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アジア王者奪回。「二兎」を射止めたザッケローニ哲学  by 藤江直人

アジア王者奪回。「二兎」を射止めたザッケローニ哲学  by  藤江直人

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■アジアカップ2011 決勝
日本代表[B組1位] 1‐0(前・後半0‐0) オーストラリア代表[C組1位]
[1月29日午後6時(現地時間)キックオフ@ハリーファ国際スタジアム]
※日本代表が2大会ぶり大会最多となる4度目の優勝


 最初に切った選手交代のカードで、それも前線の選手に代えてディフェンダーを投入することで、チームが失いかけていた前への推進力を鮮やかに復活させる。
 まるで魔法のような采配を、日本代表を率いるアルベルト・ザッケローニ監督は決勝の大舞台でものの見事に成功させてみせた。ターニングポイントとなったのは後半11分だった。
 MF藤本淳吾アウト、DF岩政大樹イン。
 オーストラリアのロングボール攻撃に劣勢を強いられていた日本にとって、1メートル87の長身を武器に、空中戦に絶対の自信をもつ岩政の投入はもちろん理にかなっていた。岩政自身、「オレのところにボールが来い」と気合い十分でピッチに入っている。


 岩政は1メートル89の吉田麻也と即席のセンターバックコンビを組んで、日本のゴール前にツインタワーを形成する。しかし、選手交代の意図は単なるハイボール対策だけにとどまらない。
 それまでセンターバックだった今野泰幸が左サイドバックに、DF長友佑都が左のMFに、そして岡崎慎司が右MFにそれぞれ移る。生中継していたテレビの解説者でさえ布陣を確認するのに時間を要し、「韓国戦のように5バックにするのか」と混乱まできたした、岩政投入にはじまる配置転換がさらに3つの変化をピッチの上の日本代表にもたらしていた。
 まずは守備の安定。攻撃参加の部分では長友に劣るが、日本屈指のボール奪取力を誇る今野が左サイドバックに入ったことは、前線の選手に安心感を与える意味でも大きい。


 決して長友の守備力に信用が置けない、と言っているのではない。むしろ、その逆だ。2つ目は、大会を通じて攻守両面で群を抜く存在感を示した長友を抜きには語れない。
 ポジションを2列目に上げた長友が対峙したのは、右サイドバックのウィルクシャー。キックオフから再三にわたって攻撃の起点となってきた背番号8を沈黙させたのは、衰えを知らない長友の強烈な前への圧力に他ならない。文字通りの「抑止力」となったわけだ。
 期待通りに、後半18分、21分と左サイドを攻め上がった長友が絶妙のクロスをゴール前に送る。2度目のクロスに対しては、岡崎の十八番であるダイビングヘッドがさく裂。シュートが右ポストをかすめるほど、日本の攻撃力は一気に活性化していた。


 最後はフォーメーションを4‐2‐3‐1のまま変えなかったことで、日本が受け身に回るような印象をオーストラリアに与えなかったことだ。
 ザッケローニ監督は当初、今野をアンカーの位置にあげ、ロングボールのこぼれダマ対策を含めて中盤の守備を強化するプランを描いていたという。奏功するか否かはともかく、それではオーストラリアのサッカーに合わせる形となり、相手を余計に勢いづける状況を招きかねない。
 指揮官を翻意させたのは、ピッチ上の選手たちからの要望だったという。映像を見直すと、岩政がスタンバイしてから実際に投入されるまで数分のブランクがあることが分かる。その間、キャプテンのMF長谷部誠らが必死になって、イタリア語を話せる長友を介してベンチに何かを訴えている。


 結果と成長という、まさに二律背反する2つの目的を追い求めてきた今大会。相手の長所を消すようなサッカーでは、たとえ結果は残せたとしても成長を促す内容は望めない。
 現時点における日本のスタイルを貫き通し、その上で勝利も手にする。指揮官に対して自分たちの考えをここまでしっかりと伝えられたシーンは、昨夏のW杯南アフリカ大会を戦った岡田ジャパンを含めて、歴代の日本代表チームにおいても極めて稀と言えるのではないか。
 選手たちの考えを全面的に受け入れるザッケローニ監督の度量の深さも然り。就任から約5か月という短期間のうちに揺るぎない信頼関係が築かれ、10人での戦いを2試合も強いられるなど、ドラマチックな展開が続いた今大会で絆がさらに深まっていることがうかがえる。


