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ミスターマリノス・木村和司新監督が掲げた「楽しむ」の意味 by 藤江直人
サッカーにおいてゲームを「楽しむ」とはどんなことなのか。
J1の横浜F・マリノスの新監督に就任した元日本代表MF木村和司氏の所信表明会見が14日に日産スタジアムで行われたが、初代ミスターマリノスが何度も発した改革へのキーワードは分かりやすくもあり、それでいて奥深くもあった。
育成型チームへの転換を掲げ、覇権奪回への「3年計画」を打ち出して臨んだマリノスの09年の成績は勝ち点46の10位に甘んじた。
可もなく不可もなくの戦いぶりは勝ち点48の9位に終わった昨シーズンと比べてほぼ横ばいであり、嘉悦朗社長代行は「ホップ、ステップ、ジャンプで言えばホップの部分ができていない」と契約が残っていた前監督の木村浩吉氏を更迭する荒療治に打って出ることを決断。Jリーグ2年目の94年限りで現役を退き、Jリーグの監督就任に必要なS級ライセンスを96年に取得しながらこれまで指導者の経験がなかった木村和氏にバトンを託した。
実に51歳にしての初挑戦。木村氏が何よりも重視したのが「楽しむ」ことだった。
木村新監督「全体的にJリーグを見ていて、選手があまり楽しそうにやっていないな、と。もちろん結果も最優先されるとはとは思いますが、できれば選手が楽しんで、ファンやサポーターに楽しんでもらえるようなプレーがたくさんできればいいなと思っています」
当然のように、会見では未知数であるその手腕に質問が及んだ。
木村新監督「ここで監督に就任するのもひとつの縁ですよね。Jリーグの監督は初めてですが、誰もが初めて監督をするときは初めてですから、そのへんはコーチが助けてくれると思いますし、自分のやってきたサッカー、思いや考えを選手にぶつけていきたいと思います」
併せて発表されたチーム統括本部長にかつて2度にわたってF・マリノスの監督を務めた下條佳明・早稲田大学ア式蹴球部コーチ、ヘッドコーチにJ2横浜FCの樋口靖洋前監督と2人の監督経験者を起用したのも、さい配の部分で新監督をアシストする狙いがあることは容易に察しがつく。
それでも、嘉悦社長代行は冬の時代だった1980年代に日本サッカー界を支え、日本代表としても出場54試合で26ゴールをマークした往年のスーパースターに、岡田武史監督のもとで連覇を達成した04年シーズン以降は7位が最高位となっているF・マリノスの浮上を託す理由をこう説明した。
「新監督自身が持っている経験値はきわめて高いものがある。加えてこの十数年間、いろいろなところから日本のサッカーを見ているので、そうした新たな知見もうまく作用するのではないかと。監督未経験というリスクよりも、点を取る、勝ち切ることへの本人の経験の高さというメリットの方を買いました。心技体の充実に十分な経験と能力を発揮できる人材ということです」
もっとも、言葉で「楽しむ」というのは簡単だ。
木村新監督自身、ひな壇では具体的なアプローチ策よりむしろ「全員が軸になる」「相手ゴール前でのシーンが多くなればいい」「常に上位にいて最後まで優勝争いをしたい」といったありふれた言葉を並べたが、テーマとして掲げた「楽しむ」の定義を問われると思わず語気を強めた。
木村新監督「分かりにくいかもしれませんが、いまの選手は『遊ぶ』ことができない。まったく楽しんでいない。そこが僕の頭の中では究極であり、楽しめるかどうかは選手次第ですが、そこが足りないと思っています」
今シーズンのF・マリノスは失点こそ37と鹿島アントラーズ、アルビレックス新潟に次ぐリーグ3位の少なさだったが、得点は9位タイの43。日本代表キャプテンのDF中澤佑二を中心に守ってもゴールを奪えなかったことが、リーグ最多の13もの引き分けにつながった。
そうした「閉塞感」を打破するために必要なことが「楽しむ」ことなのだろうか。指揮官は故郷の広島弁である「ワシ」を口にしながら、理想とする2つのチームを挙げた。
