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日本ハムの勇気ある指名。菅野智之はどう応えるべきか  by 藤江直人

日本ハムの勇気ある指名。菅野智之はどう応えるべきか  by  藤江直人


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 北海道日本ハムファイターズの梨田昌孝監督の言葉がすべてと言っていい。
「ずっと追いかけてきたピッチャーですし、ファイターズらしいといいますか、やはりいいものはいいという評価で。ナンバーワンというピッチャーに対して、球団として獲りにいったということですからね。そういう評価だと思ってください」
 今年のドラフト会議の目玉選手の一人、東海大学の菅野智之投手との交渉権を確定させた直後のフラッシュインタビュー。読売ジャイアンツを率いる原辰徳監督の甥であり、ジャイアンツの単独指名が確実視されていた157キロ右腕を土壇場で指名。交渉権を確定させたことに対して、「原監督の血縁関係ということもあり......」とマイクを向けられた指揮官の答えは実に単純明快だった。


 菅野と並ぶ大学ビッグ3の一人、東洋大学の左腕・藤岡貴裕投手に対して千葉ロッテマリーンズ、横浜ベイスターズ、東北楽天ゴールデンイーグルスと3球団連続の1位指名で幕を開けた今年のプロ野球ドラフト会議。東京都内のホテルに招待された約1000人のファンが最初に沸いたのは、9番目となる日本ハムの1位指名選手が読み上げられた瞬間だった。
「第1巡選択希望選手 北海道日本ハム 菅野智之 投手 東海大学」
 直前にジャイアンツが指名してから十数秒後。会場全体に響き渡った「オオッ」というどよめきはまさかの展開に対する驚きであり、続いて沸き起こった大きな拍手はドラフト会議本来の精神のもと、入団拒否というリスクを覚悟の上で菅野を指名した日本ハムの勇気ある行動を称えるものだった。


 3球団が競合した藤岡、オリックスバファローズ、東京ヤクルトスワローズ、中日ドラゴンズが競合した東海大甲府高の高橋周平内野手に続いて行われた菅野の抽選。くじ運の悪さを自任する梨田監督に代わって津田敏一球団社長がひな壇に登った日本ハムに対して、ジャイアンツの大役は伯父の原監督ではなく清武英利球団代表兼GMだった。原監督は舞台裏をこう明かす。
「ジャイアンツとしての総意。突然だったというね......その辺もありますけど」
 このコメントだけを見ても、菅野の1位指名競合がいかに想定外の事態だったかが分かる。果たして、最初にくじを引いた清武球団代表が苦笑いしながら封筒の中から取り出した用紙をすぐに戻してしまった次の瞬間に、箱の中に残された1枚を手にした津田球団社長は「独占交渉権確定」と記されたそれを持った右手を高々と突き上げた。


 再びドラフト会議の会場内に響いた万雷の拍手は、何を意味していたのだろうか。
 昨年12月14日の段階で、ジャイアンツは今回のドラフト会議における菅野の1位指名を早々と表明。血縁関係もあいまった相思相愛ムードは、10月16日に東海大の横井人輝監督が「本人の気持ちは揺るがなく、強く固まっていると感じた」と意中の球団があることを明言したことで強まり、同24日に発売された『週刊ポスト』誌上で祖父の原貢氏が「巨人以外ならアメリカ」と爆弾発言したことで他球団が入り込む余地がほとんどないものになっていた......はずだった。
 しかし、逆指名制度から自由獲得枠制度、希望入団枠制度を名称を変えてきた自由獲得競争が廃止されてすでに5シーズン目。実質的な「ドラフト破り」が許されるはずがない。


 ましてや、原貢氏は原監督の父親にして、現在は東海大系列校野球部顧問を務めるアマチュア野球界のドンとも言える存在。週刊誌を介してとはいえ、あからさまに「巨人」という固有名詞を挙げ、その上で「ダメならアメリカ」と恫喝とも受け取れる発言を残していたのだ。
 ジャイアンツ党以外の野球ファンが胸中に募らせてきた嫌悪感が、日本ハムの英断との相乗効果で割れんばかりの拍手と変わったのだろう。一方で津田社長はこうも語っている。
「この春から菅野投手一本で考えていたので、本当に嬉しいです」
 周辺の事情がどうであれ、即戦力であり、長く先発投手陣の柱という大役を託すことのできる逸材を獲得できるチャンスをむざむざ逃す手はない。よって日本ハムが非難される筋合いは何ひとつない。

