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65試合目の初ゴール。駒野友一の輝きが意味するもの by 藤江直人

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■サッカーW杯ブラジル大会・アジア3次予選第3戦
日本代表[勝ち点7] 8‐0(前半4‐0) タジキスタン代表[勝ち点0]
[10月11日午後7時45分キックオフ@大阪長居スタジアム/観衆4万4688人]
ちょっと派手に喜びすぎちゃったかな。夜空へ向かって左腕を誇らしげに突き上げたDF駒野友一(ジュビロ磐田)は次の瞬間、照れ笑いを浮かべながら背後を振り返った。
日本が2点をリードして迎えた前半35分だった。ゴール前の混戦で相手のクリアが小さくなったところを、背番号3が助走をつけて、ペナルティーエリアのやや外側から思い切って右足を一閃する。地をはうような強烈な弾道は相手DFに当たってコースをやや右側に変え、ピッチに一度接してスピードをさらに上げ、GKの手をかすめてゴールの右隅へ突き刺さった。
国際Aマッチ通算65試合目での初ゴール。ドイツ、南アフリカ大会と2度のW杯を経験している30歳のベテランは、仲間の手荒い祝福の輪の中でようやく会心の笑顔を弾けさせた。
長居スタジアムのピッチにはキックオフの約3時間前に、速いパス回しを好む日本にとって有利となるスリッピーな状況を作り出すべく散水が施されていた。
駒野「あれだけ高い位置に上がっていたので、チャンスがあれば(シュートを)打たないと。グラウンドも濡れていたので、(シュートを打てば)何かが起こると思っていました」
左サイドからのクロスが合わず、右サイドの深い位置へ流れる。カバーに走ったMF長谷部誠(ボルフスブルク)がボールを下げ、オーバーラップしてきた駒野がダイレクトでゴール前のハーフナー・マイク(ヴァンフォーレ甲府)へクロスを上げる。1メートル94の長身FWが胸で流したボールを、トップ下として先発した中村憲剛(川崎フロンターレ)がシュート。相手GKが防ぎ、こぼれダマをDFが必死にクリアした直後に歓喜のシーンが訪れた。
朴訥にしてシャイ。なかなか感情を表に出さない駒野だが、小学校3年生から始まったサッカー人生においては、常に貫いてきたひとつの「信念」がある。ベスト16で敗退したW杯南アフリカ大会直後の昨年8月にインタビューした際には、こんなことを語っていた。
「2つの選択肢があった時、より困難を伴う方に挑むのは自分のテーマのような気がします」
翻ってシュートの場面はどうだったか。前方にはタジキスタンの選手が、GKを含めて4人いた。ゴールまでの軌道が見えていた、とは言い難い。ハーフナーという前線における格好のターゲットを得た今、もう一度クロスを上げても面白い場面だったかもしれない。しかし、駒野は迷うことなくタジキスタンの赤い壁に風穴を開ける選択を下し、ゴールという果実をもぎ取ってみせた。
自宅から約15分の距離にあった小学校までをドリブルしながら登下校した小学校時代は、正門をくぐってからビルで言えば10階ほどの高さにある校舎にたどり着くまでボールを蹴り続けた。下り坂になる帰路は、まさにボールとの競争。困難に黙々と挑んだ日々が作り出した丸太のような太ももが邪魔するおかげで、今でも胡坐を組むことができないと苦笑いする。
地元和歌山県の強豪初芝高校への進学を決めていた中学3年次には、サンフレッチェ広島ユースからスカウトされて悩み抜いた。J1の下部組織といっても、実際にトップチームへ昇格できるのはほんのひと握り。しかし、直前に父親を亡くしていた家庭事情もあって、サッカーに集中でき、最短距離でプロ選手になり、家計を助けられる可能性がある道を選んでいる。
自身にとって2度目のW杯となった昨6月の南アフリカ大会。下馬評を覆してグループリーグを突破し、史上初のベスト8進出をかけて激突したパラグアイ戦も然り、だった。
0対0のまま決着がつかず、突入したPK戦。3番手で登場した駒野の一撃は無情にもバーを直撃。この失敗が響き、日本は敗退した。責任を一身に背負うかように号泣する駒野を、松井大輔(現ディジョン)が目を真っ赤に腫らせながら抱き寄せた光景はまだ記憶に焼きついている。
あの場面。駒野には「相手GKが向かって左側に飛んだことは分かっていた」という。その上であえてGKの上側をぶち抜き、パラグアイに心理的なショックを与える。PKを外した記憶がないという職人ならではの自負が、より困難を伴う駆け引きを選択させていた。
2010年6月29日の記憶は、いまだに駒野の脳裏に刻まれている。
駒野「もちろん忘れたことはないし、あれがあるからこそ立ち直って今がある。2014年のブラジルでもう一度あの舞台に立ちたいと思っているし、だからこそ(W杯が)終わった後のパラグアイ戦で拍手を浴びた時は嬉しかった。あの大きな拍手が励みになりました」
新生日本代表の実質的な旗揚げとなった2010年9月4日のパラグアイ戦。後半のロスタイムにピッチに投入された駒野に対して、90分間を通して最も大きな拍手が降り注いだ。
