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壮絶なる死闘。槙野智章に見る至高のグッドルーザー  by 藤江直人

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■Jリーグ・ナビスコカップ決勝
ジュビロ磐田 5‐3(前・後半2‐2) サンフレッチェ広島
[11月3日午後2時9分キックオフ@国立競技場/観衆3万9767人]
※ジュビロ磐田が12年ぶり2度目の優勝


 槙野智章の声が、まるで別人のそれのように嗄れ果てていた。
 死闘の余韻がまだ残るミックスゾーン。日本代表にも名前を連ねるサンフレッチェ広島のホープは黒星を受け入れた上で胸を張り、前を向いた。涙はもう乾いていた。
槙野「大声で喝を入れてきたんです。ロッカールームで。延長に入って3点目を入れられた時点でチーム全体が下を向いてしまい、引きずる形で直後に4点目を失ってしまったので」
 言葉だけでなく、プレーでもチームを引っ張る存在になる。2点ビハインドで迎えた延長前半のロスタイム。約25メートルの距離をものともせず、ジュビロ磐田のGK川口能活の牙城を破った直接フリーキックには、23歳の槙野の決意と執念とが凝縮されていた。


 1992年に前身のマツダからサンフレッチェ広島にチーム名称を変え、Jリーグに参戦してからは初めてとなるタイトルは、すぐ手の届くところにあった。
 サンフレッチェが2対1とリードして迎えた後半44分。ジュビロが右コーナーキックを獲得する。MF上田康太が蹴る直前に、FW前田遼一がゴール前の密集地帯からあえて離れた場所にポジションを取る。右からの放物線にMF那須大亮が頭をヒットさせる。GK西川周作がセーブしたこぼれダマに、誰よりも早く左足を反応させたのが前田だった。
 本人は「特に深い意味はありません」と謙遜するが、前田の独特の得点感覚が最初からゴール前の競り合いを避け、こぼれダマを蹴り込む青写真を描かせていたのだろう。


 ジュビロのエースをいかに止めるか。サンフレッチェ守備陣に与えられた命題だった。2日に都内で行われた前夜祭では、けん制の意味を込めて槙野はこんな言葉を発している。
槙野「遼一さんにはこれから風邪をひいてもらって、明日は欠場していただきたい」
 実際に試合が始まると、槙野を中心とする3バックが前田を徹底的にマーク。前後半の90分間を通じて仕事をさせたのは2度だけだったが、その両方でゴールに絡ませてしまった。
 前半36分には絶妙のセンタリングでMF船谷圭祐の先制ゴールをアシストされる。終了間際の同点弾をはさみ、延長戦に入るとまるで水を得た魚のように動きがシャープになってきた背番号18に4点目をアシストされ、後半4分には技ありのループ弾まで決められる。
 この瞬間、槙野のゴールで膨らみかけた奇跡への予感が一気に霧散した。
 

 前田が放ったシュートは、実は終了間際の同点弾が1本目だった。ミッションを完遂するまさに目前だっただけに、余計に対前田においては敗北感が胸に募る。
槙野「遼一さんとはいいマッチアップをしていたんですけど、失点した場面で僕が目の前にいなかったことが残念。遼一さんが決めるとジュビロが乗ってくるので、絶対にゴールさせたくなかったんですけど。決められたの、残り3分くらいですか? エッ、1分だったんですか! 集中するために時計は見ないようにしていたんですけど......」
 延長後半の終了間際には自ら仕掛けてPKを獲得。最後までスタンドを盛り上げたが、川口に背中を向けたまま、直前になって反転して蹴ったPKは見事に阻止されてしまった。


 グッドルーザーという言葉がある。
 負けっぷりのいい人。負け惜しみを言わない人。潔く負けを認める人。まさに国立競技場のピッチでサンフレッチェが見せた戦いぶりであり、取材する側を魅了した槙野の試合後の態度でもある。勝者ではなく、あえて敗者をこの欄で取り上げた理由もここにある。
槙野「最後の最後で力のなさを感じた。若くて、勢いがあって、お笑いもあるという3点セットじゃ勝てない、タイトルはまだ獲れないということ。僕自身を含めてもっと賢く、もっと頭を使ってゲームの流れを読む力を身につけていかないと。ただ、僕としては今持っているものをすべて出せた。負けたことは悔しいけど、すごく楽しめた120分間だった」
 時間の経過とともにさらに声が変質してきても、槙野は直立不動で話し続ける。


 お笑いの部分では、プロとしてサポーターを楽しませることも忘れなかった。
 前半43分。FW李忠成が同点ゴールを決めると、公約していたパフォーマンスが繰り出される。GK西川を含めた10人がメーンスタンド前で輪を作って弓を引くポーズを取り、その中心で槙野が両手を青空にかざして立ち上がる。サポーターはもちろん拍手喝采だ。
 チーム名の一部の「フレッチェ」はイタリア語で「弓」を意味する。数日前から綿密に練ってきたネタだったが、試合直前になって実は一部修正を余儀なくされていた。
槙野「本当は僕が(大会スポンサーの)ヤマザキナビスコのチップスターを頭上に掲げるはずだったんですけど、試合前に相談したら『それだけはやめてくれ』と。ただ、主審の高山さんからは『後は思う存分やって下さい』と言われました。すごくいい方ですね(笑)」

 
 2003年度の天皇杯以来となるタイトルを獲得することで、名門復活への足がかりとしたいと燃えるジュビロの執念の前に最後は屈する形で、初体験のファイナルは幕を閉じた。
 23歳の槙野を筆頭に、今大会のニューヒーロー賞を獲得したMF高萩洋次郎、J1で5試合連続ゴールをマークした李忠成、GK西川らチームには25歳以下の若手が多い。2度のJ2降格を乗り越えてきたサンフレッチェにとって、今回の黒星はさらなる成長への糧になる。
槙野「勝ち切るための強靭なメンタリティーが必要だということを含めて、いろいろなものを学ぶことができた。ジュビロにはそれがあった。僕たちはもっと、もっと大きくなれる。来年、もう一回この舞台に立って、今度こそはタイトルを獲れるようにしたい」


 ロッカールームを出たところで川口と顔を合わせ、肩を叩かれた。 
槙野「1勝1敗だな、と言われました。PKの時は冷静さを欠いてしまいましたね」
 前夜祭で「能活さんからはまだゴールを奪っていないのでぜひ」と宣言した槙野が直接フリーキックを突き刺し、最後にPKを止められたことで痛み分けとなったのだろう。
槙野「遼一さんは日本を代表するストライカーだけど、僕も日本を背負っていくディフェンダーになるつもりでプレーしている。次はやられないようにしたい」
 今シーズンで契約が切れる槙野に対しては、すでに横浜F・マリノスが獲得のオファーを出している。他チームも参戦の意向を示すなど、今オフの主役になることが必至な男は最後まで潔さを貫き、文句なしのMVPに輝いた日本代表FWを嗄れ果てた声で讃えていた。


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2010年11月 3日 20:31|記事URLコメント(0)トラックバック(0)

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