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    <title>Sports Times　スポーツタイムズ通信社</title>
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    <updated>2010-03-14T12:34:15Z</updated>
    <subtitle>スポーツを心から愛する人たちへ。時には醒めて、時には熱く、独自の視点でスポーツメッセージを贈るWEBです。</subtitle>
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    <title>「Ｗ杯へあえて二兎を追う」中村俊輔の悲壮な決意　　by  藤江直人</title>
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    <published>2010-03-14T09:29:03Z</published>
    <updated>2010-03-14T12:34:15Z</updated>

    <summary> ■サッカーＪ１第２節 横浜Ｆ・マリノス［勝ち点３］　３‐０（前半１‐０）　湘南...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.sports-times.jp/">
        <![CDATA[<p><br />
■サッカーＪ１第２節<br />
横浜Ｆ・マリノス［勝ち点３］　３‐０（前半１‐０）　湘南ベルマーレ［勝ち点１］<br />
［３月１３日午後２時キックオフ＠日産スタジアム／観衆３２，２２８人］</p>

<p><br />
　完膚なきまでに叩きのめされた90分間に、白旗をあげざるを得なかった。<br />
「完敗という感じです。顔を洗って出直して来い、ということなので出直してきます」<br />
　湘南ベルマーレの反町康治監督の表情が明らかにこわばっている。中村俊輔の７年半ぶりとなるＪリーグ復帰戦として注目された一戦。開幕戦を終えた直後から「俊輔のお膳立てにはならない」と強気な姿勢を崩さなかった指揮官は、その俊輔の存在を惨敗の理由に挙げた。<br />
「１点目が痛かった。クローズな展開にして、少ない好機を生かしたかった。いいボールが入ってくることを想定して、セットプレー対策に時間をかけてきたのに。情けない。セットプレーで失点を重ねるチームが下位に行くのはサッカー界の常識。最重点課題として修正したい」</p>

<p><br />
　敵将を脱帽させた俊輔のプレーは前半22分に飛び出した。<br />
　右ＣＫ。背番号25がゆっくりとボールをセットする。狙いは人ではなく空間。中央からやや遠めのエリアに弧を描きながら侵入してきたボールに、ＤＦ栗原勇蔵が頭をヒットさせる。<br />
　チームの今シーズン初ゴールとなる待望の先制点が生まれた直後に、チームメートたちから誘われるように俊輔が「ゆりかごダンス」の列に加わる。10日に生まれたばかりの三男へ、照れ笑いしながらパフォーマンスを捧げた。<br />
<strong>俊輔</strong>「ああいうのは僕のキャラじゃないから（笑）。コーナーはニアとかファーを狙うんじゃなく、ボールが行ったところに人が入りました、という感じの方が入る。（ターゲットは）感覚で分かる。難しいボールを（栗原）勇蔵がよく当ててくれた」</p>

<p><br />
　以前は正確無比なプレースキックだけが注目されることを「それだけの選手じゃない」と極端に嫌がった。しかし、チームメートの特徴を把握し切れていない現状では、自分を支えてきた絶対の武器である左足をフル回転させるしかなかった。<br />
　相手ＧＫの正面を突いたが、前半28分にはゴール右側から強烈な直接ＦＫを見舞った。実に19本を数えたＣＫは、左右にかかわらず俊輔がすべてを蹴った。だからこそ、その後にＣＫで好機を作れなかったことに不満が残った。　<br />
<strong>俊輔</strong>「特に後半は単調なＣＫが多かった。ショートコーナーにしたり、右利きの選手に任せることも必要だと思った。セットプレーはこれからも武器になるから、修正していかないと」</p>

<p><br />
　与えられたポジションは２列目の右サイド。チームに本格的に合流したのが５日。当然のように周囲との意思疎通はスムーズにはかれない。<br />
　ならば、コンビネーションうんぬんに関係なく、いま現在の自分自身にできる最大限の仕事をするしかない。全権を託されたセットプレー。中盤での自在なボールキープ。体を張ったディフェンスで何度もボール奪取を試みた。<br />
　その中で非凡なセンスも垣間見せた。前半16分。逆の左サイドにいるＭＦ山瀬功治への約40メートルのパス一本で、山瀬のシュートシーンを演出した。　<br />
<strong>俊輔</strong>「いままでのマリノスはどうしても攻撃が同じサイドに寄っていた。僕と（山瀬）功治がサイドに起点を作ることで、１本か２本のパスでシュートまでいける」</p>

<p><br />
　敵地で観戦したＦＣ東京との開幕戦。サブ組に０対３で完敗した11日の紅白戦。この２試合で自軍の攻撃に足りない点を的確に看破し、微調整を施した。<br />
　一方で体は悲鳴を上げかけていた。後半になるとディフェンスに奔走するシーンが減り、試合の流れから消える時間帯も増えた。<br />
<strong>俊輔</strong>「本当はもっと追いかけたかったんだけど。太ももの裏とかが張っちゃって」<br />
　その中で後半16分には敵陣の右サイドに侵入。ＭＦ兵動慎剛、逆サイドの山瀬と渡ったボールを最後はＦＷ渡邉千真が押し込んで勝負を決めた。<br />
　本調子にはほど遠いことを承知の上でピッチに送り出した木村和司監督も、残り６分でお役御免とした日本代表の司令塔を手放しで賞賛した。<br />
「十分に働いてくれた。早めに代えてあげたかったけど、ワシも勝ちたかったし（笑）。でも、中盤にタメができることでリズムの変化が生まれる」</p>

<p><br />
　所属していたエスパニョールでチーム構想から完全に外れ、けがも相まって試合出場機会が激減した。試合勘の欠如はプレーの質の低下を招き、長引くようならば「おそらく最後のＷ杯」と位置付ける６月の南アフリカ大会にも悪影響を及ぼす。<br />
　その打開策として決断した古巣の横浜Ｆ・マリノスへの移籍。しかしながら、俊輔の心中にあったのは前向きな思いだけではなかった。<br />
<strong>俊輔</strong>「プレッシャーはあります。何をするんだろう、って思われるだろうし。いいプレーをひとつひとつ積み重ねていかないと代表だって危なくなるし。いろいろと考えます」<br />
　もちろん、Ｗ杯のことだけに没頭するわけにもいかない。<br />
　俊輔の加入で必然的に開幕戦で司令塔のポジションを務めたＭＦ狩野健太がベンチを温めざるを得なくなった。結果を残せなければ不協和音が生じてもおかしくない。<br />
<strong>俊輔</strong>「最初のスタートが悪いと厳しくなるから。今日もよかったわけではないけど、とにかく真っ白で試合に臨もうと思った。マリノスというチームのコマとして機能していかないと」</p>

<p><br />
　実際、短期間で順応しなければならない点は多い。７年半の間に大半が入れ替わったチームメートの特徴の把握。日本人特有のアジリティーにも慣れないと、鳴り物入りで移籍しながらＪリーグで精彩を欠くという、これまでの外国人選手と同じ轍を踏みかねない。<br />
　それでも、俊輔はあえて「二兎」を追う覚悟を固めている。<br />
<strong>俊輔</strong>「今日ここでプレーしたからといって、海外の感覚を忘れてはいけない。質を落とさないでやるのはすごく難しいし、自主練とかが大事になってくるけど、２つを追うような感じでやらないと。（Ｗ杯まで）あと３か月しかないから」</p>

<p><br />
　決してマリノスを軽視するわけではない。それでも、目線の高さはセリエＡ、スコットランド、スペイン、そしてチャンピオンズリーグで戦ってきたこの７年半から下げない。<br />
<strong>俊輔</strong>「日本の環境の中でもレベルは上げられるけど、これからはセリエＡやオランダ代表選手をイメージして練習に取り組まないと。チャンピオンズリーグのＤＶＤを見たりして」<br />
　日本代表として臨んだ３日のバーレーンとのアジアカップ最終予選でも、後半になるとガス欠を起こしたかのようにミスが目立った。<br />
　ただ単に試合から遠ざかっていたことが原因なのか。それとも、６月に32歳を迎える肉体に忍び寄る衰えが試合欠場が続いたことで加速されたのか。後半になって覚えた太ももの裏の張りは急ピッチ調整の代償なのか。</p>

<p><br />
　不安視される材料を挙げればきりがないし、決して簡単な道ではないことは俊輔自身が誰よりも理解している。<br />
　日本の諺に「二兎を追う者は一兎も得ず」とあるように、最悪の場合、心身のリズムがさらにバラバラになる危険性もあるが、俊輔に迷いはない。<br />
<strong>俊輔</strong>「こうやってテレビカメラや記者の人たちが大勢きて、勝ってよかったと喜んでくれる人もたくさんいるけど、そこはぶれずにやっていきたい。帰ってきてすぐに代表に呼ばれたりして、フィジカル的にはきつい部分もあったけど、もっと自分を追い込んでいかないと。やりすぎてもいけないから、追い込み方を工夫したりして」</p>

<p><br />
　俊輔の代わりに途中出場した狩野が終了間際に怒りのロングシュートを豪快に突き刺すなど、文字通りの「俊輔効果」で就任後の初白星を手にした木村監督は、「勝つのはいいね」と笑顔を浮かべながら今後も俊輔を起用していくことを明言した。<br />
「俊輔のよさを引き出してあげるのが周囲の選手の仕事。俊輔も自分のプレーをどんどん味方にさらけ出すことが必要。失敗しても、パスをどんどん出せばいい」</p>

<p><br />
　20日には開幕２連勝と波に乗る川崎フロンターレを再びホームの日産スタジアムに迎える。04年のリーグ総合優勝以来、タイトルから遠ざかっている名門チームを復活に導くと同時に自らのレベルもＷ杯仕様に上げる。<br />
<strong>俊輔</strong>「特に前半に何回かミスがあったけど、狙った上でのミスなので、これから修正していけばいい。いい選手がいるし、連動していけばもっと個々の力がでると思う」<br />
　眼前に伸びる「いばらの道」は承知の上。チームが今シーズン初勝利に沸く中で、ふと漏らした短い言葉の中には悲壮な決意が凝縮されていた。<br />
<strong>俊輔</strong>「今日の試合はもう忘れた。次に集中する」　（写真＝高須力）</p>]]>
        
    </content>
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    <title>論スポ　ＢＡＳＥＢＡＬＬ ２０１０ 開幕特集号　定価８８０円　３月１２日　全国書店にて発売！</title>
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    <published>2010-03-09T05:08:05Z</published>
    <updated>2010-03-12T01:39:18Z</updated>

    <summary> RONSPO『論スポ』Vol. ６ ３月１２日　全国書店にて発売 ＢＡＳＥＢＡ...</summary>
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        <![CDATA[<p></p>

<p><strong><big>RONSPO『論スポ』Vol. ６</big></strong><br />
<strong><big>３月１２日　全国書店にて発売</big></strong></p>

<p><br />
<strong><big><big><big>ＢＡＳＥＢＡＬＬ ２０１０ 開幕特集号</big></big></big></strong><br />
<big><strong><big><big>ベースボール維新力―野球界の龍馬たれ</big></big></strong></big></p>

<p><br />
<big>RONSPO　宣言</big></p>

<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<big>独占インタビュー１　<strong>雄星</strong>（埼玉西武ライオンズ）<br />
　　　　　　　　　　　　　「龍馬のごとく切り拓く」</big></p>

<p><br />
<big>キャンプフィーバー史　　こんな騒ぎがありました</big></p>

<p><br />
<big>独占インタビュー２　<strong>城島健司</strong>（阪神タイガース）<br />
　　　　　　　　　　　　　「毒薬か。劇薬か」</big></p>

<p><br />
<big>独占インタビュー３　<strong>田中将大</strong>（東北楽天ゴールデンイーグルス）<br />
　　　　　　　　　　　　　「太陽のプライド」</big></p>

<p><br />
<big>楽天作戦会議潜入　<strong>岩隈久志×鉄平</strong><br />
　　　　　　　　　　　　　 「ノムさん無き楽天の僕ら革命」</big></p>

<p><br />
<big>プロ野球評論家＆番記者　総勢３４人にガチンコアンケート<br />
巨人のＶ４に死角なし。優勝確率８２％！</big></p>

<p><br />
<big>追跡　<strong>原巨人</strong>「彼らは伝説のＶ９を超えることができるか」</big></p>

<p><br />
<big>ノンフィクション　<strong>松本哲也</strong>（読売ジャイアンツ）<br />
　　　　　　　　　　　｢小さな巨人が手にした居場所」</big></p>

<p><br />
<big>論スポ的プロフェッショナルな技　<strong>宮本慎也</strong>（東京ヤクルトスワローズ）</big></p>

<p><br />
<big>独占インタビュー４　<strong>岡田彰布</strong>（オリックス・バファローズ）<br />
　　　　　　　　　　　　　「セ・リーグの野球をする！」</big></p>

<p><br />
<big>真相追求　電通から来た異色社長の横浜ベイスターズ革命</big></p>

<p><br />
<big>連続インタビュー　オヤジのチカラ<br />
　　　　　　　　　　　　<strong>山本昌／木田優夫／今岡誠／仁志敏久</strong></big></p>

<p><br />
<big>もうひとつの野球「クラブ野球の世界。彼らの夢」</big></p>

<p><br />
<big>なんでもランキング　　プロ野球選手の年俸</big></p>

<p><br />
<big>ロサンゼルスタイムズ記者が書く　<strong>松井秀喜</strong>（ロサンゼルス・エンゼルス）<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 「移籍の裏にある壮絶な覚悟」</big></p>

<p><br />
<big>与田剛＆アキ猪瀬責任監修　ＭＬＢ 完全３０チームガイド<br />
全チーム格付けと今季日本人活躍予想指数付き<br />
　　　　　　　　<strong>イチロー</strong>（シアトル・マリナーズ）<br />
　　　　　　　　<strong>上原浩治</strong>（ボルティモア・オリオールズ）<br />
　　　　　　　　<strong>松坂大輔</strong>（ボストン・レッドソックス）<br />
　　　　　　　　<strong>黒田博樹</strong>（ロサンゼルス・ドジャース）<br />
　　　　　　　　<strong>岩村明憲</strong>（ピッツバーグ・パイレーツ）<br />
　　　　　　　　<strong>福留孝介</strong>（シカゴ・カブス）<br />
　　　　　　　　<strong>五十嵐亮太＆高橋尚成</strong>（ニューヨーク・メッツ）<br />
　　　　　　　　<strong>斎藤隆＆川上憲伸</strong>（アトランタ・ブレーブス）</big></p>

<p><br />
<big>バンクーバー五輪　女子フィギュア密着ドキュメント<br />
　　　　　　　　　　　　 <strong>浅田真央×キム・ヨナ</strong>「美しき敗者」</big></p>

<p><br />
<big>好評連載コラム　　<strong>やくみつる／玉木正之／金子達仁</strong></big></p>

<p><br />
<big>愚直な人々スペシャル「パワープロダクションドリームマッチ！」</big></p>

<p><br />
<big>スポーツ論！　早大ラグビー部新監督／サッカー日本代表<br />
　　　　　　　　　女子ゴルフ韓流襲来／Ｆ１小林可夢偉</big></p>

<p><br />
<big>スポーツ環境マガジン宣言　元女子バレー日本代表　<strong>大林素子</strong></big></p>

<p></p>

<p><br />
<big>スポーツの資格　メンタルトレーニング　<strong>田中ウルヴェ京</strong></big></p>

<p><br />
<big>アスリートの「勝ち食」　トライアスロン　<strong>中西真知子</strong></big></p>

<p></p>

<p><br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>横浜ＦＣが開幕戦白星にこだわった特別な理由　　by  藤江直人</title>
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    <published>2010-03-07T15:41:17Z</published>
    <updated>2010-03-08T02:30:19Z</updated>

    <summary> ■サッカーＪ２第１節 横浜ＦＣ［勝ち点３］　２‐０（前半２‐０）　ギラヴァンツ...</summary>
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        <![CDATA[<p></p>

<p>■サッカーＪ２第１節<br />
横浜ＦＣ［勝ち点３］　２‐０（前半２‐０）　ギラヴァンツ北九州［勝ち点０］<br />
［３月７日午後４時キックオフ＠ニッパツ三ツ沢球技場／観衆4,506人］</p>

<p><br />
　試合後の公式会見でここまで本音を吐露したＪクラブの監督も珍しいのではないか。<br />
「とにかく勝つこと。今日はこれしかなかった。ＰＫでもオウンゴールでも何でもいから、今日は勝ちたかった。勝てて本当によかった」<br />
　ウインドブレーカー姿に、首にはチームのオフィシャルマフラー。試合中は逆にかぶるトレードマークのヒュンメル社製の赤い帽子は、ギュッと手に握られている。<br />
　あのラモス瑠偉氏をして「オレより熱い」と脱帽させる男。横浜ＦＣの岸野靖之新監督がやや感極まった表情を浮かべながら、ひな壇で何度も「勝ちたかった」を連発した。</p>