しかし、アルベルト・ザッケローニ監督が指揮を執って2試合目の韓国戦で先発を果たした直後に悪夢に襲われる。右上腕部の骨折。開始15分でベンチへ下がらざるを得なかった。
全治3か月の重症。当然ながら今年1月にカタールで開催されたアジアカップの代表メンバーからは漏れてしまったが、完治してもザッケローニ監督から声がかからない。
ジュビロでは開幕から先発フル出場を続けていたにもかかわらず、6月のキリンカップでは23歳の安田理大(フィテッセ)と24歳の西大伍(鹿島アントラーズ)の両サイドバックが招集され、ペルー戦では3‐4‐3の「4」の両サイドで先発。今回も21歳のDF酒井宏樹(柏レイソル)が招集されている。
駒野「自分の心の中のどこかに悔しい気持ちがあったのは事実ですけど、ジュビロでいいプレーを続けていれば、また代表に呼んでもらえると信じていた。若い選手が呼ばれることは刺激になるし、競争意識も高まってくるので。その中で競り勝っていきたいと思っていました」
今年8月に行われた韓国との親善試合で約10か月ぶりに代表へ復帰した。長友佑都(インテル)が右肩を脱臼して戦線離脱したこともあるが、それ以上に間近に迫ったW杯アジア3次予選をにらみ、安田や西がまだ実戦レベルに達していないと指揮官が判断したことは明白だった。
駒野「韓国戦ということで周囲からはリベンジとか何とか言われたけど、自分にとってはけがをした相手との試合うんぬんではなく、復活への第一歩としてとらえていた。代表からずっと遠ざかっていたけど、ちゃんと見ていてくれたからまた呼んでもらえたと思っています」
長友が不在だった9月の北朝鮮、ウズベキスタンとの連戦。内田篤人(シャルケ)を故障で欠いた今回のタジキスタン戦。左右の両方をこなせる駒野の存在は計り知れないほど大きい。
エースストライカーをあえて招集せず、守り倒すことに主眼を置いて来日したFIFAランク130位のタジキスタンは案の定、自陣のゴール前の守備を徹底的に固めてきた。
ハーフナーの初先発は制空権を握って優位に立つ上でも理にかなっていたし、実際、ザッケローニ監督はサイド攻撃からハーフナーをターゲットにする指示を与えていた。
前半11分。右サイドに流れた中村からボールを受けた駒野が、ゴール前へ緩やかなカーブをかけたクロスを送る。1メートル85と決して低くない相手センターバック、エルガシェフの背後のスペースを目指して助走をつけて飛び込み、ジャンプしたハーフナーの頭ふたつ分は抜けていた最高到達点と駒野のクロスは完璧にシンクロ。待望の早い時間帯での先制点が生まれた。
後半2分にも駒野のクロスを頭で叩き込み、チームの5点目を叩き出したハーフナーは、国際Aマッチ3試合目でゲットした代表初ゴールを含む2発に喜びを隠せない。
「練習の段階から、駒野さんからいいボールがくる。あとは僕が決めるだけでした」
試合後の公式会見で、ザッケローニ監督は次のように振り返っている。
「リスクというか不安に思っていたのは、試合の入り方、チームとしてのゲームへのアプローチだったが、選手たちは試合開始から90分間、最後まで集中しながらプレーしてくれた」
実力面で大差のあったタジキスタンを萎縮させ、戦意を奪い去り、大量8ゴールへの導火線となった意味でも価値のあるハーフナーの先制弾であり、駒野のアシストだった。
ザッケローニ監督は世代交代による代表の新陳代謝を公約として掲げ、実際に今年に入って駒野、中村、松井、阿部勇樹(レスター・シティー)を長く代表から外している。
いずれも30歳以上でベテランの域に入った選手たちだが、代わりに代表に抜擢された若手選手の大半は直近の招集メンバーには名前を連ねていない。一方で駒野と中村はタジキスタン戦のピッチで躍動し、阿部も9月のウズベキスタン戦で先発。松井も韓国戦で一時的に復帰した。
「安定感が抜群で、計算ができて、完成している」
ベテランを外す度にザッケローニ監督は同じメッセージを発信し、プライドを尊重してきた。若手や中堅が思うように伸びなければ、再び彼らの力を必要とすると察していたのだろう。
1得点3アシストと八面六臂の活躍を演じた中村は、以前にこう語ったことがある。
「選手を選ぶ、選ばないは監督の判断。僕は常にクオリティーの高いプレーをしていかないと」
シュート数は実に39本を放った日本に対してタジキスタンが1本。前半で大勢が決する展開になっても、中村や駒野、途中からキャプテンマークを巻いた31歳のMF遠藤保仁(ガンバ大阪)らのベテラン勢がみせたひたむきな姿勢が決して大雑把な試合にはしなかった。
駒野「ようやく『0』から『1』になったことは嬉しく思うけど、このままコンディションを保って、Jリーグでもいいプレーをしていくことが監督へのアピールになると思っている」
指揮官の青写真通りに進まない世代交代と、今後も日本代表に欠かせないであろうベテラン勢の存在感。満員のスタンドを酔わせたゴールラッシュは、ふたつの現実をも反映させていた。
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2011年10月13日 17:52|記事URL|コメント(0)|トラックバック(0)
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