 
 もっとも、現状では日本ハムが菅野との交渉権を獲得したに過ぎず、今後は菅野本人の意思に委ねられることになる。ドラフト会議前の段階では全日本野球連盟の規定で意中の球団を明らかにできなかった菅野は、神奈川・平塚市内の東海大学で臨んだ記者会見でこう語っている。
「小さい頃から試合をたくさん見てきた。一緒にプレーしたいと思っていたことは間違いありません」
 対象となる相手はもちろん伯父の原監督。意中の球団がジャイアンツだったことは、日本ハムという球団名に一切触れなかった異例の第一声が何よりも如実に物語っている。予定されていたフォトセッションやドラフト恒例の部員による胴上げも急きょ中止となったという。
「まだ自分は学生である以上、日本一という目標に向かって今、頑張っているので、そちらの方を優先して。最後の学生生活を日本一という終わらせるように頑張っていきたいと思います」


 笑顔は見せず、時に困惑したような、時に涙をこらえるかのような表情を浮かべたことがショックの大きさを物語っている。明治神宮野球大会(11月23日‐27日)の予選となる、今月31日開幕の関東地区大学選手権大会後に進路を話し合いたいと言うのが精いっぱいだった。
 しかも、現時点では日本ハムとの交渉の席に着くかどうかに関して明言を避けている。
「さっきの出来事なので、(横井)監督だったり両親と相談して決めたいと思っているので。まだそういうこと(日本ハムとの交渉)を考えられないです」
 12球団OKを公言し、ロッテが交渉権を獲得したことに対して思わず安堵の涙を流した藤岡とは対照的。22歳の若者にとってはあまりにも酷な現実に映っているだろうが、くじのもとに公平であれ、というドラフト会議というルールがある以上、こればかりは受け入れるしかない。


 1985年のドラフト会議で熱望していたジャイアンツに指名されず、人目をはばかることなく悔し涙を流した清原和博(PL学園高)をはじめ、現行のドラフト会議の制度下で意中の球団のユニホームに袖を通すことができなかった選手は決して少なくない。
 原貢氏が言うようにアメリカで浪人すれば1年、日本ハムの指名を拒否してHonda入りしてジャイアンツ愛をかなえた長野久義のように社会人に進めば最低でも2年の遠回りを強いられる。社会人はともかく、所属なしとなる浪人生活はメリットだけでなくリスクをも伴うものになる。
 菅野が抱く夢はもちろん尊重するが、それでも昨年夏の段階でストレートが157キロを計時した本格派右腕には、日本国内で最高峰となる舞台へ挑んでほしい。ハイレベルなパ・リーグの猛者をなぎ倒すような、快刀乱麻を断つ菅野の勇姿を見てみたい。飛ばないとされる統一球で48本塁打を放った、埼玉西武ライオンズの主砲・中村剛也との対決を思い浮かべただけで胸が躍る。


 今シーズン18勝を挙げたエースのダルビッシュ有がポスティング制度でメジャーに移籍することが確実視されている日本ハムは、まさに三顧の礼を尽くして菅野を迎えるだろう。
「北海道日本ハムファイターズは北海道に移転して8年になります。何としても投手王国を作りたいと考えているので、どうぞ宜しくお願い致します」
 テレビ放送を通して届けられた津田球団社長からの熱いラブコールを、菅野はどう受け止めるのだろうか。勝負の世界ゆえに、原監督が1年後あるいは2年後に指揮を執っている保障はない。果たして伯父さんと一緒に野球がやりたいだけなのか。ジャイアンツでプレーしたいのか。プロ野球界で自分の力を試し、伸ばしていきたいのか。頭が混乱しているであろう菅野を最も本人のためになる方向へ導くアドバイスを送ることこそが、原貢氏をはじめとする周囲の大人の役割となるはずだ。

  
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2011年10月28日 04:41|記事URLコメント(0)トラックバック(0)

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