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4年後のブラジルW杯へ。FW永井謙佑が描く青写真  by 藤江直人

4年後のブラジルW杯へ。FW永井謙佑が描く青写真  by  藤江直人

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■全日本大学サッカー選手権1回戦
福岡大学[九州第1代表] 2‐1(前半2‐0) 仙台大学[東北代表]
[12月18日午後1時50分キックオフ@プレイテック・スタジアム]


 数か月前までの永井謙佑ならば、得意のドリブルでさらに突っ掛けるか、あるいはフリーの位置にいる味方へのパスを選択していたかもしれない。
 両チームともに無得点で迎えた前半29分。味方のゴールキックを相手DFと競った永井がこぼれ球を拾うと、ゴールではなく向かって右へ旋回していく。ペナルティーエリアのやや外側、距離にして約20メートルの位置まで移動した直後だった。
 迷うことなく振り抜かれた右足から放たれた一撃は、低い弾道から相手GKの手前で浮き上がるように軌道を変えて、ゴールの左隅に突き刺さった。


 この時、永井から見て右斜め前方にはフリーのFW清武功暉がいた。
「以前の僕だったら功暉にパスを出していたかもしれない。遠目からあまりシュートを打つことがなかったので、ずっと練習してきた。ちょうどDFの間が空いていたので、そこを狙って、イメージ通りに打つことができた。練習の成果が出たのかな、と思う」
 福岡大学の乾真寛監督によれば、永井が最も得意するシュートは50メートル5秒8の快足を駆使して相手の最終ラインの裏に抜け出し、飛び出してきたGKの鼻っ先であざ笑うようにボールをループさせてゴールに吸い込ませるパターンだという。


乾監督「学生相手だと最終ラインを下げられてしまう。九州リーグだともっと極端に下げられる時もあるし、そうなると裏に抜けるだけではダメ。アジア大会から帰ってきてから、誰に言われるまでもなく、あの距離を徹底して練習していた。もっとも、弾道が緩ければ相手のGKの手が届いてしまうけど、シュートがもうひと伸びしていたよね。もともとが抜群の力を持っているところに、ここにきてさらに成長した。今日は永井サマサマです」
 プレーの幅が広がった手応えを感じていたのか。試合後の永井も「相手をかわさなくてもゴールを決められましたね」と試合を動かす先制弾に言葉を弾ませた。


 進化の跡と言ってもいいだろう。実際、入学時から永井を指導してきた乾監督も「未完成というか、まだまだ伸びしろがあるということ」とさらなる成長に太鼓判を押す。
 福岡大では通常、1、2年次で選手個々のレベルに合わせて細かく設定されたフィジカルトレーニングのメニューを組む。しかし、永井は入学早々にU‐18、U‐19と年代別の代表に選出され続けたことで、必然的に土台を作り上げる作業が疎かになっていた。
乾監督「そうしたら、2年の夏に大スランプに陥りましてね。もう一度、基本的なトレーニングを見直そうということで、永井には徹底してフィジカルを強化させたんです」


 ゼロからの出直しを誓ってから約3か月。地道な練習が永井の自信を蘇らせたことは、エースとして出場したU‐19アジア選手権で強敵イランを相手に達成したハットトリックと、ベスト8で敗退しながらも大会得点王のタイトルを獲得した実績とが物語る。
 実はサポートメンバーとして帯同した今夏のW杯南アフリカ大会から帰国した後も、再びゼロからの再出発を余儀なくされていた。当初は1次リーグ終了後に4人のサポートメンバーは帰国する予定だったが、当時の岡田武史監督が「27人全員で決勝トーナメントを戦う」と方針を変更。関西国際空港に降り立ったのは、夏の陣である総理大臣杯が開幕する3日前の7月1日だった。


乾監督「1か月半も代表チームに帯同したことで、頭脳はものすごく高いレベルになっていたはずだけど、90分間の試合をまったく経験していなかった影響でフィジカルのベースが著しく低下していた。なので、9月、10月と再びフィジカルトレーニングを徹底させました。アイツが嫌いな巣走りも容赦なく課して。その後に、自分の判断でシュート練習をしていましたね」
 永井に合わせて設定されたフィジカルトレーニングのメニューは、乾監督によれば「他の誰にも消化できない」ほどハードだという。現在の体重74キロは、入学時から約3キロ増。そのほとんどを筋肉が占めていることは言うまでもない。