 0対0のまま迎えた延長後半4分。待望の瞬間がついに訪れる。
 疲労困ぱいだったFW前田遼一に代わり、延長前半9分から途中出場していたFW李忠成が決めた鮮やかな左足ボレー。歴史に残る決勝弾をアシストしたのは、ウィルクシャーの背後のスペースを突き、左足から緩やかな放物線を描いたクロスをピンポイントで送った長友だった。
 国際Aマッチ出場2試合目の李にとっては、これがA代表初ゴール。今大会は22歳の吉田、25歳のDF伊野波雅彦、24歳のMF細貝萌と代表経験の浅い選手がそろって初ゴールをマークしている。ゴールこそ上げていないが、サウジアラビアとの1次リーグ3戦目では23歳のMF柏木陽介が攻守両面で出色のプレーを披露。5対0の大勝に貢献している。


 ベンチスタートの選手がここまで高いモチベーションをキープできる背景には、対話とオープンな姿勢を打ち出すザッケローニ監督のきめ細かい配慮がある。
 紅白戦では常にメンバー構成を変え、主力組、サブ組を分け隔てない。故障者や出場停止者が出た場合を除いて実際の試合の先発メンバーは大会を通して固定されたが、状況に応じてサブの選手も投入。今大会に招集された23人のうち、第3GKの権田修一と大会直前に急きょ呼び寄せられたDF森脇良太を除く21人がピッチの上に立っている。
 ジーコ氏や岡田武史氏が率いたチームではありえなかった高い確率。「オレはお前のことを信じているぞ」という言葉をかけられ、実際に試合で起用されれば、必然的に選手は"その気"になる。


 試合後のテレビのインタビューで、指揮官はヒーローをこう絶賛している。
「前田のような空中戦の強い選手を外さなければいけなかったが、李はやってくれると思っていた。このチームの素晴らしいところは、ベンチスタートの選手が結果を出してくれることだ」
 李自身、後半開始から前田に代わって投入されたヨルダンとの1次リーグ初戦では、1本のシュートすら放てずに終わっていた。結果を残せなくても決して見限ることなく、コミュニケーションを重ねることでモチベーションを上昇させ、その上で再びチャンスを与える。
 右足を骨折して戦線離脱したMF香川真司の代役に指名されながら、精彩を欠いた藤本に対しても「試合勘を欠いていたのかもしれない」とフォローすることも忘れない。


 人格者をほうふつとさせる優しい眼差しは、選手たちのハートをがっちりとつかんだ、微に入り細のチームマネジメントに対してだけ注がれているわけではない。
 外国人指導者には、自身が成功してきたスタイルや方法を押し付けるケースが多い。フラット3が代名詞になったフィリップ・トルシエ元監督が、その典型的な例となるだろう。
 9月中旬にこの「論」のコーナーで「ザックに全権委任しての船出でいいのか」と書いたのも、セリエAのウディネーゼ時代に3‐4‐3システムを標榜し、革命的監督と賞賛されたザッケローニ監督がW杯南アフリカ大会までの日本代表を全面否定することを懸念したからだ。
 もっとも、現時点ですべてが杞憂に終わっていることは言うまでもない。


 これまでに何度も「日本代表というチームを長い目で見守ってほしい」と訴えてきたように、ザッケローニ監督は決して性急な改革のメスを入れようとはしない。
 W杯南アフリカ大会で下馬評を覆してベスト16に進出した日本の戦いを土台にして、激闘の中で芽生えた選手たちの自信とプライドに最大限の敬意を表している。だからこそ、選手たちもW杯で身につけた貪欲なまでの勝利のメンタリティーを余すことなく発揮できる。
 日本のパス回しを「世界一のレベル」と賞賛し、だからこそ「もう少しタテへの意識を強くすれば、相手にとってさらに脅威になる」と巧妙な言葉の魔術で攻撃力を引き出したことは、出場国中で最多となる14ゴールをマークした今大会の軌跡を見れば明白だ。

 
 ウディネーゼでの成功を手土産に、ザッケローニ監督は名門ACミランを率いてセリエAを制覇している。その後もインテル、ユベントスとイタリアの3大クラブを指揮した。
 世界中からスーパースターが集まってくる状況下で、チームワークというバランスを保たなければならなかった稀有な経験が、57歳の指揮官に巧みな選手操縦術を身につけさせたのか。
 昨年6月。シーズン途中から就任したユベントスを建て直すことができず、契約延長を見送られたザッケローニ監督に対し、FWアレッサンドロ・デル・ピエロをはじめとする中心選手たちは「あたなは真のプロフェッショナルだ」と別れを惜しんだという。
 勝利は選手の手柄、敗戦は監督の責任というモットーを最後まで貫いたからだった。