<p><br />
　今シーズンから横浜ＦＣの監督に就任した。しかし、その初陣だったから勝ちたかった、という至極単純な図式は歓喜の理由には当てはまらない。<br />
　答えはＪＦＬから昇格したギラヴァンツ北九州をホームに迎えた開幕戦のスタメンにあった。<br />
　ピッチに立った11人のうち実に９人が新加入組。昨年まで５年間、コーチ及び監督を務めたサガン鳥栖で指導した選手がそのうちの５人を占めた。<br />
　監督交代を機にここまで選手が入れ替わる例もまた珍しい。</p>

<p><br />
　ネット上では「横浜ＦＣの鳥栖化」と書き込まれることも少なくなかった。<br />
　サポーターも違和感を覚えるはずだし、それがチーム内の正当な競争の結果とはいえ、ポジションを取って代わられた古参組の心中も決して穏やかではないだろう。<br />
　１月中旬に始動して40日あまり。その間、練習を見学に訪れたサッカー関係者がこう危惧していたことを思い出す。<br />
「寄せ集め軍団の感が否めないだけに、よほど監督に求心力がないと。負けが込んでくると空中分解してしまうこともあり得る」</p>

<p><br />
　もちろん、岸野監督自身は指導方法に絶対の自信を持っている。<br />
　東京ヴェルディで04年までの14年間、トップやサテライトのコーチとして積み重ねてきた経験が指導のベース。鳥栖時代は自ら寮に住み込み、選手たちと時間と夢を共有した。<br />
　その情熱は選手たちにも伝わり、かつてはＪ２のお荷物と揶揄された鳥栖は「闘う集団」と化して何度も上位チームを辟易とさせた。最終的には５位に終わったものの、昨シーズンは終盤までＪ１昇格の可能性を残した。<br />
　モットーとする「心の汗をかこう」は、横浜ＦＣに移ったいまも変わらない。</p>

<p><br />
　もっとも、ただの熱血漢だけでは空回りに終わってしまう。<br />
「遠まわしにモノを言わない。グサッとくるものがあるけど、僕たちのことを真剣に考えてくれるから真剣な態度でぶつかってくる。少しでも上のレベルでプレーしろ、少しでもお金を稼げ、少しでもいい暮らしをしろ、と。しゃべり下手なんですけど、伝わってくるものがある」<br />
　鳥栖で５年間にわたって岸野イズムの薫陶を受け、ともに横浜ＦＣに移ってきたＭＦ高地系治が、不器用を自任する51歳の指揮官に選手たちが魅せられる理由を語ってくれた。</p>

<p><br />
　ギラヴァンツ戦で２ゴールを叩き込んだのはその高地。４月で30歳になる遅咲きのレフティーだけでなく、センターバックの渡邉将基と右サイドバックで先発した柳沢将之は昨シーズン、ＧＫシュナイダー潤之介とＤＦ金裕晋は06年シーズンに鳥栖でプレーしている。<br />
　柳沢は自身のブログで鳥栖を後にすることを「断腸の思い」と表現。それでも恩師の岸野監督と行動をともにする決断を下したことを、鳥栖サポーターに詫びている。<br />
　鳥栖は専用の練習グラウンドもなかった。岸野監督が契約を更新しなかったのも、チーム側が成績に見合う年俸を払えないことが理由だった。</p>

<p><br />
　いわば、岸野自身も指導者としてのステップアップを期した末の決断。その後を選手４人、コーチ２人、トレーナー１人が追随したことで、鳥栖サポーターからも誹謗中傷された。<br />
　同様の複雑な思いが、迎え入れる横浜ＦＣにも少なからずあったことは容易に想像できる。　　<br />
　岸野監督は会見で偽らざる胸のうちを打ち明けている。<br />
「ある日突然集まった人間たちが、わずか40日間で心をひとつにして戦うのは難しい。まだまだ時間がかかるけど、勝って初めてチームは動くものだと思っている」</p>

<p><br />
　新キャプテンにはＦＷカズを指名して周囲を驚かせた。<br />
　ギラヴァンツ戦の後半33分から途中出場。自身のもつＪリーグ最年長出場記録を43歳と９日に更新したキングは、ブラジルや日本、イタリア、クロアチアの数チームでプレーした経験から、チーム内の顔ぶれの変化を当然のこととして受け止めている。<br />
「監督が代われば選手も入れ替わる。この世界では当然だし、僕らはやることは変わらない」<br />
　岸野監督にとっては何よりも勇気づけられる言葉だったに違いない。</p>

<p><br />
　昨シーズンは中盤、時にはボランチを務めたカズへ、新監督はＦＷ一本を明言している。<br />
「彼がゴールを決めればチームに元気が出るんです」<br />
　カズが躍動するほどに、チーム内に巣食う違和感が消えていく。ヴェルディ時代から旧知の仲のカズへ、指揮官はピッチの内外で大きな役割を果たしてくれることを期待している。<br />
　実際問題として、昨シーズンの横浜ＦＣは18チーム中で16位。51試合でわずか43得点に終わったチームは、生半可な改革では蘇生しない。岸野監督自身、鳥栖を率いながら「こちらが１点取れば勝てるチーム」とまったくもって怖さを感じなかったという。</p>

<p><br />
　結果はともかく、ギラヴァンツ戦の内容は決してほめられたものではなかった。<br />
　２ゴールも経験で劣る相手のミスにつけ込んで挙げたもの。雨の中、後半は特にせわしない展開に終始した。<br />
「確かに不細工な内容ですけど」<br />
　岸野監督は手にした白星が、スローガンに掲げる「昇格」への第一歩になると力を込めた。<br />
「内容がよくても勝てないのがサッカー。内容がよければ負けても次につながる、なんてことはあり得ない。次の試合からは質も上げていきます。もっと落ち着いて、もっとボールを動かして、もっと統一感をもたせないと厳しい戦いになるので」</p>

<p><br />
　お互いを知り尽くすサガン鳥栖出身者だけではない。<br />
　ベガルタ仙台やアルビレックス新潟で実績のある33歳のベテラン・シルビーニョをボランチ、ガンバ大阪の下部組織でテクニックを磨いた寺田紳一を攻撃的ＭＦ、そして元日本代表の点取り屋・大黒将志を前線に据えた新布陣は、全員のベクトルが同じ方向を向けば決して侮れないチームに変貌する可能性を秘めている。</p>

<p><br />
「他の誰よりもこの横浜ＦＣというチームを愛し、これから仕事をしていくんだ、と勝った瞬間に強く思いました」<br />
　あらためて決意を表明した稀代の熱血指揮官による横浜ＦＣ革命。19チームとなった今季のＪ２戦線は年間51試合から36試合に減り、その分、１試合の重みが増す。<br />
　12月４日のゴールへ笑顔で飛び込むために。待ったなしの戦いが始まった。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>湘南ベルマーレ／11年ぶりのＪ１で感じた課題とツキ　　by  藤江直人</title>
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    <published>2010-03-06T14:53:58Z</published>
    <updated>2010-03-06T19:10:11Z</updated>

    <summary> ■サッカーＪ１第１節 湘南ベルマーレ（勝ち点１）　１‐１（前半１‐１）　モンテ...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.sports-times.jp/">
        <![CDATA[<p><br />
■サッカーＪ１第１節<br />
湘南ベルマーレ（勝ち点１）　１‐１（前半１‐１）　モンテディオ山形（勝ち点１）<br />
［３月６日午後１時キックオフ＠平塚競技場／観衆１１，２８０人］</p>

<p><br />
　平塚競技場のメーンスタンドから正面玄関へと降りる関係者専用の階段を踏みしめながら、湘南ベルマーレの眞壁潔社長は自らに言い聞かせるようにつぶやいた。<br />
「まあ、よしとしよう」</p>

<p><br />
　昨年１２月５日のＪ２最終節で奇跡の逆転勝ちを演じ、11年ぶりとなるＪ１昇格を決めてから約３か月。期待と興奮に胸を躍らせながら、指折り数えてきたモンテディオ山形との開幕戦は１対１のドローに終わった。<br />
　そぼ振る雨の中を駆けつけてくれたサポーターに白星を贈りたかった。その一方で、最低限である勝ち点１はゲットすることができた。<br />
　胸中で揺れる思いを封じ込めるように、「よしとしよう」と前を向いたのだ。</p>

<p><br />
　眞壁社長の言う「よしとする」には２つの意味がある。<br />
　ひとつは反町康治監督が就任した昨シーズンから追い求めているサッカーが、Ｊ１の舞台でもある程度は通用する手応えをつかんだことだ。</p>

<p><br />
　それはどのようなサッカーなのか。反町監督の言葉を借りればこうなる。<br />
「ウチには１対１で仕掛けて、抜いて、シュートを打てる選手はいない。前線にボールを運んで、人数を割いて、攻撃の選択肢を増やしていくしかない」<br />
　キックオフから主導権を握り、迎えた前半19分。目指す形が先制ゴールといて結実した。</p>

<p><br />
　ＭＦ寺川能人が前線へ浮きダマのパスを送る。ＦＷ新居辰基が体を反転させながら太ももでトラップ。さすがに体勢を崩したが、背後から走り込んできたＭＦ坂本紘司がこぼれダマに対して迷うことなく左足を一閃。相手ＧＫが弾いたところを、直前のＣＫで前線に残っていたＤＦジャーンが右足で押し込んだ。<br />
　お馴染みのコールがスタジアムに響く。<br />
「ただいまのゴールはジャ、ジャ、ジャ、ジャーン！」</p>

<p><br />
　プロ生活14年目の31歳。ベルマーレが強いられた10年間のＪ２時代のすべてを知り、この日が遅咲きのＪ１デビュー戦となった坂本が言葉を弾ませる。<br />
「前半はテンポよくボールを回せたし、その部分ではＪ１に通用すると思いました」<br />
　坂本以外にもＪ１での初陣となった選手が途中出場組も含めて５人を数えたが、ベルマーレ伝統の黄緑と青のユニホームがホームの平塚競技場のピッチで躍動した。<br />
　湘南の暴れん坊。往年の異名がサポーターの脳裏に蘇りかけていた。</p>

<p><br />
　しかし、好事魔多し。前半40分。同点とされるシーンは予告もなしに訪れる。<br />
　左サイドを突破したモンテディオのＭＦ古橋達弥が左足でクロスを上げる。必死にマークしたＭＦ寺川の足をかすめ、微妙にコースを変えたボールがゴールに吸い込まれそうになる。<br />
　ＧＫ野澤洋輔が必死にニアポストへ走り、体をゴールの内側に入れた体勢で、両手ではたき落すようにパンチングした瞬間だった。</p>

<p><br />
　ボールは味方のＦＷ田原豊の足に直撃。はね返って無情にもゴールネットを揺らした。<br />
　それまで何度もファインセーブでゴールマウスを死守していた野澤が言う。<br />
「あれは事故。ユタカ（田原）がカバーに来たから当たったということ。押し込んだのが相手のＦＷだったらショックだけど。前向きな失点です」</p>

<p><br />
　もっとも、この時、田原はほぼ無防備な状態でオウンゴールを献上してしまった。<br />
　味方のピンチにゴール前まで戻ってきた献身さは認めるが、一方で集中力があればボールの直撃は避けられかもしれないし、失点も防げたかもしれなかった。<br />
　その点は田原も反省している。<br />
「ひとつのオウンゴールで勝ち点３が遠いところに行ってしまった。ひとつのミスが命取りになるリーグだと、あらためて感じることができた」</p>

<p><br />
　その後は流れを引き戻すことができず、Ｊ１初挑戦だった昨シーズンにおいて降格ラインぎりぎりで生き残ったモンテディオの牙城を打ち破ることができずに試合終了を迎えた。<br />
　油断大敵。あらためて言うまでもない勝負の鉄則を、勝利を逃した代償として思い知らされた。そのことが眞壁社長を前向きにさせた「もうひとつ」の要素だった。</p>

<p><br />
　ホームでのドロー発進を、まさに「良薬口に苦し」とすることことができるのか。<br />
　戦いの舞台は１週間後の３月13日。横浜Ｆ・マリノスのホーム、日産スタジアムに乗り込んでの「神奈川ダービー」に移る。<br />
　日本代表ＭＦ中村俊輔の８シーズンぶりのＪリーグ復帰戦。いやがおうでも注目が集まる。<br />
　しかも、開幕戦でＦＣ東京のＦＷ平山相太の一撃の前に屈したＦ・マリノスが、目の色を変えて臨んでくることは容易に想像できる。</p>

<p><br />
　試合後の公式会見。抑揚のない言葉の中に最大限のプライドを込めて、反町監督は次戦への並々ならぬ決意を表明した。<br />
「手応えを感じたといっても、このままなら勝ち点１を得るゲームしかできない。Ｊ１の試合における１対１の強さ、タマ際のギリギリのせめぎ合いといったものを体で感じ、慣れることができたので、それらを次のゲームにつなげたい。中村俊輔の復帰戦の舞台をお膳立てするつもりはない。勝つために準備をして、『湘南、やるじゃないか』と思わせるサッカーをします」<br />
　目指すはただひとつ。暴れん坊の完全復活だ。</p>

<p><br />
　Ｊ２の３位で昇格を果たしたチームを、反町監督は「Ｊ１では18番目の新入生」と呼ぶ。<br />
　チームの財政的な問題もあり、昨シーズンを戦った戦力から大きな上積みができないまま迎えた開幕。不動のボランチ田村雄三、ＦＷアジェルらけが人が続出した状況もあって指揮官は決して大風呂敷を広げず、現実的な目標として「15位内に入ってＪ１残留」を掲げている。</p>

<p><br />
　昨シーズンのＪ１で15位だったモンテディオとの一戦はいわば絶好の試金石だった。<br />
　それだけに、後半だけで惜しいシュートを３本放つなど主導権を握った内容はともかくとして、攻め切れずにドローで終わった結果には不安が残る。<br />
　勝ち点が「３」から「１」に減った結果が、今シーズンの戦いにどんな影響を与えるのか。</p>

<p><br />
　会見の終盤。反町監督は「やられたと思った」と胸をなでおろしたシーンとして、後半ロスタイムのモンテディオの攻撃をあげた。<br />
　途中出場のＦＷ北村知隆が右サイドを突破し、低く速いクロスに古橋が乾坤一擲のダイビングヘッド。ＧＫ野澤もどうすることができなかったシュートは、ポストの左をギリギリでかすめてゴールラインを割った。</p>

<p><br />
「モンテディオは横のパスやクロスから生まれたゴールが50パーセントを占めているチーム。なので、この試合に向けては横からのボールに対するディフェンスを徹底してきた。最後だけマークが外れたら、向こうも外してくれた（笑）」<br />
　いわばベルマーレには「ツキ」がある、ということか。</p>

<p><br />
　そして、最善の努力をした者に、勝利の神様は時として「ツキ」をもたらしてくれる。<br />
「次はもっと大勢のマスコミの方が来るでしょうね」<br />
　不敵に笑う指揮官は、すでに脳裏にインプットしている横浜Ｆ・マリノスのデータに俊輔加入による加筆修正を施し、オフが明けた９日から選手たちに向けて対策を伝授する。</p>

<p><br />
　</p>]]>
        
    </content>
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    <title>岡田ジャパン／惨敗で露呈したＷ杯青写真の破綻　　by  藤江直人</title>
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    <published>2010-02-14T18:52:03Z</published>
    <updated>2010-02-14T19:15:04Z</updated>

    <summary> ■サッカー東アジア選手権決勝大会最終日 韓国代表（勝ち点６） ３‐１ 日本代表...</summary>
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        <![CDATA[<p></p>

<p>■サッカー東アジア選手権決勝大会最終日<br />
韓国代表（勝ち点６） ３‐１ 日本代表（勝ち点４）<br />
［２月14日午後7時15分キックオフ＠国立競技場／観衆４万２９５１人］<br />
※最終順位　１位：中国　２位：韓国　３位：日本　４位：香港</p>

<p><br />
　日本代表にあって韓国代表になかったものは何か。<br />
　日韓対決に先駆けて行われた一戦で中国代表が２対０で香港代表を下し、勝ち点を「７」に伸ばした瞬間、韓国代表が優勝する可能性は消滅していた。<br />
　対する日本代表は２点差以上の勝利を収めれば中国代表を得失点差で上回り、４回目にして大会初制覇を達成できる条件が整っていた。<br />
　ならば、韓国代表にあって日本代表になかったものとは何なのか。<br />
　残念ながら、答えは「勝利への執念」となる。<br />
　日本サッカー協会の犬飼基昭会長の言葉を借りれば「ファイティング・スピリット」であり、タイトルを手中にできる権利を得ている側が肝心な場面で圧倒され続ける。<br />
　そんな稀有な光景が、ホームの国立競技場で繰り広げられた。</p>

<p><br />
　両国の差を何よりも象徴するシーンは、１対１で迎えた前半39分に訪れた。<br />
　敵陣のほぼ中央でパスを受けたＦＷイ・スンヨルが、ためらうことなく左足を一閃する。ゴールまでの距離は約25メートル。無謀にも映った一撃はブロックに飛び込んできたＤＦ中澤佑二の背中をかすめ、弾道を変えてＧＫ楢崎正剛の頭上をゆっくりと越えていった。<br />
　勝利への執念が生んだ勝ち越しゴール。前半のシュート数がゼロに終わった岡崎慎司、玉田圭司の日本代表のツートップとはあまりにも対照的だった。<br />
　もちろん、日本代表からも闘志は伝わってきた。しかし、相手ゴールに迫るほどにそれは萎え、勝負を仕掛けるべき場面でヨコや後方へのパスが選択される。<br />
　Ｗ杯イヤーに入ってからの国際試合で何度も見せられてきた、責任を転嫁するような姿勢。日本代表に欠けているのは「決定力」ではなく「責任力」であり、そこには日の丸を背負う気概も誇りも感じられない。</p>

