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プロになる夢を叶えたなでしこ岩清水梓のちょっといい話 by 藤江直人

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※発売中の『論スポ』第10号では、なでしこの愛称がつけられる前から日本女子代表を取材してきたフリーアナウンサーの日々野真理さん、フリーライターの江橋よしのりさん、砂坂美紀さんによる座談会「世界一までの喜怒哀楽を語り尽くします」を掲載しています。
サッカー日本女子代表なでしこジャパンの守備の要、DF岩清水梓が所属するなでしこリーグの日テレ・ベレーザとプロ契約を結んだことが5日に発表された。
初の世界一を勝ち取った7月のW杯ドイツ大会以後では、アメリカのボストン・ブレーカーズからフランスのモンペリエに移籍した際にそれまでのアマチュア契約を切り替えたDF鮫島彩に続くプロ契約。なでしこジャパンの国内組では、W杯前からプロ契約を結んでいるINAC神戸レオネッサのMF澤穂希、FW大野忍、岡山湯郷BelleのMF宮間あや、浦和レッズレディースのGK山郷のぞみ、DF矢野喬子に続いてサッカーに専念できる環境をゲットした。
契約期間は10月1日から2015年1月末日までの3年4か月。女子サッカー界では異例とも言える長期契約に、岩清水は日テレ・ベレーザを通じてこうコメントしている。
「これまでの実績を評価していただいたことを嬉しく思うととともに、ひとつの夢がかないました。この契約がこれからの女子サッカー発展へのきっかけになればいいと思っています」
運営母体である東京ヴェルディ1969フットボールクラブ株式会社の経営状態が逼迫したことを受けて、日テレ・ベレーザでは昨シーズン限りでプロ契約制度を廃止。大野とアメリカのワシントン・フリーダムから復帰したばかりの澤の移籍を、断腸の思いで認めるしかなかった。
言うまでもなく、風向きが変わったのは日本中を感動させたW杯制覇の直後からだ。
岩手県内で飲食店経営や不動産事業、スポーツイベント事業などを手掛ける平川商事、化粧品や健康食品を製造販売するSONOKOが相次いで日テレ・ベレーザとスポンサー契約を締結。前者の代表取締役社長を務める平川智也氏は「岩手県出身の岩清水選手の活躍に勇気と感動をもらいました。女子サッカーの普及と発展に貢献したい」と理由を語っている。
岩清水はこれまで日本テレビのグループ企業「日本テレビワーク24」で派遣社員として毎週火曜日から金曜日まで事務職を務めて収入を得ていたが、9月末で円満退社している。
まさに自らの力で夢を成就させた岩清水だが、現役引退後はクラブ運営の仕事に携わりたいと希望していて、今後は東京ヴェルディ1969フットボールクラブのクラブプロデュース部に所属。練習のない昼間の時間帯は、企画広報担当としてチーム運営を手伝っていくという。
相模原市立大野南中学校の1年生だった1999年に、NTVベレーザ(当時)の下部組織だったメニーナに入団。以来、よみうりランドの一角にあるグラウンドで心技体を磨き上げ、2006年2月のロシア代表との国際親善試合でデビューを果たして以来、74個ものキャップを獲得。なでしこジャパン不動のセンターバックにまで成長した岩清水の恩返しでもあるのだろう。
全国書店で発売中の『論スポ』第10号では、なでしこジャパンという愛称がつけられる前から日本女子代表のひたむきな姿に魅せられ、彼女たちを見守るように取材活動を続けてきたフリーアナウンサーの日々野真理さん、フリーライターの江橋よしのりさん、砂坂美紀さんによるスペシャル座談会「世界一までの喜怒哀楽を語り尽くします」を掲載している。
約1時間半に及んだトークはシドニー五輪出場を逃し、国内リーグが消滅の危機に直面した2000年前後の苦労話に始まり、なでしこジャパンの選手や佐々木則夫監督の知られざる素顔などが話題に上がっているが、その中で岩清水に関する心温まるエピソードも紹介されている。
日々野 アメリカ戦後の宮間さんのフラッシュインタビューは私が担当したんですけど、優勝を決めて興奮している中で最後に彼女が言ったのが先輩たちの名前なんですよね。日本の女子サッカー全体が苦しかった時代に必死に頑張っていた世代を知っている宮間さんたち、いわゆる中堅が中心になっている。先輩たちの思いを背負いながら戦っている点も、なでしこの強さなのかなと。
砂坂 サッカーを続けること自体が大変な時代もありましたので。
日々野 岩清水梓さんは帰国後、そういう先輩たちに金メダルをかけているんですよ。
江橋 ベレーザの小林弥生さんとか。
日々野 ベレーザを含めて、彼女が会える範囲の先輩たちに。そういう感謝の思いが常に根底にあるんですよね(誌面より)。
岩清水の公式ブログ『Supernova』をのぞくと、凱旋帰国を果たしてからから1週間後の7月26日付けでいずれもベレーザおよび日本女子代表のOBの四方菜穂さん、中地舞さんとの3ショット、加藤與恵さんとの2ショットの写真が掲載されている。
四方さんと加藤さんは2008年シーズン限りで、中地さんは昨シーズン限りで現役を退いたが、「世界最高峰のリーグ」と形容された1990年代からプレーし、バブル経済崩壊とともに突入した冬の時代でもサッカーへの情熱を失わずにチームとリーグを支えてきた。メニーナの一員として先輩たちの必死な背中を見てきたからこそ、岩清水の胸中には万感迫るものがあるのだろう。
ブログには「ただいま。」というタイトルとともにこんな文章も綴られている(原文のまま)。
私にとって嬉しいこと...
