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    <title>Sports Times　スポーツタイムズ通信社</title>
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    <updated>2010-08-31T14:32:45Z</updated>
    <subtitle>スポーツを心から愛する人たちへ。時には醒めて、時には熱く、独自の視点でスポーツメッセージを贈るWEBです。</subtitle>
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    <title>契約内容から見えるザッケローニ新監督のモチベーション　　by  藤江直人　　</title>
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    <published>2010-08-31T14:23:58Z</published>
    <updated>2010-08-31T14:32:45Z</updated>

    <summary> 　受話器の向こう側からは、期待よりも不安を煽るような言葉が返ってきた。イタリア...</summary>
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        <![CDATA[<p></p>

<p>　受話器の向こう側からは、期待よりも不安を煽るような言葉が返ってきた。イタリアの有名スポーツ紙『ガゼッタ・デロ・スポルト』のウェブ版に投稿されたという読者からのコメントを、ヨーロッパ在住のジャーナリストは苦笑いしながら紹介してくれた。<br />
「日本がかわいそう、日本は本当のことを知っているのか、といった声が多いですよ」<br />
　何に対するコメントなのかは、もうお分かりだろう。日本代表の新監督に就任したイタリア人のアルベルト・ザッケローニ氏とは、一体どんな指導者なのか。所用もかねて国際電話を入れてみると、名将として迎え入れられたザッケローニ氏の「現在位置」が見えてきた。</p>

<p><br />
　セリエＡにおける監督経歴は申し分ない。<br />
　守備重視のセリエＡで３‐４‐３のシステムを軸にした大胆な攻撃サッカーを標榜し、ウディネーゼを３位に躍進させて脚光を浴びたのが１９９７‐９８年シーズン。その手腕を見込まれて翌シーズンに名門ＡＣミランの監督に就任し、いきなりスクデットを獲得した。<br />
「でも、結局はそれだけなんですよね。その後はまったくパッとしない」<br />
　前出のジャーナリストが言うように、２０００‐０１年シーズン途中にＡＣミラン監督を解任されると、その後もラツィオ、インテル、トリノといった強豪チームで指揮を執りながら、いずれの場合も任期半ばでの解任や辞任が繰り返されてきた。</p>

<p><br />
　そのザッケローニ新監督の就任会見が３１日、都内のホテルで行われた。<br />
「クラブチームの監督を２５年以上も務めて、セリエＡでも優勝した。次の大きなチャレンジは代表チームしかなかった。いろいろな話があったが、この１５年という短い期間でものすごく伸びた日本と一緒にまだ伸びていく、まだ強くなりたいという気持ちがあった」<br />
　ひな壇の上で眩いフラッシュライトを浴びながら、新監督は何度も「チャレンジ」という言葉を口にした。昨シーズン途中から指揮を執ったユベントスでチームを立て直すことができずに７位に沈むと、そのまま契約を延長することなく辞任。今季はフリーの状態だった。</p>

<p><br />
　５７歳のイタリア人のチャレンジャー魂を駆り立てたのは何だったのか。<br />
　今年１月にユベントス監督に就任するまで、実はザッケローニ氏には約３年間の浪人期間がある。しかも、再び存在感を示すまでには至らなかった。何もしないでこのまま「過去の人」としてフェードアウトしていくのであれば、もう一旗上げるために発起するのもありではないか。<br />
　クラブチームのみ、それもセリエＡでしか指揮を執ったことのない同氏が、はるか異国の地でのナショナルチーム監督就任というオファーに、金銭以外の部分で魅力を感じたしても決して不思議ではない。だからこそ「チャレンジ」という言葉を用いたのだろう。</p>

<p><br />
　４年後のブラジルＷ杯まで任せたいと力説してきた交渉役の原博実・日本サッカー協会強化担当技術委員長は、会見の席で契約期間などについての明言を避けた。<br />
　しかし、前出の『ガゼッタ・デロ・スポルト』は２年間のオプションがついた２年契約で、年俸は日本円で２億と伝えている。契約内容について原委員長はこう言及している。<br />
「どうしても日本に合わないとか、あるいはその逆で来年の南米選手権が終わったあたりでビッグクラブからオファーが来た時にどうするとか、そういうところも詰めておかないと。とりあえず契約した、ではダメ。それくらいの名前のある人を連れてくるとリスクもある」</p>