<p><br />
　93年のＪリーグ発足以降に行われた日韓戦では初めてとなる２点差での完敗。しかも、日本代表の得点はＰＫによる１点のみ。なぜこのような惨状を招いてしまったのか。<br />
　３日前の中国戦で０対３と惨敗した韓国代表には危機感が充満していた。パク・チソンらの欧州組が不在の今大会で結果を残さないと南アフリカのピッチに立つことはできない、と。<br />
　しかも、相手は宿命のライバル日本。ただでさえ「敗北」の二文字が許されない一戦がサバイバルへの舞台と化した以上は、もはや優勝の可能性うんぬんは関係ない。<br />
　翻って日本代表はどうだったのか。<br />
　岡田武史監督は「現時点での最強メンバーで勝ちにこだわる」と公言していたが、案の定、フタを開けて見ればいつもの代わり映えしない11人。その中には08年６月以来、国際Ａマッチでゴールを決めていないＭＦ大久保嘉人も含まれていた。<br />
　アピールする必要も何もないのだから、チームの中に競争心や刺激が生まれるはずがない。ホームで相手に気迫で圧倒されるのも無理はない。ＭＦ小笠原満男やＦＷ平山相太といった新戦力を招集し、１月下旬から行ってきた一連の合宿の目的は何だったのか。</p>

<p><br />
「何を言ってもいい訳になる。批判は甘んじて受けるが、我々はここで足踏みしているわけにはいかない」<br />
　試合後の記者会見で岡田監督はチーム作りの遅れを認めながらも、問題解決への「処方箋」をＭＦ中村俊輔をはじめとする欧州組に求めるしかなかった。　　<br />
「今回足りなかったところ、見極めたところに関しては考えなければならないことはあるが、大幅にチーム作りを見直すことは考えていない。チームというのは常に最高のパフォーマンスができるというわけではない。その中で海外組や１人、２人と新しい選手が入れば前に進める」<br />
　しかし、指揮官が頼りにする俊輔にしても所属するエスパニョールで出場機会に恵まれず、新聞紙上で「Ｊリーグ復帰」が取り沙汰される状態が続いている。</p>

<p><br />
　何よりもチームの中に巣食う「どんよりとした空気」は、岡田監督が頑なまでにメンバーを固定してきた弊害だ。<br />
　ＤＦ田中マルクス闘莉王の一発退場で急きょ出場したＤＦ岩政大樹は、これが代表２キャップ目。経験が圧倒的に足りない以上、不甲斐ないプレーが目立ったのもうなずける。<br />
　その一方で、最悪の場合、闘莉王には公式戦２試合の出場停止処分が科される恐れがある。対象は３月３日のバーレーン戦と、カメルーンとのＷ杯１次リーグ初戦。代役となる岩政をこれまでほとんど起用しなかった点を取っても、岡田監督による危機管理がまったくできていないことが計らずも明白になった。</p>

<p><br />
　ここに欧州組が加わっても状況が劇的に好転するとは思えない。Ｗ杯本番への青写真が破綻していることはもはや疑いようのない事実であり、当然のように試合後には協会トップに岡田監督続投への是非が問われた。<br />
　慎重に言葉を選びながら、犬飼会長は「解任」の二文字を否定した。<br />
「監督解任にはいいところと悪いところがあるが、現時点では新しい人に任せるのはリスクが大きいと判断した。いままで積み上げてきたものを発揮するのが最善の策であり、ここから４か月で新しく作り直すのは不可能です」</p>

<p><br />
　もっとも、犬飼会長自身も現状には大いなる不満を抱いている。<br />
「こんな試合、見ている人に失礼。本番では絶対に許されない。本当に残念。こういう試合でやれるという姿勢を見せないと（Ｗ杯本番に）間に合わない」<br />
　試合後のロッカールームからまったく覇気が感じられなかったことを明かしながら、「打ちひしがれている暇はない」と異例の檄も飛ばした。<br />
　Ｗ杯イヤーに入って以降の３試合で空席だらけだったスタンドが、宿命の日韓対決ということも手伝って約４万３０００人で埋まった。<br />
　その眼前で喫した惨敗。試合終了直後こそブーイングが渦巻き、スタンドには「岡チャン不合格　決断セヨ日本サッカー協会」の横断幕が張られたが、フランス大会出場をかけた97年のアジア最終予選時のような一触即発の怒気が充満することはなかった。<br />
　ブーイングの対象になるならまだいい。すでに見放されかけているのであれば、サッカー界を取りまく状況は限りなく末期的だ。</p>

<p><br />
　記者会見では岡田監督にも進退を問う質問が浴びせられた。<br />
「進退に関しては契約上、勝とうが負けようが協会が権利を持っている。そのために会長や技術委員長が見ている。選手がついてきている限り、私は選手だけを投げ出すことはできない」<br />
　表情を変えることなく不退転の決意を貫いた指揮官は、あらためて南アフリカの地における目標として「ベスト４進出」を掲げ、その上で「可能性がある限りそれに向かってチャレンジしていくつもりです」と明言した。<br />
　しかし、後半ロスタイムになるまで、日本の攻撃陣が取られたオフサイドの反則はゼロだった。これが何を意味するのか。<br />
　岡崎、途中出場の佐藤寿人と最終ラインの裏に抜け出す動きを得意とするＦＷが生きなかったことは、「国内におけるベスト」と指揮官が位置付けるメンバーの中においても、パスの出し手とのコンビネーションに狂いが生じていることを物語っている。</p>

<p><br />
　試合後の関係者ロビーには、５つの国を率いてＷ杯を戦った経験をもつボラ・ミルチノビッチ氏の姿があった。<br />
　５つの国には02年日韓共催大会で初出場を果たした中国も含まれる。その中国の東アジア選手権制覇を見届けるために来日したと思われるが、Ｗ杯本番をにらんで監督交代でチームの浮揚を図るギリギリのタイミングであるこの時期に、現在はフリーの世界的名将が日本代表の試合を観戦していた。<br />
　この事実に報道陣がざわついたのも無理はない。しかも、ミルチノビッチ氏はイビチャ・オシム前監督が脳梗塞に倒れた07年11月に、「私はフリーだ」と日本代表監督就任に名乗りを挙げた人物でもある。偶然で片付けるにはあまりにも出来すぎだ。<br />
　岡田監督が掲げる「世界で勝つための戦法」で東アジアにすら風穴をあけられない現実を叩きつけられた中で、犬飼会長は「彼らが何をしたいのか確認したい」と代表首脳陣と緊急会談の場を設けることを明言した。<br />
　問題を解決するため、と協会トップが強調するほど、風雲急を告げる舞台裏がすけてくる。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>岡田ジャパン／閑散としたスタンドとブーイングが意味するもの　　by  藤江直人</title>
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    <published>2010-02-06T19:08:19Z</published>
    <updated>2010-02-06T19:32:18Z</updated>

    <summary> ■サッカー東アジア選手権決勝大会第１日 日本代表（勝ち点１） ０‐０ 中国代表...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.sports-times.jp/">
        <![CDATA[<p></p>

<p>■サッカー東アジア選手権決勝大会第１日<br />
日本代表（勝ち点１） ０‐０ 中国代表（勝ち点１）<br />
［２月６日午後７時15分キックオフ＠味の素スタジアム／観衆２万５９６４人］</p>

<p><br />
　不満が爆発するだろうな、というよりも爆発させるべきだと思っていたら、案の定だった。<br />
　ハーフタイムと試合終了後。ゴール裏に陣取っていたサポーターの青い一団から、日本代表へ容赦ないブーイングが浴びせられた。<br />
　ハーフタイムではスタメンを外れたＦＷ平山相太へのラブコールも交錯していた。しかし、その救世主が後半17分から投入されても屈強な体格で肉弾戦を挑んでくる中国ＤＦ陣に圧倒され、前線でターゲットになれないどころかシュートすら放てない。<br />
　しかも、相手はアジア最終予選にすら進めずに南アフリカ行きの切符を逃している中国。時間とともに期待感が失望へと変わる。<br />
「気持ちを見せろっ！」「ホームだぞっ！」<br />
　ブーイングにまじってこんな罵声も拡声器を通して飛び交った。</p>

<p><br />
　常に日本代表を後押ししてきたサポーターも、２日のベネズエラ戦に続く格下相手とのスコアレスドローに我慢が限界に達したのだろう。<br />
　しかも、後半36分にＧＫ楢崎正剛が相手のＰＫをセーブしなければ負けていた試合だ。日の丸を背負ってピッチに立つ以上、「オフが明けて間もない」「試合勘が戻らない」といった類の言葉は理由にならない。<br />
　試合後に最も痛烈なブーイングを浴びた岡田武史監督はこう言うしかなかった。<br />
「サポーターのブーイングに関しては、もちろん真摯に受け止めなければいけないと思っていますが、我々はいま、勝つため、強いチームを作るためにベストを尽くしています」</p>

<p>　　<br />
　シュート数は日本の13本に対して中国が約半分の７本。しかし、日本が圧倒的に主導権を握っていた90分間ではなかったことは、日本の53.4パーセントに対して中国が46.6パーセントを数えたボールポゼッションが物語っている。<br />
　中国は４枚のＤＦ、４人のＭＦがしっかりと２本のラインを形成し、日本の攻撃を網にかけてボールを奪うと無骨なまでにカウンターを繰り返す戦法を仕掛けてきた。<br />
　しかも、チャンスとみるやＦＷ以外の選手もどんどんゴール前に飛び込んでくる。後半９分には日本のオウンゴール、というあわやのシーンもあった。<br />
　テクニックは日本が上だが、中国からは何がなんでも、という気迫と執念が伝わってきた。<br />
「この試合のために10日間練習してきた。いい準備ができたことに非常に満足している」<br />
　試合後の公式会見。中国代表のガオ・ホンボ監督は周到な準備の末に手にした勝ち点１に再出発のへの手応えをつかみ、笑顔を浮かべた。</p>

<p><br />
　翻って、この試合における日本代表のテーマは何だったのか。<br />
「選手をテストできるのはこの（東アジア選手権の）３試合しかない」<br />
　こう語っていた岡田監督が先発で送り出した11人は、いつもの代わり映えしないメンバー。ベネズエラ戦で存在感を示したＭＦ小笠原満男、途中出場で及第点をもらった平山もいない。<br />
　公式戦である以上は結果も求められる。アジア最終予選を戦ってきた国内組のコンビネーションをより高めることも大切だが、ならばテストという言葉をなぜ用いたのか。<br />
「メンタル、フィジカル両面で疲れが出てきて、体のキレがなくなってミスが出てきている。彼にはいい状況でいいプレーをさせたいという考えがあります」<br />
　ピッチに立たなかった小笠原についてこう言及した指揮官だったが、Ｗ杯本番では心技体を極限にまで追い込んだ状態で戦う。意味不明の理由にしか聞こえなかった。</p>

<p><br />
　攻撃陣に関して、岡田監督はこうも語っている。<br />
「強引に動きを出すために、３トップという形をとりました。２トップでもこういう動きが出るようにしていかなければならないと思っています」<br />
　３トップとは岡崎慎司、玉田圭司、大久保嘉人の３人を指しているが、実質的には岡崎のワントップだった。玉田と大久保は守備にも必死に奔走し、必然的に岡崎との距離が開く。<br />
　全員攻撃、全員守備のハードワークを求めるのが指揮官のコンセプト。それが彼らの脳裏にこびりついている。何よりもまずコンセプトを実践しようとするあまりに、いざボールを奪っても前線に預けどころがない。<br />
　岡崎は一瞬のスピードを生かして相手のＤＦラインの裏に抜け出すのが最大の武器。これでは攻撃のスイッチが入らないのも当然だ。</p>

<p><br />
　コンセプトといえば、前半35分にこんな場面もあった。<br />
　大久保のパスに反応した岡崎が最終ラインの裏、ゴールのちょうど右横にあたりに抜け出す。ゴールラインぎりぎりで体を寄せてきたマーカーも強引に振り切った。<br />
　目の前にいるのはＧＫだけ。ポストとＧＫの間を狙って強烈なシュートを放つものとばかり思っていたら、選択したのはマイナス方向へのパスだった。<br />
　ニアサイドに味方の誰かが飛び込んでくれば昨秋からテーマにしていたパターン通りのゴールが生まれたはずだが、実際の試合では相手も死に物狂いで阻みにくる。<br />
　岡崎のパスはあえなく中国のＤＦにカットされ、ゴールへの期待感は一瞬にして萎んだ。<br />
　シュートを打てば、たとえＧＫに触られても何かが起こり得る。それを「ひと手間」増やせば必然的にゴールの確率は下がる。<br />
　頭で理解していても、いざその瞬間になると「コンセプト」が優先順位で上回ってしまう。</p>

<p><br />
　選手たちは何に縛られているのだろうか。<br />
　言い方は悪いが、対峙する中国代表と同時に、ベンチで眼鏡を光らせる岡田監督の存在をも過剰に意識しているのではないだろうか。<br />
　コンセプトを守らなければ代表から外される。憧れのＷ杯のピッチに立てない、と。<br />
「サイドを崩しても最後のところで思い切りがなかった。もっと迫力を出さないと」<br />
　その岡田監督はハーフタイムに、本人いわく「強く言い過ぎた」という口調で攻撃に泥臭ささを求めたという。<br />
　果たして結果は、攻撃がさらに単調になる悪循環。指揮官は「背の高い相手に対して早く放り込み過ぎるところがあったかな」と振り返ったが、これこそが選手たちがベンチの視線に必要以上に過敏になっていることを示している。</p>

<p><br />
　閉塞感。いまの日本代表を象徴する言葉がこれではないか。<br />
　アジア最終予選を戦ってきた国内の主力組は生き残らんとするばかりに無理して背伸びをせず、新たに招集されたメンバーはチャレンジの舞台すら与えられずに悶々とする。<br />
　この試合の交代枠は３。平山以外の２人のカードを残り５分になるまで切らなかった理由を、岡田監督はこう語っている。<br />
「ここ２週間くらいの練習などを見て、その中で交代で出す選手が劇的にゲームを変えられるとは判断しなかった。だから代えませんでした」<br />
　この日のスタメンと平山、指揮官いわく休養させた小笠原以外はすでに不合格の烙印を押した、とも受け取れる発言。後半40分からピッチに入ったＦＷ佐藤寿人とＭＦ金崎夢生も、大久保とＭＦ中村憲剛に「疲労が目立った」ためのいわば代役だった。</p>

<p><br />
　これを伝え聞いた選手たちは何をどう思うか。おのずと想像できる。<br />
　これではチームにダイナミック感も、４か月後に４年に一度のサッカー界最大の祭典を控えたワクワク感も、そして一体感も生まれてこない。<br />
　この日の観客数は２万５９６４人。京王線飛田給駅の近くで利便性のいい収容人員約５万人の味の素スタジアムには、いたるところに空席が目立った。<br />
　大分石油ドームで行われたベネズエラ戦も２万７００９人と低調だったが、これは平日のナイター開催。首都圏で週末に開催された代表戦とくれば、余計に寂しさが際立つ。</p>

<p><br />
　Ｗ杯イヤーなのに、なぜなのか。<br />
　会見ではこんな質問も浴びた岡田監督は、顔色ひとつ変えずにこう答えている。<br />
「お客さんのことに関しては、そこまで背負い切れないところがあります。いろいろな事情があるとは思いますが、それに対して私がお客さんを呼ぶために人気のある選手を使うとかそういうことではなく、強いチームを作っていくことが使命だと思っています」</p>

<p><br />
　かつてはプラチナチケットだった日本代表戦のスタンドが満員で埋まらなくなって久しい。<br />
　潮目が変わったのはジーコジャパンが惨敗を喫した４年前のＷ杯ドイツ大会だが、それでもスタンドとピッチの「距離」がこれほどまでに遠く感じられたことはなかった。<br />
　岡田監督はこうも続けた。<br />
「ある意味、そういうふうに評価されているのは当然だと、仕方ないと思っています。それを力にして、より強いチームを作っていく。私の仕事はそういうことだと思っています」<br />
　その仕事が成就された先におおいなる期待がもてれば、時間とともに魅力が増していくのであれば、いやがおうでもファンの関心は高まる。<br />
　しかし、閑散としたスタンドは、岡田監督が公言する「Ｗ杯でベスト４」という目標を、少なくとも現段階においてはファンが共有できていないことを物語っている。</p>

