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敵地で際立った心技体。大型ボランチ扇原貴宏の存在感 by 藤江直人

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■ロンドン五輪男子サッカー・アジア最終予選第2戦
U‐22バーレーン代表[勝ち点0] 0‐2(前半0‐1) U‐22日本代表[勝ち点6]
[11月22日午後11時30分(日本時間)キックオフ@バーレーン・ナショナル・スタジアム]
テレビの画面を通しても、有無を言わさぬ迫力が伝わってきた。2点のビハインドを背負ったU‐22バーレーン代表にラフプレーが増え始め、後半27分にMFアリがMF東慶吾(大宮アルディージャ)の背後から危険なタックルを見舞ってイエローカードをもらった直後だった。
アリが戻り際にボランチの扇原貴宏(セレッソ大阪)と接触する。もちろん不可抗力のシーンだったが、扇原の童顔がにわかに険しくなるのをカメラはしっかりととらえていた。
「コラッ!」
2人の間に共通理解が可能な言語があるとは考えにくい。あくまでも口の動きによる推察の域を脱しないが、扇原はおそらくは相手を威嚇する際によく使われる日本語を発していた。
同時に扇原が右手の人さし指で画面に映っていない下の方向を指していたことを考えると、アリに足を踏まれていたのだろう。あるいは、仲間に大けがを負わせかねないほどの悪質なファウルをたしなめていたのか。間髪入れることなく、背番号3の口はこう動いている。
「ボケッ!」
大阪生まれの大阪育ち。おそらくは関西弁独特のイントネーションも十分に込められていたのだろう。両目を見開き、眉間にしわを寄せながら一歩、二歩と歩み寄る扇原のオーラに怯んだのか。イエローカードをもらってイライラがさらに増していたはずのアリが、応戦できずに後ずさりしていく。
敵地のど真ん中でもまったく物怖じしないタフな精神力。今回の遠征で招集されたメンバーでは最年少となる1991年生まれの20歳が、何とも頼もしく思えた瞬間だった。
自己分析をすれば、まず「カッとしやすい」という性格を思い浮かべるという。坊主刈りの面影を色濃く残すヘアスタイルは、図らずも扇原の名前を広く知らしめた愚行への反省の証でもある。
20歳の誕生日だった10月5日。ホームの長居スタジアムで行われた浦和レッズとのナビスコカップ準々決勝。1対2で敗れたセレッソに対して不満を抱いたサポーターの一人が、試合後の挨拶を終えて引き揚げてきた選手たちに対して中身が入ったままのペットボトルを投げつけてきた。
後半途中でベンチに下げられた不完全燃焼感と、準々決勝敗退の悔しさで興奮状態にあったのだろう。扇原はこのペットボトルをスタンド中段の関係ない方向へ投げ返す行為に出てしまう。幸いにもけが人は出なかったが、前代未聞のトラブルにスタジアムは騒然となった。
事態を重視したセレッソは、翌6日に直近の公式戦2試合の出場停止と罰金、さらに練習時間外の社会奉仕活動の処分を扇原に課した。もちろん甘んじて受け入れた扇原だが、それだけでは「自分の認識の甘さによる行動で多大な迷惑をかけた」という思いは消えなかったのだろう。
自らバリカンを購入し、寮で頭を丸刈りにしたのは7日の夜。ゼロではなくマイナスからのスタート。扇原はクラブを通じて、ファンやサポーターへこのようなコメントを発表している。
「皆さんを失望させてしまったので、これからは自分の価値を上げられるように、もう一度、一から頑張っていきたい。本当に申し訳ありませんでした」
一人の社会人として、自らの態度と行動で再び信頼を得るための決意表明だった。
あれから1か月半。懺悔の念が込められた丸刈りが変化を帯びてくるとともに、ピッチの中の扇原の存在感も大きくなってきた。セレッソだけでなく、U‐22日本代表においても。
ユースから昇格を果たした昨シーズンは、右腓骨病的骨折という難病で長期離脱を余儀なくされた。骨の内部にできた腫瘍が原因で脆くなっていた部分が骨折したもので、幸いにも腫瘍は良性。6月に受けた手術と長期のリハビリを経て練習に復帰したのは、くしくも10月5日の誕生日だった。
この時、セレッソのレヴィー・クルピ監督は「タカは将来のセレッソを背負って立つ存在になる」と胸をなでおろしている。決して大袈裟な言葉ではなかったことは、背番号が「24」から主軸が担うことの多い「2」に変わった今シーズンの軌跡が何よりも如実に物語っている。
1メートル84、72キロの恵まれたサイズ。さらには左利きということもあって、扇原はセンターバックや左サイドバックを含めた守備のマルチプレーヤー的な存在だった。
もっとも、若手選手の発掘・育成に定評のあるクルピ監督は、ボランチこそが扇原が生きるベストのポジションと見ていたのだろう。不動のボランチ・マルチネスを故障で欠いた8月17日の鹿島アントラーズ戦。ボランチとしてJ1デビュー戦で初先発を果たした扇原は、前半38分にDF茂庭照幸が退場してからはセンターバックとして最後までピッチに立った。
試合は1対2で逆転負けを喫したものの、指揮官をして「素晴らしいプレーをしてくれた」と言わしめた扇原はワンチャンスを鮮やかにものにして、文字通り実力でレギュラーの座を奪取した。
