Home > 本日の論! > アルゼンチン惨敗。メッシを孤立させたマラドーナイズム  by 藤江直人

アルゼンチン惨敗。メッシを孤立させたマラドーナイズム  by 藤江直人

アルゼンチン惨敗。メッシを孤立させたマラドーナイズム  by  藤江直人

■W杯南アフリカ大会・準々決勝
ドイツ代表 4‐0(前半1‐0) アルゼンチン代表
[7月3日午後11時(日本時間)キックオフ@グリーン・ポイント・スタジアム]


 交代枠があと1つ残っていたというのに、アルゼンチンのディエゴ・マラドーナ監督は動こうとしなかった。動けなかった、と表現した方が的を射ているかもしれない。
 2人目の交代選手として娘婿のFWアグエロをスタンバイさせている最中に、ドイツに決定的な3点目を奪われた。この時点で万事休す。万策尽きた指揮官は白旗を上げた。
 FWテベスを筆頭に、最後までピッチ上で闘志を失わなかった選手たちとはあまりに対照的だった。何も手を打つことができないまま、終了間際にはFWクローゼにW杯歴代1位に1差と迫る通算14ゴール目を献上。アルゼンチンの南アフリカ大会は惨敗で幕を閉じた。


 メッシによるメッシのためのW杯になる。
 ドイツ大会後の4年間のバルセロナにおける軌跡、特にバロンドール、FIFA年間最優秀選手、リーガ・エスパニョールの得点王の3冠を独占した2009‐10年シーズンの輝きを見れば、その勢いのまま優勝カップを手にしても決して不思議ではなかった。
 その一方で、なぜか代表チームにおいてはバルセロナほどに存在感を発揮することができない、という不安もあった。発売中の『論スポ』で出場32カ国パーフェクトガイドを監修していただいた評論家の風間八宏氏は、その理由とアルゼンチンが抱える爆弾を看破していた。


風間氏 「どうもマラドーナ監督はメッシに現役時代の自分をダブらせているように見える。メッシをイコール、チームの戦術にしようとしているが、問題はそのメッシが生かされていないことでしょう。何もかも一人で任されているようだと厳しい」


 奇将マラドーナに率いられたアルゼンチンの布陣は、指揮官自身が選手として世界の頂点を極めた1986年のメキシコ大会のそれに酷似している。
 ともに得点能力が高く、一人は前線で献身的に相手をチェイスし、もう一人はタテに抜け出すスピードにも優れたツートップ。ピッチの上で汗をかき続ける3人のMF。堅実な4人のDF。背番号「10」を託されたマラドーナは、その中心で守備に神経を割くことなく、ポジションにもこだわることなく、感性のおもむくままに実に気持ちよくプレーした。
 まさに傑出した才能を持つ王様を生かすための究極のシフトだった。


 果たして、指揮官としての手腕が未知数だったマラドーナがとった戦術は、上記の段落中における「マラドーナ」を「メッシ」に変えるだけだった。
 いかにメッシにとって居心地のいいチームを作り、その中でいかにメッシに気持ちよくプレーしてもらうか。春先にわざわざバルセロナにメッシを訪ね、約1週間も滞在し、話し合いを重ねた結果、メッシが望む23人が編成された。
 まさに常道を脱したチーム作りだが、果たして指揮官マラドーナが約四半世紀の間におけるサッカーの戦術の変遷を踏まえていたかどうか。その点に大いなる疑問が残る。


 マラドーナが選手としてまばゆい輝きを放った1986年大会はマンマークディフェンスが主流だった。繰り返される相手との1対1を、マラドーナはまるで天から降臨した神のように楽々と勝ち抜いた。イングランドとの準々決勝における5人抜きゴールはその典型だ。
 現代に目を移せばマンマークディフェンスは死語と化して久しく、ゾーンディフェンスにプレスを組み合わせた守備方法を取らないチームは皆無と言える。ゾーンディフェンスそのものが全盛期のマラドーナを止めるために考案されたと言われているが、20年近くの歳月を経て、スペースを与えられないピッチの上で後継者のメッシが孤立してしまった。


 ドイツは徹底してメッシが自由に使えるスペースにフタをした。メッシもそれを察知してあえてボールを保持し、密集の中にドリブルで突進し、ドイツの選手を引き付けることで周囲の味方に対するスペースを作り出そうとした。
 しかし、そうした戦法もすべてドイツに見透かされていた。ツートップのテベスとイグアインへのパスコースはほとんど遮断される。ならばシュートを放とうにも、厚い守備網の間隙を狙った苦し紛れの一撃がゴールの枠をとらえたのは7本中でわずか2度だった。ボールに触りたいがゆえに、メッシが最終ラインにまで下がってくることも一度や二度ではなかった。


