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ミスター・ナイスガイ。佐藤寿人を応援したくなる理由 by 藤江直人
■J1第18節
川崎フロンターレ[勝ち点32] 2‐0(前半0‐0) サンフレッチェ広島[勝ち点26]
[8月15日午後7時キックオフ@等々力陸上競技場/観衆1万9026人]
歯がゆさがスタンドに設けられた記者席にまで伝わってくる。3分間が表示された後半のロスタイムに突入する直前だった。サンフレッチェ広島のFW佐藤寿人がまるで何かに駆りたてられたかのように持ち場である最前線を離れ、敵陣へ向けて猛然とダッシュを始める。
この時点で2点のビハインド。敗色濃厚なのは分かってる。それでも、約5年にわたって勝ち星をあげていない天敵・川崎フロンターレに一矢でも報いて終わりたい。相手の攻撃陣と対峙していた味方に加勢する後ろ姿に、キャプテンの必死な思いが凝縮されていた。それでもボールを奪い、攻撃に転じることすらできない。なす術がないまま試合終了が告げられた。
自身が放ったシュートも90分間でわずか2本。佐藤は潔く完敗を認めた。
「後半はずっとディフェンスをしていたようなものだから......向こうも苦しいはずだからこそ、ウチも強い気持ちを持って臨まないとズルズルいってしまう。寄せも甘いし、タマ際も弱い。相手にバックパスさせる場面がほとんどなかった。ビルドアップうんぬん以前の問題だった」
ガンバ大阪に0対2と一蹴された前節に続く黒星。夏場の9連戦で6勝3分けと破竹の快進撃を続け、最終的にJ1で4位に食い込み、ACLの出場権まで獲得した昨シーズンの手応えが残っているからこそ、「もっとタフにならないと」と自らも戒めるように檄を飛ばした。
正念場の夏場の戦いを迎える前の7月中旬に、佐藤は大きな決断を下している。
突如として舞い込んだ、クロアチアの強豪ディナモ・ザグレブからの獲得オファー。今年3月で28歳になったストライカーにとって、年齢的にも最初で最後のチャンスになるかもしれない海外リーグへの挑戦。W杯南アフリカ大会の日本代表候補に名前を連ねてきた佐藤にとっては、代表チームでともにプレーしたことのあるMF本田圭佑の飛躍ぶりにもちろん刺激を受けたはずだし、より高いレベルを求めたいと訴えるアスリートの本能も疼いたはずだ。
当初は7月19日までに出すとしていた結論が数日延びたのも佐藤の迷いを物語っている。
サンフレッチェを率いて5シーズン目になるオーストリア人のミハイロ・ペドロヴィッチ監督は、1984‐85年シーズンにMFとしてディナモ・ザグレブで活躍。その縁で現在もシーズン前のトルコ合宿で、同じくキャンプ中のディナモ・ザグレブと練習試合を組んできた。
そうした経緯もあって佐藤がリストアップされたと見られるが、クロアチアリーグそのものは7月23日に開幕している。その直前のタイミングでの獲得オファーに対して佐藤も違和感を覚えたはずだし、もちろんチームメートとの意思疎通を図る時間もない。
下された結論はサンフレッチェ残留。決め手になったのは「チーム愛」だった。
佐藤は海外へのチャレンジを封印した理由をこう語っている。
「このクラブ以外は考えられない。好きなクラブでサッカーができることは楽しいし、これからも続けていきたい。違うユニホームを着てプレーしている自分の姿が想像できない。甘いと言えばそれまでだけど、根本的なサッカーの楽しさを考えたらここしかない。(本田)圭佑のようにどこかをステップにしてビッグになるというよりも、このチームでタイトルを獲りたい」
ベガルタ仙台から移籍して6シーズン目。2008年にはJ2降格を味わいながら誰よりも先に残留を公言し、再びJ1へ引き揚げた男が、今回も夢より「情」を貫いたことになる。
サンフレッチェのサポーターはもちろん拍手喝采した。一方で佐藤自身も「甘いと言えばそれまで」と覚悟していたように、海外挑戦のチャンスそのものが誰にでも訪れるものでもないだけに、佐藤の決断に物足りなさを感じたサッカーファンも決して少なくない。
31もの日本代表キャップを保持しながら、ドイツ大会、今回の南アフリカ大会と2大会連続でW杯に縁がない。抜群のスピードで相手の最終ラインの裏に一瞬で抜け出し、ワンタッチでゴールを陥れるテクニックはJ1でも屈指。日本人では初となる6年連続2ケタ得点もマークしている。海外挑戦という刺激がさらなる成長を促す可能性はもちろんあった。
しかし、佐藤という男、とにかく誠実で優しく、他人の悪口を言うこともない。負けた試合の後でも常に真摯な態度で取材に応じる。フロンターレ戦後も取材陣の輪が途切れることがなく、サンフレッチェのスタッフがしびれを切らして佐藤を帰りのバスに迎え入れたほどだ。
礼儀正しく、情にも深い。エゴイスティックな部分が求められるポジションにあって、大丈夫なのかと思うほど「いい人」でもある。2007年にフェアプレー個人賞を受賞したように、イエローカードをもらわないことでも有名だ。J1で200試合以上に出場して、わずか10枚しか提示されていない。今シーズンは全18試合に先発出場して、もちろんゼロ枚だ。
尊敬する選手の一人にキング・カズこと三浦知良を挙げる佐藤が、その憧れの存在がかつて在籍したディナモ・ザグレブでプレーできるチャンスをあえて見送った。
モダンな攻撃サッカーを標榜するペトロヴィッチ監督の長期体制のもとで緻密な戦術を磨き上げ、J1昇格1年目のチームでは最高位となる4位に躍進した昨シーズンの軌跡と結果が自信となり、悲願のタイトル獲得が近いことを佐藤自身も感じているのだろう。
それだけに、通算4チーム目となるサンフレッチェに骨を埋めるに等しい、サッカー人生で最大とも言える決断を下した直後の失速が歯がゆくて仕方ないはずだ。
フロンターレは後半21分に2点目を奪うと、勝利を確信したのか、中3日でホームに首位・名古屋グランパスを迎える直接対決へ向けて、夏場の連戦で疲労が溜まっているMF中村憲剛、稲本潤一、FWジュニーニョの主力を次々とベンチへ引っ込めた。
「悔しいというか、なめられた。特に憲剛君なんて代えがきかないポジションなのに」
唇をかみしめた佐藤だったが、いつまでも下を向いている性格でもない。現時点で勝ち点26の9位だが、上位チームとの差はそれほど開いてもいない。グランパスとの勝ち点差は12。追撃の可能性を繋ぎ止めるためにも、ここで気持ちを途切れさせるわけにもいかない。
「苦しいけど、やるしかない。まだあきらめる位置じゃない。ウチは若い選手が多いので、こうした状況の中でポイントを重ねていけば、それだけ彼らの財産になるので」
佐藤自身も7年連続2ケタ得点のJ新記録達成まであと2ゴールに迫っているし、得点王争いのトップがグランパスのケネディとガンバの平井将生の10ゴールであることを考えれば、初のタイトル獲得も十二分に射程距離にある。それでも、チームと周囲を最優先に考える。
まさにミスター・ナイスガイ。その生き様は「成り上がり」を公言する本田圭佑とは対極の位置にあるが、それでも不思議と魅せられ、応援したくなる。こんなFWがいてもいい、と。
2010年8月17日 00:42|記事URL|コメント(0)|トラックバック(0)
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