<p><br />
　ヨーロッパ、特に母国イタリアにおいて「終わった人」のイメージが定着しかかっているザッケローニ氏が、日本代表チームを躍進させることでそうした汚名を返上し、もうひと花咲かせたいと意気込んでいることが原委員長の説明からも伝わってくる。日本が招待されている来夏の南米選手権は、手腕をアピールできるかっこうの舞台になるだろう。<br />
　ヘッドコーチ、ＧＫコーチ、フィジカルコーチに個人マネジャーの４人を入閣させたい意向を伝えている新監督は、スタッフ全員が単身赴任も厭わないとも明言。住居も同じ場所を要望し、いつでもスタッフ会議などを開催できる環境を条件に挙げているという。</p>

<p><br />
　舞台裏はどうであれ、新監督の高いモチベーションが日本の強化につながれば大歓迎だ。　<br />
「組織的な守備をさらにワンランク、相手コートに近づけたところで攻撃をいかに仕掛けていって点を取るか。そこで彼の経験、あるいは組織力にプラスしてグラウンドを広く使った大胆なサッカーを取り入れてくれれば、日本のレベルがもうひとつ上にいけるんじゃないか」<br />
　難航を重ねた末にようやく終結した次期日本代表監督問題に原委員長は安どの表情を浮かべ、最初から候補者のリストに入っていたというザッケローニ氏に課題でもある決定力不足解消への期待を託した。もっとも、新監督の「所信表明」がやや拍子抜けだったのも事実だ。</p>

<p><br />
「私のイメージはおそらく攻撃、非常にオープンに攻める監督のイメージかもしれないが、自分自身ではバランスのあるサッカーを、バランスのあるチームを作ることができる監督だと思っている。代表の場合も守備も攻撃もバランスのとれたチームになるようにしていきたい」<br />
　今後は９月２日からの代表合宿と親善試合２試合を視察し、就労ビザ申請のために一時帰国。１０月８日に予定されているアルゼンチン戦から本格的なさい配をふるう。<br />
　システムも思い入れの強い３‐４‐３にこだわることなく、「相手や試合の流れに応じていろいろなシステムをやらないといけない」と柔軟な姿勢を見せている。</p>

<p><br />
「いつかこの冒険が終わる時には『ザッケローニのサッカー、ザッケローニのジャパン、ザッケローニのサムライは非常にいいプレーを見せた』といういい思い出を残したい」<br />
　ひな壇では常に穏やかな表情を浮かべ、静かな語り口が印象的だった。ヨーロッパ在住のジャーナリストは最後に「非常に温厚で物静かな性格がラテン系のイタリアではなかなか受け入れられなかったけど、日本には合うかもしれないですね」とも付け加えた。　<br />
　新監督は大好きな言葉、日本流で言えば座右の銘に「バランス」を掲げた。紆余曲折の末に、ようやく新たなスタートラインに立つことができた日本。カルチョの国イタリアから初めて迎えることになった指揮官の手腕のほどを、まずはしっかりと拝見したい。<br />
　<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>監督不在のまま発表された「新生」日本代表への違和感　　by  藤江直人</title>
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    <published>2010-08-28T07:01:02Z</published>
    <updated>2010-08-28T07:05:30Z</updated>

    <summary> 　Ｗ杯南アフリカ大会後では初めてとなるサッカーの日本代表が発表された。 　決勝...</summary>
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        <![CDATA[<p></p>