 メッシが攻撃の起点となり、相手の守備を崩す役にもなり、フィニッシャーも務める。風間氏が指摘した「何もかも一人で任されている」状況は、結局、最後まで変わらなかった。
 せめて攻撃の組み立て役を担う選手を中盤に投入すれば、ストライカーに専念できるメッシを中心に流れを変えられたかもしれない。
 しかし、コンディションに問題があったのか、35歳の司令塔ベロンはベンチで寂しそうな表情を浮かべたまま試合終了のホイッスルを聞いた。メッシとの不仲がささやかれ、マラドーナ監督とも確執のあったもう一人の司令塔リケルメは、もちろん招集すらされていない。


 メッシの個人戦術の高さは群を抜いていた。しかし、ともにスペイン代表の心臓部を担うシャビとイニエスタが後方から支援してくれるバルセロナとは異なり、アルゼンチンではシャビやイニエスタの役割までも務めなければいけなかった。
 いかに突出した才能を持っていようとも、現代のサッカーで攻撃のすべてを一人の天才選手に託すことはまず不可能と言っていい。
 格下との対戦が続いた1次リーグでは覆われていた影の部分が、FIFAランク6位でアルゼンチンの7位を上回る強敵ドイツの前で無残にも焙りだされてしまったわけだ。


 代表監督に就任する前からメッシのプレーに魅せられ、「オレの後継者だ」「アイツならできる」と公言してきたマラドーナ監督が思い描いた幻想の世界の中でメッシは苦しみ、現実とのギャップに困惑し続け、結局はノーゴールのまま大会を去らざるをえなかった。
 メッシ頼みのマラドーナイズムの限界が露呈した一戦でもあったが、対照的にドイツは一気に輝きを増してきた。サッカーで危険な時間帯のひとつとされるキックオフ直後に前がかりになって攻め、アルゼンチンのファウルを誘い、MFシュバインシュタイガーのフリーキックにMFミュラーがヘディングを一閃したのは開始わずか3分だった。

 
 その集中力とチーム全員の共通意識の高さは見事と言うほかない。リードを奪った後も21歳のMFエジルを軸に攻撃を仕掛けたかと思えば、後半に入るや引き気味な布陣から切れ味鋭いカウンターを何度も見舞い、そのうち3度でゴールネットを揺らした。
 ボランチで存在感を発揮するケディラは23歳。残念ながら準決勝は出場停止となるが、先制点を挙げたミュラーにいたってはまだ20歳だ。そこにキャプテンのDFラーム、センターバックのメルテザッカー、シュバインシュタイガーやポドルスキの両MFらの中堅組が余裕を伴ったプレーでチームをけん引する。大会直前に32歳になったクローゼも健在だ。


 ベテラン、中堅、若手のバランスが実によく取れている上に、準優勝した2002年大会、3位に食い込んだ自国開催の前回大会の経験も確実に継承されている。
 大会直前に不動のキャプテンだったMFバラックを故障で欠いた悪夢のアクシデントも、チームの危機感と結束力を高め、ケディラの台頭を促したと思えばプラス材料になる。 
 1次リーグ2戦目でセルビアに0対1で苦杯をなめた時は若さが顔をのぞかせたし、その後も不安定な時間帯も少なくなかった。それでも、勝利を重ねるごとに経験を自信を積んだ若手の成長が相乗効果となって、思いもよらない爆発力を発揮するようになった。


 個人戦術の高さではメッシにかなわないが、平均点を比べればドイツのそれはアルゼンチンをはるかに凌駕し、ベスト4に残ったチームでもナンバーワンと言えるかもしれない。
 決勝トーナメント1回戦で宿敵イングランドを沈めた一撃必殺のカウンターをちらつかせながらの堅守速攻だけでなく、自ら主導権を握った美しい戦い方もできる。まさに変幻自在。西ドイツ時代からの代名詞である「質実剛健」や「ゲルマン魂」に加えて、幅広く柔軟なファイトスタイルを身につけた新生ドイツは準決勝で対戦するヨーロッパ王者スペインにも脅威に映るはずだ。
 ここにきて、優勝の本命に浮上したと言ってもいいだろう。それほどの強さだった。

2010年7月 4日 23:50|記事URLコメント(0)トラックバック(0)

トラックバック(0)

この記事のトラックバックURL: http://sv62.wadax.ne.jp/~sports-times-jp/mt/mt-tb.cgi/402

コメント(0)

コメントを書く