宿みたいなものを入れちゃうんですよ(笑)。始動が早くなるし、楽じゃないと思いますけど、やるしかない。帰ってきたらACLとJリーグに向けて自分たちを磨いていかないと!」
その前に忘れてならない闘いが待っている。ベスト8に勝ち残っている天皇杯。12日の準々決勝の相手は大宮アルディージャ、FC東京とJ1勢を撃破し、5日に閉幕したJ2も制覇して勢いに乗るベガルタ仙台。心身両面で一度はどん底に突き落とされたフロンターレだが、すでにリセットは完了した。
鄭大世「アウエーでの戦いだし、お互いにガチンコですよね(笑)。ナビスコとリーグ戦で2位に終わった悔しさをぶつけます」
元日決戦で初タイトルを手にして歓喜の雄叫びを上げ、勝負の年を全身全霊で突っ走る原動力にする。鄭大世が思い描く2010年のカレンダーに「オフ」の二文字はほとんど見当たらない。
2009年12月 9日 04:12|記事URL|コメント(0)|トラックバック(0)
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