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オランダへ届け!東京ヴェルディの新星が魅せた超絶FK  by 藤江直人

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■J2第2節
東京ヴェルディ[勝ち点18] 3‐2(前半1‐2) 水戸ホーリーホック[勝ち点16]
[6月29日午後7時3分キックオフ@味の素スタジアム/観衆2164人]


 絶対にオレが蹴る。この役目は誰にも譲らない。ゴールを決める自信がある。
 東京ヴェルディのベンチ入りメンバーで最年少となる19歳のルーキー小林祐希は、セットされたボールのそばから離れようとしなかった。2点のビハインドで迎えた前半39分に獲得したフリーキックのチャンス。左斜め前方に見える相手ゴールまでの距離は約28メートル。決して安易な場所と角度ではなかったが、無言のアピールで周囲の先輩たちを退かせる。
小林「止まっているボールを一人で蹴ることができるのだから、自信のあるヤツがやればいい。2点差で負けていたし、フリーキックは流れを引き寄せるための絶好の武器。今までは遠慮がちだったけど、練習でも決めていたので自信はあった。絶対にやってやろうと思った」


 果たして、利き足の左足から放たれた強烈な弾道は、鋭い弧を描きながらゴールマウスの右上を急襲していく。必死に反応した水戸ホーリーホックのGK本間幸司が横っ飛びでキャッチするファインセーブを演じたかに見えたが、ボールのスピンと威力があまりに強烈だったのだろう。
 このままでは体ごとゴールラインを割ってしまう。本間がとっさの判断で前へ押し出し、無造作にゴール前に転がったボールに、途中出場していたMF飯尾一慶がヘディングで詰める。
「あれが痛かった。ユウキ(小林)のフリーキックは素晴らしかった」
 2008年までヴェルディで監督やコーチを務め、ユースチーム所属だった小林を指導したこともあるホーリーホックの柱谷哲二監督が嘆いた一撃で、ヴェルディが一気に息を吹き返す。


 惜しくもプロ初ゴールを逃した小林の表情に悔しさはない。1点が呼び水になり、後半4分のFW阿部拓馬、19分のMF菊岡拓朗の連続ゴールで逆転したのだから当然だろう。
小林「相手のキーパーにはオレもびっくりした。やった、入ったと思ったので。今日は相手チームの監督もよく知っているし、当然、意識しながらプレーしていた。以前と同じメンタリティーだったら、リードされたままズルズルといっていたかもしれない。でも、オレが攻撃のテンポをつくって、前半のうちに1点を返せば大丈夫、相手も必ずバテてくると思っていた」
 堂々とプレーする小林の姿に、闘将の異名を持つ柱谷監督は複雑な感情を同居させている。
「教えてきたヤツらが頑張っていると、腹が立ってきちゃった。でも、いい選手になったね」
 

 正確に言えばホーリーホック戦から、1992年4月生まれの小林はヴェルディのベンチ入りメンバーで最年少となった。前節のファジアーノ岡山戦を最後にオランダリーグのユトレヒトへ移籍したMF高木善朗は同年12月生まれで、ヴェルディ傘下のジュニアユースチームからともに切磋琢磨してきたもっとも身近なライバルであり、無二の親友でもあった。
 試合終了直後。オランダにいる高木から小林の携帯電話にメールが届いていた。
小林「よかったじゃん、あれってアシストになるのって書いてあった。アイツ、オランダにいてもヴェルディの試合をチェックしながら、結果を気にしてくれているんでしょうね。オレたちもいい報告ができるように頑張らないと。お前がいなくたって勝てるよって(笑)」


 2人が小学校6年生だった2004年。小林は東京都のJACPA東京FC、高木は神奈川県のあざみ野FCで、ともに「怪童」としてサッカー界に知られた存在だった。
小林「当時から善朗は有名だったけど、オレのハットトリックであざみ野に快勝したこともあるんですよ。ヴェルディのジュニアユースに入った頃は、善朗の身長が160センチとちょっとだったのに対して、オレは150センチくらいしかなかったんですけどね(笑)」
 現在は清水エスパルスでプレーする兄の俊幸の背中を追って憧れのヴェルディのユニホームに袖を通す決意を固めていた高木に対し、小林はライバルチームのFC東京の育成組織からも誘われていた。何とかして逸材を獲得したかったヴェルディ関係者は、ある手段に打って出る。


