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笑顔の準優勝。ミラクルを予感させた久御山スタイル  by 藤江直人

笑顔の準優勝。ミラクルを予感させた久御山スタイル  by  藤江直人

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■全国高校サッカー選手権大会決勝
滝川第二[兵庫県代表] 5‐3(前半2‐0) 久御山[京都府代表]
[1月10日午後2時5分キックオフ@国立競技場/観衆3万5687人]
※滝川第二が初優勝。兵庫県勢としても戦後初の優勝


 5分が提示された後半のロスタイムが終わりに近づく。直前に滝川第二のFW樋口寛規に大会単独得点王に躍り出る、この試合2点目を決められた。スコアは3対5。ピッチには絶望の二文字が漂っていたが、それでも久御山は自分たちのスタイルを貫こうとした。
 前線へロングボールを送る、いわゆるパワープレーは頭の片隅にすらない。最終ラインから丁寧にボールをつなぎ、敵陣に入ろうかというシーンで無情のホイッスルが鳴り響く。
「残り5分になって国立競技場のスタンドが盛り上がるのを感じた。ひょっとしたら、という展開に持ち込めただけで満足。あと一歩及ばなかったのは、私の力のなさだと思っています」
 松本悟監督は感無量の表情で、ぼう然とうなだれる教え子たちを見つめていた。


 爆発的な攻撃力を誇る滝川第二に、前半20分すぎまではサッカーをさせなかった。ショートパスにドリブルを織り交ぜ、いつしか「京都のバルサ」なる異名を頂戴した高校年代らしからぬ洗練されたポゼッションサッカーを、初めて臨む決勝戦の大舞台でも思う存分に見せつけた。 
「先にゴールを決めた方が優位に立つ展開。ウチはちょっと焦りが出たかな」
 序盤の決定機を立て続けに外し、迎えた前半24分。松本監督の嫌な予感が的中する。樋口と並ぶ滝川第二の点取り屋、キャプテンの浜口孝太に個の力で先制点を許すと流れが一変。40分に樋口、後半9分にはMF本城信晴にゴールネットを揺らされてしまう。
 まさかの3点ビハインド。試合再開を前に、久御山は自陣中央で円陣を組んだ。


 この直前、松本監督はキャプテンのDF山本大地にメッセージを託している。
「ここから追いついたらすごいことだよ、と。まだ時間は十分に残っていたし、ウチの子たちなら20分あれば3点取れる。私自身、負けている気がしなかったので」
 3分後に1年生のMF林祥太が反撃の狼煙を上げる一発を叩き込む。2分後に再び浜口に技ありのループ弾を決められたが、久御山イレブンの気持ちは萎えない。
 39分に安川集治、41分には坂本樹是と3年生のFWコンビが怒とうの連続ゴール。1点差に追い上げた直後からスタンドには期待感が充満し、ロスタイムが5分と発表された瞬間には拍手が沸き起こった。大会史上に残る奇跡が刻まれるのではないか、と。


 歴史は繰り返される、と言ったらちょっと大げさだろうか。
 開催がそれまでの関西から首都圏に移った34年前の第55回大会。今でも「史上最高」と語り継がれる決勝戦で、浦和南にあと一歩及ばず涙を飲んだ静岡学園の洗練されたスタイルが、京都商業のエースとして大会に出場していた松本監督にカルチャーショックを与える。
「ボールをつないで、とにかく大事にする。高校生がこんなサッカーするのか、と」
 伝説の一戦のスコアは4対5。浦和南に立て続けに3点を奪われ、静岡学園が1点を返し、再び3点差とされながらも食らいついて1点を返す。2対4とするまでの得点経過はまるで同じ。決して偶然では片付けられない、不思議な縁というものを感じずにはいられない。


 表彰式後の囲み取材の輪から解放された松本監督に、一点だけ聞いてみた。理想として抱き続けてきた静岡学園のスタイルに追いつき、追い越せたのか、と。
「いやいや、そんなめっそうもない。まだまだ井田のおっちゃんには......おっちゃんと言ったら失礼だけど、選手たちにはとにかくこだわりを貫いてほしいと。それだけでした」
 井田のおっちゃんとは、2008年限りで勇退した静岡学園の井田勝通前監督。「テクニックには頼るが、スピードには頼らない」という独特のスタイルで一世を風靡した名将に憧れた18歳の少年は、サッカーの指導者を志すことを決意。国士舘大学を卒業し、迎えた4度目の教員採用試験で晴れて合格。1984年に久御山町立の久御山中に赴任した。