<p>　Ｗ杯南アフリカ大会後では初めてとなるサッカーの日本代表が発表された。<br />
　決勝トーナメント進出を勝ち取り、日本中を熱狂させた２３人のメンバーから、代表からの引退を公言していたＭＦ中村俊輔、コンディションが万全ではないＭＦ稲本潤一、海外への移籍が決まった、もしくは交渉中のＦＷ矢野貴章、ＭＦ阿部勇樹ら７人が抜けたが、ＭＦ本田圭佑をはじめとする海外組は８人全員が参戦。サプライズ的な抜擢もない顔ぶれとなった。<br />
　当初は３０人前後の規模で８月３０日から始動、という青写真が描かれていたが、発表された集合日はパラグアイ戦２日前の９月２日。中途半端な印象はぬぐえない。</p>

<p><br />
　代表選手選考は日本サッカー協会の技術委員会主導で行われた。監督代行を務めることが決まっている原博実強化担当技術委員長は２３人の選考理由をこう説明する。<br />
<strong>原委員長</strong>「ほとんどすり合わせる時間がないので、ある程度慣れているメンバーをベースにしながら、前の方にフレッシュな選手を入れて戦っていくことが現段階で一番日本のよさを出せるんじゃないかということでこのメンバーになりました」<br />
　当然のように、日本版「黄金の中盤」に魅せられた０２年のジーコ監督、どんなチームを作るのかと期待させられた０６年のオシム監督の初陣時のようなドキドキ感はない。</p>

<p><br />
　酷暑下での戦い余儀なくされてきたＪクラブ所属の選手たちは今週末のリーグ戦を戦い、さらに９月１日に行われるナビスコカップの準々決勝第１戦にも出場。翌日からの合宿に参加し、中２日でパラグアイ戦、さらに大阪・長居に移動して中３日でグアテマラ戦に臨む。<br />
　より過酷なスケジュールが組まれた理由は明白だ。難航を続けている次期日本代表監督選定問題は、現時点でまだ決定のめどすら立っていない。パラグアイ戦およびグアテマラ戦の開催意義そのものが薄れている中で、不満を募らせているＪクラブ側の「ガス抜き」の意味合いも込められて「ナビスコカップ参戦ＯＫ」なる譲歩につながったと見るのが自然だろう。<br />
　</p>

<p>　この点について、当然ながら日本協会側の説明は歯切れが悪い。<br />
<strong>原委員長</strong>「譲歩したということよりも、日程的には本来は３０日からは代表が優先となっていました。だ、ここまで新監督を決められなかった。いろいろなことを考慮して、１日のナビスコカップには出てもらい、ナビスコカップがない選手たちも自分たちのクラブで調整をしてもらうのが一番いいだろうということで、このスケジュールになりました」<br />
　新監督との交渉が合意に達すれば観光ビザで緊急来日してもらい、２日からの代表合宿や試合を視察してもらう構想も描かれているが、状況は依然として不透明のままだ。</p>

<p><br />
　国内組の１５人のうちナビスコカップ予選リーグで敗退したクラブに所属している選手は、名古屋グランパスのＧＫ楢崎正剛とＤＦ田中マルクス闘莉王、横浜Ｆ・マリノスのＤＦ中澤佑二と栗原勇蔵、浦和レッズのＭＦ細貝萌、セレッソ大阪のＭＦ乾貴士の６人しかいない。<br />
　海外組の８人も長時間移動による疲れと時差ぼけを抱えたまま試合に臨む。極東に位置する日本の宿命とはいえ、これで「リベンジ」と銘打たれた初陣に万全の状態で臨めるのか。Ｗ杯後も指揮を執るヘラルド・マルティーノ監督のもと、ＦＷロケ・サンタクルスらほぼベストの布陣で８月３１日に来日するパラグアイとはあまりにも対照的だと言わざるを得ない。</p>

<p><br />
　年内の日本代表のスケジュールは計４試合。年明け早々の１月９日にはヨルダン代表とのアジアカップ予選リーグ初戦が待っている。アジアカップで３位以内に入らなければ次回大会へのシード権を失い、２０１４年のブラジルＷ杯へ向けて貴重な強化の場となる国際Ａマッチデーに格下のアジア勢との予選を戦う「負のスパイラル」を再び強いられる。<br />
　しかも、来年９月にはブラジルＷ杯のアジア予選が早くもスタートする。こうしたスケジュールを考慮すれば日本代表に「消化試合」はあり得ないが、だからこそ「船頭」を決められないまま迎える２試合がいかにも中途半端となってしまった今回の大失態が残念でならない。</p>