<p><br />
　Ｗ杯南アフリカ大会開幕まで残り４か月。その間、日本国内では東アジア選手権の残り２試合を含めて５戦が予定されている。<br />
「シーズンが始まって間もない時点でこういう試合ができて、Ｗ杯に向けてそんなに大きな問題があるとは思ってはいません」<br />
　辛らつな質問も飛び交った公式会見で、岡田監督は最後まで強気な姿勢を崩さなかった。</p>

<p><br />
　指揮官がブレることなく方針を貫くことはもちろん必要だ。しかし、いまは会見で発した「日本人が勝つためにベストなサッカーをしている」「まだまだやれることがある」という言葉に、ピッチの上における結果で現実性をもたせなければいけない。<br />
　格下相手の連続スコアレスドローは、それだけの大きな代償を支払ったと言っても決して過言ではない。サポーターから浴びせられたブーイングがその何よりの証だ。<br />
　11日の香港戦を経て14日に待つ宿敵・韓国との一戦は、チーム内に巣食う閉塞感とファンから向けられる懐疑の目、いわば「内憂外患」を一掃できるかどうかの90分間になってきた。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

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    <title>新理事・貴乃花親方が目指す最初の改革とは　　by  藤江直人</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.sports-times.jp/2010/02/201002021640.html" />
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    <published>2010-02-02T07:40:42Z</published>
    <updated>2010-02-05T03:55:45Z</updated>

    <summary> 　貴乃花親方は相撲界の何をどう改革したいのか。 　世間をアッと驚かせた１日の理...</summary>
    <author>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.sports-times.jp/">
        <![CDATA[<p><br />
　貴乃花親方は相撲界の何をどう改革したいのか。<br />
　世間をアッと驚かせた１日の理事選当選を受けた記者会見では具体的なプランは明かさなかったが、周囲の声を取材すると、真っ先に取り組みたい案件がおぼろげながら見えてくる。<br />
「私の考え方と（貴乃花）親方の考えは重なる部分がある」<br />
　投票を終えて国技館を後にした大山親方（元幕内大飛）は冷たい雨が降る中を傘もささずに10分近くも立ち止まり、その「重なっている」部分について報道陣にこう明言している。<br />
「相撲は日本の民族文化である、ということです。ただのスポーツではない、と（貴乃花）親方も言っている。もちろん強いことはいいが、強いだけではダメ。歴史をよく考えなければいけない。だから、私は所作をちゃんとすることがまず大事だと思っている」</p>

<p><br />
　「所作」を辞書で調べると「行い。振る舞い」とある。<br />
　ここまで言えば、大山親方が知人男性への暴力事件騒動の渦中にある横綱朝青龍のことを念頭に置いて話しているのは明白だ。<br />
　大山親方は今回の理事選で九重親方（元横綱千代の富士）を擁立した高砂一門に所属している。当選した九重親方の獲得票数（13）と高砂一門の親方衆の数（12）を比較すれば、大山親方も一門の立候補者に投票したはずだ。<br />
　しかし、それとは別の次元で、一門の枠を超えて賛同できる部分があるというわけだ。<br />
　入門直後の外国人力士の教育にあたる相撲教習所の教頭格でもある大山親方は「報道でしか見ていない」と前置きした上でこうも続けている。<br />
「一般の人に暴力をふるったのであれば、それはあっちゃならんことです」</p>

<p><br />
　理事選後に行われた新理事会では、成立したと伝えられる示談に関する確認書類が朝青龍の師匠の高砂親方から提出されるはずだった。<br />
　しかし、高砂親方は理事選で投票こそしたものの、肝心の書類は持参しなかったという。ある親方は「書面による何かしらの報告があると期待したんだが」と呆れ顔で話した。<br />
　泥酔した挙げ句の暴力騒動も言語道断だが、そもそもは朝青龍の個人マネージャー、つまり身内が被害者ということで一件落着になりかけてもいた。<br />
　それが週刊誌の報道で一般人が殴られて鼻骨骨折など全治１か月の重傷を負ったことが発覚すると、高砂親方の説明も二転三転。挙げ句の果てには「被害者と申し出たマネージャーが悪い」と言い出したが、どうみても虚偽報告であり、個人マネージャーに全責任を押し付けるのはトカゲの尻尾切りでしかない。</p>

<p><br />
　ここ数年、暴行された力士の死亡事件や外国人力士の大麻吸引事件に揺れてきた角界。弟子の大麻問題で引責辞任した北の湖理事長からバトンを受けた武蔵川現体制になっても何ら変わらない現状に、高い志をもちながら年功序列の慣例や一門の縛りで身動きが取れなかった親方衆が義憤の念にかられても何らおかしくない。<br />
　その結果が、貴乃花一派以外から投じられた３票であり、現職では最年長の大島親方（元大関旭国）を破っての最年少理事の誕生につながったことは容易に想像できる。<br />
　いまだに関取力士を育てられない貴乃花部屋の指導を問う声もあるが、貴乃花親方は自身の現役時代をなぞるように、筋トレに頼ることなく伝統の四股とてっぽうを中心に若い弟子を地道に叩き上げている。<br />
　けいこ最優先主義の貴乃花新理事にとって、頻繁にモンゴルに帰国し、場所前も場所中もけいこで土俵に上がる回数が極端に少ない朝青龍は対極の位置にいる力士なのだ。</p>

<p><br />
　あえて多くを語らない同志の心中を慮るように、大山親方はこう続けた。<br />
「相撲界は正しくやりましょう、ということ。いい部分は残して、悪い部分を治さないと」<br />
　今後は４日の理事会で新理事の新しい役職が決まり、第２次武蔵川政権が船出するが、喫緊に取り組むのがすでに調査委員会も設置されたこの「朝青龍問題」となる。<br />
　つまり、貴乃花親方が掲げる改革のひとつであろう「正しい相撲界」への第一歩となるのだ。</p>

<p><br />
　票が流れたとされる二所ノ関や立浪の一門内で「造反者」探しが行われる懸念もある。旧主派は必死に巻き返してくるはずだが、今回の理事選で選挙管理委員長も務めた大山親方は「筆跡鑑定もできない」とばかりにこう断言した。<br />
「（確定後に）すぐ投票用紙を処分したから、それは無理ですよ。そもそも、投票用紙には立候補者の名前がすでに印刷されていて丸を記すだけですから。（投票用紙を）二つ折りにしたらすぐ投票できるように箱を目の前に置きましたからね」</p>

<p><br />
　机をはさんで座っている５つの一門の立会い人にチェックされることもなく行われた投票では、現時点で貴乃花一派以外に投票した３人は明らかにされていない。<br />
　もちろん明らかにする必要もないし、そもそもは昭和43年から２年ごとに理事選が導入されながら今回が４回目の投票、つまり大半において定員ちょうどの親方が年功序列で、しかも一門内の調整を経た後に手を挙げていたこと自体がおかしい。一種の談合であり、一門の立会人が投票直前に誰に入れたかをチェックするなんてもってのほかだ。<br />
「皆さん、緊張してみたいですね」<br />
　投票の様子を尋ねられた大山親方は、苦笑いしながらこう補足した。<br />
「でも、これが一般の（選挙の）やり方でしょう」<br />
　これも貴乃花親方の出馬がもたらした「改革」のひとつと言えるはずだ。<br />
　</p>]]>
        
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    <title>ミスターマリノス・木村和司新監督が掲げた「楽しむ」の意味　　by  藤江直人</title>
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    <published>2009-12-14T21:35:46Z</published>
    <updated>2010-01-07T10:05:20Z</updated>

    <summary>　サッカーにおいてゲームを「楽しむ」とはどんなことなのか。 　Ｊ１の横浜Ｆ・マリ...</summary>
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        <![CDATA[<p>　サッカーにおいてゲームを「楽しむ」とはどんなことなのか。<br />
　Ｊ１の横浜Ｆ・マリノスの新監督に就任した元日本代表ＭＦ木村和司氏の所信表明会見が14日に日産スタジアムで行われたが、初代ミスターマリノスが何度も発した改革へのキーワードは分かりやすくもあり、それでいて奥深くもあった。<br />
　育成型チームへの転換を掲げ、覇権奪回への「３年計画」を打ち出して臨んだマリノスの09年の成績は勝ち点46の10位に甘んじた。<br />
　可もなく不可もなくの戦いぶりは勝ち点48の９位に終わった昨シーズンと比べてほぼ横ばいであり、嘉悦朗社長代行は「ホップ、ステップ、ジャンプで言えばホップの部分ができていない」と契約が残っていた前監督の木村浩吉氏を更迭する荒療治に打って出ることを決断。Ｊリーグ２年目の94年限りで現役を退き、Ｊリーグの監督就任に必要なＳ級ライセンスを96年に取得しながらこれまで指導者の経験がなかった木村和氏にバトンを託した。<br />
　実に51歳にしての初挑戦。木村氏が何よりも重視したのが「楽しむ」ことだった。<br />
<strong>木村新監督</strong>「全体的にＪリーグを見ていて、選手があまり楽しそうにやっていないな、と。もちろん結果も最優先されるとはとは思いますが、できれば選手が楽しんで、ファンやサポーターに楽しんでもらえるようなプレーがたくさんできればいいなと思っています」</p>

<p><br />
　当然のように、会見では未知数であるその手腕に質問が及んだ。<br />
<strong>木村新監督</strong>「ここで監督に就任するのもひとつの縁ですよね。Ｊリーグの監督は初めてですが、誰もが初めて監督をするときは初めてですから、そのへんはコーチが助けてくれると思いますし、自分のやってきたサッカー、思いや考えを選手にぶつけていきたいと思います」<br />
　併せて発表されたチーム統括本部長にかつて２度にわたってＦ・マリノスの監督を務めた下條佳明・早稲田大学ア式蹴球部コーチ、ヘッドコーチにＪ２横浜ＦＣの樋口靖洋前監督と２人の監督経験者を起用したのも、さい配の部分で新監督をアシストする狙いがあることは容易に察しがつく。<br />
　それでも、嘉悦社長代行は冬の時代だった1980年代に日本サッカー界を支え、日本代表としても出場54試合で26ゴールをマークした往年のスーパースターに、岡田武史監督のもとで連覇を達成した04年シーズン以降は７位が最高位となっているＦ・マリノスの浮上を託す理由をこう説明した。<br />
「新監督自身が持っている経験値はきわめて高いものがある。加えてこの十数年間、いろいろなところから日本のサッカーを見ているので、そうした新たな知見もうまく作用するのではないかと。監督未経験というリスクよりも、点を取る、勝ち切ることへの本人の経験の高さというメリットの方を買いました。心技体の充実に十分な経験と能力を発揮できる人材ということです」</p>

<p><br />
　もっとも、言葉で「楽しむ」というのは簡単だ。<br />
　木村新監督自身、ひな壇では具体的なアプローチ策よりむしろ「全員が軸になる」「相手ゴール前でのシーンが多くなればいい」「常に上位にいて最後まで優勝争いをしたい」といったありふれた言葉を並べたが、テーマとして掲げた「楽しむ」の定義を問われると思わず語気を強めた。<br />
<strong>木村新監督</strong>「分かりにくいかもしれませんが、いまの選手は『遊ぶ』ことができない。まったく楽しんでいない。そこが僕の頭の中では究極であり、楽しめるかどうかは選手次第ですが、そこが足りないと思っています」<br />
　今シーズンのＦ・マリノスは失点こそ37と鹿島アントラーズ、アルビレックス新潟に次ぐリーグ３位の少なさだったが、得点は９位タイの43。日本代表キャプテンのＤＦ中澤佑二を中心に守ってもゴールを奪えなかったことが、リーグ最多の13もの引き分けにつながった。<br />
　そうした「閉塞感」を打破するために必要なことが「楽しむ」ことなのだろうか。指揮官は故郷の広島弁である「ワシ」を口にしながら、理想とする２つのチームを挙げた。<br />
<strong>木村新監督</strong>「ジュビロが強いときは楽しそうだなというのはありましたね。まあ、それよりも前に日本リーグでワシらが三冠を獲った時が一番楽しかったかなと（笑）。どうしても勝ちが最優先にきているから仕方ないと言えば仕方ないんだけど、どうせやるからには楽しんでほしいし、プロである以上、お客さんに楽しんでもらうことを最優先に考えてほしい。プロというのは、お客さんが来てくれてナンボ。それを呼べるかどうかですから」<br />
　</p>

<p>　02年に史上初めてＪリーグの第１、２両ステージを制したジュビロ磐田は、名波浩、藤田俊哉の両ＭＦを中心に「アジアＮＯ・１」と形容されたパス回しで観る側を魅了した。<br />
　88年度、89年度と２シーズン連続で日本リーグ、天皇杯、ＪＳＬカップの国内タイトルを独占したＦ・マリノスの前身日産自動車の中盤に君臨した木村新監督は、「国産プロ第１号」の肩書きを背負いながら夜明け直前の日本サッカー界をけん引。その周囲には水沼貴史、金田喜稔、幸一＆哲二の柱谷兄弟ら多士済々な猛者たちが集った。<br />
　この両チームに共通しているのは、いわばサッカーの「原点」と言えるのではないか。<br />
　野球と違ってタイムをかけることできないサッカーにおいては、ハーフタイムを除いて、刻々と変化していく状況にピッチ内の選手たちが個々の感性で対応しなければならない。あまり表現がよくないかもしれないがが、交代枠も３しかない以上、ピッチに送り出されればあとは選手の自由。勝利という最終的な目的がぶれず、それを達成できれば首脳陣との間に確執も生まれない。<br />
　ピッチの前後左右のすべてを駆使して、自分たちの判断のもとでベストのプレーを表現して勝利をつかむ。確かにこれほど「楽しい」ことはないだろう。新監督の「勝ちが最優先にきている」という言葉はまず戦術ありきの現在のサッカーに対するアンチテーゼであり、ベンチで目を光らせる監督を必要以上に意識する選手たちへの警鐘にも聞こえる。<br />
<strong>木村新監督</strong>「今のサッカーは全員にいろんなことを求めすぎているかもしれない。スター的な選手も少なくなってきているので、そういう選手もチーム内では必要かな、と」</p>

<p><br />
　いわば「楽しむ」とはサッカーの原点への回帰。もちろん、ピッチ上の選手たちが意思の疎通を欠き、勝手気ままにプレーすれば勝利は手にできないし、プロのレベルからかけ離れたサッカーはファンからも見放される。<br />
　だからこそ、自らの現役時代がそうであったように、指揮官は「楽しむ」レベルに到達するための最も近くて唯一の道をこう説いた。<br />
<strong>木村新監督</strong>「楽しむためにはいろいろな努力が必要で、そこをやっているかどうか。全体的にできていないと思いますね。要は下手くそなんです。心技体の部分をもっと鍛えてレベルを上げないといけない。トレーニングで鍛えるしかないんですよ」<br />
　例えばフリーキック。現役時代は「スペシャリスト」の名をほしいままにした指揮官だが、本格的に練習をはじめたのは明治大から日産自動車に入社した81年から。テレビでＷ杯を見るまではボールを変化させてゴールを狙う概念すらなかったが、それこそ練習に練習を重ねて必死に習得。右足の甲はボールの蹴りすぎでいまでも変形しているという。</p>

<p><br />
　つまり、現時点の心技体を一から徹底的に鍛え上げ、限界をさらに超えた者しか「楽しむ」ことはできない、と言いたいのだろう。<br />
　新監督の口からポンポンと飛び出した「下手くそ」「努力」といった言葉は、年明けから火ぶたが切られる超スパルタ指導を予告している。<br />
<strong>木村新監督</strong>「期間もないですからね。結果を出していかないと、何年も見ていられない。そういう強い気持ちがないと選手にも伝わらない」<br />
　久々に現れた昭和のにおいをプンプンと漂わせる熱血指揮官は、自らのたっての希望で退路を断つ１年契約とした。コーチを含めた経験がいっさいないことへの不安よりも、何かを期待したくなる雰囲気を感じずにはいられない。<br />
　会見では照れ笑いを浮かべ、トリコロールカラーのマフラーを肩にかけての決めポーズでの撮影も「恥ずかしい」と拒否した木村氏だが、心身両面でたくましさを増したＦ・マリノスの選手たちがピッチの中でいい意味で指揮官を裏切り、勝利をもぎ取った時には会心の笑顔を見せてくれるはずだ。</p>]]>
        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="2009_1127KazushiKimura0018a.JPG" src="http://www.sports-times.jp/2009_1127KazushiKimura0018a.JPG" width="200" height="200" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span></p>]]>
    </content>
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    <title>自虐ネタを連発する日本代表・岡田武史監督の意図　　by  藤江直人</title>
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    <published>2009-12-10T05:00:10Z</published>
    <updated>2009-12-11T14:51:47Z</updated>

    <summary> 　胸の内にしまったままにしておけば絶対に分からなかったことを、自ら進んで口にす...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.sports-times.jp/">
        <![CDATA[<p></p>

