Home > 本日の論! > 五輪切符獲得へ。W杯女王に施された3つのマネジメント  by 藤江直人  

五輪切符獲得へ。W杯女王に施された3つのマネジメント  by 藤江直人  


 来夏のロンドン五輪への出場権獲得を目指し、9月1日から中国・済南で開催されるアジア最終予選に臨む日本女子代表「なでしこジャパン」のメンバーが8日に発表された。
 ドイツで開催されたW杯を死闘の連続の末に制し、男女を通じて日本サッカー史上で初めてとなる「世界一」を勝ち取った21人のメンバーから、故障離脱中のGK山郷のぞみ(浦和レッズレディース)とFW岩淵真奈(日テレ・ベレーザ)が外れ、ドイツのポツダムで活躍するFW永里優季の妹であるFW永里亜紗乃(日テレ・ベレーザ)が新たに招集された。 
 わずか11日の間にタイ、韓国、オーストラリア、北朝鮮、中国と総当りのリーグ戦を行い、2枚しかない五輪切符を手中にする過酷な闘いへ。東京・文京区のJFAハウスで記者会見に臨んだ佐々木則夫監督は、チームに3つのマネジメントを施していることを明らかにした。


[その1]メディアの取材やテレビ番組出演への自粛要請
 チームは17日に集合。都内で2日間の練習を行い、19日に国立競技場で行われるなでしこリーグ選抜との東日本大震災チャリティーマッチ「がんばろうニッポン!」に臨む。
 明けた20日に一時解散し、22日に直前キャンプ地である岡山県美作ラグビー・サッカー場に集合するが、その間の過ごし方について、指揮官は異例とも言える注文をつけた。
佐々木監督「20日と21日はあくまでキャンプの一環として考えていて、選手たちにはしっかりと休養してもらって、気分転換をさせながら22日からの美作キャンプに入ってもらおうと考えています。この2日間については、時間があるといえども、取材やテレビ番組への出演なども自粛していただくように、各チームにもお願いしているところです」


 あらじかじめ予想されていたことではあるが、金色に輝くメダルを携えながら先月19日に凱旋帰国を果たして以降、なでしこジャパンの選手たちを取り巻く環境は激変した。
 日本中に感動と勇気を与えるW杯制覇は空前絶後の大フィーバーを生み出し、彼女たちがメディアに露出する機会は激増した。大会MVPと得点王にも輝いたMF澤穂希(INAC神戸レオネッサ)のもとには到底さばき切れない数のオファーが殺到し、むしろ戸惑いすら覚える中で気持ちを切り替える間もなく、先月24日から再開されたなでしこリーグを戦ってきた。 
 心身をリセットさせる時間がまったく取れない状況下で、懸念されるのは蓄積された疲労が招く不測のアクシデント。日本を飛び立つ28日までの過密スケジュールの中で「エアポケット」をつくれる期間は、週末とも重なる20日と21日しかなかったわけだ。


 W杯前のかなり早い段階で、岡山県美作市で直前キャンプを張ることも決めていた。
佐々木監督「W杯予選、本大会までのキャンプ、W杯本大会、なでしこリーグをわれわれはセットで考えてきて、その中で優勝という偉業を成し遂げました。その結果、さまざまなマスメディアに取り上げられ、忙しくなった選手もいます。今度のキャンプ地である美作は非常に落ち着いた場所です。温泉もあり、サッカーに集中できるスタジアムもある。そういうことを前々から計画していたので、思う存分に利用しながら準備を進めていきたいと考えています」
 練習相手は地元の高校生や大学生を予定している。2日間の完全休養で充電し、湯郷温泉で知られる閑静な街並の中で心身をさらにリフレッシュさせる。指揮官は「そうそう、エステもできると言っていましたね」と報道陣の笑いを誘うことも忘れなかった。


[2]センターバック岩清水不在を補うための時限的コンバート
 夢の金メダルを手にした一方で、なでしこジャパンは大きな代償を支払いながらアジア最終予選に臨む。佐々木監督は会見の最後に、9月1日のタイとの初戦に関して、DF岩清水梓(日テレ・ベレーザ)が出場停止になる旨を国際サッカー連盟から通達されたことを明らかにした。
 アメリカとの決勝戦。延長後半12分に澤の奇跡のゴールで2対2の同点とした直後だった。後方からのロングパスに抜け出し、日本ゴールを目指してペナルティーエリア内に侵入しようとしていたFWモーガンを捨て身のスライディングタックルで阻止したのが岩清水だった。
 決勝点を奪われかねない状況で、躊躇することなく飛び込んだ岩清水の勇気がPK戦での勝利につながったわけだが、直後に主審から提示されたのは無情のレッドカードだった。