<p><br />
　国際サッカー連盟のウェブサイトによれば、Ｗ杯南アフリカ大会に出場した３２か国のうち、新体制でスタートを切っていないのは現時点で日本と北朝鮮だけだという。こうした状況に、セレッソ大阪を率いるレヴィー・クルピ監督からはこんな提言すら飛び出している。<br />
「私が思うには、彼の経験、あるいは日本のサッカーに対する知識を考えれば、日本代表の監督を務めるのに一番相応しい方ではないかと思っています」<br />
　鹿島アントラーズを率い、前人未踏のリーグ４連覇を目指しているオズワルド・オリベイラ監督を推挙したものだが、原委員長は「Ｊからの引き抜きはない」とこう続ける。</p>

<p><br />
<strong>原委員長</strong>「４年後を目指して、日本に合って、日本をもうひとつ上のレベルに導いてくれる、そういう監督を探すためにいい契約をしたい。そのための努力をしています」<br />
　最終的な条件提示を済ませ、回答を待っている監督候補は現時点で３人。原委員長は日本時間の２８日を最終期限としていたが、監督選定責任者の大仁邦弥副会長は「２８日までに返事がなければ交渉を打ち切るということではない。ただ、いい返事をもらえることを願っている」と原発言を微妙に修正している。これで本当に大丈夫なのか。疲労困ぱいの中、代表選出に誇りを見出し、必死にモチベーションを高めようとしている選手たちが気の毒でならない。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>「交渉のプロ」不在が招いた日本代表監督選定の難航　　by  藤江直人</title>
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    <published>2010-08-26T18:41:30Z</published>
    <updated>2010-08-26T18:47:12Z</updated>

    <summary> 　説明を重ねるごとに首をひねりたくなってくる。悪循環とはこのことを言うのだろう...</summary>
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        <![CDATA[<p></p>

<p>　説明を重ねるごとに首をひねりたくなってくる。悪循環とはこのことを言うのだろう。<br />
　難航しているサッカーの次期日本代表監督選定について、日本サッカー協会の原博実強化担当技術委員長は、現時点で最終的な条件の提示を済ませている３人の外国人候補者からの返答期限を日本時間の今月２８日に設定していることを明らかにした。<br />
「３人の中で確実にいけると思う人がいる。合意できる可能性がある」<br />
　原委員長は早期決着が近いことを強調しているが、ヨーロッパから緊急帰国した２４日の午後に「釈明会見」を行って以降、その発言は日に日に心もとなさを増している。</p>

<p><br />
　２５日には意中の人物との最終合意が近いとする理由について「そう信じている」と明言。３人の候補への「てんびん」のかけ方までも微に入り細で報道陣に説明している。<br />
　原委員長は２４日の会見でレアル・マドリッド前監督のマヌエル・ペジェグリーニ氏、先にオリンピアコス監督に復帰したエルネスト・バルベルデ氏からオファーを断られていたことを明かした。前者は無冠に終わった昨シーズンの責任を取って解任されたものの、リーグ戦ではクラブ史上最高の勝ち点９６を獲得。４６歳の後者は２シーズン前に一度指揮を執ったオリンピアコスを躍進させ、ヨーロッパで将来を嘱望される青年指導者の一人に挙げられている。</p>

<p><br />
　原委員長は自らが描き、求めてきた新監督像をこのように説明している。<br />
「今回のＷ杯で日本はよく戦ったが、もうワンランク上に行くには個人の技術、戦術、判断力を上げないといけない。そして、指導者も海外で代表監督経験があるか、ヨーロッパや南米のＪよりもレベルの高いクラブでの経験、チャンピオンズリーグやリベスタドーレスカップの経験がある監督で、なおかつ日本をリスペクトして、オシムさんや岡田さんが続けてきた日本らしさを理解してくれる人。日本人スタッフとうまくやれて、ハードスケジュールに耐えられる健康な人。そういう条件を満たす監督を探そうという結論になった」</p>

