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FWハーフナー・マイクに海外挑戦を決断させた2つの衝撃  by 藤江直人

FWハーフナー・マイクに海外挑戦を決断させた2つの衝撃  by  藤江直人


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 すでに青写真はほぼ固まっていたのだろう。日本代表にも初めて選出されるなど、飛躍を遂げるシーズンを戦い終えたばかりのFWハーフナー・マイクが、ブンデスリーガのヴォルフスブルク移籍で基本合意に達したことを伝える記事が複数のスポーツ紙上をにぎわせている。
 5日に横浜アリーナで開催されたJリーグアウォーズ。来シーズンからJ2へ降格するヴァンフォーレ甲府においてリーグ2位の17ゴールをマークするなど、孤軍奮闘した感のあるハーフナーはベストイレブンを受賞。今シーズン限りで契約が切れることで注目を集めていた自身の去就については、「海外に行きたい気持ちが強い」と明言。初めて胸中を明かしたものの、海外クラブからのオファーを含めた動きについては「分からない。具体的に何もないので」と繰り返していた。


 ICレコーダーをぎりぎりまで近づけて、やっと拾える小さな声を再現するとこうなる。
メディア:移籍する海外のクラブを選ぶ基準については。
ハーフナー:特に考えていないです、そこは。
メディア:オランダ語と英語が堪能なのですぐに海外に適応できると思いますが
ハーフナー:あっちに住んだことがないし、いろいろな面で慣れなきゃいけないと思うので。
メディア:ドイツとオランダのどちらが合うと思っていますか。
ハーフナー:まだ行ってもいないのに、合うか合わないかは絶対に分からないと思う。
メディア:実際に向こうへ視察に行くことは。
ハーフナー:視察した時点でも、合うか合わないかは分からないことだと思うし。


 実際には7日に電光石火でドイツに渡り、日本代表のキャプテンを務めるMF長谷部誠の案内でヴォルフスブルクの施設などを見学。冬の移籍市場がオープンする1月に正式に海を渡るという。契約満了に伴う移籍のため移籍金はゼロ。契約期間は3年と報じられている。
 交渉に関するデリケートな部分もあって言葉を濁していたのだろうが、秋口の段階でヴァンフォーレ残留か海外移籍かの二者択一を示唆していたハーフナーの心中では、かなり早い段階で結論が出されていたのだろう。ターニングポイントとしてまず考えられるのは、北朝鮮とのW杯アジア3次予選初戦を翌日に控えた9月1日。右ひざ半月板を損傷してチームを離脱したFW本田圭佑(CSKAモスクワ)の代役として、日本サッカー協会がA代表経験のないハーフナーを追加で招集した時だ。

 
 北朝鮮戦の後半25分からまさにぶっつけ本番で途中出場したのを皮切りに、約2か月半の間に5つの代表キャップを獲得。10月11日に長居スタジアムで行われたタジキスタン戦では初ゴールを含む2発を得意のヘディングでマークしてきた軌跡の中で、マイペースを自任する24歳は「自分は代表チームの中で一番下手クソ」という認識を強く抱くようになったという。
「海外のリーグで活躍している(日本代表の)選手はみんな尊敬していますし、全員から刺激を受けました。みんなホントに上手いし、自分はこの中でやっていけるのかなという部分も最初はあった。いろいろな部分でもっと上手くなって、しっかりと(代表チームに)フィットできるように成長していきたい。海外で成功すれば自分もどんどん上昇していけると思っているし、やっぱり挑戦したいという気持ちがあった。もっと、もっと上手くなりたいんです」

  
 1メートル94の大型FWとして期待されながら、2006年にユースから昇格した横浜F・マリノスではほとんど出場機会を得られなかった。アビスパ福岡、サガン鳥栖とJ2クラブへ期限付き移籍を繰り返し、その度に「成功しなかったら引退する」と背水の陣を敷いてきた。
 2010年には慣れ親しんだマリノスと決別。オファーを受けて完全移籍したヴァンフォーレで20ゴールを挙げてJ2の得点王を獲得し、エースとして4年ぶりとなるチームのJ1昇格に大きく貢献した。
 アスリートの本能でもある貪欲な向上心を胸に抱きながら、回り道を覚悟で、文字通りドン底からはい上がってきた。そんなハーフナーにとって、残念ながらヴァンフォーレはさらに成長できる可能性を与えてくれるチームではなくなっていたのだろう。今シーズンの開幕から時間を重ねるごとに、抱いていたチームへの愛情が少しずつ消え失せていったと言っても決して過言ではない。
 