木村新監督「ジュビロが強いときは楽しそうだなというのはありましたね。まあ、それよりも前に日本リーグでワシらが三冠を獲った時が一番楽しかったかなと(笑)。どうしても勝ちが最優先にきているから仕方ないと言えば仕方ないんだけど、どうせやるからには楽しんでほしいし、プロである以上、お客さんに楽しんでもらうことを最優先に考えてほしい。プロというのは、お客さんが来てくれてナンボ。それを呼べるかどうかですから」
02年に史上初めてJリーグの第1、2両ステージを制したジュビロ磐田は、名波浩、藤田俊哉の両MFを中心に「アジアNO・1」と形容されたパス回しで観る側を魅了した。
88年度、89年度と2シーズン連続で日本リーグ、天皇杯、JSLカップの国内タイトルを独占したF・マリノスの前身日産自動車の中盤に君臨した木村新監督は、「国産プロ第1号」の肩書きを背負いながら夜明け直前の日本サッカー界をけん引。その周囲には水沼貴史、金田喜稔、幸一&哲二の柱谷兄弟ら多士済々な猛者たちが集った。
この両チームに共通しているのは、いわばサッカーの「原点」と言えるのではないか。
野球と違ってタイムをかけることできないサッカーにおいては、ハーフタイムを除いて、刻々と変化していく状況にピッチ内の選手たちが個々の感性で対応しなければならない。あまり表現がよくないかもしれないがが、交代枠も3しかない以上、ピッチに送り出されればあとは選手の自由。勝利という最終的な目的がぶれず、それを達成できれば首脳陣との間に確執も生まれない。
ピッチの前後左右のすべてを駆使して、自分たちの判断のもとでベストのプレーを表現して勝利をつかむ。確かにこれほど「楽しい」ことはないだろう。新監督の「勝ちが最優先にきている」という言葉はまず戦術ありきの現在のサッカーに対するアンチテーゼであり、ベンチで目を光らせる監督を必要以上に意識する選手たちへの警鐘にも聞こえる。
木村新監督「今のサッカーは全員にいろんなことを求めすぎているかもしれない。スター的な選手も少なくなってきているので、そういう選手もチーム内では必要かな、と」
いわば「楽しむ」とはサッカーの原点への回帰。もちろん、ピッチ上の選手たちが意思の疎通を欠き、勝手気ままにプレーすれば勝利は手にできないし、プロのレベルからかけ離れたサッカーはファンからも見放される。
だからこそ、自らの現役時代がそうであったように、指揮官は「楽しむ」レベルに到達するための最も近くて唯一の道をこう説いた。
木村新監督「楽しむためにはいろいろな努力が必要で、そこをやっているかどうか。全体的にできていないと思いますね。要は下手くそなんです。心技体の部分をもっと鍛えてレベルを上げないといけない。トレーニングで鍛えるしかないんですよ」
例えばフリーキック。現役時代は「スペシャリスト」の名をほしいままにした指揮官だが、本格的に練習をはじめたのは明治大から日産自動車に入社した81年から。テレビでW杯を見るまではボールを変化させてゴールを狙う概念すらなかったが、それこそ練習に練習を重ねて必死に習得。右足の甲はボールの蹴りすぎでいまでも変形しているという。
つまり、現時点の心技体を一から徹底的に鍛え上げ、限界をさらに超えた者しか「楽しむ」ことはできない、と言いたいのだろう。
新監督の口からポンポンと飛び出した「下手くそ」「努力」といった言葉は、年明けから火ぶたが切られる超スパルタ指導を予告している。
木村新監督「期間もないですからね。結果を出していかないと、何年も見ていられない。そういう強い気持ちがないと選手にも伝わらない」
久々に現れた昭和のにおいをプンプンと漂わせる熱血指揮官は、自らのたっての希望で退路を断つ1年契約とした。コーチを含めた経験がいっさいないことへの不安よりも、何かを期待したくなる雰囲気を感じずにはいられない。
会見では照れ笑いを浮かべ、トリコロールカラーのマフラーを肩にかけての決めポーズでの撮影も「恥ずかしい」と拒否した木村氏だが、心身両面でたくましさを増したF・マリノスの選手たちがピッチの中でいい意味で指揮官を裏切り、勝利をもぎ取った時には会心の笑顔を見せてくれるはずだ。
2009年12月15日 06:35|記事URL|コメント(0)|トラックバック(0)
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