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    <title>Sports Times　スポーツタイムズ通信社</title>
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    <subtitle>スポーツを心から愛する人たちへ。時には醒めて、時には熱く、独自の視点でスポーツメッセージを贈るWEBです。</subtitle>
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    <title>ロンドン五輪の「ドリームチーム」結成は幻に終わるのか　　by  藤江直人</title>
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    <published>2012-02-05T03:34:33Z</published>
    <updated>2012-02-05T03:56:05Z</updated>

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<p><br />
　今夏に開催されるロンドン五輪出場を目指すサッカーのＵ‐２３日本代表が日本時間の５日午後９時５分から、アジア最終予選の天王山となるＵ‐２３シリア代表戦に臨む。<br />
　４か国がぞれぞれ６試合を戦うアジア最終予選の半分を終えて、グループＣは３連勝の勝ち点９で首位に立つ日本と２勝１敗の同６で追うシリアの一騎打ちの様相を呈してきている。<br />
　５日の大一番で日本が勝てば５大会連続９度目の五輪出場に王手をかけるが、負ければ２位に後退する。１位通過のチームだけがロンドン五輪切符を自動的に獲得し、一方で２位になればグループＡおよびＢの２位の３チームによるプレーオフに回り、勝ち抜いた先にはすでにセネガルが勝ち残っているアフリカ４位との大陸間プレーオフというイバラの道が待っている。</p>

<p><br />
　それだけに最悪でも引き分けておきたい日本だが、昨年１１月２７日にホームの国立競技場にシリアを迎えた一戦は２対１で辛うじて勝ったことを考えれば決して楽観はできない。<br />
　しかも、１対１のまま引き分けの雰囲気すら漂ってきた後半４１分に、値千金の決勝ゴールを叩き込んだＦＷ大津祐樹は、５日の試合を戦うメンバーに名前を連ねていない。<br />
　正確には招集することができなかった、となる。日本サッカー協会の技術委員会は、大津が所属するブンデスリーガのボルシアＭＧにシリア戦の招集を要請。折衝を重ねてきたが、先月３１日にボルシアＭＧ側から断りの連絡が入った。通常は２３人を招集するところをあえて２１人に絞り、大津を追加できる可能性を残していた関塚隆監督にとっても痛手だったはずだ。</p>

<p><br />
　アウェーで行われたＵ‐２２バーレーン代表戦、そしてホームのシリア戦に大津を招集できた前回は、ボルシアＭＧ側から「チームにけが人が出なければ」という条件付きだった。<br />
　翻って今回は、４日のリーグ戦および８日のカップ戦に大津が出場する可能性があるため、と説明されたという。昨年７月の移籍直後はベンチ入りすらままならなかった大津が成長した証ととらえれば喜ばしいことだが、こうした招集拒否のケースは大津だけのケースに収まらない。<br />
　ＦＷ宇佐美貴史（バイエルン・ミュンヘン）、ＦＷ宮市亮（ボルトン）、ＦＷ指宿洋史（セビージャ・アトレチコ）、ＦＷ高木善朗（ユトレヒト）、ＤＦ酒井高徳（シュツットガルト）のロンドン五輪世代の海外組も、今後招集できる可能性は極めて低いと言わざるを得ない。</p>

<p><br />
　すべては五輪のサッカー競技に対する、日本とヨーロッパの「温度差」に起因している。<br />
　Ｗ杯予選に代表される国際試合はＦＩＦＡ（国際サッカー連盟）が定める国際Ａマッチデーに開催され、それぞれの国は公式戦扱いの時は９６時間前から、親善試合扱いの時は４８時間前から代表選手を拘束できる権利を有している。各クラブは招集に応じる義務があるわけだ。<br />
　Ｊ１でも中断期間があるように、国際Ａマッチデーの前後は原則として各国とも国内リーグは行われない。しかし、今回のシリア戦が行われる２月５日を含めて、五輪予選は国際Ａマッチデーを外してスケジュールが組まれている。日本サッカー協会が五輪の価値を海外クラブにいくら力説しようとも、予選の前後に公式戦が行われる以上はクラブの利益が優先される。　</p>

<p><br />
　何よりもヨーロッパには五輪予選なるものが存在しない。これはロンドン五輪に限ったことではなく、２年に一度開催されるＵ‐２１ヨーロッパ選手権が五輪予選を兼ねる形となる。<br />
　今回は昨年６月にデンマークで開催され、優勝したスペイン、準優勝のスイス、３位決定戦でチェコを下した伏兵ベラルーシがロンドン五輪の出場権も獲得。本大会に進めなかったドイツ、オランダ、フランス、イタリアなどは２年以上も前にロンドンへの道を断たれていたことになる。<br />
　もっとも、ロンドン五輪の年齢制限が「１９８９年１月１日以降」なのに対し、件のＵ‐２１ヨーロッパ選手権のそれは「１９８８年１月１日以降」となっている。つまり、スペイン、スイス、ベラルーシの中には、オーバーエイジ枠で選ばれない限りはロンドン五輪に出られない選手も存在してくるわけだ。</p>

<p><br />
　日本サッカー協会は５月２３日から６月２日までフランスで開催されるトゥーロン国際大会に大津、宇佐美、指宿らの海外クラブ所属選手を招集するべく交渉を開始したという。<br />
　日本がロンドン五輪の出場権を獲得することを見越した上で、国内組と一緒にプレーする機会が限られてきた海外組を融合させる最初で最後のチャンスととらえているのだろう。　<br />
　ヨーロッパ各国のリーグは終了しているか、あるいは大詰めを迎えている時期だが、長いシーズンで蓄積した疲れを取り除くオフという事情もあって招集ＯＫが出る保証はない。<br />
　つまり、チームに加われるとしても本番直前。こうなると、年齢制限に関係なく３人までを五輪本大会限定で招集できる、いわゆるオーバーエイジの選手と極めて似た存在となってくる。</p>

<p><br />
　毎回のように人選が話題となるオーバーエイジについて、２０００年のシドニー五輪で日本をベスト８に導いたフィリップ・トルシエ監督から興味深い話を聞いたことがある。<br />
　当時の２３歳以下のメンバーは中田英寿を筆頭に松田直樹、宮本恒靖、柳沢敦、中澤佑二、中村俊輔、稲本潤一、高原直泰とそうそうたる面々が揃っていた。トルシエ氏はそこにＧＫ楢崎正剛、ＤＦ森岡隆三、ＭＦ三浦淳宏をオーバーエイジ枠で招集。史上最強の呼び声もあったチームは、メキシコ五輪以来、実に３２年ぶりとなる決勝トーナメント進出を果たしている。　　<br />
　しかし、トルシエ氏は「オーバーエイジ枠を使ったことは私の誤りだった」と神妙な表情を浮かべた。アテネ五輪を翌年に控えた２００３年１１月にインタビューした時のことだ。</p>

<p><br />
　当時のトルシエ氏はカタール代表を率い、アテネ五輪出場を目指した山本昌邦監督率いるＵ‐２２日本代表と親善試合を行った。日本と韓国で共催された２００２年Ｗ杯を監督とコーチとしてともに戦った盟友の山本氏へのエールを尋ねると、おもむろにオーバーエイジに言及したのだ。<br />
「大会直前にオーバーエイジの３人を加えたことで、サッカーという競技で最も大切となるコンビネーションやチームワークが失われてしまった。私が選んだ３人のオーバーエイジの選手のパフォーマンスそのものが悪かったわけではない。しかし、私は今でも後悔している」<br />
　楢崎は最後尾でチームに安定感を与え、森岡はフラット３を統率。三浦は攻撃の切り札となったが、指揮官の目にはチーム力そのものがアップしたようには映っていなかったことになる。</p>

<p><br />
　トルシエ氏の述懐が総論となるわけではないが、代表チームとしての活動が限られる中で、チーム作りに関しては関塚監督もコンビネーションと選手間の輪を何よりも重視してきた。<br />
　Ｕ‐２２クウェート代表とのロンドン五輪アジア２次予選が行われた昨年６月。アーセナルから期限付き移籍していたフェイエノールトで結果を残した宮市や、１メートル９４の長身ＦＷ指宿を招集できる状況が整えられていたが、指揮官は頑なにゴーサインを出さなかった。<br />
　日本が初優勝した２０１０年１１月の広州アジア大会のメンバーをベースに、関塚監督はチームを手堅く前進させてきた。それだけに、個が突出しているといえども、他の選手とプレーした経験がほとんどない２人を半ばぶっつけ本番で招集することはギャンブルであり、ポリシーに反するものであった。</p>

<p><br />
　政情不安が続くシリアの国内事情が憂慮され、隣国ヨルダンの首都アンマンという中立地での開催となった今回の一戦は、移動時間の短さや時差の少なさといった地理的な事情だけを考えれば、ヨーロッパでプレーする選手たちを招集しやすい状況にはあった。<br />
　しかし、実際に所属チームに招集を打診したのがこのチームでのプレー経験がある大津だけだったという事実が、関塚監督が貫く「チーム作りにサプライズなし」を物語っている。<br />
　宇佐美や宮市、指宿、大津にロンドン五輪世代の出世頭となる香川真司（ドルトムント）、そして国内組の永井謙佑（名古屋グランパス）、清武弘嗣（セレッソ大阪）、原口元気（浦和レッズ）らが絡む「ドリームチーム」も、実際には夢のままで実現しない可能性も決して低くない。</p>

<p><br />
　もちろん、多士済々なタレントがそろった前線の組み合わせをああだこうだと考える前に、オーバーエイジ枠を行使するか、その場合はどのポジションにどんな選手を使うべきかを議論する前に、ロンドン五輪本大会の切符を獲得しなければすべてが砂上の楼閣と化してしまう。　<br />
　勝てばロンドン五輪出場へ王手をかけ、負ければ自力での出場権獲得が消える、まさに天国と地獄を分け隔てる大一番。大津の招集断念に追い打ちをかけるように、攻撃の中心を託される予定だった清武も左ふくらはぎに全治６週間の負傷を追ってチームを離脱した。<br />
　それでも、関塚監督は選手の追加招集を行わない。日本とヨルダンの時差もあるが、それ以上に２０１０年秋のチーム発足時から積み重ねてきたものに絶対の自信を寄せて眼下の敵と対峙する。</p>

<p><br />
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<p><br />
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    <title>確率６７％！ロンドンでなでしこジャパンを待つ「死の組」　　by  藤江直人　　</title>
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    <published>2012-01-30T17:46:27Z</published>
    <updated>2012-02-05T02:32:42Z</updated>

    <summary> ☆☆☆論スポ最新号の購入はこちらをクリックしてください！☆☆☆ 　なでしこジャ...</summary>
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<p><br />
　なでしこジャパンが初優勝を果たした昨年７月の女子Ｗ杯ドイツ大会に続いて世界の頂点を目指す、ロンドン五輪の女子サッカー種目に出場する国々がほぼ出そろった。<br />
　カナダ・バンクーバーで開催されていた北中米カリブ海地域の最終予選が現地時間１月２９日に終了し、決勝戦に進出したアメリカとカナダが出場権を獲得。予選の開催時期そのものが未定のオセアニア大陸を除き、出場する１２か国のうち１１か国までが決まった。<br />
　もっとも、オーストラリアがアジア・サッカー連盟に転籍して以降のオセアニア大陸はニュージーランドの一強状態となっているだけに、予選で番狂わせは起こらないと見ていいだろう。</p>

<p><br />
　ロンドン五輪の女子サッカー種目に出場する国々は、現時点で下記の通りとなっている。<br />
北中米カリブ海［２枠］：アメリカ（５大会連続５度目）、カナダ（２大会連続２度目）<br />
ヨーロッパ［２枠］　　　：スウェーデン（５大会連続５度目）、フランス（初出場）<br />
南米［２枠］　　　　　　 ：ブラジル（５大会連続５度目）、コロンビア（初出場）<br />
アジア［２枠］　　　　 　：日本（３大会連続４度目）、北朝鮮（２大会連続２度目）<br />
アフリカ［２枠］　　　　 ：南アフリカ共和国（初出場）、カメルーン（初出場）<br />
開催国　　　　　　　　　：イギリス（初出場）</p>

<p><br />
　予選の実施方法は各大陸によって異なり、たとえばヨーロッパの場合は昨夏の女子Ｗ杯における上位２か国が自動的にロンドン五輪の出場国となる仕組みになっていた。<br />
　結果としてベスト４に進んだスウェーデンとフランスが出場権を獲得した一方で、昨年１２月２３日に更新された最新の世界ランキングでアメリカに次ぐ２位につけている大国ドイツは、女子サッカーが正式種目になって５大会目で初めて五輪の舞台に立つことができない。<br />
　理由はもうお分かりだろう。女子Ｗ杯の準々決勝で延長戦の末になでしこジャパンに０対１で屈し、Ｗ杯３連覇の夢を断たれた衝撃の余波は五輪の勢力図をも塗り替えたことになる。</p>

<p><br />
　それでは、注目の組み合わせはどうなるのか。女子サッカーは参加国がまず４か国ずつ３つのグループに分かれてグループリーグを行い、各上位２位までの６か国と３位の３か国のうち成績のいい２か国の計８チームが、ノックアウト方式で争われる決勝トーナメントに進出する　　<br />
　なでしこジャパンを率いる佐々木則夫監督は、かねてからこう語っていた。<br />
「オリンピックの出場国はＷ杯よりも４つも少ない。ここが大変なんですよ」<br />
　各大陸で実力の劣る国は必然的に予選でふるい落とされ、本大会はまさに群雄割拠の状態となる。いわゆる「死の組」に入ってしまう確率は３分の２、実に６７パーセントとなる。</p>

<p><br />
　開催国のイギリスを含めたヨーロッパ勢はグループリーグでは同じ組にならないので、３つのグループに１か国ずつが振り分けられる。アテネ、北京と２大会連続で金メダルを獲得しているアメリカ、２大会連続で銀メダルに甘んじてきたブラジルも同様に同じ組にはならないだろう。<br />
　つまり、ヨーロッパ勢とアメリカ、ヨーロッパ勢とブラジルという組み合わせが必ず生まれることになる。どちらかの組に日本が入れば、グループリーグから大一番が連続することになる。<br />
　ロンドン五輪では、最新の世界ランキングの上位１０傑のうち８か国が集結する。下馬評を覆して初出場を決めた同２８位のコロンビアも、決して侮れない相手となるだろう。</p>

<p><br />
　注目の組み合わせ抽選会は４月２４日にロンドンで行われる。北京五輪に続いて出席を予定している佐々木監督は、五輪切符を獲得した直後から楽な戦いにならないことを覚悟していた。<br />
「上手く真ん中にスッと入ればいいんですけどね(笑)。もし一緒になったとしても（グループリーグを）クリアしていけるだけの準備を、これからしていきたいと思っています」<br />
　真ん中とは、すなわちアメリカかブラジルが入らない組に他ならない。最新の世界ランキングでブラジルを抜き、史上最高位となる３位に浮上したなでしこジャパンはアメリカとブラジルと同格にランクされて然るべき存在だが、現時点で抽選方式に関する詳細は未定のままだ。</p>

<p><br />
　いずれにしても、グループリーグにおいてヨーロッパ勢との対決が最初のヤマ場となる。<br />
　開催国のイギリスはイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの４協会の統一チームで臨むことが決まっている。中心を占める世界ランキング８位のイングランドは、昨夏の女子Ｗ杯のグループリーグ最終戦でなでしこジャパンに２対０と快勝している。<br />
　決勝トーナメント１回戦でそのイングランドをＰＫ戦の末に下し、準決勝では残り１０分までアメリカと１対１と互角の戦い演じたフランスは、五輪初出場ながら佐々木監督も「非常にスピードがあった」と警戒心を強めている。世界ランキングは６位、スウェーデンは５位だ。<br />
　</p>

<p>　なでしこジャパンのＭＦ澤穂希が受賞したバロンドールを、昨年まで５シーズン連続で受賞していた絶対的エース、ＦＷマルタを擁するブラジルも然り。もっとも、どの段階で対戦するにせよ、なでしこジャパンの悲願達成のための最大の敵になるのはアメリカとなる。<br />
　北中米カリブ海地域の最終予選では、文字通り格の違いを見せ付けた。ドミニカ共和国、グアテマラ、女子Ｗ杯にも出場したメキシコと対戦したグループリーグを、それぞれ１４対０、１３対０、４対０と圧倒的な実力差で１位通過。準決勝でコスタリカを３対０で一蹴して出場権を獲得すると、カナダとの決勝戦でも４対０で快勝して無失点での１位突破を勝ち取った。</p>

<p><br />
　カナダにしても２０１５年に自国での初開催が決まっている次回の女子Ｗ杯へ向けて強化に余念がなく、世界ランキングでも７位にまで上昇している。決して弱くはないはずだが、不動のエースであるＦＷアビー・ワンバックの２ゴールで戦意を奪われ、その快足で何度もなでしこジャパンを苦しめたＦＷアレックス・モーガンに２ゴールを追加されてトドメをさされた。<br />
　昨年７月１８日に行われた女子Ｗ杯決勝。ＰＫ戦の末に通算２５度目の対戦にして初めてアメリカを破って日本中を感動させた一戦は、しかし、日本サッカー協会の女子委員長を務める上田栄治氏の目には「内容的には３対７で圧倒されていた」と映っていた。　</p>

<p><br />
　なでしこジャパンを率いて２００４年のアテネ五輪に出場し、ベスト８にまで導いている上田女子委員長は至福の喜びに浸ると同時に大いなる危機感をも覚えていたという。<br />
　Ｗ杯制覇の余韻が残る昨年８月。上田女子委員長はその後の強化指針をこう語っていた。<br />
「なでしこジャパンが優勝できた要因はテクニックとコレクティブとなるが、今後、体格や体力に恵まれた国によりテクニカルに、よりスピーディーに、よりコレクティブに戦われたら、なでしこジャパンとしては戦いづらくなる。世界の女子サッカーはそういう方向性になるはずだし、実際、アメリカにしても組織的にプレーするという部分でかなり変わってきていた」</p>

<p><br />
　挑戦する側からされる側へ、研究され尽くされる側へと立場が変わる。長くフィジカル勝負が重視されてきた世界の女子サッカー界に一石を投じるほどの衝撃を与えたＷ杯制覇だったからこそ、世界の列強国によるなでしこジャパン包囲網も厳しさを増してくる。<br />
「我々としてはコレクティブな相手を打ち破るような、もっと強い個を育てないといけない」<br />
　上田女子委員長がなでしこジャパンのさらなる進化を唱えれば、佐々木監督もこう続いた。<br />
「北京大会で４位になってから、五輪の舞台で一番輝くメダルを獲得することが彼女たちの目標になった。そのためにも、なでしこジャパンのレベルをもうワンランク上げていきたい」</p>

