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涙の旅立ち。DF長友佑都が恩師と交わした約束の場所 by 藤江直人

2年前の夏に2人の間で交わされた「約束の場所」への第一歩が刻まれた。
「もっと、もっとビッグになって、世界一のサイドバックになって、また青赤の(FC東京の)ユニホームを着て、このピッチに帰ってきたいと思います」
涙で震える声を聞いているうちに、感無量の思いがこみ上げてくる。味の素スタジアムを埋めたサポーターにセリエA・チェゼーナへの移籍を報告する長友佑都の姿を見ながら、明治大学サッカー部の神川明彦監督はかつての教え子がもつ「星」がひときわ輝くのを感じていた。
7月17日のヴィッセル神戸戦後に行われた壮行セレモニー。花束の贈呈役を務めた神川監督は、久しぶりに間近で見た長友の変化を感じ取っていた。
神川監督「どんどん精かんな顔つきになっていく。自信がそうさせているんでしょうね。Jリーグに送り出した時から、いつかは海外に挑戦できる選手になると思っていましたけど、こんなに早く訪れるとは。W杯に出て、活躍して、みんなに認められて、相手チームのサポータにまで祝福されて。最高の旅立ちですよね。星をもっている、とあらためて思いました」
2008年8月。北京五輪の1次リーグを3戦全敗で終え、不完全燃焼のまま帰国した直後の暑い日だったと記憶している。明治大学サッカー部のある世田谷区八幡山とFC東京の練習城のある小平市の中間地点、吉祥寺駅近くの喫茶店で神川監督は長友と会った。
当時の長友は明治大学政経学部4年生。「一刻も早くプロになりたい」という長友の申し出を受けてサッカー部からの退部を認め、オファーを受けていたFC東京に送り出してから半年あまりの歳月が流れていた。その間に長友は北京五輪出場だけでなく岡田武史監督率いるA代表にも抜擢され、期待の左サイドバックとして一気に注目を集める存在になっていた。
神川監督「アイツ、これで明治大学に対しても顔向けができると喜んでいたんですよ。もちろん、北京五輪でふがいない結果に終わったことに対しては悔しがっていましたけど」
長友の体に宿る無尽蔵のスタミナと1対1の強さを見抜き、1年生の12月にそれまでのボランチからサイドバックへの転向を命じた神川監督は、次の目標として明治大学サッカー部出身者では史上初のW杯代表になることを挙げた上で、さらに壮大な夢を教え子に託している。
神川監督「欧州チャンピオンズリーグに出るような選手になってほしい。そこに最高峰があるなら目指してほしい。お前ならできる。どんなカテゴリーに進んでも絶対に活躍できる」
長友から返ってきた短い言葉は、決意と自信に満ちあふれていたという。
「もちろんです」
2年前の夏に吉祥寺の喫茶店でかわされた約束を、神川監督は懐かしそうに振り返る。
神川監督「僕に転向を決断させるだけのサイドバックとしての能力を持っていたということと、長友がそれを真正面からちゃんと受け止めて、彼なりに『サイドバック長友佑都』を表現してくれたからいまがある。しかも、長友は進化することを止めない。お前ならできる、そんな星を持っている、とみんなに言わせてしまうような人間性を持っているんです」
欧州チャンピオンズリーグ。長友が掲げる「世界一のサイドバック」になるためには、この舞台で、可能な限り頂点に近い場所で光り輝くことが最も近い道となる。
その第一歩を踏み出すチェゼーナは、今シーズンから実に20年ぶりにセリエAへの昇格を果たす。世界的に名前が知られたビッグネームの選手はもちろん皆無。チームの戦力的には厳しいと言わざるを得ないが、神川監督は「いい選択をしたと思う」と太鼓判を押す。
神川監督「まず試合に出られるチームで経験を積んで、ビッグクラブへ移籍する足がかりをつくる。ペルージャでスタートした中田英寿と同じパターン。いいんじゃないですか」
スタンドでセレモニーを見守っていた長友の母・美枝さんも万感の思いを胸に募らせていた。
「大学に入った頃は『4年間サッカーを頑張ればいい会社に就職できる』という感じだったんですけど、まさか海外に移籍できるなんて。今夜も華やかに見えますけど、実際に向こうに行けばいいことばかりではない、相当な試練が待っているということを誰よりも佑都本人が分かっている。それを乗り越えた時に、より大きな人間になってくれると思っています」
長友が「一刻も早くプロになりたい」と副将就任が決まっていた明治大サッカー部を3年で退部したのも、女手ひとつで3人の子供を育てた母を楽にしてあげたいとの思いからだった。
壮行セレモニーの冒頭。長友は唐突に黒いサングラスをかけ、イタリア語で「ボンジョルノ」と挨拶してスタンドの不評を買った。もちろん長友がいまにもあふれてきそうな涙を隠すためだと分かっていたからこそ、サポーターもブーイングに最大級の愛情とエールを込めた。
「寂しいけど、これも自分が決めた道。信念を持って戦い、自分づくりに励んできます」
中学時代の恩師、井上博教諭は「周囲の人に喜んでほしいという思いでとことん頑張れる男」と長友を評する。母、神川監督や井上教諭をはじめとする恩師、FC東京のサポーター、そして日本中のサッカーファンの期待を力に変えて、長友は21日にイタリアへ旅立つ。
ごく近い将来に、とびっきりビッグな夢を自らの力でかなえるために。
2010年7月18日 13:30|記事URL|コメント(0)|トラックバック(0)
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