ベレーザの先輩方々に金メダルを持ち帰れたこと。
みんな喜んでくれました!
(中略)
オヤジさんも、弥生ちゃんも!
ホントにみなさんのおかげです。
9月に30歳になったベテランで、今もベレーザでプレーするMF小林弥生を含めて、逆境の中で先輩たちが未来への糸を紡いできたからこそ今がある。感謝の思いが岩清水をそうした行動に駆り立てたのだろう。金メダルを前に、写真の中で笑顔を弾けさせている3人のOBたちの姿が印象的だ。
日々野さんが座談会中で触れたように、宮間もW杯優勝直後のインタビューで「イソさん、ごみちゃん、ハラちゃん」と3人の先輩のあだ名ととともに感謝の思いを伝えている。イソさんは長く代表のキャプテンを務めた池田浩美さん、ごみちゃんは前出の加藤さん、ハラちゃんは原歩さん。テレビの前で世界制覇の感動に浸っていたであろう3人のOBたちは、宮間の心遣いに感激したはずだ。
今年は日本女子代表が初めて編成されてから30年という節目にあたる。世界はおろかアジアの中でも子供扱いされた黎明期から繋がれてきたバトンは、数え切れないほどの先輩たちの夢と希望、そして無念の涙を託されながら重くなり、今現在のなでしこたちの力の源になっている。
長く日本女子代表の10番を背負って活躍し、現在は自身を育ててくれたベレーザを監督として率いる野田朱美さんに取材をした際に、こんな言葉を聞いたことを思い出す。
「なでしこの選手たちは日本の女子サッカー界全体のためにプレーしている。個人のためにプレーしている選手は一人もいないんです。それが彼女たちの強さだと思います」
クラブを通じてのコメントで岩清水が自身のプロ契約を「これからの女子サッカー発展へのきっかけになればいい」と位置付けたのも、W杯優勝を機になでしこに憧れたであろう全国のサッカー少女たちにプロという夢や目標を与えられる、との思いがあったからに他ならない。
継続は力なり、を身上とする岩清水は、そのコメントの最後をこのように締めている。
「今まで以上にプレーに責任を持ち、日々精進していきたい」
悲願でもある五輪の金メダルをもバトンに刻むために。新たな肩書きを手にしても決して浮かれることなく、14日で25歳になるプロ・岩清水梓はロンドンへの道を突き進んでいく。
※発売中の『論スポ』第10号では、なでしこの愛称がつけられる前から日本女子代表を取材してきたフリーアナウンサーの日々野真理さん、フリーライターの江橋よしのりさん、砂坂美紀さんによる座談会「世界一までの喜怒哀楽を語り尽くします」を掲載しています。
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2011年10月 6日 23:32|記事URL|コメント(2)|トラックバック(0)
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コメント(2)
鯱様 コメントありがとうございます。荒野を切り拓いてきた先駆者たちへのリスペクトの念も、なでしこジャパンの絆をより強くしている要素のひとつだと思います。男子の代表とはまた違った側面ではないでしょうか。今後とも宜しくお願い致します。 スポーツタイムズ通信社・藤江直人
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