<p><br />
　五輪イヤーの始動は２月１０日に決まった。「日本代表候補合宿　ｉｎ　和歌山」と銘打たれた４日間のキャンプに、海外組と故障明けのリハビリ中のＤＦ岩清水梓、丸山桂里奈、岩淵真奈の両ＦＷを除くなでしこジャパンの１４人、なでしこジャパンの予備軍となるなでしこチャレンジの１８人、Ｕ‐２０およびＵ‐１７の代表候補をそれぞれ２２人、総勢７６人を招集した。<br />
　北京五輪直後の２００８年秋以来となる、全世代が一堂に会する壮大なキャンプ。当時は不動のキャプテンを務める澤の「みんなで一緒に世界一になろう」の合言葉に全員が夢を共有。同じピッチの上で、なでしこジャパンのコンセプトに対しても共通理解を深めた。</p>

<p><br />
　今回は五輪前に実施する意図を、日本サッカー協会広報部を通じて佐々木監督が説明する。<br />
「将来なでしこジャパンを支えていく若手選手を含めて、まずはロンドンオリンピックへの意識を高めながら全員がトップを目指してほしい」<br />
　組織をより活性化させ、さらに前進させていくためには、新戦力の台頭による競争原理の導入が不可欠となる。澤を筆頭とするレギュラー陣はほぼ不動のなでしこジャパンだが、一転してサブ組となると残念ながら見劣りするプレーを演じてしまうことは、昨秋に中国で行われたロンドン五輪アジア最終予選におけるタイ戦、中国戦での思わぬ苦戦が如実に証明している。　</p>

<p><br />
　ロンドン五輪の登録メンバーは昨夏の女子Ｗ杯より３人少ない１８人。ただでさえ激しくなるロンドンへのサバイバルに、佐々木監督は既存の垣根を取り払ったオープンな方針で臨むことを明言した。<br />
「オリンピックメンバーに入るためのそれぞれの競争もありますが、『金メダル獲得』という高い目標に向かって、スタッフ・選手とともにいいスタートを切りたいと考えています」<br />
　待ち受ける包囲網を策を弄することなく正面突破し、さらに進化することで「死の組」のプレッシャーをはねのけ、８月９日に９万人収容の聖地ウェンブリー・スタジアムで行われる決勝戦で悲願の五輪の金メダルを掲げるために。なでしこジャパンの新たなる戦いが始まろうとしている。</p>

<p><br />
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<p><br />
</p>]]>
        
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    <title>追悼のピッチから発信された松田直樹さんの熱き魂（２）　　by  藤江直人</title>
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    <published>2012-01-23T08:30:12Z</published>
    <updated>2012-01-23T08:53:22Z</updated>

    <summary> ☆☆☆論スポ最新号の購入はこちらをクリックしてください！☆☆☆ 　 （１）から...</summary>
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<p>　<br />
<u><strong>（１）から続く</strong></u></p>

<p>　<br />
　Ｊリーグ史上で最大のやんちゃ坊主。自らをこう呼んではばからなかった松田さんを偲ぶように、終了後の取材エリアとなるミックスゾーンでは故人への思い出話が絶えなかった。<br />
　松田さんがプロ入りした１９９５年当時のマリノスおよび日本代表の大黒柱だった井原正巳さん（柏レイソルヘッドコーチ）は、オフにまつわるエピソードを明かしてくれた。<br />
　マリノスは１９９５年のファーストステージを制し、宿敵だったヴェルディ川崎（現東京ヴェルディ）との決戦を制して初の年間チャンピオンの座を獲得。チームから与えられた４０日間のオフが明けて、始動のために集合した松田さんの体型を見て井原さんは呆然としたという。<br />
「ホントにブクブクでね。安永と２人で、何もやっていなかったと言っていましたから」</p>

<p><br />
　生前の松田さんも、当時の振る舞いを「プロとして失格」と深く反省していた。<br />
「オフはオフでしょう、みたいな感じでね。３５日間くらい遊びまくって、残りの５日もただテニスをやるくらいで。それで筋肉が落ちて脂肪が増えて。あれは酷かったですね。腹はメタボですよ。練習にしても、いかに開始時間ぎりぎりに来るかが勝負でしたから。最低ですよね」<br />
　エピソードには続編がある。ちょうど１年後のことだ。井原さんが続ける。<br />
「今年は走ってきましたと。箱根駅伝を見て感動して、必死に走ってきましたと。そうしたら、足を疲労骨折していた(笑)。固いアスファルトの上を一生懸命走ったんでしょうね。アイツらしいといえば、アイツらしい。マツは本当にスケールの大きな選手だった」</p>

<p><br />
　井原さんは、自他ともに認める負けず嫌いだった松田さんの最初の標的にもされた。入団当初から松田さんは１０歳年上の井原さんに対して「追い抜きます」とまったく臆することなく挑戦状を叩きつけ、周囲をヒヤヒヤさせている。松田さんはその意図をこう語っていた。　<br />
「高校生の時から井原さんは尊敬する存在でしたし、今でもそうなんですけど、プロになった以上は同じ立場だし、年齢は関係ないと思っていたので。何が他の人より優れた才能かと聞かれたら、小さな頃から負けず嫌いというところでは絶対に負けない、とずっと思ってきたので」<br />
　１９９９年のオフに突然の戦力外通告を受けて、ジュビロ磐田に移籍した井原さんは「マリノスでもいつの間にか僕を追い越していった」と懐かしそうに振り返っていた。</p>

<p><br />
　フィリップ・トルシエ監督のもと、フラット３と呼ばれた最終ラインで何度も戦いをともにした宮本恒靖さんは、松田さんの２度にわたる日本代表離脱を目の当たりにしている。<br />
　最初は１９９９年９月。シドニー五輪出場を目指したＵ‐２２代表が遠征した韓国から突然帰国した。次は２００５年３月。ジーコ監督のもと、Ｗ杯ドイツ大会出場をかけて戦っていたバーレーンとのアジア最終予選でベンチ外を告げられた松田さんはそのまま帰宅してしまった。<br />
「韓国の時は話し合ったと聞いていますけど、ジーコの時は試合が終わったらいなかった」<br />
　理由は単純明快。試合で起用されないことに対して納得がいかず、ならばマリノスに帰ると。一回目の時は井原さんも「代表はそういう場所じゃないだろう」と叱責したという。</p>

<p><br />
　２度目の離脱の際はジーコ監督の逆鱗に触れ、２００６年のＷ杯ドイツ大会を含めて、同監督の在任期間中は二度と日本代表に招集されなかった遠因にもなっている。<br />
　長く日本代表の中盤を担った名波浩さんをして「１対１の強さはずば抜けていた。こういうヤツが世界に出ていくと思った。レジェンドな存在」と言わしめる稀有な才能を持ちながら、代表キャップ数が４０で留まったままとなっていることに、しかし、松田さんは反省はしても決して後悔はしていなかった。<br />
　宮本さんは故人の真意を汲み取りながら、後輩たちへのメッセージに変えている。<br />
「自分たちで考えて行動することを大切にしてほしい。指示を待つのではなく、自分たちから動いてほしい。発言や行動には責任が生まれるし、マツもそういう選手だったと思う」</p>

<p><br />
　思いの丈をストレートに伝える。それが原因でどんな確執が生まれようと、その後の自らの行動で責任を取る。熱い生き様を貫いた松田さんは、実は現状に首を傾げてもいた。<br />
「実際のところオレが責任を取れたかどうか分からないですけど、オレは自分で言ってきたことに何でも責任を取るつもりでしたから。悪さというか、いまの若いヤツは自分で責任が取れないからやんちゃもできないと思うんですよ。とりあえず影に隠れて淡々とこなしていけばいい、というのはすごく感じるんですよね。それが今まの若いヤツの生き方と言われればオレは何とも言えないですけど、オレは淡々とするのが大嫌いですから。せっかくサッカーをやるんだから淡々としているよりは何かしたい、暴れるのならばサッカーで暴れたいと思っています」<br />
　今となっては、松田さんが後輩たちに託した最後のメッセージに聞こえてならない。</p>

<p><br />
　日本代表の中で特異な立ち位置を築いていた中田英寿さんに対しても、松田さんは何ら遠慮することなく本音をぶつけた。中田さんは試合後に独特の表現で故人を偲んでいる。<br />
「１４歳で出会ってから最後まで彼との関係、距離感は変わらなかった。彼ははっきりとモノを言う性格だし、表裏のない人間だった。それが僕にとっては心地よかった」<br />
　成長するために松田さんと一緒にプレーすることを望み、２００２年に東京ヴェルディからマリノスに移籍。ドイツ、南アフリカと２度のＷ杯のピッチに立ったＤＦ中澤佑二もこう続けた。<br />
「マツさんは誰彼かまわず直球勝負の人だった。直球で投げてくるし、直球で返しても大丈夫な器の大きな人だった。やんちゃの印象もあるけど、それはサッカーへの強い思いがあるから」</p>

<p><br />
　誰もが松田さんの生き様に共感し、その熱さに魂を刺激されたからこそ総勢８６人もの現役ＪリーガーやＯＢが集い、震えるような寒さの中で４万人を超えるファンが駆けつけたのだろう。　<br />
　追悼メモリアルゲームの開催に対して、安永さんは「サッカーを通じて直樹の精神を感じてくれたらうれしい」と趣旨を謳っていた。決してセンチメンタルなセレモニーにするのではない。志半ばで旅立った故人の思いを次の世代に受け継がせたい。安永さんが力を込める。<br />
「素直に思いを伝えるのは、誰でも恥ずかしいし、躊躇すると思うけど、やっぱり伝えることは必要なんです。直樹の場合は思いの伝え方、伝える相手、伝える場所が間違っていることが多かったけど、あの素直さは正直、うらやましいと思った。オレには言えませんからね(笑)」</p>

<p><br />
　今になって安永さんが後悔していることがひとつだけある。　<br />
「直樹からは何度も『オレはヤスと一緒にいる時が一番楽しい』と言われているんですけど、実はオレは言っていないんですよ。一度でいいから言ってあげればよかった」<br />
　言おうとしても、面と向かうと照れがあった。追悼メモリアルゲームの開催に安永さんを突き動かしたのも、松田さんと一緒にいることの楽しさを伝えたかったからかもしれない。だからこそ、故人の熱き思いを伝えるためにも一度だけのイベントで終わらせるつもりはない。<br />
　８月４日の松田さんの一周忌の前後で、会場を長野県松本市内に移して同様のメモリアルゲームを開催する構想が、現在、松本山雅ＦＣの大月弘士社長との間で話し合われている。</p>

<p><br />
　安永さんはミックスゾーンで何度も「キズナ」という言葉を口にした。<br />
「発起人といっても、オレは何もやっていない。みんなの協力があったからこそ。キズナを感じられた最高の一日でした。直樹ならどうするかを考えながら、これからもやっていきたい」　<br />
　サッカーというスポーツがもつ「チカラ」をもあらためて実感させられた２０１２年１月２２日。サッカーを一途に、不器用に、愚直に愛し続けた松田さんの遺志をここに再現したい。<br />
「サッカーって世界を動かせると思っているから。それくらいサッカーはすごいスポーツというのをホントにみんなに伝えたい。ホントに面白いんだと。好き、好き、ホントに好きですね」<br />
　取材ノートから松田さんの言葉を捜しながら、ゆずの『逢いたい』の一節に再び目頭が熱くなる。<br />
　<strong>泣いたり　笑ったり　共に歩んだ　足跡　永遠（とわ）に　消えはしないさ</strong></p>

<p><br />
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<p><br />
</p>]]>
        
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    <title>追悼のピッチから発信された松田直樹さんの熱き魂（１）　　by  藤江直人</title>
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    <published>2012-01-23T08:03:18Z</published>
    <updated>2012-01-23T08:58:37Z</updated>

    <summary> ☆☆☆論スポ最新号の購入はこちらをクリックしてください！☆☆☆ 　無二の親友の...</summary>
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<p><br />
　無二の親友のトレードマークだった背番号３のシルエットが鮮やかに刈り込まれた日産スタジアムのピッチの中央で、安永聡太郎さんは必死に涙をこらえていた。<br />
　<strong>もしも願いが叶うのなら　どんな願いを叶えますか？</strong><br />
　<strong>僕は迷わず答えるだろう　もう一度あなたに逢いたい</strong><br />
　昨年８月２日に急性心筋梗塞で倒れ、その２日後に３４歳の若さで帰らぬ人となった松田直樹さんを追悼するメモリアルゲーム。２０１０年シーズンまで１６年間在籍した横浜Ｆ・マリノスＯＢと、昨シーズンの途中までプレーした松本山雅ＦＣ（当時ＪＦＬ）が３０分一本勝負で対決する第１試合が終わり、特別ゲストである人気男性フォークデュオ、ゆずによる一曲限定のライブが演奏されていた。</p>

<p><br />
　雑誌の対談取材などを通じて生前の松田さんと親交があったというゆずの２人は、安永さんを実行委員長とする大会事務局からの出演依頼を快諾。数多くのヒット曲の中から、天国の松田さんに捧げるという想いを込めて２００９年４月に発売された『逢いたい』を熱唱していた。<br />
　<strong>逢いたい　逢いたい　忘れはしない　あなたは今も心（ここ）にいるから</strong><br />
　<strong>ありがとう　ありがとう　伝えきれない　想いよ　どうか　届いてほしい</strong><br />
　２人の歌声を聴きながら思わず涙をぬぐう松田さんの母親の正恵さん、姉の真紀さんの姿が大型ビジョンに映し出される。無数の思い出が走馬灯のように脳裏を駆け巡っている中で、安永さんはサッカーというスポーツが持つ「チカラ」を感じずにはいられなかったという。</p>

<p><br />
　日本サッカー史上でも初めてとなる、故人を偲ぶ追悼メモリアルゲームの開催が発表されたのが昨年１１月２０日。松田さんと同じ１９９５年に横浜マリノス（当時）に加入し、以来、公私にわたって深い親交があった安永さんは発起人を務めながら一抹の不安を感じていたという。　<br />
「まず本人がいないという点で、引退試合とは違いますよね。直樹の思いをみんなに分かってもらえるのか、という不安はありましたし、１週間前の時点で来場者が４万人を超すとは思ってもいませんでした。それでも、現役組は（オフで）難しい時期なのにこれだけの数の選手が参加してくれたし、ＯＢの方々もスケジュールを調整して駆けつけてくれた。（ゆずの２人も）快く引き受けてくれました。サッカーってすごいな、仲間って素晴らしいな、直樹ってすげえな、とあらためて感じました」</p>

<p><br />
　午前中から冷たい雨が降っていたにもかかわらず、スタンドには４万４７５人ものファンが駆けつけた。４４歳のカズ（横浜ＦＣ）を最年長として集結した選手および元選手はマリノスＯＢ、松本山雅ＦＣ、そして日本代表でともに戦ったＮａｏｋｉ　Ｆｒｉｅｎｄｓの３チームで総勢８６人を数えた。<br />
　来たる新シーズンへ向けて始動したばかりで、決して万全なコンディションではない現役組はそのうちで５４人を占めている。第一試合のキックオフ直前。マリノスＯＢのキャプテンを務めた安永さんは、無茶をしないという条件を添えた上で、あえて真剣勝負を訴えている。<br />
「直樹はサッカーを楽しんだのではなく、勝つことを楽しんでいた。その手段としてあの熱いプレーがあった。そこに共感してくれたからこそ、これだけの数の人々が集まったと思っているので」</p>

<p><br />
　試合はバスケットボール同様にフリー交代制で行われた。マリノスＯＢの監督を務めた水沼貴史さんは「もう一回出たい、と希望してくる選手が後を絶たなかった」と２試合を振り返りながら、チームに対してひとつだけ注文を出したことを苦笑いとともに明かしている。<br />
「マツのことを思うのはいいけど、わがままなプレーだけはやめてくれよと言いました」<br />
　思いはＮａｏｋｉ　Ｆｒｉｅｎｄｓにも伝わっていた。２００２年のＷ杯日韓共催大会でともに最終ラインを守り、ベスト１６進出に貢献した宮本恒靖さんは感慨深げに振り返る。<br />
「マツはプレーで、気持ちで伝えることのできる選手。そういう選手はそう多くない。本当にたくさんの人から愛された選手だから、今日のようなメモリアルゲームが実現したんだと思う」</p>

<p><br />
　だからこそ、２００５年シーズンを最後に現役を退き、指導者およびテレビの解説者として活躍してきた安永さん自身も、短時間でいいからまともに動ける体をつくっておきたかった。しかし、気持ちが体を追い越してしまったのか。１月１０日の自主練習で左足に激痛が走ってしまう。<br />
「調子こいて坂道ダッシュとかをやっていたら、左の太ももの裏を肉離れしちゃって。５分でも１０分でもいいから試合に出たいので、痛み止めの薬を飲んだんですけど、一本目の松本山雅との試合でまたピリッときちゃってね。あとはごまかしながらやっていました(笑)」<br />
　ゆずのライブに続いて４５分ハーフで行われた、マリノスＯＢとＮａｏｋｉ　Ｆｒｉｅｎｄｓの第２試合。０対０で迎えた前半１５分すぎに、安永さんは松田さんを身近に「感じた」という。</p>

<p><br />
　折りしもそれまでの曇天の合間から、カクテル光線とは別の光が差し込んできていた。<br />
「太陽を見上げながら、お前、やっと顔を出したかと思った直後でしたからね」<br />
　城彰二さんからの以心伝心のヒールパスが安永さんに通る。またとないチャンス。しかし、肉離れの影響もあって軸となって踏ん張るべき左足に力が入らない。次の瞬間、絶妙の力加減から放たれたシュートはループ気味になって都築龍太さんが守るゴールのネットを揺らした。<br />
「左足が万全だったら力んでふかしていた。オレ自身も（現役時代に）打ったことのない素晴らしいシュート。これって直樹の悪戯でしょう(笑)。アイツ、間違いなく降りてきていましたね」<br />
　１対０の完封勝利を導く芸術的な一撃に、安永さんは苦笑いを隠せなかった。</p>

<p><br />
　前橋育英高と清水商業高という名門校で活躍し、年代別の日本代表にも選出されていた松田さんと安永さんは、そろって鳴り物入りで入団したマリノスですぐに意気投合した。<br />
　昨年８月８日に実家のある群馬県桐生市で営まれた松田さんの葬儀・告別式。「迷惑ばかりかけられたが、どうしても憎めないやつだった」と涙ながらに安永さんが読み上げた弔辞に込められた思いは今も色褪せない。安永さんは故人を「宝物」と呼んではばからない。<br />
「ホントにいろいろ経験した。一緒にバカなことばかりして、何度もケンカして。直樹が勝手にオレのことを無視してきた時は、本当に嫌いになってやろうと思ったんですけどね(笑)」<br />
　松田さんからは「お前と一緒にいる時が最高だよ」という言葉を何度も聞いたという。</p>