 迎えた大学最後の公式戦。仙台大のDF陣がわずかでもスキを見せたり、トラップが雑にでもなれば、永井が猛然とチェックをかけるシーンが何度も繰り返された。
 それまでは何気なく立っているだけの背番号10が、一瞬にして相手との間合いを消去する。有無をも言わせぬ迫力に、スタンドからはこんな声が漏れたほどだ。
「ちょっとでもトラップをミスすれば、ボールを取られるんじゃないか」
 UAEを撃破したアジア大会決勝でも、こうしたプレーからボールを奪取し、相手ゴールを脅かしかけた場面が3度もあった。存在だけで相手の脅威になる、数少ないFWの一人と言っていい。


乾監督「攻撃だけしていればいいという気分屋のFWとは違う。ああやって前線から走り回ってくれることで、どれだけ後ろの選手が助かるか。アジア大会でも左の太ももを痛めながら、気持ちだけで走っていた。帰国し時は松葉杖姿ですから。永井にしかできないプレーです」
 群を抜く韋駄天ぶりは、攻撃時だけでなく守備においても圧倒的な存在感を放つ。もっとも、大学ナンバーワン・ストライカーのストロングポイントはスピードだけではない。
 開始直後のワンシーン。ドリブルで敵陣に迫っていた永井が、ゴール前を固める相手の陣形に臆することなく、トップスピードに乗ったまま守備網を切り裂いていく。


 ゴールに結びつくことはなかったものの、細かく、柔らかいステップが刻む独特のリズムは、対峙するマーカーを戸惑わせるのに十分すぎるものだった。
乾監督「あの柔らかいドリブルは、教えられてできるものではない。子供の頃にブラジルで楽しんだストリートサッカーが生きているんだと思う。日本だったら、密集の中であえてドリブルしようものなら、指導者から『パスをしろ』と怒鳴られてしまうでしょうからね」
 永井は3歳からの5年間をブラジル南部の小さな街イパチンガで過ごした。天性として備わっていたスピードと、まず個人技ありきのサッカー王国のメンタリティー。そこに福岡大で積んできた地道なフィジカルトレーニングが融合したからこそ、今現在のスタイルがある。


 もっとも、成長を続け、プレーの幅を広げたといっても、来春からプレーの舞台を移す名古屋グランパスでは活躍することはおろかポジションすらも保証されていない。
 JFA・Jリーグ特別指定選手としてすでにJ2のアビスパ福岡で3試合、J1のヴィッセル神戸で5試合に出場しているが、まだゴールは記録されていない。
 それでも、あえて選手層の厚いJ1王者への入団を決めた背景には、永井と指揮官とが描く、4年後のW杯ブラジル大会へ向けた独自の「青写真」があるからに他ならない。
 1989年の早生まれの永井は、25歳と3か月で次のW杯を迎える。永井自身、早生まれという点には「運転免許を取得するのが遅くなったこと以外は得してますね」と無邪気に笑う。


乾監督「早生まれということもあり、次のW杯は25歳でピークというか、ベストの状態になっていると思う。グランパスでレベルの高い選手に囲まれれば、ウチにいる時とは違ってゴールのチャンスも増えるだろうし、当然、もっと体もできてくる。その上でさらに成長するために、入団から1年半が経った時点でチャンスがあれば海外に挑戦できるという項目を盛り込んだんですから」
 グランパスとの契約期間は来年2月1日からの2年間。しかし、その間に永井がJ1やACLで確固たる結果を残し、海外クラブからのオファーが届けば、2012年の欧州シーズンが始まる夏に合わせて移籍する。5チームによる争奪戦の中で最終的にグランパスを選んだのは、永井サイドが強く望む海外移籍に対して理解を示した点が決定打となった。


 2年後にはロンドン五輪がある。1989年1月1日生まれ以降という年齢制限に大学4年生の大半が抵触してしまう中で、ここでも永井は早生まれの恩恵を受けている。
 永井自身も「グランパスでしっかり試合に絡み、ロンドン五輪の代表になることが海外へのステップになる」と中期的な目標を描いているが、今は短期的な目標としてインカレの通称で呼ばれる今回の冬の陣で悲願の初優勝を勝ち取り、旅立ちの軌跡を残すことしか考えていない。
「今年はホント、3か月に一回くらいの割合でしかみんなと一緒にやれてないから。今日もみんな頑張ってくれた。ゴールを決めることが恩返しになると思っている」
 23日の関西大学との準々決勝、26日の準決勝をへて、来年1月5日の国立競技場のピッチで美酒に酔う。その先に、永井はサクセスストリーの第2章を夢見ている。


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2010年12月18日 20:00|記事URLコメント(0)トラックバック(0)

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