<p><br />
　胸の内にしまったままにしておけば絶対に分からなかったことを、自ら進んで口にする。それも自虐的なテイストに仕立てて。<br />
　サッカー日本代表の岡田武史監督が、８日と９日に東京都内で行われた日本代表合宿のミーティングである「秘話」を選手たちに披露していた。<br />
　南アフリカのケープタウンで現地時間４日夜に行われたＷ杯抽選会。その前夜に催された夕食会の席上で、セリエＡのユベントスへの短期留学などを通じて面識のあったイタリア代表のマルチェロ・リッピ監督との間でこんなやり取りがあったという。<br />
<strong>リッピ監督</strong>「Ｗ杯でベスト４を目指しているというのは本当のことなのかい」<br />
<strong>岡田監督</strong>「本気で目指しているよ」<br />
　ドイツＷ杯を制した名将が思わず一笑に付したことも選手には伝えられた。</p>

<p><br />
　南アフリカから６日に帰国した際の成田空港でも、９月に対戦したばかりのオランダ代表のベルト・ファン・マルワイク監督とくだんの夕食会で歓談した際の笑えないエピソードを明らかにしている。<br />
「自分が日本の監督だと分かっていなかった。彼と話していたら『ところで日本の監督はどこだ』と言われた。試合前に握手もしたのに忘れられてた。その程度にしか思われていない」<br />
　表情をほとんど変えない岡田監督の話し方からは、その真意を察することは難しい。眼鏡を光らせながら真顔でジョークを言い放ち、ひと呼吸置いてから周囲が笑うことも珍しくない。<br />
　その一方で、横浜Ｆ・マリノス時代に指導を仰いだＤＦ松田直樹をはじめとする親しい関係者のほとんどが「誰よりも負けず嫌い」と口をそろえる。<br />
　そんな指揮官があえて屈辱的なネタを披露するココロはどこにあるのか。</p>

<p><br />
　常識的に考えれば、自国開催以外のＷ杯でまだ１勝も挙げたことのない日本が、オランダ、カメルーン、デンマークと強敵がそろったＥ組を突破し、さらに決勝トーナメントを勝ち進んでいく姿はなかなか思い浮かべることができない。<br />
　それでも岡田監督は頑なまでに「ベスト４」という目標を変えず、そうした情報ははるかイタリアのリッピ監督にも伝わっていたわけだが、肝心の日本代表の選手たちが目標に向かって奮い立たなければ何の意味もなさない。<br />
　これはあくまで推察となるが、指揮官自身があえて笑いものになり、見下されているという現実を伝えることで、選手たちの反骨心を煽っているのではないだろうか。<br />
　帰国した際の囲み取材で明かしたファン・マルワイク監督とのやり取りはマスコミ報道を通じて必然的に選手たちの知るところになる。そして、ミニ合宿でのミーティングにおける第２弾。すべてが計算尽くのように思えてならない。</p>

<p><br />
　実際のところ「自虐ネタ」の効果はてき面だ。<br />
　昨年５月に岡田監督からＡ代表に抜擢され、いまや左サイドバックのレギュラーを完全に確保しているＦＣ東京の長友佑都は決して穏やかではない心中をこう明かしている。<br />
「腹が立ちますよね。腹が立ちますけど、僕らはピッチで返すことしかできないので。やってやろうじゃないか、という気持ちです」<br />
　指揮官から「残り10分で必ず仕事をしてくれる男」とスーパーサブとして期待をかけられているサンフレッチェ広島のＦＷ佐藤寿人は、リッピ監督に対して岡田監督が返した「本気だ」という言葉に感動したという。<br />
「そう言ってくれると僕らも嬉しいし、もっと頑張らないと、という気持ちになる。これからの半年間はサッカー人生において一番大事な時間になる」<br />
　</p>

<p>　体力測定がメーンに据えられた今回のミニ合宿で、日本代表は年内の活動をすべて終えた。いよいよ迎える勝負の年へ、岡田監督は従来のコンセプトで臨むことをあらためて明言した。<br />
「基本的に日本人が世界のトップレベルに勝つためにやってきたことなので、組み合わせが決まったからといって変えるつもりはありません」<br />
　コンセプトの３本柱は（１）相手に走り勝つ（２）局面で相手に競り勝つ（３）テクニックの精度で勝つ――このうちの最も重視するという（１）については９月のオランダ戦でも後半15分過ぎまでは実践できたし、その間はＦＩＦＡランク３位の強国と互角の勝負を展開した。<br />
　しかし、この試合ではオランダがあえて日本を自由に走らせた感があるし、実際、日本がスタミナ切れを起こした後に攻勢に転じて３ゴールを挙げて快勝している。<br />
　サッカーにおいて90分を通して相手より走り勝つことはほぼ不可能なこととされているが、それでも岡田監督は11月の南アフリカ戦を例に挙げながら強気な姿勢を崩さない。<br />
「平均の走る距離より１キロも多く走った選手が６人もいた。レベルアップに驚かされた」</p>

<p><br />
　もちろん自虐ネタで反骨心を煽るだけでなく、選手たちの頭脳にも刺激を与えている。<br />
　今回の合宿には陸上の女子短距離界に旋風を巻き越している福島大学陸上部の川本和久監督を特別講師として招へい。速く走るのではなく、体力をロスすることなく選手個々がトップスピードに達するためのヒントを与えた。<br />
　岡田監督から９月のオランダ戦の映像を渡されていた川本氏の分析は明確だった。日本代表選手と福島大学の女子選手の走り方をビデオで見比べた約30分間の講義を佐藤はこう振り返る。<br />
「走ることとは、つまり移動することと言われた。具体的には、僕らはスタートする時に半歩後ろに下がっていた。走り方やフォームのことはほとんど考えたことがなかったので、非常に興味深い話をしてもらえました」<br />
　勢いをつけようとするから半歩下がり、その積み重ねが体力をロスさせる。佐藤同様にゴール前の一瞬のスピードで勝負するＦＷ岡崎慎司も、川本氏の指摘を聞いて目からウロコが落ちる思いを感じずにはいられなかったという。<br />
「走り出しとは『体の力を抜いて重心を前にずらすこと』と言われて。コンマ何秒を速くすることをずっと追求してきた自分にとってはホントにありがたい話でした」</p>

<p><br />
　岡田監督は川本氏を招へいした狙いをこう語っている。<br />
「陸上のプロから見ればこんな無駄な走りをしていたのか、もっとスムーズに走れるということを伝えたかった。体力がついても最後まで走り切ることができなければ意味がない。川本先生は『ポテンシャルはある』と言ってくれた」<br />
　要は90分を通して走り勝とうと思わなければ走れない、ということなのだろう。同じことは、グループリーグにも言える。強敵オランダと引き分けでいい、と思っていたら引き分けることすらできない。つまりは、日本のベスト４が夢物語だと思っていたら、グループリーグすら突破することはできないという理論にたどりつく。<br />
　それは、来年に向けた指揮官のこんな決意表明からもうかがえる。<br />
「充実した１年を過ごすことができたが、成長したといっても一線を越えないと世界では『いいチームになった』で終わってしまう。我々はその一線を越えないといけない。Ｗ杯でベスト４に進んで世界に我々の存在を知らしめることは夢ではなく目標なんだ」<br />
　今回の川本氏の講義やリッピ監督とのやり取りを含めた岡田監督のミーティングの映像はＤＶＤに収められ、ミニ合宿に参加できなかったＭＦ中村俊輔をはじめとする欧州組に送付される。</p>]]>
        
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    <title>「死の組」は望むところ！／北朝鮮代表ＦＷ鄭大世の武者震い　　by  藤江直人</title>
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    <published>2009-12-08T19:12:52Z</published>
    <updated>2009-12-10T01:45:23Z</updated>

    <summary> 　人事は尽くした。待っていた天命こそ訪れなかったが、それでも鄭大世は「いつもの...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.sports-times.jp/">
        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="2009_1120tese0002a.JPG" src="http://www.sports-times.jp/2009_1120tese0002a.JPG" width="200" height="200" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span></p>

<p>　人事は尽くした。待っていた天命こそ訪れなかったが、それでも鄭大世は「いつものようにすっきしりない終わり方ではなかったし、マイナスの気持ちというか、胸の中にたまるものはない」と自らに必死に言い聞かせてタキシードに身を包んだ。<br />
　５日のＪ１最終節から２日後。東京都内で行われた恒例のＪリーグ表彰式。優秀選手賞を受賞した鄭大世は式典の最後に、勝者と敗者を隔てる非情な境界線を感じずにはいられなかった。<br />
　壇上には敵地・埼玉スタジアムに乗り込んだ最終節で浦和レッズを１対０で下し、史上初の３連覇を達成した鹿島アントラーズの選手全員が勢ぞろい。優勝盾を誇らしげに掲げるＭＶＰのＭＦ小笠原満男を中心に歓喜の表情を浮かべていたからだ。<br />
<strong>鄭大世</strong>「優秀選手賞だけを受けて帰りたかったですよ（笑）。ここまで勝者の姿を見ると敗者とのコントラストを痛感するし、あらためてあの壇上に立ちたいという思いがこみ上げてきた。悔しい気持ちでいっぱいです。それが増えていくのか、このまま萎えていくのか。いまは気持ちがちょっと落ちているところがあるけど、現実をしっかり受け入れて次のタイトルへ向けて勝ち進んでいかないといけない」</p>

<p><br />
　首位アントラーズと勝ち点２差の２位で迎えた最終節。川崎フロンターレがチーム創設以来の悲願の初タイトルを手にするには敵地で柏レイソルに勝利し、その上で同時進行のアントラーズの結果を待たなければいけなかった。<br />
　自力優勝がない状況で、フロンターレはアントラーズの情報をいっさい遮断して勝利だけを追い求めた。雨脚が強くなる一方のピッチ状態の中で前半だけで３ゴール。レイソルの反撃を２ゴールに抑え、試合終了を告げるホイッスルが鳴り響いた時だった。<br />
　ベンチから誰一人としてピッチに駆け出してこない。この光景を見るだけでアントラーズが勝ったという状況は伝わってきた。最近の４シーズンで３度目。ナビスコカップを含めると実に６度目となる２位が決まった瞬間だった。<br />
<strong>鄭大世</strong>「フロンターレのよさを出すことはできたけど、あの最終戦で勝ち切る鹿島の強さというのも感じたし、それを乗り越えないと優勝は手にできないとあらためて思った。その意味ではフロンターレはシーズンを通して勝ち切ることができなかったし、首位にいた時にプレッシャーを感じることもあった。精神的にもっと成長しないと鹿島は超えられない」</p>

<p><br />
　振り返ってみれば、最下位の大分トリニータに０対１で苦杯をなめ、首位の座をアントラーズに明け渡した11月22日の一戦があまりに痛かった。<br />
　鄭大世自身もトリニータ戦ではシュートすら打てずに終わっている。続くアルビレックス新潟戦で決勝ゴールを決め、レイソルとの最終戦でも２点目を叩き込んで勝利に貢献。エース・ジュニーニョの17ゴールに次ぐ14ゴールを挙げたが、もちろん手放しでは喜べない。<br />
　迎える2010年へ。サポーターから贈られた「人間ブルドーザー」なるニックネームで知られ、失礼ながらその風貌とは対照的にロマンティックな言葉をまくし立てる25歳は、心技体の特に「心」の部分でさらなる精進を重ねることを誓わずにはいられなかった。<br />
<strong>鄭大世</strong>「頼りにされるＦＷにならないといけない、と強く感じました。いつまでもジュニーニョの脇役に甘んじるのではなく、ジュニーニョと一緒にチームを引っ張っていける選手が増えないとタイトルは取れない。再び２位になって『神様、どれだけ試練を与えるんだ』という感じですけど、それを乗り越えて、自分を信じて挑戦し続ける限り可能性はあると思うので。来年も一から自分を見つめて、いいところは残し、悪いところをしっかり直していきながら戦っていきたい」</p>

<p>　<br />
　1984年３月２日、愛知県名古屋市に在日コリアン３世として生まれた。現在も正式な国籍は韓国。サッカーにおいては韓国代表はもちろん、北京五輪代表のＦＷ李忠成のように生まれ育った日本に帰化して日本代表を目指すことも可能だった。<br />
　しかし、鄭大世はそのどちらも選ばなかった。<br />
　朝鮮半島の歴史を学ぶうちに「北朝鮮代表としてプレーする」という目標を抱き、Ｗ杯に出場することで「北朝鮮、韓国、日本の架け橋になりたい」という壮大な夢を描くようになった。<br />
　韓国政府から北朝鮮への帰化を却下されてもあきらめず、朝鮮総連のアシストを得て北朝鮮のパスポートを取得。ＦＩＦＡも北朝鮮代表としての出場を認め、07年６月、ついに念願の北朝鮮のユニホームを袖を通した。<br />
　南アフリカ大会切符を争ったアジア最終予選では韓国、サウジアラビア、イランとの「死の組」を２位で通過し、イタリアを撃破してベスト８に進んだ66年イングランド大会以来、実に44年ぶりとなるＷ杯切符獲得に大きく貢献。来年６月。26歳にして追い求めてきた舞台に立つ。　<br />
<strong>鄭大世</strong>「これが最初で最後のＷ杯になるかどうかは分からないし、日本代表になる道を選んでいたらもっとあっさり出られたかもしれないけど......険しき道を乗り越えてきた分だけ、僕らがつかんだ今回のＷ杯出場というのはどこの国よりも重いものだと思っている。それだけにかける思いも強いし、自分のすべての力を南アの舞台で見せたい」</p>

<p><br />
　Ｊリーグ最終節に備えて深い眠りに就いていた日本時間５日未明に行われたＷ杯の組み合わせ抽選会。北朝鮮はアジア最終予選に続いて「死の組」に組み入れられた。<br />
　優勝候補の一角ブラジル、チェルシーで活躍するＦＷドログバを擁するコートジボワール、そしてクリスティアーノ・ロナウド率いるポルトガル。誰もが「北朝鮮が草刈り場になる」という構図を思い描いたが、一夜明けて一報を伝え聞いた鄭大世は武者震いを覚えずにはいられなかった。<br />
<strong>鄭大世</strong>「僕としては理想的なグループリーグに入ったと思っているし、『死の組』に入ったことでむしろテンションが上がった。ブラジルとは絶対にやりたかった。お金を払っても対戦できる相手ではないし、ましてや練習試合ではなくガチンコの舞台ですからね。誰もができる経験ではないでしょう。ヨーロッパ勢で対戦したいと思っていたのはイングランドかポルトガル。どの国にも並外れた力をもった世界的なストライカーがいますけど、そいつらに勝負を挑めるように全力を尽くしたい」<br />
　Ｊリーグの舞台でも「相手のセンターバックとのタイマン」をキックオフ直後から繰り広げることをモットーとする屈強なファイターは、逆境になればなるほど闘志を燃やす。<br />
<strong>鄭大世</strong>「自分だけではなく、チームがしっかりと結果を残すことができればいい。２位に入ってグループリーグを突破することはホントに簡単なことではないんですけど、その中で何かを得られればいいな、と。世界との差を痛感して、自分をしっかりと見つめ直して、その先もまだまだ成長していきたい」</p>

<p><br />
　すでに北朝鮮代表チームから、来年１月10日から始まる強化合宿への参加を要請されている。場所はポルトガルで、２月10日まで続く異例の長丁場だ。<br />
　Ｗ杯切符を獲得してフロンターレに凱旋した６月。鄭大世は北朝鮮代表について「チームワークというか選手同士の絆の強さは世界一だと思う」と結束力の固さを最大の武器に挙げていた。<br />
　体を張った守備で粘りに粘って、乾坤一擲のカウンターで相手ゴールを陥れる。フィニッシャーの大役を担うのは、強靭なフィジカルとゴールに向かって常にエネルギッシュに突進する日本生まれの魂のストライカーしかいない。<br />
<strong>鄭大世</strong>「日本だったらＪリーグがあるけど、向こうはリーグがないから自由に長期の合宿みたいなものを入れちゃうんですよ（笑）。始動が早くなるし、楽じゃないと思いますけど、やるしかない。帰ってきたらＡＣＬとＪリーグに向けて自分たちを磨いていかないと！」<br />
　その前に忘れてならない闘いが待っている。ベスト８に勝ち残っている天皇杯。12日の準々決勝の相手は大宮アルディージャ、ＦＣ東京とＪ１勢を撃破し、５日に閉幕したＪ２も制覇して勢いに乗るベガルタ仙台。心身両面で一度はどん底に突き落とされたフロンターレだが、すでにリセットは完了した。<br />
<strong>鄭大世</strong>「アウエーでの戦いだし、お互いにガチンコですよね（笑）。ナビスコとリーグ戦で２位に終わった悔しさをぶつけます」<br />
　元日決戦で初タイトルを手にして歓喜の雄叫びを上げ、勝負の年を全身全霊で突っ走る原動力にする。鄭大世が思い描く2010年のカレンダーに「オフ」の二文字はほとんど見当たらない。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="2009_1120tese0002a.JPG" src="http://www.sports-times.jp/2009_1120tese0002a.JPG" width="200" height="200" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span></p>]]>
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    <title>祝・Ｊ１昇格決定！／湘南ベルマーレを支えた１０年間の思い　　by  藤江直人</title>
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    <published>2009-12-06T23:54:36Z</published>
    <updated>2009-12-07T02:55:25Z</updated>