<p><br />
　生前の松田さんに取材した時に、仰天もののエピソードを聞いたことがある。<br />
「１年目なんて試合の前夜にお菓子を買えるのが嬉しくてね。お金はあったから、ホテル入りしてからコンビニに行って、甘いものばかり選んで。食生活なんて酷かったですから。サブと分かった時は、ヤスと２人でロッカーに隠れてお菓子を食べていましたからね。他のみんなが試合前のアップをしている時にボリボリと。今そんな若手がいたら、オレがぶっ飛ばしますけどね」<br />
　ヤスとはもちろん安永さんのこと。試合後にその話をぶつけてみると、「そうそう。アスカルゴルタ監督に見つかってすごく怒られちゃってね」と懐かしそうに笑い飛ばした。スペイン人のハビエル・アスカルゴルタ監督が指揮を執っていた１９９７年シーズンの逸話だろう。</p>

<p><br />
　松田さんは取材の中で安永さん、安永さんと高校の同期で２００３年から２シーズン、マリノスでともにプレーし、大会副実行委員長を務めたＭＦ佐藤由紀彦（現Ｖ・ファーレン長崎）の名前を何度も挙げながら「２人は一生の親友。最後は一緒のチームでやりたい」と笑顔で夢を語ってもいた。<br />
　メモリアルゲーム終了後に行われたセレモニー。実行委員長として事前に考えていたであろう挨拶文を読み上げていた安永さんは、マイクに原因不明のノイズが連続して入るハプニングに「堅いのはやめます」と宣言してからこう続けた。まるで松田さんの存在を感じているかのように。<br />
「（ノイズは）直樹の悪戯です。こういうヤツなんです。でも、そんな松田直樹は最高でした」<br />
　ゆずのライブに続いてファンの涙腺が再び緩む。スタンドからは「ナオキコール」が連呼されていた。</p>

<p><br />
<u><strong>（２）へと続く</strong></u></p>

<p><br />
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    <title>約束のゴールから幕を開けた澤穂希のバロンドール伝説　　by  藤江直人</title>
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    <published>2012-01-14T05:54:17Z</published>
    <updated>2012-01-14T06:29:27Z</updated>

    <summary> ☆☆☆論スポ最新号の購入はこちらをクリックしてください！☆☆☆ 　東京都下は多...</summary>
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<p><br />
　東京都下は多摩丘陵の南部に広がるよみうりランド。その一角にあるヴェルディ川崎（現東京ヴェルディ）の練習場で初めて出会ってから、すでに１７年近くもの歳月が流れている。<br />
　読売西友ベレーザだけでなく日本女子代表チームでも不動のエースとして君臨していた高校３年生と、育成組織であるメニーナに加入したばかりの中学１年生。澤穂希と大野忍の間に芽生えた絆は、その後に日テレ・ベレーザ、なでしこジャパン、そして１年前にそろって移籍したＩＮＡＣ神戸レオネッサで共有する時間が長くなるほどに固さと深さを増してきたのだろう。<br />
　ヨーロッパ時間の２０１２年１月９日。スイス最大の都市チューリヒに滞在していた澤の携帯電話に届いた大野からのメールには、タイトルからして畏敬の念が込められていた。</p>

<p><br />
　日本時間１月１０日の午前３時から幕を開けたＦＩＦＡ（国際サッカー連盟）の年間表彰式。澤は日本人だけでなくアジア勢としても初めてとなる女子最優秀選手賞を受賞していた。<br />
　尊敬してやまない澤が、日本サッカー界の歴史に未来永劫に燦然と輝く１ページを刻んだ。深夜だろうが眠かろうが、偉業達成に大野はいてもたってもいられなかったのだろう。<br />
「たくさんのメールをいただいた中で、（大野）忍と近賀（ゆかり）はすぐにメールを送ってくれたんですけど、忍のメールは『澤・バロンドール・穂希』というタイトルでした(笑)。感謝しています、という返事は送りましたけど、忍をはじめとする信頼できる最高の仲間がいたからこそとれた賞なので。今月末にはチームが始動するので、その時にはみんなにお礼をいいたいですね」</p>

<p><br />
　アメリカ代表の絶対的なエース、アビー・ワンバックと５年連続で受賞していたブラジル代表の至宝マルタを抑えての受賞。なでしこジャパンが初優勝を果たした昨夏の女子Ｗ杯でキャプテンとしてチームをけん引し、ボランチながら５ゴールを挙げて得点王を獲得。文句なしのＭＶＰに輝いた金字塔を振り返れば必然的な選出だが、澤自身は最後までピンとこなかったという。<br />
「自分の名前が呼ばれた時には頭が真っ白で。何だか分からなかったんですけど、やっと実感がわいてきました。自分の個人的な賞ですけど、アジアでも初めてですし、日本女子サッカーにとっても非常に意味のあることだと思っています。メッシ選手も最高の仲間がいての受賞。私もたくさんの方々が支えてくれました。感謝という気持ちがこみ上げてきました」</p>

<p><br />
　年が明けても変わらないフィーバーとまばゆい輝きにかき消されがちだが、決して見逃してはいけない、なでしこジャパンの「ターニング・ポイント」と呼ぶべき試合がある。<br />
　男子のＷ杯南アフリカ大会の開幕を直前に控えた２０１０年５月３０日。中国・成都で行われていたＡＦＣ女子アジアカップで、なでしこジャパンは大一番に臨もうととしていた。<br />
　１次リーグでミャンマー、タイ、北朝鮮に３連勝したなでしこジャパンは、５月２７日の準決勝でフィジカルの強さを前面に押し出してきたオーストラリアの前に０対１と苦杯をなめてしまう。この大会は翌年にドイツで開催される女子Ｗ杯のアジア予選を兼ねていた。アジアの出場枠は３。つまり、３位決定戦で負けていたら、その後のすべての歴史が変わっていたことになる。</p>

<p><br />
　３位決定戦の相手は中国。２００８年の北京五輪で下したとはいえ、１９９９年にアメリカで開催された女子Ｗ杯では準優勝を果たしている。決して侮ることのできないアジアの盟主との激突を翌日に控えた５月２９日。ホテルで同部屋だった澤から告げられた言葉を、大野は鮮明に覚えている。<br />
「忍がＷ杯に行けるためにも絶対に３位になるから、と穂希ちゃんは言ってくれたんです。絶対にゴールを決めるからね、とも。ホント、やばいくらいに超カッコよかったですよ」<br />
　ツートップの一角としてレギュラーの座を手中に収めていた大野は、ミャンマーとの初戦で右太ももの裏に激痛を訴えてしまう。後半２０分にたまらず退場し、急行した同市内の病院で肉離れと診断される。初体験の大けがで、タイとの２戦目以降をすべて欠場することを余儀なくされた。</p>

<p><br />
　果たして、運命の３位決定戦はなでしこジャパンの１点リードで迎えた後半１７分に事実上の決着がつく。中国の戦意を完全に喪失させるダメ押しゴールを奪ったのは澤。往年の名ストライカー、釜本邦茂氏に並ぶ国際Ａマッチ史上で日本歴代最多となる通算７５得点目だった。<br />
「しかも、そのゴールをウチに捧げると言ってくれたんですよ(笑)。有言実行ですよね」<br />
　中国戦を前に、澤は「忍のユニホームを１枚貸して」と大野にリクエストしている。５月末ながら非常に蒸し暑かったという成都のピッチで、自身のユニホームの下に重ねて着るためだ。<br />
「通常は不要なユニホームを（日本協会に）返すんですけど、穂希ちゃんから『絶対に返さないでね』と言われて。何でかな、と思っていたら......チョー嬉しかったですよ」</p>

<p>　<br />
　大野への取材で澤との絆を含めた逸話を聞いたのは、ＡＦＣ女子アジアカップの直後。先見の明がない筆者はアジア３位というギリギリで出場権を獲得した翌年の女子Ｗ杯ではなく、４位に終わった北京五輪からのリベンジとなるロンドン五輪でのメダル獲りへの決意を聞いている。<br />
　澤は２０１２年には３４歳になりますが、という質問に大野は力を込めて即答した。<br />
「もちろんやらせますよ。ウチがひっぱたいてでも絶対にやらせますよ(笑)」<br />
　もっとも、そうした荒療治に打って出るまでもなかったことは、中国戦での「約束のゴール」から続く澤の軌跡を見れば一目瞭然だ。国際Ａマッチ出場数は１７６、同ゴール数は８０と日本人では男女を通じて未踏の地を歩み、夢にまで見てきたＷ杯トロフィーを掲げても、サッカーへの情熱は決して衰えない。それどころか、バロンドールに輝いてもなお進取の精神に満ち溢れている。</p>

<p><br />
　新天地のＩＮＡＣ神戸レオネッサにおいて、澤は初体験のワンボランチを託された。バルセロナに憧れる星川敬監督をして、「澤がいなければ成り立たない」と公言させる４‐３‐３のスタイル。逆三角形となる中盤の底辺を一人で担う役割が、時間とともに楽しくなる。<br />
　豊富な運動量。ピンチの芽を未然に摘み取る察知力。中盤の深い位置からの展開力。そして、機を見るに敏な攻撃参加。長く一緒にプレーしてきた大野にとっても衝撃的な姿だった。<br />
「女子サッカー界全体を見渡しても、ワンボランチができるのは穂希ちゃんしかいませんよ」<br />
　もっとも、澤自身はリーグ戦で４ゴールに終わったことと、Ｗ杯以降の未曾有のフィーバーの中で心身に蓄積した疲労の影響で思うように体が動かなかった後半戦が悔しくて仕方ない。</p>

<p><br />
　今年元日の全日本女子選手権決勝でアルビレックス新潟レディースを３対０で一蹴。なでしこリーグとの二冠をシーズン無敗で達成した直後には、早くも新たな目標を掲げている。<br />
「やっぱりワンボランチなので、チームのバランスを考えて守備的になりがちで(笑)」<br />
　中盤の逆三角形を形成することが多かった南山千明、韓国代表のキャプテン池笑然とのコンビネーションが未成熟だった点を挙げた上で「誰がアンカーの位置にきてもいいように連携の質を上げて、その上でもっと、もっと攻撃というか得点に絡みたい」と貪欲に誓った。<br />
　ＩＮＡＣ神戸レオネッサの始動はバルセロナキャンプに出発する今月３０日の直前。星川監督によれば、やや長めのオフは「澤のたっての希望」という。心身の充電にもぬかりはない。</p>

<p><br />
　いわば「新たな澤穂希」への進化の過程で得たバロンドールの称号。１１日に都内で行われた凱旋帰国会見の席で「（受賞で）何も変わらない」と強調したのもうなずける。<br />
「いい年の始めになりましたけど、なでしこジャパンとしてロンドン五輪でも頂点を目指す目標は変わりません。このような賞をもらって、たくさんの子供たちに夢を持ってもらえればいいなと思います。日本人でも、と言ったらあれですけど、不可能はないということを証明できた。この賞に恥じることなく、これを糧にさらに精進できるように頑張っていきたい」<br />
　これまで何度も頼もしく、眩しい澤の背中に魅せられてきた大野は「あの年齢でさらに成長しようとしている。ホントにすごいこと。ますます尊敬しちゃう」と話したことがある。</p>

<p><br />
　７月２５日にはロンドン五輪の女子サッカー競技が幕を開ける。チャレンジャーから挑まれる女王へと立場は変わるが、澤は取り巻く状況の変化がすべてプラスになると信じて疑わない。<br />
「お互いに成長することも考えられるし、今後は追われる立場としてのプレッシャーもあるかもしれないですけど、自分たちがやりたいサッカーを貫き通せばやれるかなと思っています」<br />
　ＩＮＡＣ神戸レオネッサの一員として語った２０１２年への抱負は、そのままなでしこジャパンの抱負にも置き換えることができる。飽くなきモチベーションの源は、体格や体力で優位に立たれる男児に混じりながらサッカーを始めた幼少時代から何ら変わらない「原点」にある。<br />
「負けたくない、という気持ちはずっとあった。疲れていようが、絶対にそういう目標を達成してやるという強い気持ちで去年もやってきましたからモチベーションも保てたと思う」</p>

<p><br />
　１９９３年１２月のフィリピン戦で１５歳３か月にして初めて日の丸を背負い、４ゴールを叩き込む派手なデビューを飾ってから１８年。ストライカーからトップ下、そしてボランチとプレーの幅を広げながら伝説を打ち立ててきた澤は、この先のサッカー人生でどのような続編を描こうとしているのか。<br />
「このトロフィーは本当に重たいんですけど、私個人の１８年というよりも、その前の女子サッカーに関わってきた先輩たちや関係者の方々の気持ちも入った重みだと思っています」<br />
　余談になるが、バルセロナのリオネル・メッシ命を公言する大野からは、スイス土産として直筆のサインを厳命されていた。それも数枚。澤によれば「メッシ選手はシャイであまり話さなかった」とか。無事にミッションを成功させたのか否か。現時点で大野のブログには何も綴られていない。</p>

<p><br />
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    <title>市立船橋の劇的Ｖを導いた自立心と指揮官の葛藤（２）　　by  藤江直人</title>
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    <published>2012-01-11T20:30:10Z</published>
    <updated>2012-01-11T20:52:58Z</updated>

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<p><br />
■全国高校サッカー選手権大会決勝<br />
市立船橋［千葉県代表］　２‐１（前・後半１‐１）　四日市中央工業［三重県代表］<br />
［１月９日午後２時８分キックオフ＠国立競技場／観衆４万３８８４人］<br />
<strong>※市立船橋が９大会ぶり戦後歴代３位となる５度目の優勝</strong></p>

<p><br />
<u><strong>（１）から続く</strong></u></p>

<p><br />
　まずは守備から、という意識が選手たちの中に自然と芽生えてくる土壌を必死に耕した日々。指揮官自身も忸怩たる思いを心中に抱いていたことは、次の言葉からもうかがえる。<br />
「市立船橋の文化を考えると、現段階ではスタートから一気に変えるというのは私の判断では難しかったし、何よりも勝つことを求められた。そのためには何が必要かを考えなければならず、（結果として）ああいう戦い方になった。いろいろな思いの中で、とにかく市立船橋を優勝させたかった」<br />
　つまらない、という批判は自分が甘んじて受ける。果たして、ヘッドコーチ時代から選手たちと身近な距離で接してきた朝岡監督の心の叫びにも近い覚悟は選手たちにも伝わっていた。　　<br />
　</p>

<p>　２０１０年夏のインターハイで得点王を獲得し、７度目の優勝に貢献した和泉は言う。<br />
「あの時はホントにイケイケで、背負うものもなかったから気持ち的にも楽だった。今はいろいろなものを背負う中で自分のプレーを出せるし、最後の試合でも一番苦しいところで得点力を発揮することができた。自分たちのチームでイチフナの新しい歴史を作ろうと言ってきたけど、試合を重ねていくごとに昔のイチフナらしさが出てきたというか。堅い守備からセットプレーでよくゴールを奪ったと聞いていたので、気持ちの部分は変わっても、伝統は変わらないのかなと思う。そこがイチフナの強さでもあるし、これからも後輩たちには残していってほしい」</p>

<p><br />
　和泉の起死回生の同点ゴールの前後で、市立船橋は実に４度ものコーナーキックを獲得している。それでいてリスク管理を怠らない姿に、朝岡監督は心が震えたという。<br />
「絶対に優勝するんだ、という強い気持ちが彼らを突き動かしていた。運といった話はあまり好きではないんですけど、そういうものを呼び寄せたプレーだったと思います」<br />
　２０年ぶり２度目、単独では初めてとなる優勝を目前で逃した四日市中央工業の樋口士郎監督は、後半の市立船橋の波状攻撃の前に「やっぱりやられたか、というのが正直な気持ち」と振り返りながらも、技術を前面に押し出し、パスをつなぐサッカーを貫いた１１０分間への悔いは見せない。</p>

<p><br />
　朝岡監督に続いて姿を現した記者会見場では、名物指揮官として全国区的な知名度があった城雄士氏からバトンを受け継いだ１９９６年から変えていない「哲学」を明かしている。<br />
「僕は目の前にいる選手たちがいかに卒業後に活躍するか、ということを考えて指導している。ウチの卒業生が大学に進学してから活躍したり、ＪリーグやＷ杯に数多く出ているね、ということになればいい。勝つことも素晴らしいことだけど、将来のことを抜きにして選手権だけ、ということは僕の立場では考えていない。ウチから大学を経てプロ入りする選手はけっこう多い。ウチでの３年間が選手権以降につながっていることを評価していただけると嬉しいですね」</p>

<p><br />
　高校年代がサッカー人生において育成年代にあたることを重視すれば、四日市中央工業と伝統のもとに勝利至上主義的なサッカーを追及した市立船橋とは対極の位置にある。<br />
　一方でサッカー選手ではなく人間をも形成する年代という視点に立てば、朝岡監督の言葉も説得力を帯びてくる。激戦区の千葉県大会を勝ち抜き、３年ぶりとなる全国選手権出場を決め、頂点に登り詰めた過程において、市立船橋の選手たちは「大人になった」という。<br />
「人の思いを汲めるし、自己犠牲を払ってでも何をしなければいけないかも理解している。勝利のためだけに自分たちの行動というものを決定していたところに自立心を感じましたね」</p>

<p><br />
　人の思いとは、すなわち３５歳の青年監督が抱いてきた葛藤を指しているのだろう。決して表に出すことはなかったはずだが、指揮官の微妙な立ち居振る舞いから和泉をはじめとする選手たちが何かを感じ取り、リスク管理という自己犠牲を厭わない大人のチームへと変貌を遂げた。<br />
「決勝を見れば明らかですけど、サッカーって思い通りにならないことばかりなんですよね。それでいちいち味方や相手、場合によっては審判など、あまりにも外側に矛先を向けてた部分がある。それを自分の問題として、内に向けることができた点が自立と言えるのかもしれない」<br />
　選手だけでなく自らも成長した１年だったことが、朝岡監督の言葉から伝わってくる。</p>

<p><br />
　もちろん伝統だけに固執していけば、さらなる成長を望むことはできないだろう。<br />
　９大会ぶり５度目となる全国選手権制覇は、第二次世界大戦後では帝京（東京都）、国見（長崎県）の６度に次ぐ歴代３位。市立浦和（埼玉県）と藤枝東（静岡県）の４度を超えた。インターハイで結果を残しているだけに、名門復活という言葉がふさわしいのかどうかはともかくとして、朝岡監督に率いられた市立船橋は「勝つ」という呪縛から解放されたのではないか。<br />
「今大会はピッチ上で選手が判断していたが、試合状況や相手によってはウチにもポゼッションできる力はある。前に人数を増やして攻撃的にシフトチェンジンすることもできる」</p>

