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カメルーン撃破!ようやく踏み出せたW杯での第一歩  by 藤江直人

カメルーン撃破!ようやく踏み出せたW杯での第一歩  by  藤江直人

■W杯南アフリカ大会・1次リーグE組
日本代表[勝ち点3] 1‐0(前半1‐0) カメルーン代表[勝ち点0]
[6月14日午後11時キックオフ@フリーステートスタジアム/観衆3万0620人]


 相手との接触プレーで負わされたのか、ワントップに入った本田圭佑の下唇は前半途中の段階ですでに血がにじんでいた。後半ロスタイム突入と同時に胸に十字架を切って勝利を祈願した田中マルクス闘莉王は、最後まで攻撃参加を自重してゴール前の壁と化した。
 ベンチでは大役を終えた松井大輔、大久保嘉人、長谷部誠の3人がサブメンバーたちと祈るような眼差しで戦況を見つめている。ロスタイムの4分がこれほど長く感じられたことはない。
「後半は攻められなかったが、よく頑張って守ってくれた」
 フラッシュインタビューに応えた岡田武史監督の声もかすれていた。


 決してほめられた試合内容ではなかった。しかし、W杯という特別な舞台で勝ち点3をつかみ取るためには、日本代表は現状で披露できる最高のパフォーマンスを演じきった。
 最終ラインの4人の前にアンカーの阿部勇樹を中心とするMF陣が網を張り、強固なブロックを形成。プレスを掛ける際も決して深追いせず、あえてブロックの外側でボールを回させることでカメルーンを焦らせた。攻撃に転じても決して無理に人数を割かなかった。
 バスケットボールで例えるならば、徹底してロースコアに持ち込む作戦。前半38分を迎えるまで両チームのシュートが0本。第三者から見れば退屈な試合に映ったはずだ。


 すでに死語と化した感があるが、岡田監督が掲げた「ベスト4」という今大会の目標は02年の日韓共催大会で韓国が達成したアジア勢の最高位に触発されての設定だった。
 韓国のベスト4進出はもちろん賞賛されるべきだが、開催国としての恩恵を少なからず受けている点を考慮すれば、自国開催以外の成績で韓国を意識する手もあった。
 1954年のスイス大会でW杯初出場を果たし、1986年のメキシコ大会からは7大会連続で出場中の韓国だが、自国開催以外の大会における白星は前回ドイツ大会のトーゴ戦が初めてだった。6大会で実に15戦を要し、その間の成績は4分け10敗だった。


 ヨーロッパと南米を中心とするサッカーの世界地図ではアジアは完全なアウトサイダー。その代表が自国開催以外で白星を挙げるのがいかに困難を伴うのかは、元日本代表の中田英寿氏が前回ドイツ大会を「日本が初めて世界と向き合う大会」と位置づけたことでも分かる。
 実際、日本はドイツ大会で1分け2敗と一敗地にまみれ、自国開催の02年大会で決勝トーナメントに進出した余韻は跡形もなく吹き飛ばされた。
 世界の中における「現在置」を身をもって痛感させられたからこそ、南アフリカの地における目標は「ベスト4」などではなく、まずは「1勝」を挙げることだとかねてから思っていた。


 全員攻撃、全員守備でワードワークを厭わず、攻守を素早く切り替え、人もボールも動いて相手ゴールに迫る。いわゆる岡田監督の「コンセプト」はペインの強豪バルセロナをモデルに、すべてW杯の「ベスト4」を念頭に設定されたものだった。
 オシム前監督から急きょバトンを受けた岡田監督に請われて入閣した大木武コーチがヴァンフォーレ甲府監督時代に標榜したスタイルであり、ヴァンフォーレの戦い方に共感を覚えていた岡田監督が導入を決めた。ある代表選手は「コーチ陣がバルセロナ好きみたいですからね」と話したことがあるが、果たして身の丈にあった戦術だったのかどうか。


 日本を相手にすると引いてくるアジア勢相手にはコンセプトは効果を発揮した。ボールポゼッションも60パーセント前後で推移し、常に主導権を握った戦いができた。
 これが世界を相手にすると立場が逆になることは、0対3で惨敗した昨年9月のオランダとの親善試合で計らずも証明された。もっと決断が早ければ越したことはなかったが、大会直前になって「ベスト4」ではなく「1勝」を挙げることに目標を大幅に下方修正し、弱者であることを認め、現実的な戦い方に舵を切った末にもぎ取ったカメルーン戦の勝利は、日本が真の意味で世界における第一歩を踏み出した証になると言っていい。