    <summary> ■Ｊ２第51節 湘南ベルマーレ（勝ち点98） ３‐２ 水戸ホーリーホック（勝ち...</summary>
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        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="2009_1118yokohamawalker0007a.JPG" src="http://www.sports-times.jp/2009_1118yokohamawalker0007a.JPG" width="200" height="200" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span></p>

<p>■Ｊ２第51節<br />
湘南ベルマーレ（勝ち点98） ３‐２ 水戸ホーリーホック（勝ち点73）<br />
［12月５日午後12時30分キックオフ＠ケーズデンキスタジアム水戸／観衆５５００人］<br />
※湘南ベルマーレの11シーズンぶりのＪ１復帰が決定</p>

<p><br />
　左足から放たれたクロスには10年分の思いが込められていた。<br />
　２対２で迎えた後半８分。右サイドでパスを受けたＭＦ坂本紘司の視界には、ＦＷ田原豊が３人のマークを引きつけて潰れた後方のファーサイドでフリーだったＦＷ阿部吉朗をはっきりと捉えていた。<br />
　正確無比なクロスの軌道はダイブする阿部の頭と完璧にシンクロする。バス７台で応援にかけつけたベルマーレサポーターがゴール裏のスタンドに陣取る目の前で生まれた起死回生の一発。２点のビハインドをはねかえす奇跡の逆転劇に、在籍10年目、チーム最古参となる坂本の脳裏には１年間の思い出が駆け巡っていた。<br />
「今年のベルマーレのよさは最後まで絶対にあきらめずに、足も止めずに頑張ること。だから、２点差になっても返せる気持ちはありました。最後までもつれたけど、Ｊ１に上がることを常に念頭に置いて日々やってきましたから」<br />
　今シーズンだけで後半ロスタイムに叩き込んだゴールが10発。逆境にも決してくじけず、むしろ強さが増幅されるメンタリティーに導かれた「湘南劇場」が、勝てば自動的に11年ぶりのＪ１昇格が決まり、負けか引き分けではヴァンフォーレ甲府に逆転されるおそれがあった、まさに生きるか死ぬかの最終戦でも再現された。</p>

<p><br />
　坂本の10年は湘南ベルマーレの苦闘の歴史と奇遇なまでに一致する。<br />
　Ｊ１とＪ２との入れ替え制が初めて実施された1999年。不名誉な降格第１号となったのが当時のベルマーレ平塚だった。98年のフランスＷ杯に４人の中田英寿、洪明甫ら日韓代表選手を送り込んだチームは、親会社だったフジタ工業が経営から撤退したのを機に一気に低迷。経営難から主力を次々と放出せざるを得ず、94年の昇格直後から頂戴した「湘南の暴れん坊」なるニックネームが見る影もなくなるほどチームは縮小した。<br />
　その99年オフ。チームの呼称を現在の湘南ベルマーレに変え、市民チームとして再出発するのと同時にジュビロ磐田から移籍してきたのが坂本だった。<br />
　日本代表ＭＦ中村俊輔と同じ1978年生まれ。静岡学園高時代は攻撃的ＭＦで活躍し、３年時で出場した全国高校選手権では準決勝で俊輔を擁する桐光学園とＰＫ戦にもつれ込む死闘を演じた。Ｊ１復帰への水先案内人として期待を背負っての加入だったが、時間の経過とともに掲げた目標は現実味を失っていく。<br />
　チームとして目指す方向性、チームカラーがいっこうに定まらない。04年には１年間で３人も監督が交代し、迷走を続けた挙げ句に12チーム中で10位に沈んだ。<br />
　ベルマーレは終わった。誰もがそう思った。</p>

<p><br />
　当時を坂本はこう振り返る。<br />
「移籍して最初の頃は監督も頻繁に代わって、その度にチームカラーも変わって、一貫性がなかったというか......ベルマーレってどういうチームなんだと聞かれても、ウチらしいサッカーをしようって言われても、正直、自分でもちょっと分からないような時期があったのは事実です。若い選手が多かったこともあって、いい試合をしても結果を出せない、最後は若さが出て負けてしまう、経験のなさが勝敗を分けてしまう、ということの繰り返しでした。Ｊ１昇格をなかなか想像できないようなシーズンもありました」<br />
　風向きが変わったのはその04年の秋だった。<br />
　なでしこジャパンをアテネ五輪に導き、旋風を巻き起こした上田栄治氏をシーズン３人目の監督として招へい。99年のＪ２降格決定時もベルマーレの監督を務めていたチームＯＢの上田氏は、何よりもまずベルマーレの基礎を固めるべく必死に「種」をまき続けた。<br />
　翌05年シーズン途中にバトンはベットコーチだった管野将晃氏に引き継がれるが、これも規定路線だった。眞壁潔社長はその意図をこう振り返る。<br />
「上田が基礎を築き、管野がそれに上乗せをして、いまは反町が仕上げをしているんです」</p>

<p><br />
　ヘッドコーチだった管野氏が監督に昇格したことで継続性が保たれ、その中で管野氏が特に目をかけてきた若手が成長。大宮アルディージャで活躍するＦＷ石原直樹のように他チームへ引き抜かれるケースも増えてきた。<br />
「確かにここ何シーズンかはずっと一貫性を持ってやってきて、それと同時にチームも上向きになり、結果も出てきているというのはありましたね」<br />
　07年、08年と終盤まで昇格争いに絡んだことで、坂本も手応えを感じていた。チームＯＢの反町康治北京五輪代表監督が新たに就任して迎えた09年。ＧＫ野澤洋輔、ＭＦ寺川能人らＪ１昇格を経験したベテランが加入し、「今年こそは」の期待が膨らんだ開幕前のキャンプで、坂本をはじめとするチーム全員の目からウロコが落ちる「出来事」があった。<br />
「監督から『逃げの横パスではなくゴールを目指せ』と言われてから、タテへの思い切ったチャレンジやそれに連動した動きをチーム全体で目指すことを心掛けました。『サイドにゴールはない』『どこを目指してるの』『ゴールじゃないの』と言われて」<br />
　慶応大卒で元全日空社員選手。どちらかと言うとインテリのイメージが強かった指揮官が求めたのは強いハートが込められたプレー。泥臭くてもいいから最後まで歯を喰いしばって頑張るサッカーができない選手は、容赦なくベンチから外された。<br />
　システムも前線へよりプレッシャーをかけられる４‐３‐３に変更され、ボランチは田村雄三の１枚へ。２年前にボランチに転向したばかりの坂本は再び攻撃的ＭＦに戻った。</p>

<p><br />
　上田‐管野と継続されてきたチームカラーを尊重した上で、仕上げとして足りなかった最後の１ピースを埋める。反町監督が心掛けたのはよりアグレッシブにゴールを目指すこと。つまり「湘南の暴れん坊」を復活させることの一点だった。<br />
「僕がＪ１に昇格させたんじゃなくて、スタッフを含めたチーム全員の力で湘南が上がるんです」<br />
　自らの手腕を問われると決まってこう返す45歳の指揮官は、こんなことを語ったことがある。　<br />
「いままでと比べてベルマーレの選手はピッチで生き生きとしていますね、と言われることが何よりも嬉しいんですよ」<br />
　開幕ダッシュに成功したのもつかの間、戦法を研究された夏場に４連敗を喫して首位から陥落。その後も波に乗れるようで乗れない状況が続き、最後はヴァンフォーレとの息詰まる一騎打ちになった中でも目指す方向と戦い方はぶれなかった。<br />
　第２クールに入って失点が急増した時も施すのは微調整だけ。「選手は攻撃している方が楽しいんだよ」と守備の練習に時間を割くこともなかった。ＧＫ野澤洋輔は「前だけを向いたからこそ、チームとしてもあたふたすることがなかった」と感無量の表情で51試合を振り返った。<br />
　貫かれたのは「攻撃は最大の防御なり」の精神。最終戦でも勝ち点１差で追走してくるヴァンフォーレの途中経過はいっさい選手に知らせず、ゴールを奪うこと、勝つことだけに集中させた。<br />
　その中で坂本はチーム２位、自己最多の13ゴールをマーク。攻守両面でピッチを精力的に走り回ることで言葉では伝えきれない10年分の思いを表現し、「反町イズム」を実践した一人となった。</p>

<p><br />
　坂本は３日に31歳の誕生日を迎えた。ジュビロ時代はリーグ戦の出場経験がない。Ｊリーグの歴史でもおよそ例のない、30歳を超えてのＪ１デビューへ「たまには僕みたいな選手がいてもいいと思います」と照れ笑いを浮かべながらこう続ける。<br />
「20歳代のほとんどをベルマーレで過ごして、本当に周りで支えてくれる人たちに成長させてもらったと思います。この10年は僕にとって本当に濃密な一年一年の重なりだったと思うし、30歳でまた違った自分を発見することができた。プレー面でも新たな可能性を感じることができました」<br />
　悩み、苦しんだ10年があるからこそ未来がある。それはベルマーレの歩みも同じだ。眞壁社長は決意を新たにする。<br />
「この10年間が我々のベースになる。この10年間の皆さまの支援にこたえるためにも、Ｊ１に上がることは我々の宿命だった。恥をかくことは何も怖くない。苦しい時ほど前に進んでいきたい」<br />
　フジタ工業の撤退に伴い、チームの存続すらも危ぶまれた99年オフ。地元平塚市の政財界や市民がいっせいに立ち上がり、元平塚市長でチーム存続委員会の吉野稜威雄委員長は「借金が払えなくなったら踏み倒す手もあるから」と豪快なエールで背中を押してくれた。<br />
　その時に感じたのは「ベルマーレが消滅するのはいやだ」という感情論ではなく、中田英寿らがいた90年代のドリームチームに「もう一度戻ってほしい」という夢だったという。<br />
　Ｊ１というスタートラインにようやくたったいま、次の10年の目標はＪ１で「暴れん坊旋風」を再現させることに集約される。</p>

<p><br />
　言葉にするのは簡単だが、もちろん現状は甘くない。<br />
　個々の選手のレベルアップ、選手層の薄さ。ベルマーレの改善すべき点を挙げたらきりがない。試合後には選手やスタッフの手で４回宙を舞った反町監督は、私情をいっさい抜きにしたゼロからのスタートを強調した。<br />
「僕はＪ１での経験もあるので、やはり大きな差があると言わざるを得ない。集団での戦いはできているけど、逆に個々ではまだまだしっかりプレーできてない。我々は貧乏クラブなので何とも言えませんが、ピンポイントにしっかり選手を補強してチームを強固なものにしていかないといけない。昇格したからといって功労者のような選手はできない。全員が競争して勝ちあがっていく。それがプロの世界ですから。そうした土壌づくりをやっていかないといけないと感じています」<br />
　全盛期を極めた97‐99年のジュビロのサッカーを身をもって体験しているからこそ、坂本も指揮官の厳しい方針に思いをシンクロさせる。<br />
「来シーズンは個々のレベルアップをしなければいけない。僕らはＪ１で最下位から始まるということ。いまのまま上積みがなく、いままでと同じ準備をしていたらその差は縮まらない。それを自覚して、シーズンインからかなり厳しく取り組みたい」</p>

<p><br />
　積み重ねてきた努力が報いられることを告げるホイッスルが敵地のピッチに鳴り響くと同時に、坂本のほおをふいに涙が伝った。<br />
「自分では泣かない方だと思っていたんですけど......」　<br />
　本人が驚くほどとめどもなく流れた涙には「長かった」という過去10年への感慨と、未来に待つ新たなる闘いへの決意が込められていた。<br />
　さあ、Ｊ１の舞台へ。すでに天皇杯も敗退しているチームはＪ２閉幕とともに今シーズンの公式戦の全日程を終えたが、２日間のオフを満喫しただけで８日から早くも練習を再開させる。</p>

<p><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="2009_1118yokohamawalker0007a.JPG" src="http://www.sports-times.jp/2009_1118yokohamawalker0007a.JPG" width="200" height="200" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span></p>]]>
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    <title>Ｗ杯組み合わせ決定／岡田武史監督「ベスト４」発言の真意　　by  藤江直人</title>
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    <published>2009-12-04T19:57:19Z</published>
    <updated>2009-12-04T22:52:43Z</updated>

    <summary> 　まるで何かに憑りつかれたかのような表情と口調で、今までと同じ目標を掲げる日本...</summary>
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        <![CDATA[<p></p>

<p><br />
　まるで何かに憑りつかれたかのような表情と口調で、今までと同じ目標を掲げる日本代表の岡田武史監督の姿がケープタウン発で伝えられてきた。<br />
「我々はこの大会で４回目のＷ杯なのでベスト４を狙うつもりでやってきた。その目標を変えるつもりはありません」<br />
　来年６月に行われる南アフリカＷ杯の組み合わせ抽選会を終え、Ｅ組に入った日本が同14日にカメルーン、19日にオランダ、24日にデンマークと戦うことが決まった直後の映像だ。<br />
　志を高く持つことはいいことだと思う。しかし、実際にＷ杯本大会の組み合わせが決まり、岡田監督自身も「ようやく明確な目標ができた。ここからだな、という感じです」と臨戦体勢に入った段階においては、掲げる「ベスト４」という目標は荒唐無稽に思えてならない。南アフリカ大会が何回目のＷ杯だから、というのは強引なこじつけのようにも聞こえてくる。</p>

<p><br />
　岡田監督が「ベスト４」という言葉を発するようになったのは今年の春あたりからだった。その真意を聞いても、決まって抽象的な答えしか返ってこなかった。<br />
「日本の選手の能力を考えた場合、僕はいけると思うんですよ」<br />
　時期はちょうど全員攻撃、全員守備でハードワークを厭わないコンセプトがチームに浸透し、２月のオーストラリア戦でスコアレスドロー、３月のカタール戦ではＭＦ中村俊輔のＦＫで１対０の勝利を収めた直後。当時の岡田監督は試合後の会見で賛辞を連発していた。<br />
　ならば、指揮官の「ベスト４」の真意はどこにあったのだろうか。</p>

<p><br />
　非常に興味深い謎解きをしてくれたのが、かつて横浜Ｆ・マリノスにおいて指揮官とチームリーダーという師弟関係を築き、03年、04年とＪ１総合優勝を達成したＤＦ松田直樹だ。<br />
「岡田さんは負けるということが大嫌いでしたから」<br />
　自身を日韓共催Ｗ杯からの燃え尽き症候群から救い出してくれた恩師の性格をこう解説した上で、元日本代表ＤＦは「ベスト４」の目標を「意外だった」とこう続ける。<br />
「ベスト４を目指すと言っているけれど、岡田さんとしてはホントは優勝という言葉を使いたいんだと思う。マリノスの監督だった時はいつもそうだったからね。（Ｗ杯で）優勝する可能性は限りなく低いかもしれないけど、サッカーは何があるかわからないし、絶対というものがないスポーツだから。ベスト４ということは、つまり準決勝で必ず負けるということでしょう。あの人に限っては絶対にそういうことは言わないと思っていた（笑）」</p>

<p><br />
　負けず嫌いという性格は、イビチャ・オシム前監督から急きょバトンを受け継いだばかりの08年３月、敵地で行われたバーレーンとのＷ杯アジア３次予選で０対１と苦杯をなめた直後に表情を硬直させながら「これからはオレのやり方でやる」と宣言。日本サッカー協会の川淵三郎キャプテン（当時）をして「なぜ言わずもがなのことを」と驚かせた一件がよく物語っている。<br />
　だからといって松田の推察通りに「優勝」という目標を掲げれば、優勝国がヨーロッパと南米の両大陸以外からは生まれていないＷ杯の歴史を鑑みればあまりにもおこがましい。ブラジルやイタリアといった、いわゆる大国へのリスペクトもさすがにはたらいたのだろう。<br />
　ならば「準優勝」とするとこれもどこか締まらないし、負けて終わるイメージがベスト４よりはるかに増幅される。Ｗ杯初勝利も決勝トーナメント進出も日韓共催大会で達成している。<br />
　そこで「ベスト４」とすれば、かつてアメリカと韓国が達成した非ヨーロッパ・南米大陸勢の最高位に並ぶことで指揮官の負けず嫌いの虫も少しは封印できるし、一方で単純明快な言葉は選手たちへの格好の動機付けにもなる。</p>

<p><br />
　確かに「松田理論」は的を得ているかもしれない。しかし、常識的に考えれば「ベスト４」は非常に厳しい目標と言わざるを得ない。<br />
　何よりも、恩恵を受けられる自国開催以外のＷ杯で日本はまだ白星を挙げたことがない。悲願の初出場を果たした98年フランス、まだ記憶に新しい06年ドイツの両大会はともに１次リーグで敗退。通算成績は１分け５敗で、ゴール数もわずかに３だ。<br />
　ＦＩＦＡランクがすべてを反映するわけではないが、最新の順位を見ても43位の日本より下位に位置するのは韓国、北朝鮮、ニュージーランド、南アフリカの５か国しかない。11位のカメルーンを率いるフランス人のポール・ルグエン監督が「オランダのグループ首位はかたい」と見通しを語っていたが、まさにその通りだ。<br />
　ヨーロッパや南米から見れば日本は完全なるアウトサイダー。決勝トーナメントへの残り１枠を争う構図に割って入るためにも、まずは初戦のカメルーン戦が極めて重要になってくる。</p>