<p><br />
　これからは、満を持して伝統に独自の彩りを上塗りすることもできる。昨年４月の監督昇格以来の練習では、実際に堅守速攻とは異なるスタイルもチームに植え付けてきた自負もある。　<br />
　国立競技場のスタンドを埋めた４万人超のファンを酔わせ、魂を揺さぶり、涙を誘った歴史に残る逆転勝利は、市立船橋の新たなスタートでもある。朝岡監督の胸に万感の思いが募る。<br />
「サッカーだけに限らず、この１年間、本当に我慢との戦いだった。表彰式のスタンドに上っていったウチの選手たちを見た時は夢だと思った。こんなに上手くいっていいのかとも思った。これは現実なのかと周りの人に確認したほど、それくらい大変なことをなし遂げてくれた」</p>

<p><br />
　昨年１１月に行われた千葉県大会の決勝。昨年度の全国選手権でベスト４に入ったライバル校の流通経済大柏を、十八番である我慢比べの末に１対０で撃破した直後だった。<br />
　胴上げをしようと駆け寄ってきた選手たちの気遣いを、朝岡監督は「全国で優勝してからだ」と拒んでいる。あれから約２か月。約束だった歓喜の舞いはわずか３回で終わった。<br />
「もっとやろうと思ったんですけど、めちゃ重かったので（ピッチに）落としちゃいました」<br />
　卒業後は明治大学に進む和泉がペロリと舌を出せば、指揮官は無礼講と笑い飛ばしながら「次に優勝することの方が実は難しい。自分の手腕が問われますよね」と早くも新シーズンを見つめる。武者震いするような熱い思いを、抑揚のない口調で必死に抑え込んでいるかのようだった。</p>

<p><br />
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    <title>市立船橋の劇的Ｖを導いた自立心と指揮官の葛藤（１）　　by  藤江直人</title>
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    <published>2012-01-11T19:09:39Z</published>
    <updated>2012-01-11T22:53:44Z</updated>

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<p><br />
■全国高校サッカー選手権大会決勝<br />
市立船橋［千葉県代表］　２‐１（前・後半１‐１）　四日市中央工業［三重県代表］<br />
［１月９日午後２時８分キックオフ＠国立競技場／観衆４万３８８４人］<br />
<strong>※市立船橋が９大会ぶり戦後歴代３位となる５度目の優勝</strong></p>

<p><br />
　開始わずか１分で四日市中央工業に喫した失点を取り返せないまま、残り時間は１０分を切ろうとしていた。後半に入ってタマ際の強さをより前面に押し出し、ペースを握っていた市立船橋が、攻撃の切り札であるＭＦ池辺征史（３年）が投入された２４分を機にさらに攻勢に出る。<br />
　３２、３４分と立て続けにコーナーキックを獲得。大応援団がいよいよヒートアップしてきた中で、朝岡隆蔵監督がベンチから歩み出た。自身にもっとも近い位置にいた左サイドバックの鈴木潤（３年）を呼び寄せ、何かを耳打ちしている。文言の記憶は曖昧だが、伝えた内容については確信がある。<br />
「おそらくは『このままでいい。リスク管理だけはしっかりしろ』と言ったかと」<br />
　　</p>

<p>　嵩にかかろうか、という場面であえて選手に伝えた言葉。リスクを背負ってもいいが、一方でリスクを管理することにも細心せよ。就任１年目の朝岡監督が掲げてきたキーワードでもあった。<br />
「やはり失点はしたくない、０対０のまま試合を運んでいきたい、延長戦ならばウチが勝つという思いでいたので。その意味では０対１という展開は試合前のシミュレーションにはありませんでした。もちろん、９０分間で１点を取ればいいという発想にすぐに切り替えましたけどね」<br />
　１点は必ず取れる、という絶対の自信が根底にある。だからこそ、焦るあまりに前がかりになって守備のバランスを崩し、２点目を失う自滅パターンだけは何よりも避けたい。</p>

<p><br />
　２分が表示された後半のロスタイム。依然としてスコアは０対１。その半分もすでに経過し、まさに絶体絶命と言ってもいい瀬戸際で、指揮官の信念が同点ゴールとなって結実する。<br />
　右からのコーナーキック。ＭＦ杉山丈一郎（３年）の右足から放たれた放物線の軌跡が、ゴール前の大混戦にかき消される。映像を何度見直してみても、敵味方を含めて誰に当たったのかは確認できない。しかし、市立船橋のキャプテン、ＦＷ和泉竜司（３年）には予感めいたものがあった。<br />
「自分は相手のセンターバックと競り合うようなタイプの選手じゃない。だから常にこぼれダマを意識してきたし、そういう選手のところへ本当に転がってくるものだと証明できました」　<br />
　　</p>

<p>　目の前に弾むルーズボールに無我夢中で体を近づける。公式記録では「右足」のシュートとなっているが、和泉本人はどこでもいいとばかりに「体で押し込みました」と屈託なく笑う。<br />
　くしくも相手校のある三重県四日市市で生まれ育った頼れるキャプテンの咆哮は、引き分けによる両校優勝の気配も漂ってきた延長後半５分にもとどろく。ペナルティーエリア内の左サイドでＭＦ宇都宮勇士（２年）のパスを受けると、瞬時に左足で切り返して相手のマークを外す。<br />
「ボールを受けた時からシュートまでのイメージを、完璧に実践することができました」<br />
　ニアを打ち抜いた強烈な弾道が、１年生ＧＫ中村研吾の両手をかすめてネットを揺らした。</p>

<p><br />
　大会得点王を獲得した四日市中央工業のＦＷ浅野拓磨（２年）に右コーナーキックからのこぼれダマを叩き込まれた直後に、市立船橋の選手は自陣で輪をつくって声をかけあっていた。<br />
「チームとして次の失点を防ごう、と切り替えました。セットプレーを数多く獲得していけば、必ず１点は取れる。延長戦になれば、自分たちの方が上だとみんなで確認したんです」<br />
　和泉が明かした円陣における選手の合言葉と、朝岡監督が修正したゲームプランは完璧なまでにシンクロしていた。両サイドバックのオーバーラップは極力控える。最終ラインの前で壁をつくる３ボランチは崩さない。堅守速攻をベースに、なるべく攻撃には人数をかけない。</p>

<p><br />
　人もボールもよく動き、ポゼッション率を高めながら相手の守備網に生じる穴を突く。外国勢に体格で劣る日本人が目指す、とされるサッカーとはおよそ対極にあるスタイル。今大会で市立船橋が勝ち進むごとに、決して芳しくない評価の声が生じていたのも事実だった。<br />
「もちろん自分たちなりにサイドバックのオーバーラップも練習してきましたけど、相手のツートップの速さを考えると、サイドバックのカバーリングの意識もすごく重要になってくる」<br />
　２人で１３ゴールを叩きだした浅野と田村翔太の快足コンビにその後はスペースをほとんど与えなかった鈴木と米塚雅浩（３年）の両サイドバックへ、和泉は感謝の思いを伝えることを忘れなかった。</p>

<p><br />
　前任者の石渡靖之氏の船橋市教育センターへの異動に伴い、３年間のヘッドコーチを経て昨年４月に監督に昇格した朝岡監督の脳裏には、理想とするサッカーが明確に描かれている。<br />
「名前を出して申し訳ないけど、ウチにとっては桐蔭が理想。彼らはそういうサッカーをベースに展開してきた文化があるけど、急に何かを変えることは、ベースを変えることになるので」<br />
　口調こそ明瞭だが、少なからず奥歯にものがはさまったような表現になるのは決して偶然ではない。全国選手権で４度目の頂点に立ったのが２００２年度。以来、インターハイこそ３度制しているとはいえ、９年もの空白期間は名門と謳われた市立船橋にとってあまりに長かった。</p>

<p><br />
　桐蔭学園のポゼッションサッカーを志向しながらも、いつしか伝統となった堅守速攻のスタイルで勝ち抜くことを求められる。有象無象のプレッシャーがあったことは想像に難くない。<br />
　現在は日本サッカー協会のユースダイレクターを務める布啓一郎監督のもと、市立船橋が初めて全国選手権の頂点に立った１９９４年度のチームにおいて中盤の主力だった朝岡監督が、理想と現実のはざ間で悩み抜いていたことは言葉の合間から痛いほどに伝わってくる。<br />
「やはりこれだけのチームですので、取り巻く環境というものがいろいろとあります。そこに対して示していく方法とか、こちらの意図を伝えていくことはすごく難しかったかなと」</p>

<p><br />
　もちろん伝統という言葉を生徒たちに強制し、チーム内に閉塞感を生じさせては本末転倒になる。１メートル８８の長身を生かしたポストプレーが得意のＦＷ岩渕諒（３年）、スピードに乗った切れ味鋭いドリブルが武器の池辺、そして和泉らを擁する攻撃陣には絶対の自信があっただけに、朝岡監督はチーム全体に攻守のバランスとリスク管理を意識付けさせることに専心した。<br />
　１８試合で２９失点を許した今シーズンの高円宮杯Ｕ‐１８プリンスリーグ関東１部における失点の時間帯をボードに書き出して弱点を具体的に示す一方で、「ウチはいつでもゴールを奪える」と選手たちを鼓舞。意図的にコーナーキックを獲得する試合運びの必要さも説いた。</p>

<p><br />
<u><strong>（２）へ続く</strong></u></p>

<p><br />
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    <title>未来へと紡がれるゴール。尚志の軌跡を忘れない（２）　　by  藤江直人</title>
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    <published>2012-01-09T03:19:02Z</published>
    <updated>2012-01-09T12:13:29Z</updated>

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<p><br />
■全国高校サッカー選手権大会準決勝<br />
尚志［福島県代表］　１‐６（前半０‐２）　四日市中央工業［三重県代表］<br />
［１月７日午後２時２０分キックオフ＠国立競技場／観衆２万２２０１人］</p>

<p><br />
<u><strong>（１）から続く</strong></u></p>

<p><br />
　目に見えない放射能という恐怖。背景に存在する事情は分かる。しかし、仲村監督は「それでは福島のサッカーが終わってしまう」と頑なにホームゲームの福島県開催を譲らなかった。<br />
　心中にはサッカーが続けられる尚志はまだ幸せな方だ、という思いもある。全国高校サッカー選手権の福島県大会は２段階方式で行われ、夏休み中に県内各地で１次大会を開催。勝ち上がったチームに尚志をはじめとするシード校が加わり、一発勝負のトーナメントで県代表校を決める。<br />
　しかし、福島第一原発から２０キロ以内にある双葉など、３月１１日以降は部活動の停止を余儀なくされ、１次大会へのエントリーすら果たせなかった高校もいくつかある。</p>

<p><br />
　昨年９月に発売された『論スポ』において、高校サッカーでは前例のなかった連合チームを結成して１次大会に臨んだ原町、相馬農業の両県立高校の軌跡を追うノンフィクションを掲載した。<br />
　震災の影響により前者は１５人いた部員が一時は３人にまで激減し、後者も１１人のうち５人が他県の高校へ転学していた。単独チームのままでは１１人にも満たない。規定により優勝しても福島県代表校にはなれないが、時計の針を前に進めたい一心でタッグを組むことを決めた。<br />
　残念ながら８月２０日の１回戦でいわき海星に０対１で苦杯をなめて姿を消したが、結果よりも試合に臨むまでの過程で刻まれた喜怒哀楽が、連合チームに関わったすべての人々に勇気を与えた。<br />
　</p>

<p>　キックオフ直前にベンチ前でつくられた円陣。相馬農業の監督で、連合チームのコーチを務めた元Ｊリーガーの斎藤克幸教諭が選手たちに投げかけた言葉が今でも記憶に残っている。<br />
「逆境から逃げる人と、何度でも立ち上がって挑戦する人。君たちは後者だ。一人では何もできないかもしれないが、これだけの人間が集まれば大きなことができる」<br />
　斎藤教諭自身は県内の強豪校のひとつである磐城で２００８年４月から教鞭を取っていたが、４月１日付けで県教職員の定期人事異動が発令。大震災の影響を受けて一時的に凍結されたものの、辞令が変更されることはなく、８月１日付けで正式に相馬農業へ赴任していた。</p>

<p><br />
　１回戦敗退を喫した直後。斎藤教諭からはこんな話を聞いている。<br />
「サッカーの指導で勝負をかけられる学校を希望して、実際には相馬農業に転勤して落ち込んでいたのは事実。でも、今は子供たちに生かされているというか、彼らの笑顔から私自身が元気をもらっている。練習試合で負け続けた時はどうなるかと思いましたけど、今日のように気持ちのこもった戦いができれば大丈夫。サッカーの指導でしか貢献できない自分ですけど、スポーツには街を元気にする力があると信じている。荒地を地道に耕すつもりで頑張っていきます」<br />
　その連合チームの姿が、尚志が準決勝を戦った国立競技場のメーンスタンドにあった。</p>

<p><br />
　原町の監督を務める橘内聡志教諭によれば、準決勝の２試合を部員たちに観戦させるために毎年のように国立競技場を訪れてきたという。今年は相馬農業の部員たちと一緒にバスで７日朝に太平洋沿いにある南相馬市を出発。親交のある埼玉県の所沢高校で一泊のミニ合宿を行い、８日午前には同校との練習試合を行った。今年は目の前で福島県代表の尚志を見ることができたわけだ。<br />
　昨年１０月下旬には緊急時避難準備区域が解除され、３月１１日以降は閉鎖状態にあったそれぞれの校舎に戻ったが、サッカー部は連合チームとして活動を継続。原町で９人、相馬農業で６人からなるチームは同１１月上旬の新人戦で待望の「初勝利」をゲット。歴史に輝く１ページを刻んでいる。<br />
　</p>

<p>　連合チームの結成に尽力してきた橘内教諭の表情には、各方面の人々からの協力や支援を受けながら、ゆっくりと、一歩ずつ前進している現状に対しての充実感が刻まれていた。<br />
「基本的に練習は原高のグラウンドでやっていますけど、除染のために土を掘り起こしたはいいんですけど、砂が多くてね。まるでビーチサッカーをやっているみたいですよ(笑)」<br />
　原町、相馬農業の両校が観戦していたことを伝え聞いた尚志の仲村監督も、「あのゴールが励みになれば最高なんですけど」と思わず表情を崩した。同監督自身、津波などで大きな被害を受けた太平洋沿いの各校へ、習志野高校の協力を得てユニホームなどの支援物資を贈っていた。</p>

<p><br />
　卒業後は流通経済大学に進学し、Ｊリーガーを目指すという山岸も力を込める。<br />
「海岸からかなり離れた僕たちでさえあれだけ苦労したのだから、海岸の方の人たちは本当に大変だったと思う。僕自身にとってもこの先の人生で絶対に忘れられないゴールですけど、自分たちの姿がテレビを見てくれた人たちに伝わり、ちょっとでも勇気を与えられたら嬉しい」<br />
　福島県勢として初のベスト４進出を果たす快進撃に、尚志には「元気をもらいました」や「感動をありがとう」という内容のファックスやメールが数多く寄せられているという。創部１５年目で初めてという状況に、仲村監督は「高校サッカーが与える影響力っていいですね」と目を細める。無我夢中で先頭を突っ走ってきた軌跡が人々を魅了し、復興への勇気と明日への活力を与えている。</p>

<p><br />
　だからこそ、どんなに大差をつけられようとも下を向くわけにはいかなかった。<br />
「震災でチームが一度バラバラになって、サッカーの楽しさをあらためて知った」<br />
　普通にサッカーができる幸せを感じながら、山岸はゴールの価値をかみしめる。<br />
「震災前の自分たちだったら（０対４となって時点で）あきらめていた。逆にどんどん点差をつけられていただろうし、自分のあの１点も生まれていなかったと思う」<br />
　終了間際に許した２失点も、さらに前ががりになった背後をカウンターで突かれて喫したものだった。もちろん仲村監督は選手を責めない。あきらめなかった証であり、勲章でもある。</p>

<p><br />
「これから一生懸命生きて、この貴重な経験を今後の人生に生かしてほしい。みんなの頑張りが福島に元気と感動を与えてくれた。だから胸を張って福島に帰ろう！」<br />
　表彰式を終えた直後のロッカールーム。仲村監督は号泣する選手たちを労い、山岸には「ナイスゴール。あの１点が大事なんだよ」と頭をなでながら声をかけた。<br />
　東日本大震災の発生から３０２日目。尚志の挑戦はひと区切りをつけた。福島県のために、という大きなプレッシャーをまるで感じさせない爽やかさを聖地国立競技場のピッチに刻み、逆境の中でひたむきに報いた一矢を、復興を期す未来へのバトンとして託しながら。</p>

<p>　　<br />
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<p><br />
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    <title>未来へと紡がれるゴール。尚志の軌跡を忘れない（１）　　by  藤江直人</title>
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    <published>2012-01-09T03:09:37Z</published>
    <updated>2012-01-09T11:44:14Z</updated>

    <summary> ☆☆☆論スポ最新号の購入はこちらをクリックしてください！☆☆☆ ■全国高校サッ...</summary>
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<p><br />
■全国高校サッカー選手権大会準決勝<br />
尚志［福島県代表］　１‐６（前半０‐２）　四日市中央工業［三重県代表］<br />
［１月７日午後２時２０分キックオフ＠国立競技場／観衆２万２２０１人］</p>

<p><br />
　昂ぶっている気持ちを落ち着かせるように、尚志高校の仲村浩二監督は目の前に置かれていたスポーツ飲料を口に含ませてから、会見場に用意された席にゆっくりと腰をおろした。<br />
「立ち上がりからペースを握れないウチが、今日は上手くペースを握ることができた。相手が引いたところにはまってしまったというか、ポゼッションが上手くいきすぎたところでイケイケになってしまって。やはりその時間帯に得点できなかったことが痛かったですね」<br />
　肉を切らせて骨を断つとばかりに、自陣でブロックを形成することで尚志を前へ誘きだし、スピードが武器の田村大樹と浅野拓磨の２年生ＦＷコンビを軸にカウンターを仕掛ける。</p>