 不慣れなワントップ役ながら前線でタメを作り、決勝点を叩き込んだ本田。対面のエトーにほとんど仕事をさせなかったDF長友佑都。最終ラインの前で防波堤になった阿部。守備にも奔走し、苦しい時間帯には1対1で仕掛けて何度もファウルを誘った大久保と松井。前線からの守備を期待されて投入され岡崎慎司と矢野貴章の両FWは、最後まで体を張り続けた。
 バルセロナのような洗練されたスタイルにはほど遠い。内容を重視する親善試合ならば酷評されるであろう無骨で泥臭い90分間。後半になると追加点を挙げる予感すら伝わってこなかったが、反比例するように選手たちの熱い魂がテレビ画面を通じて伝わってきた。


 前回ドイツ大会のオーストラリアとの初戦では、1点リードで迎えた残り6分で3連続失点を喫した。選手個々の力量にすべてを任せ、理想を追い求めた4年間のジーコイズムが崩壊するとともに、日本が立ち位置を見失った瞬間でもあった。
 くしくも同じような時間帯、同じように日本が1点をリードした状況からカメルーンが徹底したロングボール戦法を仕掛けてきた。これまでの親善試合で日本がロングボールを不得手としている情報が伝わっていることが計らずも露呈されたが、日本が数的優位を保って対応するという対策も何とか実践できることも証明できた。


 オーストラリア戦で悔しさを胸中に刻んだDF中澤佑二は「これまではこういう勝ち方ができなかった」と安どの表情を浮かべたという。
 日本代表の最終ラインをけん引してきた32歳は、これまでにも控えめな表現ながら「現実的な戦いで勝利することも必要」と訴えてきた。理想を追い求め、背伸びをして戦っても、W杯という舞台で結果を残せなければ何の意味もなさない。惨敗すればむしろ後退してしまう。
 歴史とは時間をかけて作り上げていくもの。勝負の世界の非情な掟を何度も痛感させられてきた男が発した「こういう勝ち方」という言葉に込められた意味は重く、深い。


 自国開催以外のW杯では3大会、7戦目にしての初勝利。6大会、15戦を要した韓国を上回った、と至極単純な図式に喜ぶことはもちろんありえない。
 しかし、結果的にはグループGの3位で決勝トーナメントには進めなかったものの、前回ドイツ大会における韓国がトーゴ戦の勝利、準優勝したフランスを追い詰めてのドローで得た大きな自信が今大会における素晴らしい戦いぶりにつながっていることを考えれば、岡田監督の手腕うんぬんは別問題として、選手たちが愚直に体を張り続けてもぎ取ったカメルーン戦での「1勝」が財産となり、これからの日本サッカー界にもたらす効果に期待したくなる。

 
 ネット上ではデンマークの地元紙が「今大会で最低の試合」と日本対カメルーンを酷評したことが報じられているが、デンマークがオランダに負けたことを考えれば、むしろ心地よさを覚えてしまう。いくら内容がよくても負ければ敗者としてひとくくりにされる。
 守備偏重と言われようが、退屈と批判されようが、決定力不足を指摘されようが、いまはかわまない。日本が独自のスタイルを確立してくれると望む10年先、20年先、30年先のロングスパンで考えれば、魂を投げ打つような戦いを演じ、W杯の舞台でようやく第一歩を踏み出す原動力になった選手たちは「歴史の原点」として語り継がれていくはずだ。


 中盤の要であるアーセナルのA・ソングが首脳陣との確執から出場しないなど、カメルーンの体たらくぶりに救われた面はある。後半41分にバーを直撃したDFムビアのあわやのシュートには、誰かが体を寄せなければいけなかった。大会屈指の攻撃力を誇るオランダはそんなスキを見逃さないし、さらい精度の高い攻撃を仕掛けてくるだろう。
 ともあれ、南アにおける日本の戦いの跡がさらに光り輝く可能性も出てきた以上、暗澹たる気持ちで迎えた今大会が楽しみになってきたのも事実。ある海外通信社は「今大会で最大の番狂わせ」と報じたという。「番狂わせ」という響きが、ちょっぴり誇らしく思えた。

2010年6月15日 14:46|記事URLコメント(0)トラックバック(0)

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