<p><br />
　こうした考え方に異論はない。崇高な理想にはむしろ拍手喝さいを送りたい。<br />
　しかし、そうした原委員長の理想を具現化するだけの方策、つまり日本サッカー協会のバックアップ体制は十分だったのか。残念ながら、答えはノーと言わざるを得ない。<br />
　新監督人事に関して、小倉純二会長は「大仁（邦弥副会長）と原にすべて任せる」と明言したが、実際には原委員長に「丸投げ」されていたと言っても過言ではない。技術委員会の本部長を務める大仁副会長は先週を夏季休暇に充て、週が明けても事態の進展が見られない状況を問われると、「原が帰ってきて話しますから」なる言葉を繰り返すだけだったという。</p>

<p><br />
　交渉は候補者本人とではなく、その代理人と行う。知識も経験も豊富な、まさに海千山千、手練手管の代理人と対峙する場に、しかしながら日本サッカー協会が用意した「交渉のプロ」は不在だった。原委員長は以前に監督を務めたＦＣ東京時代にフロントで渉外を務めた人物と、通訳を兼ねるヨーロッパ在住の日本人コーディネーターらとともに交渉を重ねてきた。<br />
　これでまともな交渉ができるのだろうか。バルベルデ氏には古巣復帰への条件アップの材料に使われた、と思ってしまう。それでも、同副会長は正当な手順だったとこう強調する。<br />
「原委員長が交渉下手だから延びている、ということはない。これまでも技術委員長がだいたいの話をまとめて、最後に専門家が出ていく形で進めてきた。問題はない」</p>

<p><br />
　ちょっと待てよ、である。「これまでも」というのは０２年のジーコ氏、０６年のオシム氏の日本代表監督就任のケースを指しているが、前者は鹿島アントラーズのテクニカルディレクターを、後者はジェフ千葉の監督を務めていた。交渉もまず国内の日本人が相手となる。<br />
　しかし、原委員長は今回の新監督招へいを「あえて世界に出て世界的な人と交渉している」と位置づけている。いわば次元の異なる挑戦であり、そこへ文字通りの「徒手空拳」で臨めば結果は明白だったはずだ。原委員長を一時帰国させたのも、監督不在で迎える９月の日本代表戦２試合への善後策を講じることと会見を通じてスポンサーの謝罪することが目的だった。</p>

<p><br />
　２７日には技術委員会主導で選んだ日本代表メンバーが発表される。新生ジャパンの「船出」と銘打たれた９月４日のパラグアイ戦、７日のグアテマラ戦そのものの開催意義が薄れる中で、ナビスコカップ準々決勝や天皇杯を戦うＪクラブは当然のように不信感を募らせている。<br />
「９月の２試合はインターナショナルマッチデーですから、代表チーム優先で考えていくべきだと思う。もしこのまま新監督が決まらないとしても、代表に消化試合はあり得ません」<br />
　監督代行として指揮を執ることが決まった原委員長はＪクラブに理解を求め、代表発表前には各チームの強化担当者をＪＦＡハウスに集めて一連の経緯を直接説明する予定だ。</p>

<p><br />
　招集レターはヨーロッパでプレーする８人の選手の所属クラブにも送付されている。<br />
　その一人、フランスリーグ２部に降格したグルノーブルからの移籍を希望しながら依然として去就が決まらないＭＦ松井大輔が「それとは別問題。日の丸を背負って戦うことは名誉」と明言しているように、幸いにも代表チームへの求心力そのものは失われていない。<br />
　南アでのベスト１６に決して満足せず、より高みを目指したいと願う選手たちの期待に応える意味でも、こうなれば時間をかけてでも世界を知る「船頭」を迎え入れたい。しかし、交渉事における日本協会の「素人ぶり」が鮮明になるほどに期待は薄れていく。</p>