<p><br />
　四日市中央工業が描いた作戦にまんまとはまってしまった９０分間。与えてはいけない先制点を許し、取り返そうとさらに前がかかりになったウラを突かれては失点を重ねる。<br />
　悪循環を断ち切れなかった無念の思いを封印しながら、１対６の大敗を淡々と振り返っていた仲村監督の口調が一瞬だけ震えた。おそらくは涙をこらえていたのだろう。<br />
「福島県に勇気と感動を、を合言葉にしながら希望の１点をもぎ取ることができた。選手たちは最後まであきらめることなく戦ってくれた。一生の思い出に残る試合でした」<br />
　０対４で迎えた後半３７分。尚志に関わるすべての人々の思いがボールに乗り移った。</p>

<p><br />
　左サイドからＭＦ金田一樹（３年）がゴール前へクロスを入れる。相手ゴール前で競り合うのは、故障禍で緒戦からベンチウォーマーが続いていたエース福永裕大（３年）。後半２１分から今大会初出場を果たしていた背番号１０が、巧みなポストプレーでボールを後方へ落とす。<br />
　走り込んできたＭＦ山岸祐也（３年）は、あらん限りの思いを込めて右足を振り抜くことしか考えていなかった。右側いたノーマークのＦＷ後藤拓也（３年）へのパスは考えていない。<br />
「相手のプレッシャーが緩かったので。とにかく無我夢中で蹴りました」<br />
　ペナルティーエリアのやや外側から放たれた強烈な一撃が鮮やかにネットを揺らした。</p>

<p><br />
　小さな積み重ねがもたらしたゴールだった。尚志では仲村監督と選手たち各々がノートを交換している。試合後に思ったことを書き記し、それに対して指揮官がコメントを寄せる。<br />
　プレミアリーグＥＡＳＴで大敗を繰り返していた昨年５月。山岸のノートは「一日に５本でいいからミドルシュートの練習をするように」というコメントが添えられて返ってきた。<br />
「シュートを打てる場面でパスを選択していたことが多かったからだと思う。ミドルシュートに自信がなかったからだけど、ミドルを打てればプレーの幅も広がると思ったので」<br />
　守護神の秋山慧介らのＧＫ陣に手伝ってもらっての居残り練習が実を結んだ。</p>

<p><br />
　山岸の自宅は千葉県柏市にある。中学１年の冬。全国高校選手権に千葉県代表として出場した八千代の緒戦を応援しようと向かった柏の葉公園総合競技場である衝撃を受けた。<br />
　八千代が国見を下した余韻が残る中で行われた第２試合。キックオフ前の下馬評を覆し、宮崎県代表の鵬翔を０対０からのＰＫ戦の末に下した尚志のサッカーに心を動かされた。<br />
　折りしも川崎フロンターレやコンサドーレ札幌でプレーした経験を持つ叔父の小松崎保さんから、親交のある仲村監督が１９９７年の創部時から情熱的に指導してきた尚志の評判を聞いたばかりだった。福島県郡山市にある尚志への越境入学。すぐに気持ちは固まった。</p>

<p><br />
　全国高校選手権で２年連続でベスト１６に進出し、迎えた最後の年。全国制覇を目標に掲げ、初めて参戦するプレミアリーグＥＡＳＴへの闘志を昂ぶらせていた２０１１年３月１１日。午後２時４６分に発生した東日本大震災とともに、取り巻く状況のすべてが一変した。<br />
　山岸は昇降口でスパイクの手入れをしながら、間もなく始まる練習へ備えていた。<br />
「集団になって固まっていた方が安全だ、ということになって、みんなで寮の大きな食堂にいたんですけど。大きな余震が発生するたびに、慌てて外に飛び出す。その繰り返しでした」<br />
　その一方で、東京電力福島第一原子力発電所で発生した事故が悪化の一途をたどっていた。　</p>

<p><br />
　大震災発生後から３日後の３月１４日。仲村監督は山岸をはじめとする越境入学者を実家へ送り届けることを決意する。自らマイクロバスを運転し、封鎖されている高速道路ではなく一般道を延々と走る。渋滞は激しく、山岸の実家に到着するまで実に１０時間を要した。<br />
　事実上の解散状態に陥ったチームに対し、仲村監督は最悪の事態を想像していたという。<br />
「このメンバーで再びサッカーができるのか。二度と戻ってこない選手もいるんじゃないか」<br />
　親の立場としては、我が子を危険な目には遭わせたくないと考えてしまうだろう。大学進学を控えた３年生ならば、避難生活が続けば受験勉強が遅れることも危惧しなければならない。</p>

<p><br />
　実際、実家へ戻った山岸も両親から開口一番、「大丈夫だったの」と聞かれたという。<br />
「でも、あなたが尚志へ行くことを選んだのだから、最後まで頑張りなさいとも言われて(笑)」<br />
　山岸自身も転学は頭の片隅にすらなかった。尚志のサッカーで全国を制する。入学予定だった新入生の一部に辞退者が出たものの、新３年生と新２年生の全員が集結。仲村監督の母校である千葉県の習志野高校で４月上旬までキャンプを張り、何とかチーム作りを再開させた。<br />
　もっとも、放射能への不安から、郡山市に戻ってからの屋外練習に対しては批判的な声も寄せられた。学校側は独自に計測した放射能の数値をホームページに毎日掲載して理解を求めた。</p>

<p><br />
　プレミアリーグＥＡＳＴでは思ったような成績を残せなかったが、苦戦が続く中でそれまでの４‐４‐２からボランチを３枚並べる４‐３‐１‐２への変更を決断。インターハイでのベスト８進出で手応えは自信に変わり、迎えた今大会。仲村監督の心中には期するものがあった。<br />
　福島県の高校サッカーをけん引していきたい。話は前後するが、ホーム・アンド・アウェー方式のリーグ戦形式で行われるプレミアリーグＥＡＳＴで、東日本大震災の影響で順延されていた尚志のホームゲームがようやく開催にこぎつけられようとしていた初夏のことだった。<br />
　大会事務局側から試合会場を関東に移して実施してはどうか、という打診が入った。</p>

<p><br />
<u><strong>（２）へ続く</strong></u></p>

<p><br />
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    <title>ガンバ大阪移籍へ。今野泰幸の置き土産と最後のエール　　by  藤江直人</title>
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    <published>2012-01-03T16:40:31Z</published>
    <updated>2012-01-04T04:43:58Z</updated>

    <summary> ☆☆☆論スポ最新号の購入はこちらをクリックしてください！☆☆☆ ■天皇杯全日本...</summary>
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<p><br />
■天皇杯全日本サッカー選手権大会決勝<br />
京都サンガ［Ｊ２］　２‐４（前半１‐３）　ＦＣ東京［Ｊ２］<br />
［１月１日午後２時５分キックオフ＠国立競技場／観衆４万１９７４人］<br />
<strong>※ＦＣ東京が初優勝。来シーズンのＡＣＬ出場権を獲得</strong></p>

<p><br />
　もはや思い残すことは何ひとつない。捲土重来を期して１年前に掲げた目標を満願成就させたばかりか、愛着深いチームへこの上ない置き土産までも勝ち取ることができた。<br />
　達成感。充実感。そして、新天地で待つであろう新たな刺激への期待感。歓声とともに天皇杯を頭上に掲げ、ＦＣ東京にとって未知の領域への挑戦となる来シーズンのＡＣＬ出場権獲得が決まってから約１時間後。今シーズンのキャプテンを務めたＤＦ今野泰幸は何かから解放されたような晴れやかな笑顔を浮かべながら、いつにないじょう舌ぶりで長く苦しい１年間の戦いを振り返った。<br />
<strong>今野</strong>「最初はすごく苦しんで、自分自身もこのままでいいのか、とＪ２でやっていくことに危機感を覚えたこともあった。その中で最低の目標がＪ１への昇格だったので、まさか天皇杯まで獲れるとは思わなかった。天皇杯で集大成というか、ちょっと出来すぎというか(笑)」<br />
　図らずも口を突いた「集大成」という言葉に、今野の不退転の決意が凝縮されていた。</p>

<p><br />
　ＦＷ平山相太をはじめとする主軸にけがによる長期離脱者が続出した序盤戦は７試合で２勝、得点に至ってはわずか４と決定力不足に起因する出遅れを余儀なくされた。<br />
　チーム全員で模索していたＪ２での戦い方を「つなぐサッカー」に定め、浮上へのきっかけをつかんだのが５月以降の中盤戦。およそ４年ぶりに復帰させたＦＷルーカスを攻撃の核にすえた７月以降は安定した戦いを続け、ガイナーレ鳥取に勝利した１１月１９日の時点で１年でのＪ１復帰が決定。同時進行で行われた天皇杯では３回戦でヴィッセル神戸、準々決勝で浦和レッズ、そして準決勝ではセレッソ大阪とＪ１勢を連破し、チーム初の決勝進出を果たした。<br />
<strong>今野</strong>「個人的にもＪ１にやられたというのはなかったし、むしろ楽しかった。成長しているのかなと感じた試合も多かった。Ｊ２でやったのは無駄じゃなかった、と今では感じている」</p>

<p><br />
　史上初のＪ２対決となった元日決戦。度重なる番狂わせの末に鹿島アントラーズ、横浜Ｆ・マリノスを沈めてきた京都サンガの怒涛の勢いの前に、前半１３分に先制点を許してしまう。<br />
　ドリブルで攻め上がってきたＦＷドゥトラを止めた際に、今野と右サイドバック徳永悠平が交錯する。こぼれダマをケアする味方は皆無。フリーのＭＦ中山博貴にゴールを割られた。<br />
<strong>今野</strong>「チームのみんなはどうか分からないけど、オレ自身は慌てたし、すごく動揺した。正直、負けることが頭の中をよぎった。オレだけじゃなくてチーム全体の動きがすごく堅く感じられたし、失点をしないというのがＦＣ東京のウリでもあるのに、あんなに簡単に相手をフリーにしてゴールを許してしまうなんて。この先、どうなっちゃうんだろうと思ってもいた」<br />
　Ｊ２最少失点という誇りも、２戦２勝というサンガとの相性のよさも、すべてが吹き飛んだ。</p>

<p><br />
　もっとも、失点から２分後に左コーナーキックを獲得すると、今野の脳裏には事前にレクチャーされていたサンガのスカウティングレポートの一項目が蘇ってきたという。<br />
<strong>今野</strong>「セットプレーにおいて（上背が）あまり大きくないし、マークも曖昧になるのが弱点だと試合前からみんなで話していた。実際、オレのマークにはほとんど誰もついてこなかった。そこへショートコーナーを仕掛けたから、ますますボールウォッチャーになってくれました」<br />
　左隅でＭＦ石川直宏、ＭＦ羽生直剛、再び石川とボールがつながれる間に、ペナルティーエリアの外側から背番号６がトップスピードで走り込んでくる。そのままサンガのマークにまったく煩わされることなく、ジャンプ一番、額のど真ん中でボールをヒット。値千金の同点ゴールは鮮やかに流れを変え、ＤＦ森重真人の勝ち越し弾、ルーカスの２発の呼び水となった。今シーズンのＦＣ東京の軌跡が凝縮されたような紆余曲折が、締めくくりとなる９０分間にも散りばめられていた。</p>

<p><br />
　９月１７日の愛媛ＦＣ戦の前半ロスタイムにマークして以来となる公式戦のゴールが、よほど心地よかったのか。ミックスゾーンにおける「今野劇場」はますますヒートアップする。<br />
<strong>今野</strong>「いいボールがきて、ホントにラッキーでしたね。いい時間帯に取ったナイスゴール。自画自賛ですね。ＭＶＰとかないんですかね。あったとしてもルーカスでしょうけど(笑)」<br />
　守ってもサンガの反撃を、途中出場の１８歳の高校生ＦＷ久保裕也の意地のヘディング弾だけに封じる。準決勝でマリノスを沈める決勝ゴールを奪い、一躍脚光を浴びたホープは「ウラへの対応が早かった。やっぱり代表なんやと感じた」と今野との一騎打ちに潔く脱帽した。<br />
<strong>今野</strong>「久保君も動き出しが早いし、何度もやり直してくるから嫌だった。怖さを感じたというのが本音だけど、負けてはいないと思っている。失点もオレのマークじゃなかったので(笑)」</p>

<p><br />
　２０１０年１２月４日は今野の中で決して忘れられない傷痕として刻まれている。Ｊ１最終節でまさかの苦杯をなめ、Ｊ２降格の奈落の底へ叩き落された相手がくしくもサンガだった。　<br />
<strong>今野</strong>「普通に戦えば勝てたところを残留争いのプレッシャーに負け、いろいろなチームに負けた結果として降格したわけであり、サンガだけのせいにするわけじゃないけど、たまたま降格が決まった時の相手だったからね。お返ししてやろう、という気持ちにはなりますけど」<br />
　ＦＣ東京のＪ２降格を受けて、今野の代理人のもとへはＪ１のクラブからの獲得オファーが届いていた。決して少ない数ではなかったというが、今野本人は他チームとの交渉の席につくどころか、一度たりとももオファーの内容に目を通すことはなかった。２０１１年の訪れを迎える前にはＦＣ東京への残留、すなわちＪ２でプレーすることを決断している。</p>

<p><br />
　昨年２月。桜島をながめるホテルの一室で、ＦＣ東京のキャンプ中だった今野にインタビュー取材を行った。その際に、十字架を背負うかのような悲壮な決意を聞かされている。<br />
<strong>今野</strong>「Ｊ２に落としたのは選手。社長でも強化部長でもない。責任をすごく感じているし、強化部の方からも『１年でＪ１に戻って、もっと強いＦＣ東京にしたい』という気持ちを聞いた。その上で僕に残ってほしいと言ってくれたので、最後はすっきりした気持ちで決めました」<br />
　今野自身、コンサドーレ札幌時代の２００３年にＪ２リーグを経験。戦い方を徹底しないと勝てない、と周囲から寄せられる楽観論に対して警鐘を鳴らしていたが、最終的には２位のサガン鳥栖に勝ち点８差をつける独走で優勝した。「少しは責任が果たせたけど」と今野は苦笑いしながらこう続ける。<br />
<strong>今野</strong>「Ｊ２で戦った記録はずっと残る。どうにか消したいけど。時間を戻せないのが悔しいですね(笑)」</p>

<p><br />
　もっとも、波乱万丈に富んだシーズンにおけるキャプテンを託され、チームをけん引してきたことで、今野は２８歳にして自らが成長していると感じるようになっていた。<br />
<strong>今野</strong>「やっぱりキャプテンとしていろいろな選手に意見を言ったり、チームをまとめることにも取り組んできた中で、周囲をすごく見られるようになったというか。そういう部分でちょっとは成長したのかなと思います。サッカー選手って、どこでどのように成長するかが分からないというか。若い選手だったら短い時間の中でもギューンと伸びるんでしょうけどね(笑)」<br />
　今野が実感するメンタル面での成長と、アルベルト・ザッケローニ監督体制になってからのＡ代表でただ一人、全１７試合にフル出場してきた軌跡とは決して無関係ではないだろう。そうした状況下で届いたのが、Ｊ１の優勝争いに常に絡む強豪ガンバ大阪からの獲得オファーだった。</p>

<p><br />
　コンサドーレからＪ１のＦＣ東京に移籍した２００３年のオフ。今野は同年のＪ１をファースト、セカンドの両ステージを完全優勝で制したマリノスからも獲得のオファーを受けていた。<br />
　当時のマリノスを率いていた岡田武史監督は、今野が東北高校からコンサドーレに加入した２００１年シーズンの監督であり、ボール保持者へのアプローチの早さ、ファウルをすることなくボールを奪う技術の高さを見出してくれた恩人でもある。直接交渉の席で口説かれた今野の心は揺れた。<br />
　最終的には「タイトルを獲得したことのない若いチームでともに成長したい」という理由でＦＣ東京を選択。２００４年と２００９年のナビスコカップ制覇に貢献したが、その一方では「強いチームの中でもまれながらＪ１優勝を目指したい」という思いが封印されてもいた。<br />
　押し潰されそうになった、という葛藤の日々から８年。今野は再び同じ状況に置かれた。</p>

<p><br />
　今野とＦＣ東京の契約は来シーズンまで残っている。獲得するには推定で１億円の移籍金が生じるが、ガンバはそうした状況をすべて承知の上で今野を迎え入れようとしている。<br />
　２０１１年シーズンは３位に終わったガンバは攻撃陣こそＪ１トップの７８得点と大暴れしたが、守備陣は同ワースト６位タイの５１失点と半ば崩壊。２００５年シーズン以来の優勝を勝ち取るためには最終ラインの再建が不可欠で、その救世主として今野に白羽の矢が立てられた。<br />
　８シーズンもＦＣ東京でプレーした環境を変えることはリスクも伴うし、万が一、新天地の水に馴染めずに精彩を欠くようならば、日本代表における不動のレギュラーの座にも悪影響を及ぼす。<br />
　ましてや今オフは１０年間の西野朗監督体制に突然の終止符が打たれ、Ｓ級ライセンスを取得していない呂比須ワグナー氏を後任に招聘しようとして頓挫するドタバタ劇が繰り広げられている。</p>

<p><br />
　それでも今野が移籍の意思を固め、すでに合意に達していることは、去り際に「もうちょっとしたら発表します」と表情を引き締めながら自身の去就に触れたことでも十分にうかがえる。<br />
　安定した環境よりも、見知らぬ新天地にわずかでも成長できる可能性があるならば後者にかけたい。アスリートの本能とでも言うべき向上欲が、今野を駆り立てているのだろう。使命を果たしたと言えば大げさだが、Ｊ２に降格する以前のＦＣ東京よりも今現在の方が強くなったという自負もある。来年１月には２９歳になることも、おそらくは最後となるかもしれない挑戦を後押ししたのかもしれない。<br />
<strong>今野</strong>「次のシーズンになったらなったで、課題だったり、やらなければならないことを探して、上手くなるためにはどうしたらいいかということを常に考えながら日々努力するしかないですよね。ちょっとずつ、ちょっとずつ課題を潰しながら成長していくしかないけど、今は何をやるべきかは分からない。何も考えずに旅行とかに行って、ちょっとゆっくりしたいですね」</p>

<p><br />
　身近にはリスクを顧みずにイタリアの地に渡り、ステップアップを果たした先駆者がいる。<br />
　２００８年シーズンから約２年半、ともにＦＣ東京でプレーした長友佑都はＷ杯南アフリカ大会直後に右も左も分からないセリエＡの世界に裸一貫で挑戦。チェゼーナでの活躍が評価され、今や世界有数のビッグクラブであるインテルの左サイドバックとして君臨している。<br />
　後輩がインテル移籍を果たした時には、ヨーロッパのリーグをよくテレビで観戦する今野はまるで自分のことのように「オレも夢を持ちたくなるよね」と興奮していたほどだ。<br />
　あれから約１１か月。自らを育ててくれたＦＣ東京への感謝の思いと愛着心を、１年でのＪ１復帰と、後輩たちがかけがえのない経験を得られるＡＣＬ出場に導いたことで心の奥底に封じ込めたのか。<br />
<strong>今野</strong>「甘くはないだろうけど、このチームには可能性があるし、世界に通用する若手もいるので」<br />
　ミックスゾーンでふと漏らした言葉が、去りゆくキャプテンからの最後のエールに聞こえた。<br />
　</p>

