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岡田体制の検証と今後への設計図を描くことを忘れるな  by 藤江直人

岡田体制の検証と今後への設計図を描くことを忘れるな  by  藤江直人

 南アフリカでの戦いを終えた日本代表が1日、帰国した。
 PK戦にまでもつれ込んでの決勝トーナメント1回戦敗退。もう1試合、それもスペイン代表と戦うチャンスが手の届くところにまで近づいていたことを思えば残念でならない。
 もちろん、3番手でPKを外したDF駒野友一も、相手に5本すべてを決められたGK川島永嗣も責めることはできない。惜しむらくは、延長戦を含めた120分間で1ゴールを奪うことができなかったこと。ここに岡田武史監督の「限界」が凝縮されている。


 パラグアイ戦から一夜明けた6月30日、岡田監督は当初はトップ下としての起用法を描いていた本田圭佑をワントップに据えた布陣をこう説明した。
「我々の攻撃には本田が必要だった。でも、彼は前線から相手を追い回せる選手ではない。それなら守備をどうすればいいか。全体的なことを考えての決断だった」
 ワントップの本田は実質的に守備を免除され、2列目の松井大輔と大久保嘉人に守備面でも負担を強いる変則布陣を初めて試したのは6月10日のジンバブエとの練習試合だった。


 大黒柱に据えてきたMF中村俊輔を、躊躇することなくレギュラーから外した決断力は評価できる。本田を軸とする布陣が試合ごとに機能していったからこそ日本は勝ち進めた。
 しかし、もっと早い段階で変更を実行することができれば、もっと成熟したチームでW杯に臨めたのではないか。前線から激しいプレスをかけ続ける戦い方を封印し、まず自陣にブロックを作って試合を落ち着かせる堅実な戦い方も奏功したが、この変更もそれまでの戦い方に限界と不安を覚えた選手たちからの要望だったという。


 誰が出ても同じ戦い方ができるように、と2年半もの歳月をかけて煮詰めてきた岡田監督のコンセプトは本番を前に完全に瓦解。本田という「個」にすべてを託す、いわば開き直った感のある指揮官のもとで、選手が「こうなったらオレたちが頑張るしかない」と結束力を究極にまで高めた結果がW杯2勝、自国開催大会以外では初のベスト16入りとなった。
 カメルーン戦から試合を重ねながらコンビネーションを成熟させてきたわけだから、当然、攻撃のオプションを用意する時間もない。その犠牲になったのがFW森本貴幸だった。

 
 大会を通じて岡田監督が切った交代のカードは、「本田システム」の中で激しく体力を消耗させた松井と大久保に代わる、運動量が豊富で献身的に守備をする選手が中心だった。
 森本を投入するとしたら本田の位置となるが、岡田監督にそこまでの度胸はない。「守備は苦手」と公言する森本を前線で本田と共存させる手立ても見つけられない。
 タテに抜け出す森本のスピードは疲労困ぱいのパラグアイにとっても脅威になったはずだが、延長戦開始とともに切られた最後の交代のカードはFW玉田圭司だった。


 パラグアイ戦後、森本はイタリアのメディアの質問にこう答えたという。
「岡田監督は特に守備のことを考えていたんだと思う。残念です」
 森本を含めて、出場時間ゼロで終わったフィールドプレーヤーが3人。30分間に満たない選手も5人を数えた。何のために23人の選手を擁していたのか。まさに大会直前で戦い方を180度変更した反動であり、岡田監督も自らの采配の幅を狭めるツケを支払わざるをえなかった。「私の力不足です」と位置付けた敗因は、指揮官としての偽らざる本音だったはずだ。


 ここまで選手起用が偏ると、普通ならばサブ組から不平不満が噴出してもおかしくない。それだけに、結束力を高めるために腐心した、キャプテンのGK川口能活をはじめとする30歳以上のベテラン勢の存在に岡田監督は感謝しなければならない。
 さらに言えば、もっと早い段階で従来のコンセプトでは世界が相手では通用しない、という現実を岡田監督が認識できていれば、23人のメンバー選考そのものも変わっていたはずだ。その点において、日本サッカー協会が背負わされる責任は大きい。


 W杯出場を決めた昨年6月からメンバー23人を発表するまでの間に、FIFAランクで10位以内の国と親善試合を組めたのは昨年9月のオランダ戦の一度だけだった。
 当初は「弾丸ツアーでもいいから強豪国と試合を」と威勢のいい声が飛んでいたが、瞬く間にトーンダウン。W杯前の最後の国際Aマッチデーだった今年3月3日に至っては、組み込まれていたバーレーンとのアジアカップ最終予選をずらすことに失敗した。これでは強化にもならないし、ましてや世界の壁を知ることもできない。アジアという「井の中の蛙」状態だった。


 バーレーン戦の失敗に関しては、昨年11月14日の香港とのアジアカップ最終予選を10月8日に前倒しできたことで、技術委員会の原博実委員長によれば「バーレーン戦もずらせるものと楽観視していた」という。完全なる見込み違いで貴重な一日を失ったわけだ。
 その11月14日もポートエリザベスに乗り込んで南アフリカと対戦したが、日本に「世界」を知らしめてくれるほどの強さは持ち合わせていなかった。10月10日に予定されていた韓国とのガチンコ対決は、東アジアサッカー連盟から横やりが入って幻に終わった。


