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下馬評を覆せ!カメルーン戦のキーマンは大久保嘉人  by 藤江直人

下馬評を覆せ!カメルーン戦のキーマンは大久保嘉人  by  藤江直人

 W杯のような世界規模の大会が近づいてくると、新聞紙上には『代表選手の横顔』などと題された囲み記事が連載されることが多い。
 先月10日の日本代表23人の決定を受けて、自宅で購読している一般紙でもご他聞に漏れず連載が始まったが、FW大久保嘉人が扱われた際に「あれっ」と思った。文中に次のような彼のコメントを発見したからだ。
「最近は大人しくなったとよく言われるんで」


 果たして大久保が何度このような言葉を投げかけられてきたのかは分からないが、そのうちの一人には間違いなく私が含まれている。
 アウエーで行われたウズベキスタン戦で日本代表が南アフリカ切符を獲得してから一夜明けた昨年6月8日。横浜市内のホテルで凱旋会見に臨んだ選手たちは、即席で設けられた取材用のミックスゾーンを通ってからお役御免となる手はずになっていた。
 その出口付近で大久保が来るのを待った。どうしても聞いておきたいことがあったからだ。当時のやり取りを再現するとこうなる。


Q:もう少しピッチの中で暴れた方がいいかなと。かつてのやんちゃぶりが影をひそめているような気がしてならないんですけど。
「オレがそれをやったらすぐ退場になっちゃいますから。もう退場はできんでしょう」
Q:いえいえ、もちろん退場とかではなく、ゴールへ向かう姿勢というか執念をもっと見たいなと思うんですけど。
「まあ、そこはバランスを見ながらですね」
Q:アジア最終予選ではノーゴールに終わりましたが。
「そうですね。そこは残念です」


 この時は「退場」と「バランス」という言葉に「なるほど」と思わざるを得なかった。
 大久保はジーコ時代の03年12月に行われた韓国との東アジア選手権、岡田武史監督のもとで戦った08年6月のバーレーンとのW杯アジア3次予選で退場処分を受けている。
 韓国戦は前半途中までに2度の警告をもらって日本が優勝を逃す一因となり、バーレーン戦では相手GKとの接触後に蹴りを見舞って一発退場を命じられた。ファウルの悪質ぶりは、FIFAから下された3試合の出場停止処分を見れば明らかだった。


 当然、代表チームの首脳陣だけではなくメディアからもかなりの批判を受けた。
 実はナイーブで考え込みやすい性格の大久保が自らの愚考を咎め、ピッチに入ると激昂しやすくなる性格を必死になって矯正しようとしてきたことが、「すぐ退場になっちゃいますから」という唐突な言葉に凝縮されていた。
 一種のトラウマとして刻まれているのかもしれないが、最近の大久保の言動を見ていると、かつての「やんちゃ坊主」の面影が何度も顔をのぞかせていた。


 その最たるものが次のコメントなのではないか。
「誰も仕掛けん。これではゴールなんて奪えるわけがない」
 4日のコートジボワール戦後に味方に対して放った不満。不協和音を招こうが、感じたことは包み隠さずに言う。それだけ、自身のコンディションには自信がある。次のコメントを聞けば、頼もしさを感じずにはいられなくなった。
「今はどこでもできそうな気がするね。信じられんほど体が動く。なんでか走れるんよ。ゴリゴリといきたい。そこで潰れたら潰れたでいい。前にどんどん突っかけていこうと思う。日本の評価は低いでしょ。みんな絶対負けるって思っている。見返したいね」


 実際、韓国との壮行試合から大久保の動きのよさは際立っていた。目の前に迫った憧れのW杯の舞台が大久保に余計な迷いを捨て去らせ、いい意味で開き直させ、体の奥底に封印されていた「やんちゃ」な部分を呼び起こさせたのか。
 何よりも、前回のドイツ大会で代表に選出されなかった大久保にとって、南アフリカ大会に臨む日本代表23人の中に名前を連ねたことが何よりも大きかったはずだ。
 1年前に大久保が発した「バランスを見ながら」という殊勝な言葉は、全員攻撃、全員守備を柱とする岡田監督のコンセプトを順守しなければ代表から外されるという恐怖心の表れだった、といまでは思っている。


 だからこそ、もう恐れることは何もない。
 先発の11人に指名され、ピッチに立ち、キックオフの笛が鳴り響いたら、監督にできることは極端に限られてくる。言葉は悪くなるが、あとは選手が感じるままにやればいい。
 02年の日韓共催W杯では当時のフィリップ・トルシエ監督の「ラインを上げろ」という指示を、宮本恒靖を中心とする最終ラインが公然と無視したことがロシア戦の勝利につながった。
 古い話で恐縮だが、日本リーグ時代の読売クラブは「試合が始まればオレたちのもの」とうそぶいたMFラモス瑠偉を中心に勝利を重ねて黄金時代を築き上げている。


 大会前からDF中澤佑二が希望していたように、カメルーンと対峙する日本は「ベスト4」や「世界を驚かせる」といった指揮官の戯言からようやく解放され、堅守速攻を柱とした現実的な戦い方で臨むはずだ。
 2列目の左が予想される大久保には左サイドバックと連動しての守備も求められるし、先に失点をしないことは勝ち点獲得への大前提となる。そうした最低限の仕事はもちろんこなした上で、大久保にはやはり攻撃面で感性に導かれるまま、その攻撃的な個性を前面に押し出して「尖がった存在」になってほしい。


 アテネ五輪世代だった大久保をA代表に抜擢した03年当時のジーコ監督は、その理由として突出した得点感覚を挙げ、さらに「日本サッカー界の将来を担う逸材」とまで絶賛した。
 あれから7年。当時はプンプンと放たれていた「危険なオーラ」が、テレビ画面を通じてひしひしと伝わってくる。
 2月の韓国との東アジア選手権で痛めた左ひざを悪化させ、4試合が組まれていた4月のJリーグを途中出場だけの計47分間のプレーにとどめたことが、結果として現在の絶好調のコンディションにつながっている。すべてが好循環の中で初めてのW杯を迎えたわけだ。


 大久保の日本代表におけるゴールは、08年11月のシリアとの親善試合を最後に通算で5得点のまま変わっていない。つまり、1年半近くゴールから遠ざかっている。
 この「論」でもゴールできない選手を起用し続ける岡田監督のさい配に疑問を投げかけたが、舞台がW杯となれば、ここは心技体で最高の状態にある選手の起用が最優先される。
 強化試合4連敗、その間に奪ったゴールが1というどん底状態で初戦を迎える日本代表において、大久保は数少ない好調組の一人。大仕事を予感させる雰囲気を漂わせている。


「走りたいけど、ボールが出てくるかが問題かな。出てこないと走った意味がなくなる」
 カメルーン戦前日の公式練習を終えた後の大久保のコメントを聞いた時には、その不敵さ、大胆さに、よりいっそうの頼もしさを覚えたほどだった。
 依然として芳しくない下馬評を覆すとしたら、岡田監督をして「体がキレキレ」と言わしめ、すべての呪縛から解き放たれたこの男がキーマンになるのではないか。
 日本時間の今夜11時にキックオフを迎える大一番で、その答えが出る。

2010年6月14日 06:27|記事URLコメント(0)トラックバック(0)

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