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    <title>二冠達成から幕を開けるＩＮＡＣ神戸の「世界」への挑戦　　by  藤江直人</title>
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    <published>2012-01-02T18:11:00Z</published>
    <updated>2012-01-04T04:53:27Z</updated>

    <summary> ☆☆☆論スポ最新号の購入はこちらをクリックしてください！☆☆☆ ■全日本女子サ...</summary>
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<p><br />
■全日本女子サッカー選手権大会決勝<br />
ＩＮＡＣ神戸レオネッサ［なでしこ］　３‐０（前半１‐０）　アルビレックス新潟レディース［なでしこ］<br />
［１月１日午前１０時３０分キックオフ＠国立競技場／観衆２万９７７人］<br />
<strong>※ＩＮＡＣ神戸レオネッサが２大会連続２度目の優勝</strong></p>

<p><br />
　後半３４分からトップ下にポジションを変えていた大野忍が、ピッチの中央付近でルーズボールを拾ってタテパスを入れる。韓国代表ＭＦクォン・ウンサムにはたかれたボールが、ポジションを下げてきたＦＷ川澄奈穂美を経由して、ダイレクトで再び大野の元へと渡る。<br />
　中盤で細かくボールを回している間に、川澄が動いてきたことによって生じた左側のスペースを左サイドバックの那須麻衣子がタイミングよくオーバーラップしてくる。<br />
　那須へ展開しようと試みた大野のパスは届かなかった。しかし、流れるような連携が展開されたのは、３分間が表示された後半ロスタイムが終わりに差しかかる直前だった。大量３得点をリードし、史上４チーム目の全日本女子サッカー選手権連覇を決める勝利をほぼ手中に収めていたＩＮＡＣ神戸レオネッサは時間稼ぎを弄することなく、最後まで攻撃的な姿勢を貫こうとした。</p>

<p><br />
　なでしこジャパンの司令塔、宮間あやを擁する岡山湯郷Ｂｅｌｌｅを「特に前半は理想するサッカーができた」と自画自賛するほどの完璧なサッカーで、４対１と一蹴した昨年１２月２７日の準決勝直後。ＩＮＡＣ神戸レオネッサを率いる３５歳の星川敬監督は、すでに大会連覇を確信していた。<br />
「ウチがチャンスを決め切れれば、決勝は相手がどうこうという試合ではない」<br />
　決して対戦相手のアルビレックス新潟レディースを見下しているわけでも、ましてや７人のなでしこジャパンを擁するＩＮＡＣ神戸レオネッサの実力を過信しているわけでもない。<br />
　この戦力なら勝てて当然、という周囲の視線にさらされ続けた今シーズン。昨年１月５日にＭＦ澤穂希、ＦＷ大野忍、ＤＦ近賀ゆかり、ＭＦ南山千明の４人が日テレ・ベレーザから電撃移籍して以来、ＩＮＡＣ神戸レオネッサと星川監督もまた別次元のプレッシャーの中での戦いを強いられてきた。</p>

<p><br />
　指導者の道を歩み始めた時から「いつかは憧れのバルセロナのサッカーをやりたい」と心の中で期していた星川監督は、待望の人材を得たとばかりに、中盤のアンカーの位置に澤を置く４‐３‐３の新システム導入を決めた。昨シーズンまでと同じポジションでプレーしている選手はほとんどいない。<br />
　指揮官をして「１年目の新しいチーム」と言わしめてきたゆえんでもある。<br />
「自分の中では、今までで率いたチームの中で一番という気持ちがある。そのチームがつまらないサッカーをして勝っても、日本の女子サッカーのためにはならない。面白いサッカーをして、当たり前のように勝つことを目指してきた意味においては、一度も負けなかったことは自分の中では評価できる。負けて学ぶこともあれば、勝ち続ける中で、絶対に負けられないプレッシャーの中で学ぶこともあるんです。勝利に対するこだわりと責任が、他チームよりも大きかったということです」<br />
　後半ロスタイムに見せた一連のプレーには、「美しく勝つ」という崇高なテーマが反映されていた。</p>

<p>　<br />
　緒戦だった早稲田大学との３回戦を１対０の辛勝で乗り切った翌日の１２月１８日。星川監督と選手たちは、結果だけでなく内容も伴わない閉塞的な状態を打ち破る術を「本家」に求めた。<br />
　３回戦が行われた広島から神戸には戻らず、そのまま横浜へと移動。ＦＩＦＡクラブＷ杯決勝において、異次元のサッカーを披露して優勝したＦＣバルセロナのサッカーをスタンドから凝視した。<br />
「ウチの攻撃のスイッチを入れる大野を、いかに輝かせるか。バルセロナにおけるメッシの使い方を参考にしながら、チームの責任として大野を機能させられるようになった」<br />
　なでしこジャパンと日テレ・ベレーザにおいて、澤の代名詞となっていた背番号１０が大野に託された今シーズン。星川監督の意図は明白だ。バルセロナを志向するＩＮＡＣにおけるメッシになってほしい。だからこそオフを返上して、ピッチから直に得られる情報の洪水に全神経を集中させた。</p>

<p><br />
　もちろん、バルセロナの独自のスタイルやメッシの規格外のプレーをそのまま真似することはできない。それでも、ヒントを得られることはできる。星川監督がその一端を明かす。<br />
「攻撃において幅を取り、厚みをキープさせること。特に厚みの部分においては、空けたポジションにどんどん人が入ってくる感覚を、真似ではなく自分たちも取り入れようと」<br />
　ＩＮＡＣにおける大野の基本的なポジションは３トップの中央。２３日のＡＳエルフェン狭山ＦＣとの準々決勝からはそこをあえて固執せず、アジリティーと豊富な運動量という大野の特徴を生かしながら、流動的にプレーさせることでボールにタッチできる回数を増やさせた。<br />
　川澄となでしこリーグ得点王を分け合った大野だが、実はリーグ戦の終盤から不本意な内容が続いていた。できる限りプレーに絡ませることで迷いを捨てさせ、自信回復へと導こうとしたわけだ。</p>

<p><br />
　迎えたアルビレックス新潟レディースとの決勝戦。前半２０分すぎから相手がＩＮＡＣ神戸レオネッサのポゼッションサッカーに耐え切れなくなり、自陣に引いてブロックを形成した。<br />
　一転してＩＮＡＣ神戸レオネッサが最終ラインの背後にロングボールを入れ、前線の選手のスピードで打開する戦法に切り替えたこともあって、大野も後半３４分までは３トップの中央の仕事に専念。結果として無得点に終わったが、星川監督は特にメンタル面での復活を感じている。<br />
「大野自身の出来はよかったけど、残念ながらあのポジションではなかなかボールが入らない。それでも勝利のためにバランスを取り、葛藤しながらプレーしてくれたことの意味は大きい」<br />
　今大会におけるチーム得点王は３ゴールのＦＷ高瀬愛実。それでも指揮官は「大野と川澄にマークが分散するわけだから、もう少しやってくれないと困る」と安易に及第点を与えない。</p>

<p><br />
　リーグ戦で１３勝３分け。そして、今大会で４勝。無敗のまま達成した二冠は通過点だ。さらなるバージョンアップを果たすために。新女王の視線は、すでに次なるシーズンへ向けられている。<br />
　澤をはじめとするなでしこジャパン勢のたっての希望もあり、今後は約３週間のオフを設定。今月２０日すぎには再集合するが、国内における練習はあくまでも体作りが主体。新生ＩＮＡＣ神戸レオネッサの本格的な始動は、３０日に出発するスペイン・バルセロナ遠征となる。<br />
　バルセロナの本拠地カンプ・ノウでリーグ戦とスペイン国王杯の２試合を観戦し、バルセロナ傘下のバルセロナ・レディースとも対戦することが決まっている１０日間のミニキャンプを、文弘宣会長はクラブ創設１０年目で果たした悲願のリーグ初制覇に対する「優勝旅行」と位置付けている。<br />
「我々が目指しているサッカーの国に行くことこそが、最高のプレゼントですからね(笑)」</p>

<p>　　　<br />
　遠征中のチーム練習はバルセロナ市内の大学施設を利用するが、バルセロナ・レディースとの親善試合は市郊外にある総合練習場「シウタ・エスポルティーバ」で行われる。<br />
　すでに横浜でのＦＩＦＡクラブＷ杯でバルセロナの試合を観戦しているが、現地ではまた違った刺激を受けることだろう。部外者はなかなか立ち入ることができない総合練習場においては、メッシらを擁するトップチームだけでなく、下部の育成チームの練習も目の当たりすることができる。　<br />
「いろいろと環境が変わったところでできるのは、メンタル的にもいいと思う」<br />
　バルセロナ遠征を笑顔で歓迎した澤は、すでに個人的な目標を思い描いてもいる。<br />
「もっと攻撃に、もっと得点に絡みたいですね。ワンボランチなので守備的になりがちで。（前の２人のＭＦとの）連携の質を上げて、流動的に誰がアンカーにきてもいいようにしないと」</p>

<p><br />
　来シーズンからの入団が決まっている常盤木学園高のＦＷ京川舞、ＭＦ仲田歩夢、ＪＦＡ福島アカデミーのＭＦ田中陽子のＵ‐１９日本女子代表トリオも遠征に参加させる方針だ。<br />
　かねてから「もう少し選手層で厚みがほしい」と考えていた星川監督は、今夏に日本開催が内定したＵ‐２０女子Ｗ杯でも主軸として活躍が期待される３人の加入を心待ちしている。<br />
　特に類希な得点感覚が武器の高校ナンバーワンＦＷの京川に対しては、「うまくウチのスタイルにはまればロンドン五輪にも間に合うかもしれない」とまで期待を寄せる。<br />
「川澄はサイドの選手だし、大野はトップ下を任せることも多かった。それで得点王を取ったことは素晴らしいが、純粋にストライカーを任せられる選手、得点を取ることだけに専念させられる選手がいなかったのも事実。その意味で、京川は（ウチで出場するまで）時間がかからないかもしれない」</p>

<p><br />
　京川と仲田は昨年８月、田中は同９月にＩＮＡＣ神戸レオネッサの練習に参加した。その上で来シーズンからの入団を決めた経緯に対しても、星川監督は「（レベルの違いに）自信を失ってしまう子が多い中で、どうしてもウチでやりたいと言ってくるあたりはホントに頼もしい」と思わず目を細める。<br />
「澤穂希という世界を知っている選手と一緒にプレーできることも、ウチの強みでしょうね。なでしこジャパンが世界でいい結果を残すためには、自分たちが成長することがカギを握ると思っている。そういう責任感をもちながら、これからもやっていきたい」<br />
　今年秋にはクラブハウスやナイター照明設備が完備した待望の練習拠点「神戸レディースフットボールセンター（仮称）」が完成する。選手を協賛企業の非常勤社員として雇用させるセミプロ化を実現させてから７年目。サッカーに専念できる、女子サッカーでは稀有な環境がさらに整備される。</p>

<p><br />
　現時点におけるプロ契約選手は澤と大野の２人。文会長は「増やす予定はない」とこう続ける。<br />
「なでしこリーグ自体がプロじゃない以上は、ＩＮＡＣをプロ化してもあまり意味がない。それよりも世界に通じる強いチームをどのような環境の下でつくっていくか、でしょう」<br />
　そのための短期的な手段がバルセロナ遠征であり、中期的な手段が練習拠点の誕生で「ジプシー練習生活」に別れを告げることにある。もちろん、長期的な手段はＩＮＡＣ神戸レオネッサが目指している究極のチーム像と合致している。星川監督が胸中に秘めた青写真を明かす。<br />
「なでしこジャパンが抱える問題点とＩＮＡＣのそれは一緒だと思う。強烈な個を擁する相手に対して、チームとして何ができるか。リードしてからボールのポゼッション率を高め、相手を疲れさせることにこだわれば、強烈な個を持った相手にもいいサッカーができるんじゃないかと思っている」</p>

<p><br />
　アルビレックス新潟レディースには昨年１０月１日のリーグ戦で残り１２分から３点のリードを追いつかれ、目標だったシーズン全勝を阻止された因縁がある。悔しさを糧に、以後の３か月でどのように変わってきたのか。元日決戦は成長の度合いを測るバロメータの場でもあった。<br />
「ボールを保持しながらゲームをコントロールすることは、前回の対戦よりはできたかな」<br />
　一応の合格点を与えた星川監督とは対照的に、攻撃のけん引役となる大野は首をヨコに振る。<br />
「ゴールチャンスの数が少なすぎたと思う。もっと、もっとたくさんつくらないと」<br />
　星川監督によれば、思い描く「ＩＮＡＣスタイル」の完成度は現時点で７割から８割という。２日から突入したオフで鋭気を養った新女王は、ホープたちの加入でチーム内における競争意識をさらに高めながら、無敗での二冠達成に決して満足することなく、貪欲な姿勢で「世界基準」を追い求めていく。</p>

<p><br />
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    <title>京都サンガのジャイアント・キリングを支える育成力（２）　　by  藤江直人</title>
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    <published>2011-12-30T17:21:43Z</published>
    <updated>2012-01-01T14:45:40Z</updated>

    <summary> ☆☆☆論スポ最新号の購入はこちらをクリックしてください！☆☆☆ ■天皇杯全日本...</summary>
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<p><br />
■天皇杯全日本サッカー選手権大会準決勝<br />
横浜Ｆ・マリノス［Ｊ１］　２‐４（前・後半２‐２）　京都サンガ［Ｊ２］<br />
［１２月２９日午後３時３分キックオフ＠国立競技場／観衆１万４４６７人］</p>

<p><br />
<u><strong>（１）から続く</strong></u></p>

<p><br />
　ＳＡＰのスタートから６年目。サンガの補強の歴史が転換期を迎えた２０１１年シーズンのリーグ戦における船出は、しかし、予想だにしなかった荒波の連続だった。<br />
　通算４度目のＪ２降格を喫したチームからは、ベガルタ仙台へ移籍したＦＷ柳沢敦とＭＦ角田誠をはじめ大量の主力が離脱。再建を託して迎えた大木武監督の戦術がなかなかチームに浸透せず、勝ち点を伸ばせないまま６月５日には２０チーム中で１９位にまで順位を下げた。<br />
　日本代表のヘッドコーチとして、Ｗ杯南アフリカ大会直前に先発メンバーや戦い方を変えるまでの岡田武史監督の考え方に大きな影響を与えた大木監督のスタイルは一種独特だ。<br />
　サイドチェンジは原則としてご法度。パス＆ムーブを繰り返しながら狭いエリアの中でショートパスをつなぎ、たとえボールを奪われてもすぐに攻守を切り替えて奪い返にかかる。</p>

<p><br />
　味方同士の距離を縮めるために、必然的にボールサイドとは逆のエリアには大きなスペースが生じる。天皇杯準決勝でもマリノスに再三そこを突かれてはピンチを招いた。それでも指揮官は選手個々の豊富な運動量で対応すればいいこと、とばかりに意に介さない。<br />
　当然のようにサンガの選手たちの間には戸惑いが広がる。最下位すれすれに低迷した時期の心境を、駒井は「ホンマにこのサッカーで大丈夫なのか、とみんな思っていた」と打ち明ける。<br />
　しかし、大木監督は動じることなく、自身の哲学である「サッカーはエンターテインメント」を貫いた。試合を見にきたファンに「もう一回スタジアムに来たい」と思わせるにはどうすればいいか。時間の経過とともに、「大木イズム」への違和感はエンターテイメントに通じる楽しさへと変わっていった。</p>

<p><br />
　駒井によれば、開幕前に左ひざの前十字じん帯を断裂した司令塔の工藤が先発フル出場で復帰した１０月１９日のコンサドーレ札幌戦を皮切りに「チーム全体が波に乗れた」という。<br />
　実際に以後のリーグ戦９試合で８勝１敗の成績を残し、最終的には７位でフィニッシュ。後半戦の快進撃で得た自信と手応えがそのまま天皇杯に持ち込まれたことは、モンテディオ戦でハットトリックを達成し、アントラーズ戦でも千金の決勝弾を叩き込んだ１９歳の宮吉の活躍が物語っている。<br />
「今は大木さんのサッカーを全員が理解して、ピッチで表現できるようになった。このサッカーをとことんやり続けよう、という強い信念を持ってプレーしたことが今につながっている」<br />
　駒井が言葉を弾ませれば、相変わらず朴訥した口調に久保も精いっぱいの思いを込めた。<br />
「やっている僕たちがここまで楽しいのだから、見ている方も楽しいと思う」</p>

<p><br />
　迎えたマリノスとの準決勝。不要なファウルを連発し、中村のＦＫから何度もピンチを招いた序盤の劣勢を変えたのは宮吉だった。前半３２分に工藤のスルーパスに抜け出し、シュートこそＤＦ金井貢史のスライディングタックルに防がれたものの、最初の決定機でスタンドを沸かせた。<br />
　以後の７分間で決定的なチャンスを迎えること実に５度。そのうち３度はマリノスＧＫ飯倉の神懸かり的なセーブに遭い、１本はゴールバー、もう１本は左ポストに無情にも嫌われた。<br />
　直後の前半４２分に一瞬の隙を突かれ、中村のスルーパス一発からＦＷ渡邉千真にゴールを割られてしまったが、前半のシュート数はマリノスの４本に対してサンガは３倍の１２本。反撃を期待させるのに十分すぎるほどの内容は衝撃的な楽しさをも伴い、実際に後半には逆転に成功している。</p>

<p><br />
　勝利をほぼ手中に収めかけていた後半のロスタイムも５分をすぎ、迎えた最後のワンプレー。マリノスの怒涛の執念の前に屈し、ＦＷ大黒将志に同点ゴールを決められた直後だった。<br />
　後半４２分から途中出場していた駒井は、茫然自失で引き揚げてきた選手たちをベンチで出迎える大木監督ら首脳陣の笑顔を見て、一気にポジティブな思考に支配されたという。<br />
「このまま終わらせたら面白くないだろう、と大木さんから言われたんですよ(笑)」<br />
　試合はＮＨＫで全国へ生中継されていた。駒井は心中でこんなことまで考えたという。<br />
「自分たちがどういうサッカーをしているか、やっぱりみんなに見てほしい。サンガはちょっと違うサッカーをしてるな、と思ってもらえる意味でも、延長戦の３０分間は大きいと思えたんです」<br />
　</p>