 南アフリカ大会の結果を「よくやった」で終わらせてはいけない。まばゆいスポットライトに覆われつつある、一連の失敗を今後への教訓にしなければいけない。
 アジアサッカー連盟と「アジアカップ最終予選を国際Aマッチデーに開催することの是非」を議論することも必要だし、日本国内で親善試合を行うことも再考すべきだろう。2009年以降もトーゴ、スコットランド、チリ、ベルギー、フィンランドが来日したが、すべてご他聞に漏れず主力不在。何が日本の強化のためになるのか。スポンサーとも話し合うべきだ。


 もうひとつ、日本協会には「後任監督人事」という大仕事が待っている。
 今大会でチリ代表を率いたマルセロ・ビエルサ監督を筆頭に、すでにスポーツ新聞紙上には後任候補の名前がかまびすしいが、まずドイツ後の4年間を検証しないと先に進めない。
 サッカーの日本化を標榜したイビチャ・オシム氏から思いがけない形で岡田監督にバトンが託され、後任者が「ベスト4」と根拠なき目標を掲げた挙げ句に迷走を続け、5月の韓国戦後には進退伺を口頭で伝え、土壇場になって理想も何もすべてをかなぐり捨て、最後は「もう負けたくない」と選手が踏ん張ったことで一連の失態をすべて帳消しにしてくれた。


 その4年間で何が残り、次回ブラジル大会へ日本はどんなサッカーを目指すべきなのか。
 岡田監督は「サッカーとはその国の文化や歴史、伝統を映し出す鏡」と表現したことがある。世界的に突出した「個」が不在の中で、どんな状況でも労を厭わない献身さ、1プラス1を3にも4にも変える団結力は日本という国をここまで支えてきた文化であり、それが初めてサッカーを通して世界に発信されたのが今回の南アフリカ大会での4試合だと思っている。
 いわばドイツ後の4年間で得た最大の財産。これをベースにしなければいけない。


 まずは、日本協会のしかるべき人間が責任をもって将来へ向けた設計図を描く。
 短期的には来年1月のアジアカップ本大会、中期的には2014年ブラジル大会、そして長期的には数十年にわたって不変となる部分を鮮明にする。
 その設計図に沿った上で、短・中期的目標を実践するのにもっともふさわしい人物にオファーを出す。組織力でしっかりと守ることをベースに、攻撃の「牙」をさらに鋭く、より多く、それも「個」に頼らずに植え付けることのできる指導者が望ましいということになる。


 現状で言えば、報道されているビエルサ氏はふさわしい一人と言えるだろう。労を厭わない全員守備・全員攻撃は一時、岡田監督も手本としていたほどだ。
 南アフリカ大会はベスト8の佳境に入るが、それ以外のチームは息つく間もなく新たな戦いに舵を切っている。ビエルサ氏を筆頭に、優秀な指導者はクラブチームを含めて世界中から狙われる。帰国した日本代表の選手たちはつかの間の休息に入るが、日本サッカー協会の技術委員会の面々は、4年間の反省と検証を含めて、これから本当の闘いを迎える。

2010年7月 1日 17:21|記事URLコメント(1)トラックバック(0)

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コメント(1)

お忙しい中、コメントに対しての返信ありがとうございます。

パラグアイ戦の中村ケンゴを投入した場面、たらればの話になってしまいますが、延長戦時ではなく、あそこでスピードのある玉田でもよかったのではないかと思いました。大のケンゴ好きなので複雑な場面でした。0ー0で、誰をどう交代するか交代自体も難しい場面だったと思います。

日本代表の帰国後の記者会見を見て、改めてこのチームの「団結力」が分かりました。しかしです。

やりたいサッカーでは勝てず、やりたくないサッカー(勝つために仕方なくやったサッカー)で勝利を掴んでいった事実を協会は忘れてはいけません。

今回のW杯は「中田英寿がいない初のW杯」ということも注目していました。ドイツW杯時の練習(全体練習後の練習なのか分かりませんが)で、みんなの輪から中田が一人外れて練習している姿を見た時は、「戦術、戦い方、うんぬんではなく「まとまり」がないこのチームはダメだ」と感じたのを覚えています。キャンプ中だったか敗退後だったか分かりませんが、選手がよく利用していた日本食店である選手が食事をしていたら、お店の方が「中田英さんが来る予定ですよ」と聞き、中田が来る前にその選手がお店を出た話を聞いたことがあります。どこかで中田英寿はチームメイトに避けられていたんじゃないかと考えてしまいました。

本田は、中田と同じような異端児?という報道はいろいろなメディアでありましたが、中田と本田は、「現状に満足せず常に上を目指す」という考えは同じだと思います。今後、本田がどんな選手になるのか?ちょっと怖いもの見たさみたいな気がします。

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