<p><br />
　３戦目で対戦するＦＩＦＡランク26位のデンマークは、日本が苦手とするフィジカルを前面に押し出してくるチーム。Ｗ杯出場こそ４回目だが、ポルトガル、スウェーデンと同組になったヨーロッパ予選を１位で通過してきた実力は本物だ。<br />
　予選10試合の成績は６勝３分け１敗。唯一の黒星はＷ杯出場を決めた後の消化試合でハンガリーに喫したものであり、対ポルトガルは１勝１分け、対スウェーデンは２勝と寄せ付けなかった。<br />
　アーセナルに所属する１メートル91の大型ＦＷ、ニクラス・ベントナーの存在も日本の守備陣にとっては脅威になるだろう。<br />
　となると、３戦目で「絶対に勝たなければいけない」という状況を作ることは極力避けたい。理想は勝ち点４（１勝１分け）か３（１勝１敗）でデンマーク戦に臨む状況。９月の親善試合で０対３と完敗を喫しているＦＩＦＡランク３位のオランダと第２戦で当たることを考えれば、カメルーンとの初戦では必勝を義務付けられると言ってもいい。</p>

<p><br />
　日本以外の地でのＷ杯初勝利。そのために、残された７か月あまりで何をするべきか。<br />
　日本サッカー協会の犬飼基昭会長は、以前に冬場の南半球で開催される今回のＷ杯を歓迎した上で、ほとんどの試合会場が海抜１５００メートル前後にあることに危機感を抱いてもいた。<br />
　カメルーン戦が行われるブルームフォンテーンの海抜は１４００メートル。心肺機能のアップなどを含めた高地対策が必須となってくることは言うまでもない。<br />
　屈指のスピードを誇るＦＷエトーにどう対処するか、も重要になってくる。<br />
　９月にオランダで行われたガーナとの親善試合。ＧＫからのロングキック一発で日本最強と思われていたＤＦ中澤佑二の牙城がいとも簡単に破られ、ゴールを陥れられたシーンは「日本はこの手の強引な戦法に弱い」という情報となってすでに敵国にも伝わっているはずだ。<br />
　テレビのインタビューで犬飼会長が勝利へのキーワードとして挙げた「点を取ること」は言わずもがな、だ。テーマは「どうやって取るか」であり、その答えは長く弾き出されていない。</p>

<p><br />
　３月３日に設定されている次の国際Ａマッチデーは、カメルーン対策として強力なエースＦＷを擁する同じアフリカ勢のコートジボワールかナイジェリアと組む必要もあるだろう。<br />
　同日に組まれているバーレーンとのアジアカップ最終予選を一刻も早く他の日にずらすなど、協会内の背広組の交渉力も問われてくる。<br />
「オランダ、カメルーンもいるので、やりがいのあるグループだと思う。相手はちょっと（実力が）上かも知れないが、十分に対応できる範囲。そんなに悪くないグループだと思う」<br />
　今春に取材した時には「ブラジルかアルゼンチンと初戦を戦うんじゃないかと思っている」と腕をぶしていた岡田監督は、シードから漏れたフランスやポルトガルと同組にならなかった抽選の結果に務めて余裕の表情を浮かべたが、カメルーンのルグエン監督は日本について眼中にないとばかりに「あまりよく知らない。これから研究する」と話すにとどまった。<br />
　岡田監督がいくら「ベスト４」を掲げても、これが現実。思い描くサプライズへの第一歩は、当面の照準を「2009年６月14日」に合わせて「不屈のライオン」をブルームフォンテーンのピッチにはいつくばらせることから始まる。</p>

<p><br />
　以下は各組の当落予想を下記に記します。</p>

<p>Ａ組　南アフリカ　　◎メキシコ　　△ウルグアイ　　○フランス<br />
Ｂ組　◎アルゼンチン　　○ナイジェリア　　△韓国　　ギリシャ<br />
Ｃ組　◎イングランド　　○アメリカ　　アルジェリア　　△スロベニア<br />
Ｄ組　◎ドイツ　　オーストラリア　　△セルビア　　○ガーナ<br />
Ｅ組　◎オランダ　　△デンマーク　　日本　　○カメルーン<br />
Ｆ組　◎イタリア　　○パラグアイ　　ニュージーランド　　△スロバキア<br />
Ｇ組　◎ブラジル　　北朝鮮　　△コートジボワール　　○ポルトガル<br />
Ｈ組　◎スペイン　　△スイス　　ホンジュラス　　○チリ<br />
</p>]]>
        
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    <title>横浜ベイスターズＤ１位／筒香嘉智が思い描く１０年後の自分　　by  藤江直人</title>
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    <published>2009-12-01T19:30:02Z</published>
    <updated>2009-12-03T05:41:29Z</updated>

    <summary> 　新たな門出を迎えるアスリートを取材する際、最後にこんな質問をするようにしてい...</summary>
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        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="CIMG2574a.JPG" src="http://www.sports-times.jp/CIMG2574a.JPG" width="200" height="200" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span></p>

<p><br />
　新たな門出を迎えるアスリートを取材する際、最後にこんな質問をするようにしている。<br />
「10年後にはどんな選手になっていたいですか」<br />
　ありきたりの問い掛けながら、これがどうして、けっこう面白い答えが返ってくることが多い。例えば、残念ながら来シーズンのシード権は確保できなかったものの、ギャル風のウエアや派手なつけ爪などで注目を集めた女子ゴルフのルーキー、キンクミこと金田久美子を６月に取材した時に返ってきた答えにはとにかく驚かされた。<br />
「10年後は結婚して子供を産んでいると思います」</p>

<p><br />
　では、門出の季節を迎えたプロ野球界に目を移すとどうか。<br />
　10月のドラフト会議で横浜ベイスターズから相思相愛で１位指名され、入団が決まったばかりの横浜高校のスラッガー、筒香嘉智内野手にも同じことを聞いてみた。<br />
　背筋をピンと伸ばし、かなり緊張気味の18歳の表情を見るほどに「４番を打ってチームを日本一にしたい」といった型通りの真面目な言葉が返ってくるのでは、と勝手に思い込んでいた。<br />
　しかし、予想は見事に、それもいい意味で裏切られた。<br />
「これから頑張るか、頑張らないかで結果も変わってくると思うので、あの時頑張っていてよかったな、と10年後に思えるような選手になりたいです」</p>

<p><br />
　横浜高校の名物部長、小倉清一郎氏からは「己に負けるな」という檄とともに、プロのスピードと変化球のキレにタイミングを合わせられるまで、「１年半から２年はファームで泥をすすれ」という檄を餞別代りに贈られている。<br />
　現段階では一軍で活躍できるレベルにないことは筒香自身が誰よりもわかっている。だからこそ憧れてきたプロへの門出にも浮かれることなく、それこそ血へどを吐くような猛練習の日々を乗り越える決意表明として「あの時――」という言葉を口にしたのだろう。<br />
　スポーツ新聞のベイスターズ番記者からは「決して大風呂敷を広げない実直な選手」という前評判を聞いていたが、確かに大地にしっかりと足をつけた言動はとても18歳の高校生とは思えない。こちらが緊張していると思った表情は、実は泰然自若としていたというわけだ。</p>

<p><br />
　高校３年間で放った69本塁打は歴代１位の中田翔（北海道日本ハムファイターズ）の87本に遠く及ばないが、その中田は１年目の自主トレから日焼けサロン通いや数十万単位の小遣い発言など、どちらかと言うとグラウンドの外で話題を提供した。<br />
　しかし、自らの固い意思で智弁和歌山など地元和歌山の強豪校からの誘いを蹴って野球留学を決めるなど、まさに「野球道」を一心不乱に突き進んできた筒香にはそうした心配は無用のようだ。「モンブランが大好き」という甘党派であることはさておいて、この世代なら一度は夢中になるはずのテレビゲームにただの一度も興じたことがないという。<br />
「自分は打者ですので、目が命だと思っていますから。視力は両方とも２.０です」</p>

<p><br />
　その筒香が１日、横浜市内で記者会見に臨んだ。８日に設定されているドラフト指名選手全員が勢ぞろいしての入団発表に先駆けるかたちで単独で、しかも日本一の高層ホテルとして有名な「横浜ロイヤルパークホテル」の最上階、70階にある「オーロラの間」を用意したところにベイスターズの期待の大きさが表れている。<br />
　そのココロは、ハマのてっぺんから日本のてっぺんへ。筒香の視線も「一番」に注がれる。<br />
「球界を代表する打者とか、自分はまだ全然そんなレベルではありませんけど、最終的にはそこを目指してやっていきたい。これまで磨いた打撃をアピールし、ホームラン打者になれるように頑張りたい」</p>

<p><br />
　もっとも、背中に「55」と「ＴＳＵＴＳＵＧＯＨ」が刻まれた真新しいベイスターズのユニホームを袖を通すと、胸に秘めてきた「こだわり」が顔をのぞかせる。<br />
　読売ジャイアンツ時代に松井秀喜が背負って以来、日本ではホームラン打者の代名詞となった背番号。現在も高校通算65本塁打の大田泰示（ジャイアンツ）がつけていて、ベイスターズ側も「ハマのゴジラ」なるニックネームを浸透させようとしている。<br />
　しかし、スポットライトを浴びるひな壇の上で、筒香は胸を張ってそのニックネームを拒絶した。<br />
「高校時代からずっと５番だったので、５は好きな番号ですし、５にちなんだ番号で嬉しいですけど、『ハマのゴジラ』ではなく『横浜の４番は筒香』と言われるように実力で認めさせたい」</p>

<p><br />
　以前に「55」番について松井秀喜を例に出しながら感想を聞いた時も、筒香は語気をやや強めながらこう話している。<br />
「いただいた背番号なのでしっかりと、小さくまとまったバッターにならずに、大きく、大きくなりたいというのはありますけど、ホントに背番号が何番だろうと自分のプレーが変わることはありません。やっぱり、その打者の真似をしても打撃の感覚というのが違いますし、自分の中である選手を目標にしたらその選手を超えることはできないので。横浜高校の３年間で渡辺監督と小倉部長から素晴らしい指導をいただいたし、自分独自の打撃理論も持っている。自分の感覚を大事にしてこれからもやっていきたいと思います」<br />
　いわゆる「○○二世」ではなく「筒香一世」になる。18歳の少年が紡いだ言葉の端々から揺るがない自信とプライドがひしひしと伝わってきた。</p>

<p><br />
　現在の体重は90キロ弱。準々決勝で甲子園に出場した横浜隼人の前に涙を飲み、高校野球に別れを告げた夏の神奈川県大会時に比べると５キロ以上も増えたという。<br />
　もっとも、野球部引退後の運動不足やモンブランの食べすぎで太ったわけではない。最後の夏を戦いながら筒香は違和感を覚えていた。<br />
「パワーがなくなっているというか、物足りなさがあったんです」</p>

<p><br />
　横浜高校伝統の猛練習に加えて、キャプテンとして、対戦校から徹底マークされる主砲として、甲子園出場にかける思いは並大抵ではなかった。時間とともにそれがプレッシャーに変わり、必然的に体重も減少。だからこそ、いま現在がベストの体重だと言う。<br />
「いろいろなトレーニングを取り入れて、ホームラン打者にふさわしい大きな体を作りたいと思ってやってきました。もちろんプロのトレーニングが始まれば体重も絞られるでしょうから、その中でベストのコンディション、けがをしない体を作ることに重点を置いています」</p>

<p><br />
　プロ入りへ向けて、小倉部長からは「とにかく走れ。走って、走って、走りまくれ」とメニューを言い渡されている。幸いにも金沢区内にある横浜高校の練習グラウンドは丘陵地にあり、ランニングで足腰を一から鍛え直すには絶好のロケーションにある。<br />
　筒香もウエートトレーニングなどはいっさい行わず、ランニングと重めのバットをとにかく振る地道な練習を繰り返すことで体重増に成功した。もちろん木製バットを使っての打撃練習も行い、小倉部長によれば「飛距離は金属バットとさほど変わらない」という。</p>

<p><br />
　ボールを遠くへ飛ばす天性のパワーとバットのヘッドスピードを兼ね備えるスター候補へ、ベイスターズ側も「７００日計画」を立てて育成に臨む。その青写真通りなら、来年から筒香の主戦場はベイスターズの二軍、湘南シーレックスの拠点となる横須賀スタジアムやベイスターズ球場に移る。<br />
　今年５月。そのベイスターズ球場である「伝説」が刻まれている。<br />
　花巻東高を招いての練習試合。マウンドにはもちろん菊池雄星。メジャー球団を含む約30人のスカウトが熱い視線を注ぐ超高校級左腕が投じたカーブをライト席に弾き返したのが筒香だった。高校通算55号は、飛距離１２０メートルの特大弾。もともと高い評価を受けていた筒香の株はこれで一気に上昇し、夏の神奈川県大会にはメジャーのインディアンスやマリナーズのスカウトもスタンドに姿を見せていた。</p>

<p><br />
　花巻東との練習試合にかける筒香の執念は半端ではなかった。試合の３日前から風邪で体調を崩し、朝の時点で39度４分の高熱がありながら点滴を打って２打席限定でスタジアムに駆けつけ、約束の２打席目で快打。そのまま試合から退き、タクシーで寮へ引き揚げたのだ。<br />
　今年の春、夏と甲子園に出場しなかったことで、知名度においては菊池にはるか及ばない。それでも、質実剛健を地でいく筒香は18歳にして何かを期待させるオーラをまとっている。これから呼ばれるであろう「菊池世代」の打者の筆頭格として。菊池へのライバル心がないわけがない。<br />
「セとパで分かれちゃったんですけど、対戦することもあると思いますし、ホントにいいライバルとしてこれからもやっていきたい。対戦した時は必ず勝つように意識したいですね」</p>

<p><br />
　その時が来るまで、奢らず、慌てず。筒香は「急がば回れ」の精神を肝に銘じながら、未知なる世界の門を叩く。<br />
「７００日計画というのを自分も聞きました。一軍はプロの中でもトップの方々が活躍される場所ですし、そんなに簡単にたどり着けるとは思っていません。いまはとにかくその舞台に立てるように力をつけたい。ファンの方々の声援があってこそ力に変えられることは高校野球での経験で分かっているので、実力でファンの皆様に認めてもらえるような選手になりたい」<br />
　元来はスイッチヒッターの筒香だが、実戦では右打席にほとんど立っていない。菊池からの一撃も左打席で放ったが、プロへの旅立ちを機に原点に回帰。横浜高校のグラウンドに隣接する室内練習場で、右打者としての「牙」もひそかに研いでいる。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="CIMG2574a.JPG" src="http://www.sports-times.jp/CIMG2574a.JPG" width="200" height="200" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span></p>]]>
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    <title>土壇場で繰り返された川崎フロンターレの悪しき歴史　　by  藤江直人</title>
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    <published>2009-11-22T18:06:27Z</published>
    <updated>2009-11-22T18:34:16Z</updated>

    <summary> ■Ｊ１第32節 大分トリニータ（勝ち点26） １‐０ 川崎フロンターレ（勝ち点...</summary>
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        <![CDATA[<p><br />
■Ｊ１第32節<br />
大分トリニータ（勝ち点26） １‐０ 川崎フロンターレ（勝ち点58）<br />
［11月22日午後１時キックオフ＠九州石油ドーム／観衆２万４１８人］</p>

<p><br />
　またしても「壁」を乗り越えることができなかった。川崎フロンターレがすでにＪ２降格が決まっている最下位の大分トリニータにまさかの金星を献上し、首位から陥落した原因を探っていくと、おのずと「壁」という言葉にたどりつく。<br />
　確かに不安な材料はそろっていた。前日に鹿島アントラーズが勝ち、暫定首位に浮上したことで「絶対に負けられない」というプレッシャーが生じていたことは想像に難くない。８日のジェフ千葉戦で右太ももに肉離れを起こし、日本代表の南ア・香港遠征を辞退したＭＦ中村憲剛はチーム合流４日目でまさにぶっつけ本番。これまで２分け５敗と勝利に縁がない鬼門・九州石油ドームでの試合ということも心理面に微妙な影響を及ぼしていたはずだ。<br />
　加えて、対するトリニータは前節まで７戦連続で無敗。その間に無念のＪ２降格が決まってもモチベーションは萎えず、失うものは何もないとばかりに伸び伸びとプレーしている。加えて、チーム財政が破綻寸前に陥った責任を取って今シーズン終了後の辞任を表明したばかりの溝畑宏社長へ白星を捧げようと、選手たちの士気はいっそう高まっていた。<br />
　こういう時に決まって番狂わせは起きる。キックオフ前に抱いた予感は、時計の針が進むごとに確信に変わっていく。トリニータの鋭い出足にフロンターレはまったくサッカーをさせてもらえない。ボールを奪われるや、サイドから幾度となく危険な攻撃を仕掛けられる。攻撃的ＭＦの家長昭博をボランチにすえる相手の新布陣にまったく対応できない。<br />
　セカンドボールもことごとく拾われ、ポゼッションはトリニータが60パーセントを軽く超えていた。こういう苦境を伝家の宝刀・カウンターで打開してきたフロンターレだったが、正確無比なタテパスでチャンスを切り開く中村にいつものキレがない。いつもなら自らが担うＣＫやＦＫをＦＷレナチーニョに任せ、無意識のうちに肉離れの箇所をかばうように、おそるおそるプレーしている感すらある。<br />
　まさに内憂外患。こんな状態が続けば、いつかは日本代表ＧＫ川島永嗣を中心とする守備網も決壊する。後半16分に右サイドをＦＷ金崎夢生に破られ、ＦＷフェルナンジーニョにゴールを陥れられた時点でほとんど万事休す。逆転はおろか追いつく可能性すら感じさせないまま、試合終了を告げるホイッスルが鳴り響いた。</p>