 終了間際の吉田のヘディング弾で辛うじて引き分けたヨルダンとの1次リーグ初戦では、引いてゴール前を固める相手を最後まで崩すことができなかった。
 昨年8月の就任会見。ザッケローニ監督との交渉役だった日本サッカー協会の原博実・強化担当技術委員長は「日本をもうひとつ上のステージに引き上げてくれる」と期待を寄せていた。
 引いて守る相手に苦戦する姿は、これまで何度も目の当たりにしてきた。ザッケローニ監督の引き出しの中には、果たして日本を強くする処方箋があるのか。ヨルダン戦で芽生えた不安や不信感が、試合を重ねるごとに期待感に変わっていく。一丸となったチームが醸しだす不撓不屈のオーラを含めて、「日本は強くなっている」という思いを抱かずにはいられなかった。


 人材不足が指摘されて久しいセンターバック陣で、吉田が代え難い経験を積んだ。2度の警告を受けて退場したカタールとの準々決勝は、未来への大きな糧になるはずだ。
 韓国との準決勝では、受け身に回ることの怖さを痛感させられた。延長後半の終了直前に喫した痛恨の同点ゴールとともに支払った授業料は、最後まで集中力を途切れさせなかったオーストラリア戦の延長後半のラスト数分に早くも凝縮されていた。
 ザッケローニ監督自身、5バックで逃げ切りを図った挙げ句に失点した韓国戦を反省したのだろう。最後の交代のカードをぎりぎりまで我慢し、延長後半15分になった時点でDF内田に代えて伊野波を投入。巧みに時間を稼ぎ、オーストラリアの焦りを誘発した。


 大会通算6試合目。日本の選手たちに蓄積した疲労は計り知れないほど大きかった。
「体力的に厳しく、いいサッカーができなかったけど、勝ったことに非常に意味がある」
 キャプテンの長谷部が力を込めたように、決勝戦では理想として追い求めるスタイルを封じられても焦らず、勝機が訪れるまで耐えた。タフな精神力が画面を通して伝わってきた。
 1次リーグの中東包囲網を撃破し、決勝トーナメントに入って以降は開催国カタールの闘志、永遠の宿敵・韓国の執念、オーストラリアの老かいさとパワーを封じ込めた。
「今までのアジアカップ以上に、この優勝は価値あるものなんじゃないかと思います」
 逆境の中でつかんだ優勝。大会MVPを獲得したMF本田圭佑が胸を張るのもうなづける。


 ザッケローニ監督が「冒険」と位置づけてスタートした、W杯ブラジル大会へと続いていくチャレンジ。史上最多となる4度目のアジア制覇で、オーストラリアで開催される4年後の次回アジアカップの出場権に続いて、プレW杯として2013年にブラジルで開催されるコンフェデレーションズカップへの出場権というさらなる「宝物」もゲットした。
「しょせんはアジアレベルなので、世界と戦う時にもっと個々の力を上げていかないと。今日もオーストラリアにフィジカル的にやられていた。もっともっとやっていかないと」
 決して満足せず、常に貪欲に。長谷部の頼もしい言葉はチーム全員の決意。本田圭も「個人的にはまだ納得していない。成長した本田を皆さんに見せられるように頑張りたい」と続いた。


 ザッケローニ監督の所信表明の一部を、なぜか思い出さずにはいられない。
「いつかこの冒険が終わる時には『ザッケローニのサッカー、ザッケローニのジャパン、ザッケローニのサムライは非常にいいプレーを見せた』という、いい思い出を残していきたい」
 冒険は3月の親善試合、7月のコパ・アメリカ、9月から始まるW杯アジア3次予選へと果てしなく続くが、ファンの脳裏には早くも鮮烈な思い出の数々が刻まれた。
「日本代表の監督になれたこと、今回の選手たちの監督になれたことを誇りに思う」
 見事に結果と成長の「二兎」を射止めても、黒子に徹するザッケローニ監督の哲学は変わらない。だからこそ、指揮官への求心力がさらに強くなる。冒険の次なるステージが楽しみになってきた。


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2011年1月31日 03:01|記事URLコメント(0)トラックバック(0)

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