 小林を含めた小学校6年生を対象にした練習会に、当時、J1の最年少出場記録や最年少ゴール記録を次々と塗り替え、まばゆいスポットライトを浴びていた高校1年のFW森本貴幸を呼び寄せ、「ヴェルディのトップチームでオレにパスをくれ」と小林を口説かせたのだ。
小林「あれにまんまとはまっちゃいましたね」
 苦笑いしながら7年前のヴェルディのジュニアユース入りの経緯を振り返る小林の身長は、今では1メートル81にまで伸び、いつの間にか高木より12センチも高くなった。背筋をピンと伸ばしたスタイルで視野を大きく保ち、中盤の底から長短のパスを繰り出すプレーメーカーとして、ホーリーホック戦で今シーズンで9試合目の先発出場をゲット。確実に自分自身の居場所を築きつつある。


 もっとも、パスを送るはずだった森本は小林が中学2年のときにカターニアに移籍してしまったが、そんなことはどうでもいい。小林の目には衝撃を与えられた高木しか映っていなかった。
小林「善朗はいつもオレより一歩先を走っていた。オレが中学3年に上がったときはユースで、オレがユースに昇格したときにはすでにトップチームでプレーしていた。ここまで6年とちょっと。アイツの背中を見続けたからこそ、オレも成長することができた。オレがいなかったら、今の善朗もなかったかもしれない。今回の移籍でまた先を越されたけど、オレ自身には海外移籍への焦りはない。オレはヴェルディでひとつひとつ勝っていって、さらに強くなりたい。善朗のようなライバルが身近にいるからこそ成長できる。善朗にはホントに感謝している」


 前節のファジアーノ戦。送り出される主役よりも先に人目をはばからずに号泣し、高木から「何でお前がそんなに泣いているの」と呆れられたシーンには理由があった。
 もちろん寂しさもあっただろう。それ以上に、新天地に旅立つ高木を心配させまいとする決意も込められていた。ヴェルディのことは心配するな。オレに任せろ。絶対にJ1に昇格させる。だからこそ、ホーリーホック戦でのプレー内容に対する自己採点もおのずと厳しくなる。
小林「まだまだ子供のサッカーから抜け出せていない。もっと試合の流れや状況を読んで、スピードのアップやダウンなどの変化をつけないと。ひとつのプレーに一喜一憂するのは三流。ひとつ上の二流に到達するためには、90分間を通してメンタルも安定させないといけない」


 チームは昨年8月以来の3連勝をマーク。開幕3連敗で出遅れた順位を、9位にまで上げてきた。3試合で12ゴールと爆発した攻撃陣に、川勝良一監督も手応えを感じている。 
「勝負どころで個人でゴールに向かって仕掛けられるのが大きい。ウチが去年からやってきたパスサッカーの中で、スピードアップする部分というのが課題でもあったので」
 タテにドリブルで突っ掛けるのが阿部やMFマラニョンならば、狭いエリアをものともせず、正確無比なタテパスでチャンスをお膳立てしているのが小林。そして、高木という名手を欠いても、依然としてフリーキックが脅威になることがホーリーホック戦で証明された。
小林「ゴールにはならなかったけど、次も蹴らせてくれそうなキックだったと思う」


 先輩たちを制してフリーキッカー役を志願し、0対2からの大逆転勝利を導くゴールを演出した小林は、オランダにいる高木へすぐにメールを返信している。文面はこう綴られていた。
「お前がいなくなったおかげで、オレもフリーキックを蹴らせてもらえるようになったよ。けっこううまく蹴れたかな。これからも蹴ることができると思う」
 今シーズンのヴェルディはJ1復帰と同時に、育成組織出身の若手の台頭という「二兎」を至上命題に掲げている。育てながら勝つ。その象徴である小林は自らに言い聞かせるように、そして遠くオランダへ届けとばかりに、あどけなさの残る表情を引き締めながら前を見すえた。
小林「今日はこれで終わり。次はまたゼロから。勝つために何が必要なのかを整理したい」
 国境を越えて、出会いから7年目を迎えたライバル同士の切磋琢磨は続いていく。


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2011年6月30日 03:25|記事URLコメント(0)トラックバック(0)

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