<p>　その３０分も終わりに近づこうとしていた。久保の勝ち越しゴールの余韻がまだ残る中、マリノスの猛攻を封じた守備陣がボールを大きく左前方へ蹴り出したその時だった。<br />
　左タッチライン際に弾むボールを、あきらめることなく追った久保が支配下に収める。慌てたマリノスＤＦ小林祐三が間合いを詰めるも、久保は力強いドリブルで敵陣へと進む。ゴールラインが迫り、中澤もフォローで駆け寄ってくる。当然のように久保は時間稼ぎを考えた。<br />
「あそこはディフェンダーに当てて、コーナーキックをもらおうと思った」<br />
　しかし、ボールは小林の股間をすり抜けて絶妙の折り返しとなる。一縷の可能性のために労を惜しまず、久保を全速力でフォローしていた駒井へのマークは皆無。試合を決める４点目が生まれた。</p>

<p><br />
　抱き合って狂喜乱舞する久保と駒井のもとへ、疲労から足を痙攣させた宮吉が駆け寄る。新生サンガを象徴するハイティーントリオを中心とする歓喜の輪が、カクテル光線に映えた。　<br />
「僕の顔も覚えてほしいけど、今日は久保に全部持っていかれるんじゃないですか」<br />
　苦笑いした駒井は、当然とばかりにダメ押しゴールのシーンを振り返った。<br />
「久保を信じて走っていましたし、あそこまで走り込んだからこそ取れたゴールだと思う。あきらめることなくクロスに入っていくのは当然のことだし、そこでサボるか、サボらないかが分かれ目になるので。練習の時からずっと言われていることだし、それが自然と出た感じです」<br />
　常に謙虚で、ひたむきであれ。その精神は、どんなに苦境でも可能性を信じてプレーする姿勢にもつながっていく。サンガＵ‐１８の指導方針が凝縮されたゴールでもあった。</p>

<p><br />
　長居スタジアムで行われたもうひとつの準決勝では、ＦＣ東京が１対０でセレッソ大阪を下していた。史上初のＪ２勢対決となった元日決戦へ。サンガにとってはＭＦ松井大輔や韓国代表で活躍したＭＦ朴智星らを擁して初優勝した、２００２年度大会以来のタイトルがかかる。<br />
　小学生からサンガの育成組織一筋で育ってきた駒井は、もちろん当時を覚えている。<br />
「あの時はサンガって強いと思いましたし、そういう夢を与えられる場所に自分も出られる。まだ１年目の選手ですけど、臆することなく、堂々とプレーしたい」<br />
　天皇杯決勝と言えば「家のコタツで見ていた」と苦笑いする久保は９シーズン前のサンガの栄光を知らないが、２０１２年元日にＦＣ東京から勝利を挙げることの意味はすでに分かっている。<br />
「新しいサンガじゃないですけど、そういうのを見せられたらいいなと」</p>

<p><br />
　今シーズンのＪ２におけるＦＣ東京との対戦は２戦２敗。１対４、１対６とともに大敗を喫するなど相性は最悪だが、駒井は「負けたのは（波に乗る）前のサンガ」とまで言い切る。<br />
「今のサンガは絶対にもっと差を縮めているはずだし、逆に超えていると信じている。同じ相手に３回も負けたくないと思うのは当然だし、その意味ではサッカーは何が起こるか分からない。今日だってみんなマリノスが勝つやろうと思っていたはずだし、巷ではジャイアント・キリングと言われているんでしょうね(笑)。次もＦＣ東京が優勝すると思われているいるんでしょうけど、それを覆してこそ僕たちだと思うので。見返してやる、じゃないけど、それくらいの気持ちで戦います」<br />
　ＳＡＰの発足で全国から金の卵たちが集まる環境が整い、６年目にしてトップチームで活躍するホープが輩出されるようになった。格上のマリノスからもぎ取った劇的な勝利はプロジェクトが軌道に乗ったことのまたとないアピールとなり、さらに優秀な人材を惹きつける好循環を生み出していく。<br />
　</p>

<p>　マリノス戦の最中には、遠く九州は大分銀行ドームで全日本ユース（Ｕ‐１５）選手権決勝を戦っていたサンガＵ‐１５が初優勝を達成したという吉報も飛び込んできた。<br />
　来シーズンから満を持してトップに昇格し、念願のプロ契約を結ぶ久保は、一緒にサンガＵ‐１８から昇格する５人の盟友の思いを代弁するように短い言葉に決意を込めた。<br />
「僕らが出て勝てるのはすごく嬉しいし、今後のユースや下の世代の励みになる」<br />
　舌足らずの１学年後輩をフォローするように、駒井は「生え抜きの選手が出てこなかったチームですけど、僕らが切磋琢磨することでチームを底上げして強くしていきたい」と締める。<br />
　育成力を宿らせ、内側から変わりつつある新生サンガが「大木イズム」を今一度全国放送を通じて披露し、歓喜の雄叫びをあげれば。そこにはチーム史上初のＡＣＬ挑戦という夢舞台も待っている。</p>

<p><br />
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    <title>京都サンガのジャイアント・キリングを支える育成力（１）　　by  藤江直人</title>
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    <published>2011-12-30T16:47:49Z</published>
    <updated>2012-01-01T14:16:10Z</updated>

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<p><br />
■天皇杯全日本サッカー選手権大会準決勝<br />
横浜Ｆ・マリノス［Ｊ１］　２‐４（前・後半２‐２）　京都サンガ［Ｊ２］<br />
［１２月２９日午後３時３分キックオフ＠国立競技場／観衆１万４４６７人］</p>

<p><br />
　岡田武史監督に率いられた日本代表が、下馬評を覆してＷ杯南アフリカ大会でベスト１６に進出した余韻が色濃く残っていた２０１０年夏。弊誌『論スポ』において「４年後のブラジル大会で輝くスターを探せ」と銘打った特集を企画し、Ｕ‐１９日本代表候補合宿を取材した時だった。<br />
「京都サンガのユースチームに、久保というまだ１６歳のすごいＦＷがいますよ」<br />
　日本サッカー協会の関係者から得た貴重な情報を、恥ずかしながら右から左へと受け流し、記憶の片隅に追いやってしまってから約１年４か月。国立競技場のピッチに立ったＦＷ久保裕也は、５日前のクリスマスイブに１８歳になったばかりの高校３年生とは思えないほどの貫禄を漂わせるストライカーに成長し、Ｊ１の横浜Ｆ・マリノスを撃破するジャイアント・キリングの主役を演じた。</p>

<p><br />
　後半２７分に一時は勝ち越しとなる直接ＦＫを決めたＦＷドゥトラとの交代で久保が投入されたのは、２対２の均衡が続いていた延長前半１４分。大木武監督の指示は単純明快だった。<br />
「監督からは『とにかく点を取ってこい』とだけ言われました」<br />
　Ｊ１のモンテディオ山形を２点ビハインドからの大逆転で下した３回戦で久保をベンチから外し、前大会覇者・鹿島アントラーズを１対０で下す番狂わせを演じた４回戦、Ｊ２勢対決となった湘南ベルマーレとの準々決勝ではサブに甘んじさせた指揮官にも迷いはなかった。大木監督は１メートル７７、６８キロの久保を今シーズンの序盤から「ゴールの匂いを嗅ぎ取れるＦＷ」と絶賛していた。<br />
「ドゥトラは相手をかき回すことはできますけど、点を取れるかどうかというところではパーセンテージが低い。今年ずっと見ていて、そこは久保の方が数段高いので使いました」</p>

<p><br />
　与えられた任務をいかに遂行するか。久保は狡猾かつ愚直にワンパターンを繰り返した。<br />
「マリノスの選手もけっこうバテていたので、最終ラインの裏に抜け出すことだけを意識しました。ウチには中盤でしっかりとパスをつなげる人がたくさんいるので、どんどんボールを呼び込んで、最後にスルーパスを受けてゴールを決めるＦＷとしての仕事だけに集中しました」<br />
　取材慣れしていないのか。硬い表情のままボソボソと発する聞き取りにくい声が初々しいが、ピッチの上では別人だ。焦れることなくチャンスを待ち続けられる精神力、千載一遇のパスをゴールに結びつける仕事人ぶり、限られたシュートコースを確実に射抜く冷静さ、延長後半開始直前に「自分の動きを見ていてくれ」と先輩選手に注文する痛快な度胸は、新星誕生を予感させるのに十分だった。<br />
「でも、ホンマに感覚で。何も考えんと無我夢中で打っただけなんですけど」</p>

<p><br />
　ＰＫ戦突入の気配も漂い始めた延長後半１１分。天皇杯の歴史に残る決勝ゴールが生まれた。<br />
　サンガの司令塔・工藤浩平が、相手のクリアをヘディングで前線のＦＷ宮吉拓実へつなごうとする。すかさずマリノスの元日本代表ＤＦ中澤佑二が宮吉にプレッシャーをかける。<br />
　ルーズボールを拾おうとした中澤とＭＦ中村俊輔が、わずかながら重なってしまった隙を工藤は見逃さなかった。ボールをかっさらい、中澤と中村の間を縫うように突破する。２人のベテランに任せておけば大丈夫と油断していたのか。栗原勇蔵と青山直晃の両ＤＦの対応が完全に後手を踏んだその瞬間、久保は最終ラインの裏へ、ゴールから逃げるような角度で抜け出していた。<br />
「練習で何度も繰り返してきたので。自分の中では、あの形が一番得意なんです」</p>

<p>　<br />
　工藤からのスルーパスが完璧なタイミングで久保の足元に入る。ファインセーブを連発していたマリノスの守護神・飯倉大樹も、シュートコースを狭めようとダッシュしてくる。<br />
　映像を確認してみると、右足を振り抜く瞬間、確かに久保は自分の足元しか見つめていない。眼前に迫っていた飯倉の姿がプレッシャーにならなかった、というのもうなずける。<br />
「何となく（コースが）空いているな、という感じがして。ＧＫの動きは見ていません」<br />
　膨大な練習量の賜物なのだろう。１１月２７日の横浜ＦＣとのＪ２リーグ戦以来となる公式戦でのゴールに「チームの雰囲気がよかったので、そこは悔しさを出さずに応援に徹して、いつか試合に出たらゴールを取ったろうと思って準備だけはしてきました」と負けん気の強さものぞかせた。</p>

<p><br />
　試合前に配布されるメンバー表において、久保の前所属チームは山口市立鴻南中学となっている。京都サンガＵ‐１８に所属したままトップの試合に出場できる２種登録選手として、今シーズンからチームに帯同。Ｊ２で３０試合に出場し、チームトップ、リーグ８位タイの１０ゴールをマークした。<br />
　中学卒業を控えた２００８年冬。久保は迷うことなく高校サッカーに背を向けることを決めている。<br />
「自分はとにかくプロになりたかったので、一番近道に思えたユースを選びました」<br />
　数あるＪクラブ傘下の育成組織から選び、セレクションを受けたのは京都。Ｕ‐１８に所属していた宮吉が２００８年１０月に１６歳にしてプロ契約を結び、Ｊ１の舞台でプレーしていたこともあるが、何よりも魅力的に映ったのが２００６年からサンガがスタートさせた独自のプロジェクトだった。</p>

<p><br />
　京都パープルサンガとして初めてＪリーグに参入した１９９６年以降、チームは毎年のように他チームで活躍した主力選手を補強してきた。それで結果を残せればいいが、２０００年、２００３年と二度のＪ２降格を経験。一方で育成組織から輩出されてくる生え抜きの選手はほとんど皆無に近い状態で、たとえるならば一本の「太い幹」が欠けている状態だった。<br />
　２００４年シーズンの途中から指揮を執っていた柱谷幸一監督はこうした悪しき連鎖に警鐘を鳴らし、育成組織の改善なくしてチームの未来なし、と何度もチーム上層部に直訴。熱意はやがてユニホームスポンサーの京セラ、ホームタウンの宇治市にある立命館宇治高校を動かし、サンガとの「三位一体」となった『スカラーアスリートプロジェクト（ＳＡＰ）』が発足した。</p>

<p><br />
　地元の県立吉田高校とタッグを組んで成功を収めていたサンフレッチェ広島をモデルケースとしたＳＡＰが大きく異なっている点は、Ｕ‐１８に所属する選手が置かれた環境だ。<br />
　１学年につき上限が１０人の選手たちは全員が私立の立命館宇治高に入学し、サンガの選手寮『ＲＹＯＵＭＡ』に入寮。新設されたＵ‐１８専用の人工芝グラウンドで日々の練習に打ち込む。<br />
　プロジェクトの根幹をなすのは、入学金と授業料は奨学金として立命館学園が、食費を含めた寮費はサンガが３５００万円の選手寮運営予算の中から全額負担するシステムだ。余談になるが、一般に同高に入学する場合は初年度の入学金と授業料の合計額が約１０５万円にのぼる。<br />
　トップチームへの昇格は狭き門となるため、高校における成績次第で立命館大学への内部進学も可能とした。実際に２００６年の一期生、翌年の二期生は全２０人が大学生になった。親としては、万が一、サッカーで大成しなかった場合をも考慮して子供を送り出すことができるわけだ。</p>

<p><br />
　関西におけるＪクラブの育成組織では、ＭＦ稲本潤一やＤＦ宮本恒靖らのＷ杯日本代表を輩出したガンバ大阪のそれが「黄金郷」として１９９０年代の後半から注目を集めていた。<br />
　強化部長や育成担当部長としてガンバの育成組織の基盤を整備・発展させ、２００９年からはＪリーグの技術委員長を務めている上野山信行氏からこんな話を聞いたことがある。<br />
「ガンバに追いつけ、追い越せというのが関西のＪクラブの社長さんの中で合言葉になっている。ガンバに負けたらアカンという競争意識が働いているんです。すごくありがたい話ですし、セレッソ大阪もヴィッセル神戸もユース年代のために寮を建てていますからね」<br />
　サンガの場合は、ガンバへの対抗心が異色とも言えるＳＡＰを生み出したことになる。</p>

<p><br />
　サンガＵ‐１８の選手たちは午後４時半まで立命館宇治高で授業を受け、約１キロ離れた専用練習場へ自転車で移動。約２時間の練習を終えると約３キロ先にある寮へ再び自転車で戻り、午後７時半すぎから専門家によって栄養などがしっかりと計算された夕食を摂る。<br />
　今シーズンはＳＡＰ開始以降では初めてとなるトップ昇格選手が一挙に４人も誕生。そのうちの一人で、三期生として２００８年にサンガＵ‐１８に入団。今シーズンのＪ２で２５試合に出場し、スピードとテクニックを武器に活躍した１９歳のホープ、ＭＦ駒井善成は言う。<br />
「技術や戦術だけでなく人間性もしっかりとした選手を育てるという方針が、教わっている僕たちにも伝わってきた。常に謙虚であれと言われてきたし、だから試合中に審判に文句を言う選手はサンガでは少ない。不満があっても抑えて、大人のサッカーをするという意味ですね」</p>

<p><br />
<u><strong>（２）へ続く</strong></u></p>

<p><br />
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    <title>圧巻の２ゴール。川澄奈穂美は原チャリより速いんです！　　by  藤江直人</title>
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    <published>2011-12-27T17:22:26Z</published>
    <updated>2011-12-28T04:43:21Z</updated>

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<p><br />
■全日本女子サッカー選手権大会準決勝<br />
ＩＮＡＣ神戸レオネッサ［なでしこ］　４‐１（前半３‐０）　岡山湯郷Ｂｅｌｌｅ［なでしこ］<br />
［１２月２７日午後２時３分キックオフ＠国立競技場／観衆４４１７人］</p>

<p><br />
　３分間が表示された後半のロスタイムに突入する直前だった。自陣の右タッチライン際に弾んだルーズボールに対して、岡山湯郷Ｂｅｌｌｅの選手がクリアしようと間合いを詰める。<br />
　ＩＮＡＣ神戸レオネッサが２点をリードし、勝利をほとんど不動のものとしている状況において、それでもキャプテンのＦＷ川澄奈穂美が猛然とプレッシャーをかけていく。<br />
　まるで劣勢を強いられている側が、乾坤一擲の大勝負を仕掛けているかのような光景。攻撃は最大の防御なり。川澄は率先垂範してＩＮＡＣのポリシーを実践することしか考えていなかった。<br />
　強引にボールを奪い、そのままゴール前へ高速ドリブルで切れ込む。ＤＦをかわし、ＧＫをもかわし、最後は無人のゴールへ流し込む。この試合２点目。なでしこジャパンの司令塔、宮間あやを擁する岡山湯郷Ｂｅｌｌｅに圧倒的な実力の差を見せつけて連覇へ王手をかけた。</p>

<p><br />
　手袋に覆われた左手には、厳重なテーピングが施されていた。２３日に行われたＡＳエルフェン狭山ＦＣとの準々決勝。ゴール前で相手選手と激しく接触した川澄が、その際に左手の甲をスパイクで踏まれるアクシデントに見舞われ、負傷退場を余儀なくされたのは後半２９分だった。<br />
　救急車で搬送された病院での精密検査の結果、骨折という最悪のケースこそ免れたものの内出血による腫れは大きく、星川敬監督は準決勝、決勝を川澄抜きで戦う覚悟を決めたという。<br />
「もっとも、その瞬間はさすがに『どうすればいいんだ』と思いましたけどね(笑)」<br />
　大黒柱のＭＦ澤穂希、指揮官が期待を込めて背番号１０を託したＦＷ大野忍とともに、今シーズンのＩＮＡＣにおいて絶対に欠かすことのできない存在。ピッチの上における川澄の貢献度の大きさは、最先端の科学によって分析されたデータからも明確に弾き出されていた。<br />
　</p>

<p>　さかのぼること１２月１日。国立競技場にイングランド・スーパーリーグ女王のアーセナル・レディースを迎え、１対１で引き分けた国際親善試合『ＴＯＹＯＴＡ　Ｖｉｔｚ　ＣＵＰ』の９０分間を、ＩＮＡＣは来シーズンへ向けた貴重なデータ収集の場としても活用していた。<br />
　メーンスタンドの上段には２０台を超えるカメラが並んでいた。対戦相手を含めたピッチ上の全選手を一機ずつが追うことで、両チームの正確なボールポゼッション率をはじめ、選手個々が走ったトータルの距離、スプリントの回数などを数字化。今シーズンから星川監督が導入した、澤をアンカーの位置にすえる４‐３‐３の「バルセロナ・スタイル」の完成度をチェックした。<br />
　最も重要視するボールポゼッションに関しては６０対４０で完全に上回り、フィジカルの強さやリーチの長さなどで優位に立たれる相手にもＩＮＡＣのスタイルが通用したことを証明している。</p>