 練習メニューのほとんどはボール回しと紅白戦とで占められる。GKを含めた部員全員に徹底させるのはただひとつだけ。ボールポゼッションを常に意識させる。
「パスをもらう時は自ら動いてパスのコースを作り、さらに次に自分がパスを出すコースを作った上でないと、もらってはいけない。それができなければ、ひたすらボールをキープする。キックの質より何より、こうしたポゼッションの練習を嫌というほど繰り返させます」
 1994年の全国中学選手権大会で無名の久御山中を3位に躍進させると、松本監督が標榜するスタイルは「インベーダーサッカー」と形容された。人間業じゃない、という意味だ。
 そのメンバーが府立の久御山に進学し、2年生になった1996年に異動で赴任。以来、15年間。ひたすら「こだわり」を追求する日々を「オヤジの道楽」と言って豪快に笑い飛ばす。


 もっとも、バルセロナのサッカーをそのまま模倣するわけではない。システムもその年々の選手の力量を見極めた上で、もっとも力を発揮できる最適なものを採用する。
「今年のチームはたまたま4‐3‐3でしたけど、その前は4‐4‐2でしたからね」
 ショートパスとドリブルを駆使してポゼッションを高め、システムが4‐3‐3という共通点も手伝って「京都のバルサ」と名付けられた。中盤の底で攻撃をコントロールする2年生の二上浩一が「気持ちはシャビのつもりでプレーしています」と照れ笑うように、今や選手たちはすっかりその気になっている。
 ミーティングで使用されるのはバルセロナの試合映像。決勝戦に向かうバスの中でも、今シーズンのレアル・マドリッドとのクラシコの映像が流されていた。


 バルセロナになぞらえられることに、松本監督自身も「本当に恐縮でお恥ずかしい話」と苦笑いしながら、まだまだ夢の途中であると力をこめる。
「最後はボール扱いの上手いチームが勝つ、という考えに変わりはありません。対戦相手を翻弄するサッカーを完成させるには、まだまだ時間がかかるということ。たとえば二上のように、もっとドリブルが上手くて、もっとパスを出せる選手を多く育てて、自分も一緒に成長して、またこの舞台に帰ってきたい。限られた地域の限られた選手層ですけど、公立校であることをハンデにはしたくない。力量のある子をさらに伸ばせるのは、むしろ指導者の醍醐味ですよ。小さな者でも上手さで強い相手をひねることができる、というロマンを追い続けていきたい」


 表彰式が始まる直前。松本監督は祈るように選手たちを見つめていた。
「頼むからちゃんとしてくれよ。ユニホームのシャツをちゃんとパンツの中に入れて、挨拶をきちんとやって、握手もして。できるだけ泣かないでくれよ、と(笑)」
 先月30日の開会式で、ある事件が起こっていた。入場行進で両手を前後に振って歩くところを、真横にパタパタと振っている光景を見て松本監督は絶句した。
 実は開会式のリハーサルでもお笑い芸人の楽しんごがネタとしている、胸の前で両手でハートマークを作る「ドドスコスコスコ、ラブ注入」を試みた。大会関係者から即座にダメ出しを食らったが、常にプラス思考のラテン気質の選手たちは懲りずに新たなネタを披露したわけだ。


 宿舎に戻ってからのミーティング。松本監督の堪忍袋の緒が切れた。
「もういい! お前ら、負けてしまえ」
 翌日には中京大中京(愛知県代表)との1回戦が控えていたが、お構いなし。「あそこまで怒ったのは初めて」と振り返る指揮官のあまりの剣幕に、選手全員が号泣したという。
「いくらノリがいいと言っても、やってはいけない場面でのパフォーマンスはNG。僕も一晩中眠れなかったけど、簡単に負けてしまっては相手にも、京都府代表としても失礼になる。一度は死んだチーム。あれだけ恥ずかしい思いをしたからこそ、開き直れたのかなと思っています」
 怒とうの快進撃は、アーセナル入りする怪物FW宮市亮を擁する強敵を撃破して始まった。


