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名門インテル移籍で幕を開ける長友佑都の究極の挑戦 by 藤江直人

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日本代表のアジア制覇の余韻が残る中で飛び込んできたビッグニュース。DF長友佑都のインテルへの電撃移籍に最も驚いたのは、実は長友本人だったのではないだろうか。
アジアカップが開催されたカタールからイタリアに戻ったのが、今冬の移籍市場の扉が閉まる前日の1月30日。興味や関心というレベルではいくつかのクラブの名前が報じられていたが、そういった類の話が浮かんでは消えていくのがこの世界の常でもある。
長友自身、所属していたチェゼーナでさらなる活躍を演じることで、次に扉が開く夏に満を持してビッグクラブへの移籍を果たす、という目標を新たにしたばかりだった。
それが一夜明けると、文字通りの急転直下。数時間のうちに劇的に運命が変わる。20年ぶりにセリエA復帰を果たした地方の小クラブから、重厚な歴史と伝統を誇る超名門へ。中田英寿のローマ移籍をはるかに超越する、日本サッカー史に燦然と輝く金字塔と言っていい。
傘下のユース出身のホープ、20歳のDFダヴィデ・サントンとの実質的な交換であること。最終的な合意に至ったのが、移籍期限となる同31日午後7時のわずか3分前とまさに滑り込みだったこと。これだけを見ても昨シーズンの欧州チャンピオンズリーグを制し、セリエAでの連覇も5に伸ばしているインテルが長友に熱い視線を送っていることが分かる。
こう言っては失礼かもしれないが、ここまで痛快な「成り上がり」ぶりはめったにお目にかかれるものではない。同時に、長友が人生の指針としてきた言葉を思い出さずにはいられない。
「自分の意思次第で道は変わる」
振り返ってみると、身長1メートル70と小柄で、明治大学2年まではごく普通のサッカー選手にすぎなかった男は、揺るぎない意思を貫き通すことで眼前に立ちはだかるハードルを乗り越えてきた。
いわば有言実行の長友語録。その序章となるのが、次の言葉ではないだろうか。
「オレは絶対にビッグになるけん! 絶対にプロになるけん! 見てろっ!」
2002年3月の下旬。愛媛・西条北中から東福岡高へと旅立つ朝。感謝の思いを込めて母校のグラウンドを一人で整備していた長友が、恩師でもあるサッカー部顧問の井上博教諭らに見送られる中で、涙をこらえながら、決して後ろを振り返ることなく叫んだ言葉だ。
小学校3年の時に両親が離婚した。以来、女手ひとつで長友を含めた3人の子供を育ててきた母親の美枝さんを一刻も早く楽にしたい。Jリーガーになるのは、意思を現実のものにする最短距離。長友の決意のほどは、高校2年で身長が伸び止まると見るや、体幹と筋力を鍛えるための知識を独学で得て、鋼のボディーをつくり上げてきた努力の跡を見れば明白だ。
体脂肪率は常に5パーセント以下。脂肪分の多いカップ麺は一度も口にしたことがない。
「身長が伸びなくなるから、高校1年までは体幹トレや筋力トレは封印していたんですけど。でも、止まってしまった以上は、将来のことを考えて体を鍛えるしかない、と」
W杯南アフリカ大会出場決定を報じた『論スポ』第4号の取材で、長友のインタビュー取材を行ったのはFC東京に所属していた2009年4月。日本代表のチームメートから「体幹マニア」なる異名も頂戴しているルーツを笑顔で明かした長友は、次のような決意も語っている。
「日本の左サイドバックは長友、と言われるくらいの選手になってみせます」
日本代表を率いていた岡田武史監督の異例の大抜擢で日の丸デビューを果たしてから、ちょうど1年の歳月がすぎようとしていた時だった。
明治大の神川明彦監督からサイドバック転向を命じられたのは1年の冬。その時に抱いた嫌悪感は、自身の体に眠るサイドバックへの適性を感じるほどに醍醐味とやりがいとに変わっていく。
1対1で屈しないフィジカルの強さは、東福岡高2年から続けてきた努力の賜物。駅伝部との掛け持ちだった西条北中の3年次では朝に晩に走りまくり、愛媛県の駅伝大会で区間3位に入るまで脚力を鍛えた日々が、知らない間に無尽蔵のスタミナを宿らせた。すべての点が線で結びつきつつあった。