<p><br />
　もうひとつ。ＩＮＡＣが採用した解析システムではスプリント時のスピードも分かるという。<br />
「すごかったのが川澄。瞬間で時速３０キロを超えていましたから。原付より速いですから！」<br />
　道路交通法により、俗称で原チャリとも呼ばれる原動機付き自転車の最高速度は時速３０キロに定められている。星川監督はそれをもって「原付より速い」と比喩しながら笑い飛ばしたわけだが、時速３０キロは１００メートル走で換算すれば１２秒で走破することになる。<br />
　しかも、速さで群を抜くスプリントを川澄は９０分間で３０回近く繰り返していた。１メートル５７、４９キロの華奢な体には無尽蔵のスタミナも搭載されている。脱帽とばかりに指揮官が続ける。<br />
「男子の長友の９０分間におけるスプリント回数が、平均の２倍から３倍。女子選手の平均が８回だから、川澄はまさに長友ばりの能力を持っていることになりますよね」</p>

<p><br />
　トータルで走った距離約１２キロも、韓国代表ＭＦ池笑然と並んでトップだった。基本ポジションである３トップの左を主戦場に、サイドをスピードでえぐってチャンスを演出し、得点王獲得が証明するようにストライカーとしての嗅覚も失わず、前線からの執拗なチェイシングで守備でも貢献する。<br />
　シーズン開幕前。当時はなでしこジャパンにおいてもノーゴールだったブレーク前の川澄を、迷うことなくキャプテンに指名した星川監督はあらためてその存在感を絶賛した。<br />
「なでしこジャパンでも川澄が重宝されている理由が分かりますよね。ウチのシステムを可能にしているのも、日本の中でもっとも素晴らしいワイドの選手がいるからに他ならないんです」<br />
　日に日に回復している川澄の左手首を見ながら、「相手とぶつかったり、転んだ時に自分から手をつかなければＯＫ」と先発で送り出したのは、いわば必然的な流れでもあった。</p>

<p><br />
　ピッチの上に立った以上は、言い訳はできない。川澄は「まったくないと言ったら（痛みは）ありますけど、プレーできるので」と事もなげに９０分間フル出場を振り返りながらこう続ける。<br />
「ボールも人もよく動いたし、やっていて楽しかった。優勝を目指しているので、自分たちにとっては、いつもここがスタートライン。もちろん、次勝たないと意味がないので」<br />
　圧巻は１点リードで迎えた前半２４分。中央でボールをカットした澤が、左サイドに開いていた川澄にボールを預ける。ここで対面の右サイドバックが食らいついてくるのは、試合前のミーティングで星川監督から指示された通りの展開。マーカーを十分にひきつけてから川澄が池に折り返し、次の瞬間、時速３０キロのダッシュで前方へ飛び出して相手を置き去りにする。池からのリターンを受けた背番号９はドリブルでペナルティーエリア内へ侵入し、技ありのゴールを決めた。</p>

<p><br />
　今年の元旦。浦和レッズレディースとの全日本女子サッカー選手権大会決勝。１対１でもつれ込んだＰＫ戦で５番手として登場した川澄がゴールネットを揺らし、ＩＮＡＣに悲願の初タイトルをもたらしてから３６１日。直後に澤や大野、ＤＦ近賀ゆかり、ＭＦ南山千明が日テレ・ベレーザから電撃移籍し、陣容も戦術もすべて変えた中で臨んだ１年間の公式戦を１７勝３分けと「無敗」のままで終えた。<br />
「負けていてもおかしくなかった試合もありましたし、それは次のシーズンへ向けて改善すべき課題でもありますけど、その中で黒星がつかなかったのは自分たちのこだわりを貫いた結果でもあるので、そこは自信にしてもいいんじゃないかと思っています」<br />
　開始２分のＤＦ那須麻衣子の先制ゴールをアシストし、結果的に大野が放ったシュートが当たったＦＷ高瀬愛実のゴールとなった前半４４分の３点目もお膳立てした川澄が胸を張った。</p>

<p><br />
　元旦の決勝戦の相手は、第１試合でベレーザを撃破したアルビレックス新潟レディースに決まった。ＩＮＡＣにとっては１０月１日に行われたリーグ戦で残り１２分から３点のリードを追いつかれ、目標として掲げていた「全勝優勝」を阻止された因縁の相手でもある。<br />
　もっとも、川澄はＩＮＡＣの原点を再確認できたターニングポイントとして位置づけている。<br />
「ポゼッション自体は高かったですし、３点を奪った時点で４点目を狙いにいかなければ防げた失点かもしれないですけど、守り切るサッカーはＩＮＡＣのサッカーじゃないので」<br />
　７月のＷ杯から引きずる疲れに９月のロンドン五輪アジア最終予選のそれが追い打ちをかけ、１０月以降は本来のサッカーが影を潜める時期も続いたが、アルビレックス戦が糧となってチームを成長させた。岡山湯郷Ｂｅｌｌｅ戦の後半終了間際に、アグレッシブな姿勢を失うことなく奪った４点目こそがその証。そして、元旦の決勝で完璧な勝利を収めることが次のステップへとつながる。</p>

<p><br />
　自身が昨シーズン途中まで指揮した宿敵ベレーザとの対戦を想定していた星川監督は、連覇達成で来たる２０１２年シーズンでのさらなる飛躍につなげたいと青写真を描く。<br />
「ウチがチャンスを決め切れれば、相手どうこうという問題ではないと思う。今日も前半は理想に近いサッカーができたので。来年は不安よりも楽しみの方が大きい。今年を無敗で勝ち切ったベースがあるので、あとはそこにひとつひとつ足していくだけ。マイナスの要素はありません」<br />
　後半開始からはトップ下にポジションを移した大野と入れ替わる形でセンターフォワードとしてプレー。チーム最多の９本のシュートを放つなど、貪欲さものぞかせた川澄も続く。<br />
「元旦の国立競技場では、成長した姿を見せたいと思います」<br />
　真夏のロンドンへ向けた五輪イヤーの幕開けを飾る一戦では、１１月６日のベレーザとのリーグ戦、アーセナル戦に続いて通算３度目となるデータ収集＆解析を行うことも決まっている。</p>

<p><br />
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　</p>

<p><br />
</p>]]>
        
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    <title>成長途上の大型サイドバック酒井宏樹の濃密な２４３日間　　by  藤江直人</title>
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    <published>2011-12-22T07:40:45Z</published>
    <updated>2011-12-22T08:09:23Z</updated>

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<p><br />
■天皇杯全日本サッカー選手権大会４回戦<br />
名古屋グランパス［Ｊ１］　３‐３（ＰＫ戦９‐８／前後半２‐２）　柏レイソル［Ｊ１］<br />
［１２月２１日午後７時４分キックオフ＠瑞穂公園陸上競技場／観衆５６１８人］</p>

<p><br />
　出番はまず巡ってこないだろう、と本人は思っていたのかもしれない。延長戦を含めた１２０分間の死闘を３対３のスコアで終え、もつれ込んだＰＫ戦でも先蹴りの柏レイソル、後蹴りの名古屋グランパスの５人がそろって成功。さらに緊張感が増す中で７人目を迎えた時だった。<br />
　レイソルのＤＦ橋本和が、右ポストにボールをかすめさせながらもゴールネットを揺らす。そして、何かを躊躇うかのようにゆっくりとペナルティースポットに歩を進めていたグランパスのＭＦダニルソンが、次の瞬間、なぜか仲間が待つセンターサークルへと引き返してくる。<br />
　慌ててペナルティースポットへ近づいていったのはＤＦ増川隆洋。異例とも言える直前のキッカー交代は、増川がレイソルＧＫ菅野孝憲の逆を冷静に突く一撃を左隅に突き刺して事なきを得た。ダニルソンの行動は、グランパスの１点リードで迎えた延長後半７分のシーンに原因があった。</p>

<p><br />
　１００メートルを１０秒台で走破するスピード。体を寄せてきた相手を跳ね飛ばす強靭なフィジカル。そして無尽蔵のスタミナ。異彩を放っていたダニルソンの存在感は、レイソルを含めた他の選手たちの運動量が落ちてくる延長戦に入ってひときわ輝きを増していた。<br />
　延長後半７分も左サイドを抜け出し、猛然とレイソル陣内へと切れ込んでいった。そこへ追いつき、絡んでいく白いユニホーム。レイソルの右サイドバック酒井宏樹との壮絶な肉弾戦は両者がもつれ込むようにして倒れた末に、ダニルソンのファウルを誘発した酒井に凱歌が上がった。<br />
「実はあのプレーの後から右足がつり、左足には張りを感じるようになってしまった」<br />
　レフティーのダニルソンは両足に負ったダメージによる悪影響を考慮し、失敗すれば４回戦敗退が決まった場面でのＰＫキッカー役を辞退したことを試合後に明らかにしている。</p>

<p><br />
　プロレスラーを彷彿とさせる１メートル８５、８０キロの鋼のボディとの相乗効果で、Ｊリーガーたちを畏怖させてきた２５歳のコロンビア代表ＭＦへ真っ向勝負を挑んだ酒井の度胸。一気に間合いを詰めたスピード。そして当たり負けしない身体能力の強さが、劣勢を鮮やかに覆す。<br />
　酒井のタイマン勝負で得たフリーキックを素早く左に展開したレイソルは、相手ゴール前に侵入したＦＷ工藤壮人がＰＫを獲得。グランパスのＤＦ田中隼磨を退場に追い込むとともに、ＭＦレアンドロ・ドミンゲスが冷静に決めて試合を再度振り出しに戻している。<br />
　実は前半４４分にも、酒井とダニルソンは火花を散らしている。左足からのシュートこそゴールの枠を外れたものの、ダニルソンの執拗なチェックを最後は跳ね返すようにして振りほどいた酒井が力強くドリブルで侵入する場面に、レイソルサポーターは「やってやれ！」と酒井の応援歌を連呼している。</p>

<p><br />
　ＰＫ戦は１０人目のレイソル菅野がバーに当てて失敗。意を決するように左足を振り抜いたダニルソンが、菅野が一歩も動けないほどのキャノン弾を炸裂させてついに決着を見た。<br />
　東日本大震災による中断から明けた４月２３日の大宮アルディージャ戦で右サイドバックとして初先発した酒井が、Ｊ１におけるデビューを果たしてから２４３日目。瞬く間にレギュラーポジションを獲得し、来夏のロンドン五輪出場を目指すＵ‐２２日本代表でも不動の右サイドバックを担い、一方でアルベルト・ザッケローニ監督が率いるＡ代表にも抜擢された。<br />
　史上初となるレイソルの「Ｊ２から昇格１年目で優勝」の原動力となり、ベストヤングプレーヤーとベストイレブンをダブルで受賞。開催国優勝チームとして出場した先のＦＩＦＡクラブＷ杯では、南米ブラジルの名門サントスとの準決勝で一矢を報いるゴールを見舞った。</p>

<p><br />
　濃厚な１年が幕を閉じた瞬間を、酒井はベンチ前で仲間と肩を組みながら見届けた。１０人でＰＫ戦に臨むグランパスと人数を合わせるために、酒井がキッカーから外れていたからだ。<br />
<strong>酒井</strong>「ＰＫ戦では全員が一体となって、一本ずつ声援を送っていた。レイソルの強さがまた分かった気がします。１２月に入って数多くのゲームを重ねていく中で、日に日にチームがよくなっていった。もっと戦いたかった、というのはあります。今日も勝てる試合だったので」<br />
　前半４２分の先制点は右から放たれた酒井の低く速いクロスへの処理を増川が誤り、こぼれダマをレアンドロが豪快に蹴りこんで生まれたものだった。後半２１分にはレアンドロとのコンビで右サイドを完璧に崩し、今度はグランダーのクロスをニアサイドへ送る。飛び込んだ工藤が必死に伸ばした右足をコンタクトさせ、ゴールネットを揺らした会心の形だった。</p>

<p><br />
　清水エスパルスをホームの日立柏サッカー場に迎えた３月５日の開幕戦で、右サイドバックを務めたのは本来センターバックの増嶋達也。酒井はベンチにも入っていなかった。<br />
　Ｊ２を戦った昨シーズンは９試合に出場しているが、ほとんどは１メートル８３の長身を見込まれてのセンターバックでのプレーだった。レギュラーだった小林祐三が横浜Ｆ・マリノスへ移籍した今シーズン。空白となった右サイドバックを、どのようにして機能させるか。<br />
　昨シーズンから入閣し、主に控え選手を中心に見ている布部陽功コーチは言う。<br />
「去年の段階からネルシーニョ監督は酒井を右サイドバックとして使うタイミングを見計らっていたし、酒井本人も準備していました。監督が酒井の身体能力とスピード、技術を見て、本人が最も伸びて、かつチームにフィットできると判断したポジションが右サイドバックでした」</p>

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　周到な準備に加えて、東日本大震災で生じた１か月半近くの中断期間が、右サイドにおいてレアンドロをはじめとする選手とのコンビネーションをさらに磨く時間になったのだろう。<br />
　Ｊ１デビュー以来、リーグ戦を欠場したのはＵ‐２２日本代表に招集され、五輪アジア予選を戦った間に行われた６試合だけ。６月の３試合を欠場した時には、酒井は日の丸を背負いながらも「レイソルに帰ったらポジションがあるかどうか」と不安そうな表情を浮かべていた。<br />
　ＦＣ東京のＵ‐２２日本代表ＧＫ権田修一のように、チームを離れた間に代わりの選手が活躍したことで、しばらくはサブに甘んじたケースは決して少ない。しかし、酒井の心配は杞憂に終わる。<br />
　２００９年には右サイドバックのレギュラーとして活躍した村上佑介が、アルビレックス新潟に完全移籍したのは７月１３日。成長した酒井が一本立ちしたことを何よりも物語っていた。</p>

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　縦方向へトップスピードに乗ったままで、上半身を強引にねじるようにして直角方向に放たれる高速かつ低空のクロスが対戦チームの脅威となるまで、さほど時間は要さなかった。<br />
　ニアサイドを目がけて酒井にクロスを放り込ませ、飛び込んでくる北嶋秀朗をはじめとするＦＷ陣が頭などの体の一部にヒットさせてゴールにするシーンを何度見たことか。<br />
「センターバックとしての酒井は知っていたけど、今年から右サイドバックで使うんだと聞かされてね。面白い、と思いました。何よりも、体の強さがある。以来、ずっと注目しています」<br />
　アルディージャ戦を偶然視察した日本サッカー協会の原博実強化担当技術委員長が声を弾ませたこともあれば、左サイドバックとして一時代を築いた元日本代表の都並敏史氏も「よほど体幹が強くないとあのクロスは生まれない」と天性の体の強さに舌を巻いたこともある。</p>

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　何よりも酒井ほどの上背があればセンターバックとしての起用法が思い描かれても不思議ではないが、そうした衝動を指揮官に封印させるだけの魅力があるのだろう。布部コーチは言う。<br />
「レイソルの育成年代では右のウイングでプレーしていた時期もありましたからね。あれくらいスケールの大きなサイドバックは、なかなか日本にはいないと思いますよ」<br />
　ＦＩＦＡクラブＷ杯で対戦したサントスが興味を示し、獲得に動くという報道がメディアを騒がせたことも記憶に新しいが、酒井本人は自身の体に宿る才能にまだピンとこないようだ。<br />
<strong>酒井</strong>「２１歳という若い選手を、Ｊ１の舞台で試すというのはなかなかできないことだと思うので。その意味では監督には感謝しています。いい時も悪い時も周りからサポートしてもらって、今シーズンはいい経験を積むことができました。（クラブＷ杯でも）具体的に話して伝えるのは難しいけど、自分なりに感じたこともあるので、これからの経験につなげていけたら。ホントに自信になりました」</p>

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　憧れる選手として、インテルに所属するブラジル代表右サイドバックのマイコンを挙げる。身長も１メートル８４とほとんど変わらないが、一方で「目標ではない」と力を込める。<br />
　真似をしている限りは、どんなに頑張ったところで「マイコン２世」に過ぎないと言いたいのだろう。過去に類を見ない大型サイドバックとして世界に羽ばたく。壮大な夢を描いているからこそ、現状に満足することなく、もっと、もっと貪欲になれる。布部コーチが続ける。<br />
「酒井のポテンシャルは、それこそ計り知れないくらいに大きなものがありますから。今まさに成長している段階です。クロスの質もそうですけど、判断の早さや考える賢さはもっと伸びる余地がある。これから先、いろいろな経験を積んでいくことによってゲームを読む力、ゲーム中に刻々と変化する流れに対応できる力も備わってくる。期待していてください(笑)」</p>

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　試合後のロッカールームから出てきたダニルソンは、まだ左足を引きずっていた。<br />
「スピード、パワー、そしてテクニック。すべての面においてすでに彼は完璧だし、もっと伸びるだろう。まだ２１歳と若いけど、早い段階でヨーロッパに挑んでも絶対に通用する選手だ」<br />
　酒井への賛辞が決して社交辞令ではなかったことは、満身創痍のダニルソンの体が何よりも物語っている。酒井自身もオークランドシティとのＦＩＦＡクラブＷ杯初戦で左ひざを傷めて周囲を冷やりとさながらも、２回戦以降の３試合計３００分間にフル出場。グランパス戦後には打撲した左足首をアイシングしていたが、問題ないとばかりに笑顔を浮かべた。<br />
<strong>酒井</strong>「来年も勝たなければいけない立場にあるけど、レイソルが過信することはありません。監督がああいう（厳しい）人なので、しっかりと僕たちをコントロールしてくれると思う」</p>

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　１９日間で６試合を戦い、そのうち２つは延長戦からＰＫ戦にもつれ込んだ「１２月の陣」は幕を降ろしたが、１月１５日からはＵ‐２３日本代表に名称を変えて臨むグアムキャンプがスタート。しっかりと体をつくり、２月５日に待つシリアとのロンドン五輪アジア最終予選の大一番に備える。<br />
　レイソルでは連覇を目指すＪ１と同時進行で、未知の戦いとなるＡＣＬも戦っていく。<br />
<strong>酒井</strong>「今日の試合にしても、Ｊ１の上位チームやＪ２のチームだったら『グランパス相手によくやった』で終わるんだろうけど、レイソルはすでにそのレベルにはないと思うので。僕自身も今年は非常に波のあるシーズンだったので、１年を通して戦えるようにしていきたい」<br />
　衝撃的な軌跡を残した今シーズンが「ホップ」ならば、来シーズンに待つ「ステップ」ではどのようなプレーで見る側を驚かせてくれるのか。ネルシーニョ監督の慧眼が生み出した魅惑の大型サイドバックは勝者のメンタリティーをも漂わせながら、まずはつかの間のオフで鋭気を充電する。</p>

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