 滝川第二に続いて上がったメーンスタンドのひな壇。下を向いている何人かの選手たちに、5失点で最もショックを受けているはずのGK絹傘新が喝を入れる。
「泣くな! 最後まで笑え」
 笑い泣きしながら、必死に前を向こうとする胸に輝く準優勝メダル。期せずして観客から声援と拍手が沸き起こる。優勝校に対するそれと、何ら遜色のない大きさで。
「久御山、サイコー!」
 ここまで観る側を魅了した美しき敗者は、くしくも34年前の静岡学園以来ではないか。3年生のMF足立拓眞は「久御山のサッカーを全国の方々に知ってもらえた」と胸を張った。
 

 物語にはまだ続編がある。ピッチレベルに降りてくるや、今大会に旋風を巻き起こしたさわやか軍団は、誰もが予想しなかった最後のパフォーマンスに打って出る。
 バックスタンドの応援団に優勝を報告している滝川第二の列の背後から、何と久御山の選手たちが大挙して、大歓声をあげながら合流。輪をつくって一緒に踊りながら、16回目の挑戦で悲願を達成した相手を祝福しているではないか。89回の歴史を誇る大会においても、おそらく初めてとなる光景。夕闇が迫るピッチの上で、松本監督の表情が自然と緩んでくる。
「彼らなりの滝川第二へのリスペクトの思いでしょう。成長した証ですよね。高校生って、ちょっとしたことですごく変化する。あらためて教えられました。高校生サッカーって、いいなあ(笑)」


 昨夏のインターハイは、京都府予選の準決勝で菟道に苦杯をなめた。ポゼッションサッカーに絶対の自信を抱くことができず、ボール運びが疎かになった点を突かれた、と松本監督は振り返る。
「あれがきっかけでドリブルとキープという、ポゼッションの原点に帰ることができた。相手を怖がっても仕方ないし、自分たちのチャレンジを貫いた末に負けたのならば納得がいく。そう考えたら、点を取られることなんて怖くない。勇気をもてるようになったんです」
 菟道は勢いに乗ってインターハイ代表を勝ち取ったが、1回戦で流通経済大柏に0対8で惨敗した。その相手と久御山は今大会の準決勝で激突し、PK戦の末に下している。もちろん単純比較はできないが、久御山の急成長の跡がうかがえるバロメーターにはなるだろう。


 余談になるが、実は松本監督も爆笑もののエピソードをもっている。
 34年前の大会でユニホームを宿舎に忘れ、無地のユニホームの背中にマジックで「11」と書き込んで古河一(茨城県代表)との1回戦に出場。敗れはしたが、1ゴールを決めている。
「今だから笑えますけど、当時はホンマに監督からぶんなぐられるかと思いましたから」
 今大会では、試合中には必ず同じ赤地にタテのストライプが入った勝負下着を着用してきた。5回目の全国大会で、夫人が初めて京都の自宅からチームに帯同。試合が終わるたびに、勝負下着を手洗いしては次戦に備えて験を担いできた。
「妻も仕事があって、4日に帰るところを、職場の好意で最後までいることができたんですよ」


 涙に始まり、笑顔で幕を閉じた久御山の挑戦。ノーマークの存在から喜怒哀楽をピッチの内外に刻みながら勝ち取った準優勝の余韻に、しかし、いつまでも浸っているつもりはない。
「今回は注目されていなかった分だけ、やりやすいというのがあった。次は多少なりとも注目されるでしょうけど、だからこそとことんやりたい。早く帰って練習したいですよ」
 プロ監督だった憧れの井田氏と異なり、公立校の体育教員もであるが、幸いにも異動の話は持ち上がっていない。3月で52歳になるが、情熱はますます昂ぶってくる。あと一歩届かなかった頂点へ。30年以上もこだわりを追求してきた熱血指揮官は、二上と決勝戦は累積警告で出場停止だったDF塚本健介を攻守の軸にすえる新チームの青写真をすでに思い描いている。


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2011年1月11日 00:52|記事URLコメント(0)トラックバック(0)

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