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言葉よりもプレーで。欧州組が日本中に伝えたメッセージ by 藤江直人

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日本サッカー協会の公式ホームページに、今回の「東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ」を通じて行われた募金活動で集まった義援金の総額が報告されている。
2231万7199円。
募金活動は日本代表やJリーグ選抜の一般練習が公開された26日に始まり、試合当日には柱谷哲二会長以下、ラモス瑠偉、山口素弘、城彰二らのJリーグOB会メンバーやなでしこジャパンのメンバーたちも、訪れたファンへの呼び掛けに参加した。中継したテレビやラジオなどの放映権料も、全額が義援金に加算された。文字通り日本サッカー界が一丸となって集めた貴重なお金は、日本赤十字社を通じて被災地に送られることが決まっている。
一方でビデオリサーチ社によれば、日本テレビ系で生中継された一戦の平均視聴率は関東地区で22.5パーセントを記録。被災地である仙台地区では25.4パーセントに跳ね上がり、瞬間最高視聴率となると30.1パーセントに達している。
時間帯は後半30分以降で、おそらくは同37分にJリーグ選抜のFW三浦知良がゴールを決め、カズダンスを披露したことと多いに関係しているはずだ。
義援金を「有形」の力とするなら、両チームの選手たちの全身全霊のプレーを通して発信されたメッセージは「無形」の力となって、被災地の方々に勇気と活力を与えたと信じたい。
スポーツが持つ力の大きさをあらためて感じている中で、この一戦だけのためにヨーロッパ各地から帰国。一夜明けた3月30日に慌しく出国の途についた海外クラブ所属選手たちが伝えたかったメッセージも、しっかりと観ていた側の脳裏に焼きつけられている。
キャプテンのMF長谷部誠はキックオフ前の挨拶で、アルベルト・ザッケローニ監督以下の日本代表チームがこの一戦にかける思いを静かに代弁している。
「僕たちがいつもグラウンドで戦っている時、いつも大きい力を与えてくれたのは皆さんの応援でした。世界中の皆さんと一緒に、今度は僕たちが皆さんを応援する番です。今日、日本の力、サッカーの力を示して、仲間と一緒に全力で気持ちを込めてプレーします」
ヨーロッパの地で今回の大震災を知った選手たちは、無力さを感じていただろう。
「何もできずに歯がゆかった。早く日本に帰って何かをしたかった」
長谷部自身もこう語っていただけに、チャリティーマッチ開催が決まるや、全員が各所属クラブに直訴して日本に駆けつけた。国際Aマッチではないため、日本サッカー協会に拘束力は発生しない。それでも、招集されていた12人全員が同じ志のもとに顔をそろえたことに意義がある。
試合は連携で一日の長がある日本代表が常に主導権を握った。直前まで被災地を回っていたJリーグ選抜のMF小笠原満男らは明らかにコンディション不良だったが、全身全霊で戦うことが礼儀、とばかりに元チームメートのMF内田篤人らが何度もボールを奪いに襲いかかった。
例えばMF長友佑都。帰国後に39度以上の高熱を出してダウンし、一時は試合出場そのものが危ぶまれていたとは思えないほどの豊富な運動量で、左サイドを完全に制圧した。
「ホントに気持ちだけで今日はやったんで、自分のコンディションも微妙だったけど、気持ちだけは届くように。それだけを考えてやりました」
長友の愛媛・西条北中学時代の恩師である井上博さんは、今も頻繁に連絡を取り合っている教え子の力の源を「周りの人に喜んでほしいと思う心」と評する。
被災地をはじめとする日本中の人々に喜んでほしい。そう願う長友の体に無尽蔵のエネルギーが宿り、病み上がりの心と体を突き動かしたことは想像に難くない。
そして、FW岡崎慎司。帰国後に胃腸炎を患い、試合前日に本格的に復帰したのがウソのようなに、精力的にピッチを駆け回った。FW本田圭佑のスルーパスに完璧なタイミングで抜け出し、GK楢崎正剛をかわしてゴールに流し込んだ前半19分のチーム2点目だけではない。
その前も、その後も。何度もJリーグ選抜の最終ラインのウラを狙った。ときにはオフサイドとなり、ときには味方からボールが出てこなかったり、相手にカットされたりもした。
それでも愚直なまでに繰り返す。あきらめなければ必ず道は開ける。清水エスパルス入団時は8番目のFWで、一時はサイドバック転向プランも浮上した男が、今やブンデスリーガの一員に登り詰めた唯一無二の理由を長居のピッチでも存分に体現してみせた。
最終ラインのウラを狙うだけではない。GKへのバックパスに対し、たとえ無駄走りになると分かっていても、幾度となくプレッシャーをかけるために猛ダッシュで間合いを詰めた。
昨夏のW杯南アフリカ大会直前。そうしたプレーが特に顕著だった岡崎に対し、徒労に終わることに空しさを覚えないのか、スタミナを失うことを厭わないのか、と聞いたことがある。
体に染みついているプレーであり、今さら変えられないという言葉とともに岡崎は続けた。
「相手のクリアが自分の体の一部に当たって、もしかしたらゴールが生まれるかもしれない。万にひとつでも可能性がそこにある限り、僕は続けます」
ドイツの地に渡って約2か月。ボールの受け方などを含めて「少しは成長したと思う」と自身を評価するFWの今も「変わらない部分」には、被災地の人々への思いが込められている。
兵庫県宝塚市生まれの岡崎自身も、16年前の阪神淡路大震災で被災している。
「断水もしたし、家の中もぐちゃぐちゃになった。そのときにいろいろな物資の提供を受けて、いろんな人に支えられたからこそ今の自分があると思う。今度は僕たちが支える番。子供たちのためにも、未来のためにも、自分に何ができるのかを考えてやっていきたい。正直、最初はこの試合をやることに対しても戸惑いがあった。サッカーをすることが、何かを変えるかはわからない。でも、プレーすることで人が集まり、支援のきっかけにはできたと思う」
試合終了直後のインタビューでのひとコマ。
「どういうふうに受け止められたかは分からないですけど、全力でプレーする事だけを考えていました。自分のできる事をしていくだけです。それが僕にできる唯一の事だと思っています」
ややぶっきらぼうに答え、メディアの取材エリアを無言で通り抜けた本田圭は、すでに災害支援基金を独自で設立。自身の公式サイトで「力を貸してください」と呼びかけている。
長谷部が日本プロサッカー選手会のオークションに出品した、アジアカップ決勝で着用したスパイクは実に160万1000円の最高値をつけ、すでに10万部を超えたという自著『心を整える。』の印税全額を東日本大震災の被災地に寄付することも決めた。
今後もさまざまな慈善活動を計画しているという長谷部は、所属チームに戻ればボルフスブルクの一員としてブンデスリーガ1部残留をかけた待ったなしの戦いに臨む。低迷するシュツットガルトの救世主の期待を背に入団した岡崎も然り。名門インテルに期限付き移籍中の長友は、今週末にACミランとのミラノダービーを控えた大事な期間にチームを留守にした。
それでも、誰もが日本に駆けつけたことで、さらに決意を新たにした。やらずに後悔するよりは、まずは行動を起こし、少しでもいいから前に進む。これは終わりではなくスタート。Jリーグ選抜のキャプテン中澤佑二が試合前に発したメッセージ「乗り越えられない困難など決してない」を共通の思いとして胸に秘めながら、遠くヨーロッパの地から再び彼らはメッセージを送り続ける。
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2011年3月31日 16:31|記事URL|コメント(0)|トラックバック(0)
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