<p><br />
　複数の候補から回答を待っている状況では、通常では「てんびん」のかけ方を公表することなどありえない。これだけを見ても交渉のプロが不在なことが分かる。原委員長がＷ杯決勝戦までを観戦したことによる初動の遅れやクーデターにも等しい日本協会の会長人事なども影響している今回の大失態だが、何よりも現状では体制自体が「世界」に挑むそれではない。<br />
　ここにきて前メキシコ代表監督のハビエル・アギーレ氏や元オランダ代表のロナルド・クーマン氏といった候補者も飛び交っているが、そうしたビッグネームがメディアを騒がせるたびに疑心暗鬼にならざるを得ない。狡猾な相手の代理人に利用されているのでは、と。</p>]]>
        
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    <title>難航する日本代表新監督選定とＪクラブが募らせる不信感　by  藤江直人</title>
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    <published>2010-08-23T16:03:02Z</published>
    <updated>2010-08-26T13:02:47Z</updated>

    <summary> 　岡田武史監督の後任となるサッカー日本代表の新監督がいっこうに決まらない。 　...</summary>
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        <![CDATA[<p></p>

<p>　岡田武史監督の後任となるサッカー日本代表の新監督がいっこうに決まらない。<br />
　日本協会は当初、今月１６日に新監督及び新体制を発表するスケジュールを組んでいた。しかし、ヨーロッパで意中の人物の代理人と交渉に当たっている原博実強化担当技術委員長から吉報は届かない。１週間がすぎた２３日になっても依然として進展はないという。<br />
　原委員長とともに新監督選定に当たる立場の大仁邦弥副会長は、交渉ごとに対する見通しの甘さを指摘する声に「そう思われても仕方ない」と半ば開き直った態度を見せる始末。しかも、その副会長自身が先週を夏季休暇に充てていたというから拍子抜けしてしまう。</p>

<p><br />
　現時点における筆頭候補はＦＣポルトやベティス、セルタ、サラゴサで監督を務めた経験のあるスペイン人のビクトル・フェルナンデス氏とされているが、スペイン在住の日本人ジャーナリストは「スペイン人という点でまず不安がある」とこう指摘する。<br />
「スペイン人はものすごく寂しがり屋でホームシックになりやすい。もし遠い日本で日本代表の指揮を執ることになれば、引き連れてくるスタッフの数は１人や２人では済まない」<br />
　ヘッドコーチにＧＫコーチ、フィジカルコーチら４、５人が要求された場合、その家族らを含めた滞在費や母国との往復航空運賃などの負担で予算は軽くパンクしてしまう。<br />
　条件面で交渉が難航しているという報道は的を射ている、と言ってもいいだろう。</p>

<p><br />
　実際、クラブチームを含めた世界を見渡しても、国外で指揮を執る著名なスペイン人指導者はインテルのラファエル・ベニテス監督くらいしか思い浮かばない。<br />
　新聞報道では同じくスペイン人で元ビジャレアル監督のエルネスト・バルベルデ氏も３人の最終候補の一人として名前が挙げられていた。バルベルデ氏は古巣のオリンピアコス監督に復帰したが、そもそもなぜスペイン人の指導者がいいのか。Ｗ杯南アフリカ大会でスペイン代表が悲願の世界一を勝ち取ったからなのか。かつてはリーガ・エスパニョーラの解説者を務め、スペインサッカーへ憧れに近い思い入れのある原委員長の志向が影響しているのか。</p>

<p><br />
　８月の上旬に日本協会の小倉純二新会長のインタビュー取材を行った際、求めている新監督像については「点を取ることのできるサッカーを構築できる人」と明言している。<br />
　確かにスペイン代表の華麗なパスサッカーはＷ杯を制したが、すべてのスペイン人指導者がスペイン代表やバルセロナ、レアル・マドリッドのようなサッカーを志向しているとは限らない。バルセロナとレアル・マドリッドの２強に対抗するために、堅守速攻のスタイルで臨むチームも決して少なくない。エスパニョールの中盤を省略したカウンターサッカーの中で中村俊輔が居場所を失い、シーズン途中で退団したのはその典型的な例と言えるはずだ。</p>