 Jリーグアウォーズ後の囲み取材で、ハーフナーは今シーズンをこう振り返っている。
「最初から最後まで苦しいサッカーをしていた。ホントに悔しい1年だった」
 約1年前。J1を戦うにあたって、ヴァンフォーレは「J1を指揮した経験がない」という理由でJ2の2位にチームを導いた内田一夫監督との契約を更新しなかった。代わりに招聘されたのは、大宮アルディージャやコンサドーレ札幌、ヴィッセル神戸を率いてJ1を戦ったキャリアをもつ三浦俊也氏。新監督の意向を反映するように、チームの陣容は大幅に改造された。 
 10年間も司令塔を務めた藤田健、2008年のチーム得点王マラニョン、2008年および2009年のアシスト王の大西容平、キャプテン経験者のボランチ秋本倫孝、ベテランの池端陽介らが去ったチームは当然のように大混乱をきたし、「走りまくる」という伝統のチームカラーも失ってしまった。


 同じくJ2から昇格してきた柏レイソルと比較すれば、佐久間悟GMを中心とするヴァンフォーレのフロント陣が描いたチーム戦略が破綻をきたしていたことが浮き彫りになる。
 2010年のJ2戦線における直接対決は2戦2分け。アウェーに乗り込んだ8月21日の一戦では、残り5分を切ってからハーフナーが連続ゴールを奪ってドローに持ち込んでいる。
 最終的には勝ち点で10差をつけられての2位でJ1昇格を果たしたが、負け数はレイソルの2に対して4とほぼ互角。しかも、総得点71はレイソルと並ぶリーグトップタイ。ハーフナーを中心とする攻撃力にさらに磨きをかけるのか、あるいはレイソルの24に対して40と失点が多かった守備陣をJ1仕様に再構築するのか。ヴァンフォーレが下した結論は後者だった。


 しかし、ゾーンディフェンスを軸とする三浦新監督の戦術がまったく奏功しない。3月5日の開幕戦から9試合連続で失点。6月15日の鹿島アントラーズ戦で初完封を達成したのもつかの間、3日後のセレッソ大阪戦を皮切りに今度は16試合連続失点の泥沼に入り込んでしまう。
 その間に三浦監督が解任され、駒沢大学サッカー部の同期である佐久間GMにバトンが託されても悪い流れは変わらない。J2での戦いでは互角だったレイソルとの直接対決も1対2、1対4と連敗。ハーフナーが不在だった11月16日の天皇杯に至っては、1対6と無残な大敗を喫している。
 2009年7月から指揮を執るネルシーニョ監督のもと、レイソルはメンバーの大半をそのままに、「継続と熟成」を合言葉にしながら成長を積み重ねてきた。両者が標榜するベクトルの違いは、最終的にJ1優勝&FIFAクラブW杯出場とJ2降格という天国と地獄となって帰結した。


 ハーフナーもレイソルを強く意識していたことは、次のコメントからもうかがえる。
「J1勢を相手に戦う準備の段階から、ヴァンフォーレは劣っていた。レイソルとの差はチームのまとまりだと思う。同じ昇格組として、ホントにうらやましい限りです」
 J2降格が決まった12月3日の最終節後には、ハーフナーは「J2で4敗しかしていないチームをぶっ壊した意味が分からない」と胸中に募らせていた思いの丈を明かした。すでにヴァンフォーレとの契約を延長しないことを決意していた者として、他の選手が抱いている不満を代弁したのだろう。
 2008年10月から編成を司る佐久間GMが信念に基づいてチームの大改造を敢行したのであれば、三浦氏に続いてJ2降格の責任を取らなければいけない。しかし、その佐久間氏は来シーズンからGMに復帰する。異例の人事へのやるせなさも訴えたかったのかもしれない。


 開幕当初からリズムに狂いが生じていたチーム状態の中で、それまでJ1の舞台では無得点だったFWが17ものゴールを積み重ねた軌跡はハーフナーの成長そのものでもある。
「チームメートに支えられてのゴールであり、この賞(ベストイレブン)でもある。みんなにはホントに感謝しているけど、自分が決めるべきところで決められなかったというのもある。今年はいいことも悪いこともたくさんあったけど、チームがJ2に降格した時点でやっぱり悔しさしか残らない。準備が一番大事だと思うので、しっかりと体を作ってヨーロッパに挑みたい」
 自らの不甲斐なさを幾度となく痛感してきたからこそ、より高いレベルの中でもっと、もっと成長したい。2014年にブラジルで開催されるW杯のピッチに立つために。愛着心、感謝、心残り、そして不満。ヴァンフォーレへのあらゆる思いを封印して、ハーフナーはブンデスリーガへと乗り込む。


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2011年12月10日 15:54|記事URLコメント(0)トラックバック(0)

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