代表歴こそ浅いものの、インタビュー当時の長友は攻守両面でまばゆい輝きを放ちはじめていた。だからこそ、W杯フランス大会に出場した相馬直樹を最後に途切れたままの日本の左サイドバックの系譜を受け継ぐことができるのでは、という質問を投げかけてみた。
「後継者なんて恐れ多い。相馬さんに対して失礼です。でも、ならなきゃいけない」
自らを謙遜するような言葉に続いて飛び出したのが、有言実行語録の第2章となる「日本の左サイドバックは長友」宣言だった。昨夏のW杯南アフリカ大会。そして、まだ記憶に新しいアジアカップ。長友が不動の存在となったことに、もはや異論はないだろう。
W杯ではPK戦の末にパラグアイに屈し、ベスト8という未知の扉に手をかけながら、決勝トーナメント1回戦で涙を飲んだ。不完全燃焼の思いが渦巻く試合後のロッカールーム。長友が同じ1986年生まれの本田圭佑と誓い合った第3章も、すでに実践されつつある。
「これからはオレたちが日本代表を引っ張っていこう」
本田圭はアジアカップでMVPに輝いたが、個人的には長友を覇権奪回の最大の立役者に推したい。2つの延長戦を含めた全6試合に先発フル出場。試合中における総走行距離は韓国との準決勝で14キロ、オーストラリアとの決勝では実に15キロを軽く超えていた。
尽きないパワー。折れない心。日本の左サイドに君臨した圧倒的な存在感に、左サイドバックの人材を求めていたインテルが魅せられ、電撃的な移籍につながったことは容易に察しがつく。
早ければ現地時間3日にアウェーで行われるバーリ戦でデビューする可能性があるし、6日にはホームのジュゼッペ・メアッツァに強豪ローマを迎える大一番が待つ。
かつて鹿島アントラーズでプレーしたレオナルド新監督のもと、4位からの巻き返しで6連覇を目指すチームのキーマンとして白羽の矢を立たされただけではない。23日にはドイツの名門バイエルンとの欧州チャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦も行われる。
決して簡単な挑戦ではないだろう。サポーターやメディアから厳しい視線を浴びせられる名門チームの中で、かつて経験したことのない困難に直面するかもしれない。
それでも、常に目線を高く保ち、崇高な意思を貫いてきた男は、むしろ武者震いを隠せない。短い言葉に凝縮された長友の抱負からも、熱い思いが伝わってくる。
「人生は一度きりなので、チャレンジしたい」
チェゼーナでは昨年8月末の開幕から全試合でフル出場を続けてきた。総合力で劣るチームで格上相手に孤軍奮闘したことが、必然的に長友の経験値をアップさせてきた。
カメルーン代表のエトーやオランダ代表のスナイデルらを擁する、文字通りのスーパースター軍団のインテルでプレーすることで、次はどんな変化が長友にもたらされるのか。
日々の練習の段階から受ける刺激が伸び盛りの男の血となり、そして肉となる。飛躍的に跳ね上がるであろう経験値はそのまま日本代表にも還元される。本田圭と交わした誓いをそのままに、2014年にブラジルで開催される次回W杯で歴史を塗り替えるべく、チームを強力にけん引していく。
有言実行は偶発的に繰り返されてきたわけではない。積み重ねてきた努力。適性を見抜いてくれた指導者の存在。温かく見守ってくれた家族や恩師。すべてが長友の中に脈打っている。
だとすれば、チェゼーナへの移籍が決まった昨年7月に、味の素スタジアムを埋めたFC東京のサポーターに約束した壮大な夢の行方に否が応でも注目したくなる。
「もっと、もっとビッグになって、世界一のサイドバックになって、また青赤の(FC東京の)ユニホームを着て、このピッチに帰ってきたいと思います」
インテルは今シーズン終了後に完全移籍で獲得することも検討しているという。昨年12月のクラブW杯を制し、世界一の座に就いた名門チームを舞台に、長友が切り拓いてきたサクセスストーリーは究極の第4章に突入する。世界ナンバーワンという、あってないようなゴールを追い求めながら。
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2011年2月 2日 02:39|記事URL|コメント(0)|トラックバック(0)
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