<p>　<br />
　小倉会長は新監督人事について「付け焼刃はよくない」とも言及している。南アフリカ大会における日本代表の戦いの跡をしっかりと総括した上で、２０１４年のブラジル大会までの４年間を託すことのできる指導者を招へいする考えにはもちろん大賛成だ。<br />
　ディエゴ・マラドーナ氏を解任したアルゼンチンは、代行監督で先の親善試合を戦った。しかし、日本の場合は事情が大きく異なる。９月４日にパラグアイ、７日にはグアテマラを招いて親善試合を行うことがまず決定。特に南アフリカ大会でＰＫ戦の末に苦杯をなめたパラグアイとの一戦は「リベンジ」という言葉とともに、新生日本代表の船出として位置づけられている。</p>

<p><br />
　しかし、肝心の「船頭」が決まらない。労働ビザの取得など時間的な問題を考えれば、外国人監督が９月の２試合で指揮を執る可能性は極めて小さくなったと言わざるを得ない。<br />
　代表選手は今週中に発表される予定だが、現状では技術委員会が選考に当たることになる。こうした状況に、選手を送り出すＪクラブは日本協会へ不信感を募らせている。<br />
「監督が決まらないのに試合をする必要があるのか、ということ。（大仁）副会長や（原）技術委員長が（代表選手を）決めて一体どうするの。スポンサーのための試合でしょう」<br />
　あるチームの関係者は呆れ果てた表情でこう言い放った。</p>

<p><br />
　９月１日と８日にはナビスコカップの準々決勝が組まれ、同５日には天皇杯２回戦も全国各地で行われる。特に天皇杯に関しては、犬飼基昭前会長のツルの一声でＪクラブ勢は２回戦からの登場を命じられ、しかもベストメンバーでの試合を求められている。<br />
「それで代表招集って、現場を軽視しているとしか考えられない。あまりにもおかしい」<br />
　半ば興行的な代表招集に前出の関係者が吐き捨てれば、別のチーム関係者もこう続いた。<br />
「このタイミングで集まれ、と言われてもきついし難しい。特にヨーロッパはシーズンが始まったばかり。大事な時期に監督不在の日本に呼ばれれば、いろいろな意見が出てくると思う」</p>

<p><br />
　日本代表チームの強化につながる、という親善試合本来の目的ならばＪクラブ側も喜んで所属選手を送り出すだろう。それが新監督の注目の初陣となれば、なおさらだ。<br />
　大仁副会長は「ここまで延びるのは予想外だった」と日本協会側の不手際を認める発言も残している。２４日には原委員長が一時帰国し、夕方に状況説明会見を行う。果たして、ファンを納得させ、Ｊクラブ側が募らせる不信感を解消させることができるのか。<br />
　交渉の経緯と現状や今後はもちろん、意中の人物に白羽の矢を立てた理由、日本代表の敗退後も原委員長が南アの地に留まり、スペインが登場した決勝戦までを観戦した必要性や新監督選定における初動の遅れの有無など、説明責任が果たされてしかるべき点は多い。</p>]]>
        
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    <title>セレッソ大阪の躍進に導かれる天才・家長昭博の覚醒　　by  藤江直人</title>
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    <published>2010-08-22T05:32:16Z</published>
    <updated>2010-08-22T12:59:44Z</updated>

    <summary> ■Ｊ１第２０節 鹿島アントラーズ［勝ち点３６］　０‐１（前半０‐０）　セレッソ...</summary>
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        <![CDATA[<p></p>

<p>■Ｊ１第２０節<br />
鹿島アントラーズ［勝ち点３６］　０‐１（前半０‐０）　セレッソ大阪［勝ち点３６］<br />
［８月２１日午後６時半キックオフ＠カシマスタジアム／観衆１万９０２４人］</p>

<p><br />
　９月中旬発売の『論スポ』第８号の企画で、Ｊリーグの技術委員長を務める上野山信行氏にインタビュー取材を行った。宮本恒靖、稲本潤一、大黒将志、最近では１８歳の宇佐美貴史と優秀な人材を続々と輩出してきたガンバ大阪の下部組織の基盤を築き、指導・統括してきた上野山氏の「育成論」をうかがう内容だったが、取材の最後にこんなことを聞いてみた。<br />
　ガンバ大阪ユースの「最高傑作」と言えば誰になるのか。<br />
　メディアでは宇佐美がその肩書きを頂戴しているが、上野山氏の考えは違った。<br />
「一番は、やっぱり家長でしょう」</p>