 岩清水の足が先にボールに触れたようにも見えるし、勢いあまってモーガンの足を払ったようにも見える。微妙な判定だったが、岩清水は抗議ひとつせず、胸を張ってピッチを出ていった。凛として美しいその姿勢を称えながら、指揮官は胸に温めてきた構想を明かす。
佐々木監督「矢野(喬子=浦和レッズレディース)や田中(明日菜=INAC神戸レオネッサ)も対応できますし、宇津木(瑠美)をDFにチャレンジさせることも考えています」
 本来はボランチの宇津木だが、1メートル68の身長はフィールドプレーヤーでは永里優と並んで2番目に高い。フランス・モンペリエの所属だが、他の海外組と異なり、17日の練習初日から合流できるメリットを生かさない手はない。宇津木の能力を把握した上での時限的なコンバートに、佐々木監督は「チームの幅も広がりますからね」と絶対的な自信を抱いている。


[3]上から目線の封印。世界女王ではなく挑戦者として臨む
 2006年9月に日本サッカー協会の女子委員長に就任。強化プランを描き、実践してきたなでしこジャパンの初代監督、上田栄治氏は来たるアジア最終予選を「別物」と警戒する。
「怖いのはメンタルの部分。W杯優勝の達成感で心にスキを見せるとやられてしまう」 
 9月3日の2戦目で対戦する韓国とは、W杯直前の壮行試合で1対1と引き分けている。同5日のオーストラリアには昨年5月のW杯アジア最終予選の準決勝で苦杯をなめ、最近では巻き返しているものの、北朝鮮との対戦成績は依然として5勝2分け9敗と負け越している。
 アジア最終予選を開催する中国も地元の利を生かして、有利な日程を組んでいる。タイを含めたすべての対戦国がW杯女王を研究し、ひと泡吹かせようと目の色を変えて臨んでくる。


 指揮官をして「シビアでタイト」と言わしめるアジア最終予選で求められるのは、W杯の舞台で「女性版バルセロナ」と世界中から絶賛された新次元のサッカーではない。
佐々木監督「いいサッカーというよりも勝たないといけないというのが前面に出てきますから、そういう意味ではW杯とはまた違いますし、(優勝した昨年の)アジア大会とも違う。何が起きるか分からない中で、ちょっとしたスキを見せたら勝負が決まるという難しさがある。体と体のぶつかり合いだとか、ゴールを奪う、防ぐという、お互いに闘志がこもったプレーの中で戦わないといけない。私たちは世界チャンピオンになりましたが、決して上から目線で戦うということはないし、五輪に出場する厳しさを経験している選手は大勢いますから、気を引き締めてやるということが大事だということも分かっています。(アジア最終予選は)本当に別物だと思いますね」


 日本以上の高温多湿が予想される中国山東省の済南において、タイとの初戦を含めて、炎天下となる午後3時半のキックオフが3試合も組まれているスケジュールも大敵になる。
 相手の気迫を受けて立てば、奈落の底に落とされかねない危険をはらむ異次元の戦い。心身ともにタフさが求められるだけに、自身の発言がメディアを通じて選手たちの元へ届くことを計算した上で、佐々木監督はあえて「上から目線」を封印するメッセージを送ったのだろう。
 すでにスタッフに対しては、初戦で当たるタイの情報を優先して収集するように厳命している。
佐々木監督「他の国に関しては、現地で実際に試合を見ながら分析していくつもりです」
 金メダルの威光も、FIFAランキングも関係ない。原点でもあるひたむきさと謙虚さ、そしてチャレンジャー魂を武器に、なでしこジャパンのモードは五輪予選仕様に切り替えられた。

2011年8月 9日 03:50|記事URLコメント(0)トラックバック(0)

トラックバック(0)

この記事のトラックバックURL: http://sv62.wadax.ne.jp/~sports-times-jp/mt/mt-tb.cgi/552

コメント(0)

コメントを書く