中盤の深い位置から繰り出される長短かつ硬軟を織り交ぜたパスの質は高く、特にクサビとなるタテパスは正確無比ゆえに味方の攻撃のスイッチを入れる役目を果たす。
クラブに課された出場停止とU‐22代表に招集されてチームを離脱した間を除けば、デビュー以降のリーグ戦で全9試合、ACLの2試合にすべて先発フル出場。このことから見ても、公式戦という実戦の中でクルピ監督が惚れ込んだ潜在能力が急速に解き放たれてきたことがうかがえる。
その間にプロ初ゴールを含む4得点をマークするなど、非凡な得点能力も披露。出場停止明けの10月23日に敵地で行われたジュビロ磐田戦では、元日本代表GK川口能活から「みそぎ」となる2ゴールをゲット。試合後に感極まって涙を流す純情な一面ものぞかせた。
U‐22日本代表においても、6月に行われたU‐22クウェート代表とのアジア2次予選ではメンバーに招集されながらもホーム、アウェーともにベンチからは外れている。
当時はセレッソでもサブに甘んじていた時期だけに扇原本人も納得していたが、9月21日から火ぶたが切られたアジア最終予選に入ると状況は一変する。U‐22マレーシア代表との初戦でダブルボランチの一角を務めてきた山本康裕(ジュビロ磐田)が右足首の故障で離脱すると、関塚隆監督は迷うことなくU‐22日本代表でほとんどプレー経験がなかった扇原を抜擢する。
果たして、前半10分に東が決めた先制ゴールは扇原が出した東へのクサビのタテパスが合図となり、MF清武弘嗣(セレッソ大阪)とのパス交換から生まれたものだった。
迎えた敵地でのバーレーン戦。キャプテンを務めるボランチにして大黒柱の山村和也(流通経済大学)を左足小指の骨折で欠いたが、山本と扇原が心臓部を担ったチームは動じない。
0対0で迎えた前半終了間際。右からのコーナーキックを蹴ったのは扇原。同じレフティーである元日本代表MF中村俊輔を必死に真似て修得したというキックは鋭い弧を描きながら、ゴールを巻き込むようにしてファーサイドへ。飛び出したGKルトファラが目測を誤り、後方へファンブルしたところへボルシアMGでプレーするFW大津祐樹が飛び込んで先制点を叩き込んだ。
試合開始直後からお粗末なプレーを連発していた相手GKのレベルの低さもあるが、扇原の左足から繰り出されるキックの質の高さも十分に評価されていい得点シーンだった。
バーレーンの最終ラインがボールウォッチャーになるという情報も脳裏にインプットされていたのだろう。後半21分には左サイドからロビング気味のクロスをゴール前へ送る。
ゴール前に飛び込んだ東にこそDFハヤムがマークについたが、こぼれダマに反応したMF山田直輝(浦和レッズ)はまったくのフリー。左足から放たれたシュートは相手GKにセーブされてしまったが、こぼれダマを東がしっかりと押し込んだ。2対0。これで勝負ありだ。
自ら課題に挙げる守備でも、前半23分にはファウルを犯すことくMFショワイラルからボールを奪い、素早く左サイドに開いていたFW大迫勇也(鹿島アントラーズ)に展開してチャンスを演出した。
ショワイラルを一時的に悶絶させたほどの強烈なチャージ。試合前に宣言していた「タマ際で負けなければ日本のリズムになる」を有言実行したシーンだった。
実は後半7分の時点で、関塚監督は山本をより守備力のある山口螢に代えている。セレッソの盟友である山口とコンビを組ませることで、中盤の深い位置から的確にパスを散らし、A代表の遠藤保仁(ガンバ大阪)よろしくゲームを組み立てられる扇原の特徴を最大限に生かそうという采配だった。
セレッソにおける軌跡と同じく、主力の故障離脱で得たチャンスを一発でものした20歳は、有無を言わさぬ存在感と実力で自らの居場所を確固たるものにしつつある。もっとも、より高いレベルを目指すがゆえに、扇原本人は90分間トータルのパフォーマンスに対しては納得していない。
「立ち上がりの入り方が悪かった。自陣でプレーすることが多く、バーレーンの攻撃を受けてしまった。序盤から相手が来るのは分かっていたんですけど、もう少し冷静にやれれば」
グループCの1位だけに与えられるロンドン五輪切符は、ともに連勝発進の日本とシリアの一騎打ちの様相を呈してきた。27日にはシリアを国立競技場に迎え撃つ大一番が待っている。
「次のシリア戦にも勝たないと意味がないので、いい準備をして臨みたい」
こう語った扇原には、まだまだ荒削りな部分も修正されるべき課題もあるだろう。しかし、敵地で臆することなく相手に睨みをきかせられる度胸を含めて、ピッチの中では熱く、激しく、かつスケールの大きなプレーを見せるホープには、それらを補って余りある魅力と輝きがある。
ピッチの外における愚行は、20歳の青年にとって忘れえぬ刻印となる。それを乗り越えるべく、心技体のすべてで捲土重来を期すチーム最年少の大型ボランチの存在が、山村だけでなくA代表に招集された清武とFW原口元気(浦和レッズ)をも欠くU‐22日本代表を力強くけん引している。
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2011年11月24日 01:43|記事URL|コメント(0)|トラックバック(0)
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