<p>　<br />
　思い起こされるのは昨年11月８日の第31節で味わった悪夢だ。<br />
　敵地ＮＡＣＫ５スタジアムで大宮アルディージャと対戦したフロンターレは、Ｊ１残留へ目の色を変えて臨んできた相手に圧倒されて１‐２と苦杯をなめた。翌節からの３連勝で２位に滑り込んだものの、優勝した鹿島アントラーズとの勝ち点差はわずか３。勝負でたらればを言うのはあり得ないが、それでもアルディージャ戦の「取りこぼし」があまりにも痛かった。<br />
　迎えた09年。Ｊ１に定着して５シーズン目におけるテーマは明快だった。手が届くようで実は遠かった１勝分の勝ち点をいかに縮めるか。中村は「したたかさ」を身につけない限り、チーム悲願の初タイトルは獲得できないと胸に刻んでいた。<br />
「アントラーズのしたたかさはやはり経験の積み重ねであり、優勝を経験しているチームの強みなんだと思いました。ウチはまさに今そこを積み重ねている段階。調子が悪い中でも１‐０で勝ち点３を取れるかどうか、がすごく大事になってくる。強いチーム、優勝するチームは、まずい内容の試合を勝ちにもっていけるんです」<br />
　フロンターレのウリはリーグ屈指の得点力であり、殴られたら何倍にもして殴り返すケンカ上等サッカーだ。壮絶なゴールの奪い合いの末にロスタイムの一撃でジェフにＪ２降格の引導を渡した前節８日の一戦はまさにその典型だった。<br />
　そうした長所はもちろん伸ばす。実際、昨シーズンにリーグ最多の65ゴールを叩き出した攻撃陣は今シーズンも60ゴールでリーグトップ。その上でチームがさらにワンステップ駆け上がるためには何が必要なのか。３月の開幕前に中村はこうも語っていた。　<br />
「スタジアムに観に来てくれるファンは殴り合いが一番面白いと思うし、勝てばみんな満足はするんですけど、今シーズンは内容も求める試合を増やしていかなきゃいけない」<br />
　昨年の大宮での悪夢からほぼ１年。図らずも巡ってきたほぼ同じシチュエーションの試合は、この間のフロンターレの進化を問われる舞台でもあった。間断なく続く相手の猛攻をいかにしのぎ、数少ないチャンスをものにするか。求めてきたはずの「したたかさ」は、トリニータ戦の結果と内容を見る限りは、残念ながらまだ身についていなかったと言わざるを得ない。</p>

<p><br />
　トリニータ戦のサブメンバーには、中村が右太ももの故障で離脱していた間に行われた天皇杯で代役を務めたＭＦ木村祐志が入っていなかった。<br />
　テクニックに秀でるフロンターレユース出身の22歳の攻撃的ＭＦだが、Ｊ１でデビューしたのは４年目の今シーズン。それも２試合、計18分間のプレーだけでは、関塚隆監督をして天皇杯とは異なるプレッシャーの中で戦うＪ１の正念場に帯同させる決断に至らなかったのか。<br />
　04年の就任以来、関塚監督は中村を中心にチームを作り上げてきた。その間、中村もほとんど故障することなくピッチの上で期待に応え、Ｊ１とナビスコカップでともに２度ずつ２位に入るなど確実に歴史を刻んできた。<br />
　中村自身、都立久留米高から中央大時代を通じてまったくの無名だった自分をテスト生として受け入れてくれたフロンターレには、今でも感謝の思いを忘れていない。だからこそ、日本代表にまで育ててくれたチームへ「自分のすべての力を使ってプレーするのは当然」とまで言い切る。<br />
　トリニータ戦の強行出場もチームへの愛情、強い責任感が体を突き動かしていたはずだ。選手がそう思うのは当然であり、だからこそベンチとして中村が機能しない事態に備えてオプションを用意しておくことも必要だった。<br />
　そして、実際に中村は精彩を欠いていた。１点をリードされてから右足を思い切り振り抜いてのロングパスを何度か試みた中村だったが、守備のリズムができあがっていたトリニータを崩すには至らず、焦燥感にかられた攻撃陣も空回りを繰り返した。<br />
　後半15分から右サイドバックに投入された森勇介も、武器であるアグレッシブなオーバーラップは影を潜めていた。ＦＣ東京に完敗した３日のナビスコカップ決勝後の表彰式における悪態が批判の的となり、チームから課された出場停止が明けてから初めての出場だったが、まだ迷いが晴れないのだろうか。ピッチに立った直後に自身の背後を破られ、失点を許してしまった。<br />
　首脳陣を含めたチーム全員が目に見えない「壁」の前でもがき、苦しみ、それでも乗り越えるための道筋を最後まで見つけることができなかった。</p>

<p><br />
　開幕前、中村は優勝するには「20」の白星を挙げることが必要と分析。その上で、残る14試合でいかに負け数を減らせるかがポイントとにらんでいた。<br />
　トリニータ戦を終えた時点のフロンターレの成績は17勝７分け８敗。残りは２戦。残念ながらシーズン前の皮算用に届かないが、これですべての希望が潰えたわけではない。<br />
　次節にもアントラーズがＪリーグ史上初の３連覇を達成する可能性が出てきたが、そのアントラーズは逆転優勝へ執念を燃やす３位のガンバ大阪との待ったなしの直接対決に臨む。その結果次第では、フロンターレの視界が再び開けてくる。<br />
　もちろん、フロンターレが次節のアルビレックス新潟とのホーム最終戦で勝利を収めることが、奇跡をたぐり寄せるための絶対条件であることは言うまでもない。<br />
「まだあきらめない。自分たちを信じる」<br />
　チーム全員に言い聞かせるように、中村は必死に前を向いた。28日までにいかに気持ちを切り替えられるか。何のために昨シーズンに高い授業料を払ったのか。幾度となく刻まれてきた無念の歴史を塗り替え、ここ一番で「勝負弱い」というレッテルを返上するための闘いはすでに始まっている。</p>]]>
        
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    <title>天王山突破！／湘南ベルマーレを支えた守護神の意外な言葉　　by　藤江直人</title>
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    <published>2009-11-21T19:50:08Z</published>
    <updated>2009-11-21T21:00:08Z</updated>

    <summary> ■Ｊ２第49節 湘南ベルマーレ（勝ち点94） ３‐２ ヴァンフォーレ甲府（勝ち...</summary>
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        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="2009_1104shonanbellmare0005a.JPG" src="http://www.sports-times.jp/2009_1104shonanbellmare0005a.JPG" width="200" height="200" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="2009_1104shonanbellmare0007a.JPG" src="http://www.sports-times.jp/2009_1104shonanbellmare0007a.JPG" width="200" height="200" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span></p>

<p><br />
■Ｊ２第49節<br />
湘南ベルマーレ（勝ち点94） ３‐２ ヴァンフォーレ甲府（勝ち点91）<br />
［11月21日午後５時キックオフ＠山梨県小瀬スポーツ公園陸上競技場／観衆１万６８４４人］</p>

<p><br />
　記者席から見た限りでは、「必ず止める」という意志表示以外の何物でもなかった。<br />
　２‐１と１点をリードして迎えた湘南ベルマーレが後半17分に与えた痛恨のＰＫ。次の瞬間、ファウルを犯したＤＦ島村毅をはじめ、ぼう然とするチームメートの一人ひとりにＧＫ野澤洋輔が声をかけて回った。ゴールポストわきに置いてあったミネラルウォーターを口にふくみ、気持ちを落ち着かせてからゴールマウスに仁王立ちして両手を広げる。<br />
　ここまではまるでドラマのような光景だった。しかし、現実は甘くない。ヴァンフォーレ甲府のＦＷマラニョンが蹴った強烈なＰＫはゴール左隅に突き刺さってしまう。前売り完売、ほぼ満員で埋まったホームのサポーターの大声援を受けてますます勢いづくヴァンフォーレ。しかし、対峙するベルマーレも不思議なほどに落ち着いていた。<br />
　なぜか。その答えはＰＫの前に野澤が笑顔で仲間に発していた意外な言葉にあった。<br />
<strong>野澤</strong>「決められたら同点だから、その時はゴメンね。勝ち越しゴールを頼むね！」<br />
　Ｊ１昇格への最後の１枠を争う２チームの直接対決。キックオフ前の段階では勝ち点91で並び、ベルマーレが得失点差でわずかに１だけ上回っていた文字通りの天王山。天国と地獄を分けそうな瞬間に守護神が見せた「ひょうきん」な言動が、チームのプレッシャーを取り除いていたのだ。<br />
　言うまでもなく、ＰＫは蹴る側が圧倒的に有利。９割方はゴールを決められてしまう状況で下を向いてしまっても意味はない。３点目を許さずに、ウチらが奪えばいい。残り時間もまだ十分にある。野澤の「ゴメンね」発言は、そのことを伝えるのに十分だった。<br />
　その後もロングボールをマラニョン、金信泳の２トップにあて、中盤の選手がこぼれダマを拾ってサイドからグイグイと圧力をかけてくるヴァンフォーレの猛攻が続く。何度も背走を強いられ、時間とともにどんどん体力を削られていったベルマーレだったが、すきを突いてカウンターを仕掛ける時には歯を喰いしばりながら何人もの選手が相手ゴール前に迫っていった。<br />
　その光景を後ろから見ていた野澤は、歓喜のシーンが訪れることを確信していた。<br />
<strong>野澤</strong>「同点に追いつかれてもみんな気持ちが落ちなかった。最後まであきらめない姿勢。絶対にいけると思った」<br />
　迎えたロスタイム。カウンターから得たＦＫをＤＦジャーンがヘディングシュート。バーに当たってはねかったボールをチーム最古参、30歳のＭＦ坂本紘司が左足で執念で押し込む。あまりに劇的な勝利に涙するチーム関係者もいた中で、野澤は最後までひょうきんだった。<br />
<strong>野澤</strong>「今日はアウエーにもかかわらず大勢のサポーターが来てくれて、僕は『湘南の風』を感じていました。ＰＫは相手が蹴った方向に飛んだんですけどね。夢の中ではＰＫを止めるシーンを見ていたのに。うーん、残念！」</p>

<p><br />
　今年のはじめに、野澤は志願する形で９シーズン在籍したＪ１のアルビレックス新潟からベルマーレに完全移籍で加入した。アルビレックスでＪ１への昇格をともに達成した反町康治監督がベルマーレの新監督に就任したことが、アルビレックスから「出ていった方がいい」と事実上の戦力外通告を受けていた男のハートに再び炎を宿らせたという。<br />
<strong>野澤</strong>「新しいことにチャレンジしたい気持ちがあったというか、僕の原点であるＪ２からもう一回スタートして、また上（Ｊ１）に行きたいと思って。もちろん、ソリさん（反町監督）が監督になったのも大きい。残念ながら北京五輪は予選で敗退してしまったけど、ある意味で期待されてベルマーレの監督になったはずだし、これでダメだったら、期待されていた分だけ逆に悪い評判を招きかねないですからね」<br />
　今でこそホームのビッグスワンが４万人ものファンで埋まるアルビレックスだが、野澤が清水エスパルスから移籍した00年はＪ２で観客が1000人、2000人という惨状だった。専用の練習グラウンドもクラブハウスも何もない状態からひとつずつ手作りで新潟の地にサッカーを根付かせてきた。<br />
　その中で野澤は「最初の1000人がいたからこそ今がある」という思いを胸に刻みながらサポーターを特に大切にしてきた。その人気は絶大で、いまでもベルマーレの試合はもちろん平塚市内で行われる練習にもオレンジ色のユニホームを着たアルビレックスのサポーターが訪れる。「Ｊ１で待っている」という激励の手紙も届けられる、まさに稀有な存在だ。<br />
　もちろん、野澤に感傷に浸っている時間はない。３月の開幕からチームただ一人の49試合フル出場。いまは心身ともに青とグリーンのチームカラーに染まっている。<br />
<strong>野澤</strong>「エスパルス、アルビレックスと来たから、オレンジ３連チャンで次は大宮アルディージャかな、と思っていたんですけど（笑）。それはともかく、アルビレックスのサポーターの声援もホントに嬉しい限りですけど、今は何よりもベルマーレのサポーターが望んでいることを。ベルマーレの一員としてＪ１昇格を目指すだけを考えてここまでやってきました」<br />
　カッコいいセリフを決める場面で必ず笑いをとる。本人いわく、このひょうきんな性格が181センチ、77キロと体格的には決して恵まれていないＧＫの最大の武器だという。<br />
<strong>野澤</strong>「キーパーとしてはハンディを抱えているかもしれないですけど、それを上回る何かを出し続けることを常に心掛けてきた。それは反応の早さだったり、あとはコミュニケーション力ですね。生まれついてのひょうきんというか、ホントにお調子者ですし、いじられるよりはいじっちゃう方なので。このキャラを生かして、最終ラインだけでなくチーム全体を動かしたい。僕が暇しているのが一番いいんですけど、そういうわけにもいかないでしょうから。アルビレックスでは03年に昇格を決める前には２年連続でぎりぎりで涙を飲んでいる。そういう経験があるからこそ僕が呼ばれたと思っているし、その経験を今生かさないでいつ生かすんだ、という感じですね」<br />
　Ｊ１昇格の行方を左右する大一番の、それも最も緊迫する場面でいじりキャラが炸裂。ＰＫ前の「ゴメンね」発言につながったわけだ。</p>

<p><br />
　もっとも、２点は失ったものの、野澤は反応の早さでも幾度となくチームを救った。<br />
　開始２分に金が放ったヘディングシュートを野澤が体勢を崩しながら右足一本でかき出さなければ、試合の展開は大きく変わっていたはずだ。左右からのクロスを思い切りのいい飛び出しで何度もはね返し、後半24分には空中でクロスをキャッチしてピッチに倒れこんだ際に競り合った金にわき腹を踏まれて悶絶。それでも闘志は萎えず、同36分にＤＦ杉山新が放ったシュートも右腕一本でセーブした。<br />
「でも、あのＰＫは止めないと」<br />
　愛弟子にあえて苦言を呈した反町監督だが、もちろん本心ではない。小躍りして喜びたい心境の時に「（メディアの）皆さん、湘南はまだまだ力足らずで弱小チームだと書いてください」とあえて皮肉っぽく話す45歳の指揮官の本音は、会見における次の言葉に見え隠れする。<br />
「どっちに転んでもおかしくないゲームだった。６、７割方、向こうに転んでいる可能性が高かった。ゲームの流れ、サポーターの盛り上がり、追いついたことなどが向こうを押してきたことは間違いない。もしかすると、ここで敗者の弁を述べていたかもしれない」<br />
　開始10分で２ゴールを先制する最高の立ち上がりから一転、前半25分以降はほぼ一方に攻め込まれた劣勢を覆しての価値ある１勝。ライバルに勝ち点３差をつけて残るは２試合。Ｊ２に甘んじること実に10シーズン。夢にまで見たＪ１の舞台がついに手の届くところまで近づいてきた。<br />
<strong>野澤</strong>「この試合に勝たなければＪ１昇格はないという位置付けで今日は闘ったけど、勝ったことで次がさらに大事な試合になった。僕らは前を向いて、しっかりと次に向かわなければいけない。このシビれる状況で戦えることを幸せに思わないと。アルビレックスの時とはまた状況は違うけど、やっぱりゴールを守ること、最後の笛が鳴るまであきらめない、仲間にあきらめさせないことに尽きると思う。今日も最後まで声を掛け合って闘った結果が勝利につながったと思う」<br />
　今でも野澤の心に刻まれている光景がある。５月２日。強敵セレッソ大阪に１‐０の完封勝利を収めた直後に、ホームの平塚競技場のスタンドを埋めたサポーターから「野澤、湘南に来てくれてありがとう！」という声援を浴びた。<br />
　新参者を熱い言葉で受け入れてくれたサポーターへの感謝の思いを、何倍にも、何十倍にも、何百倍にも膨らませて返したい。試合中に強打した左ひざにアイシングを施し、踏みつけられたわき腹も疼くと苦笑いする野澤が愛用するグローブには、こんな英語が記されている。<br />
　"in full bloom"<br />
　Ｊ２戦線の年間51試合をマラソンに例えればまさに最後のトラック勝負に突入したＪ１昇格争いで、日本語訳通りの「満開」となるハッピーエンディングへ。９日に30歳を迎えたばかりの、本人いわく「これからが旬」という遅咲きの守護神は満身創痍の体に最後のムチを入れる。<br />
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