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新天地での挑戦。GK川島永嗣を支える「炎」と「氷」  by 藤江直人

新天地での挑戦。GK川島永嗣を支える「炎」と「氷」  by  藤江直人

 ベルギー1部リーグで4回の優勝を誇る古豪リールスに完全移籍した、日本代表GK川島永嗣の新たなる挑戦がヨーロッパの地で幕を開けた。
 用意された背番号「1」が期待の大きさと熱烈な歓迎ぶりを物語っているが、だからと言ってポジションが保証されているわけではない。ライバルは昨シーズンまでの正守護神で、スペインやオランダのチームでのプレー経験もある32歳のゼルビア人、ヴラダン・クヨヴィッチ。7月31日のリーグ開幕戦へ向けて、まさに気の抜けないレギュラー争いに挑むことになる。


 この1か月半の間に川島を取りまく環境は目まぐるしく変わった。
 5月30日にオーストリア・グラーツで行われたイングランド代表との親善試合で約半年ぶりとなる国際Aマッチ出場を果たすと、MFランパードのPKを阻止するなどファインセーブを連発。試合はオウンゴール2発で1対2と逆転負けを喫したが、川島の存在感は際立っていた。
 日本を発つ前の韓国代表との壮行試合で完敗。「流れを変えたかった」と暗中模索状態だった岡田武史監督は、そのまま川島をW杯本大会でも起用することを決断する。


 1998年フランス大会は川口能活。2002年日韓共催大会は楢崎正剛。2006年ドイツ大会は再び川口。日本代表のゴールマウスには2人のベテランが長く君臨してきた。
 しかし、フィリップ・トルシエ氏やジーコ氏、イビチャ・オシム氏といった歴代の日本代表監督経験者は、GKに関しては常に一抹の不満を抱きながら指揮を執っていたという。
 いわく「常に冷静沈着な楢崎は味方にいい意味での刺激を与えない。川口は時にアグレッシブさの度がすぎて味方に安心感を与えない」と。


 そして、イングランド戦をスタンドで観戦したオシム氏は「日本の不安材料が解決した」と楢崎に代わって出場した川島のプレーを絶賛したという。
 例えるなら「炎」と「氷」か。まさに川口と楢崎の双方の長所を絶妙のバランスで同居させる川島の能力の高さは誰もが認めるところだった。唯一の不安材料を挙げるとしたら、イングランド戦がわずか9キャップ目という国際経験の少なさ。それを補って余りある活躍を演じたわけであり、この試合がリールス関係者の目に留まったことがW杯後の移籍につながってもいた。


 もっとも、周囲には「突然」や「電撃」に映る移籍も川島にとっては「必然」だった。
「自分としては、W杯が始まる前から何としてもこのタイミングで海外にチャレンジしようと思っていた。そこへ興味を持っていただいたのがリールスでした」
 川崎フロンターレとの契約は6月30日で切れることになっていた。もちろんフロンターレ側はさらなる契約の延長を打診。川島が日本代表の一員として旅立つ前から交渉の席が設けられたが、川島が思い描いてきたサッカー人生の青写真が覆ることはなかった。


 浦和東高を卒業したのが2001年3月。浦和レッズの入団テストに落ち、当時J2だった大宮アルディージャでプロとしての第一歩をスタートさせた。
 その傍らで川島は来たる海外挑戦に備えて英語とイタリア語の勉強を始める。イタリアに短期留学し、セリエAの若手選手たちが出場する「ヴィニョーラ・トーナメント」で優勝&ベストGKの2冠に輝き、パルマから移籍を打診を受けた1年目のオフには、すでにイタリア語でコミュニケーションを取ることへの不安はないほどのレベルに達していた。


 リールスの入団会見をすべて流ちょうな英語で応対したように、海外に挑む日本人選手がまず直面する言葉の壁への不安は現時点ではない。いまではポルトガル語にも習熟している。
 アルディージャから移った名古屋グランパスで楢崎のプレーを間近で学び、2007年からはフロンターレでJ1やACLで実戦の経験を積んだキャリアを含めて、まさに周到な準備のもとでつかみ取った今回の移籍だが、その一方で素朴な疑問も残る。
 W杯での大活躍を考えれば、もっと大きなクラブからのオファーがあったのではないかと。


 他チームからのオファーについては、川島も「いろいろなお話をいただいた」と否定しない。それでも、新天地はリールス以外に考えられなかった。理由はW杯前から熱心に誘ってくれた点と、もうひとつ。海外移籍の経験をもつ川口からも話を聞き、確信に至った点でもある。
「日本のゴールキーパーが海外のチームでプレーすることがいかに難しいかは、自分の中でも身にしみて分かっている。まずは試合に出ることが大事なんです」
 4年ぶりに昇格する1部で古豪復活を目指すリールスは、Jリーグや日本代表における実績も何も関係なく、まさにゼロからのスタートを誓う川島にとってベストのチームだった。


 実際、川島は熱い胸のうちをこう語っている。
「歴史があるだけではなく、1部リーグの中でさらに上位に行こう、という大志をもっているクラブ。非常にやりがいのある挑戦だし、もちろん全部の試合に出たい。自分のプレーでチームの順位を少しでも上にあげられたら、その中で自分もステップアップできるんじゃないかと。いずれはトップのリーグでやれたらいいな、とは思う。自分がよければ、上へ行くチャンスはたくさんある。いい形で成功して、日本のキーパーの今後につなげていきたい」


 ここでも川島に宿る「炎」と「氷」が同時に顔をのぞかせる。
 川口と楢崎に次ぐ第3キーパーの立場に長く甘んじていた時間は「2人を見ていて、自分はどういうキーパーになればいいのか、どういうキーパーになりたいのかという目標を持つことができた」と腐ることなく自らの成長の糧に変えた。
 キックオフの2時間前にスタメンを告げられたイングランド戦では「こういう相手と戦うために準備をしてきた。大事なのはメンタル。絶対に怯まないこと。熱く燃えながらも冷静に判断できた」とこれまでの積み重ねを信じることで不安とプレッシャーを取り除いた。


 南アフリカから帰国してからほとんど休む間もなく日本とベルギーを往復した。
 Jリーグが再開された14日には等々力陸上競技場で愛着深いフロンターレと、くしくもその夜の対戦相手だったアルディージャの双方のサポーターにリールスへの旅立ちを報告し、感謝の思いが涙となってところどころで声を途切れさせた。
「疲れはない。W杯ではかけがえのない経験ができた。自信をもって、過信することなくまい進して行きたい。最高のコンディションのまま、高いモチベーションで臨めます」


 今シーズンの目標は2位以内に入り、来シーズンの欧州チャンピオンズリーグ予備戦への出場権を得ること。川島の屋台骨を支える「炎」と「氷」の絶妙なるバランスは、いまのところ揺るがない。それだけの入念な準備と貴重な経験を自身の心技体に刻み込んだ。
 ステップアップを果たし、成長を重ねていく先に、31歳で迎える4年後のブラジルW杯がある。残念な点をしいて挙げれば、ベルギーリーグの試合が日本でテレビ放送されないことか。
「そうなんですよ。いいニュースを日本に届けたいですね」
 めったに表情を変えない川島が思わず浮かべた笑顔。そこには自信がみなぎっていた。

2010年7月17日 15:51|記事URLコメント(0)トラックバック(0)

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