<p><br />
　家長昭博。高校３年生だった２００４年７月にガンバ大阪のトップに昇格し、卓越した攻撃センスと左利きで右ウイングに配されたことから、バルセロナのメッシの「和製版」と脚光を浴びた攻撃的ＭＦだ。もっとも、上野山氏が指摘する「一番」には但し書きが付けられている。<br />
「ポテンシャルでは、ね」<br />
　南アＷ杯を戦ったＭＦ遠藤保仁も、昨年５月の取材時にこんなことを語っていた。<br />
「能力だけなら家長が一番。彼がガンバのユースにいる時から『すごい』と聞かされてきて、実際にトップに昇格した時もそう思った。すぐにでもＡ代表に入ってくるんじゃないかと」</p>

<p><br />
　恩師から但し書きを付けられ、先輩からは過去形で語られている点に、トップチーム昇格後の家長の苦悩が凝縮されている。厳しい言い方をすれば「伸び悩み」となるのだろうか。<br />
　若さゆえに好不調の波が激しく、選手層が厚いガンバでなかなかレギュラーポジションを獲得できない。出場機会を求めて０８年に大分トリニータに期限付き移籍したが、開幕前のキャンプで右ひざ前十字じん帯を損傷。全治まで約６か月を要し、出場が確実視されていた北京五輪を棒に振った。けがの影響からその後もトップパフォーマンスは戻らず、トリニータでの２シーズン目となった昨年は左サイドバックやボランチも経験した。</p>

<p><br />
　その家長が、今シーズンから新たに期限付き移籍したセレッソ大阪で輝きを放っている。<br />
　３月の開幕当初こそエースのＭＦ香川真司との共存に戸惑い、ベンチスタートを余儀なくされる試合が多かったが、第７節の湘南ベルマーレ戦からレギュラーに定着。香川のドルトムント移籍後は中盤の大黒柱としてピッチに君臨し、セレッソの快進撃の原動力になっている。<br />
　迎えた王者・鹿島アントラーズ戦では、右サイドバックの高橋大輔とダイレクトパスを交換して後半１０分のＭＦ乾貴士の決勝ゴールを華麗に演出。試合後には「それほど強いとは感じなかった。後半は相手の運動量が落ちていた」と暫定２位進出をこともなげに振り返った。</p>

<p><br />
　上野山氏は家長に対してこんなエールも送っていた。<br />
「彼には何とかなってほしい。次の２０１４年のＷ杯にはぜひとも出てほしいですね」<br />
　この言葉をアントラーズ戦後のバスに乗り込む直前の家長にぶつけてみた。<br />
「当然、誰でも狙っているものですから」<br />
　２８歳で迎えるブラジルＷ杯を見すえながら、家長は自身が描く青写真を明かしてくれた。<br />
「自分のストロングポイントを磨いていかないと（Ｗ杯は）見えてこない。これという自分の武器がないと、ああいう舞台では活躍できないと思っているので」</p>

<p><br />
　ならば、家長が携えるべき「武器」とは何なのか。返ってきたのは意外な言葉だった。<br />
「模索中です。とにかく、いまは自分の力をつけていきたい」<br />
　南アＷ杯でまばゆいスポットライトを浴びたＭＦ本田圭佑とは、くしくも同じ１９８６年６月１３日に生まれた。ガンバのジュニアユースでお互いに切磋琢磨した仲でもあるが、ガンバのユース昇格を見送られた本田はその悔しさを糧に世界へと羽ばたいていった。<br />
　もちろん歯がゆさは感じているだろう。しかし、自身のブログのタイトルを「拝啓　自分不器用デスカラ」としているように、慣れ親しんだガンバを飛び出し、例えどんなに遠回りをしてでも「家長昭博」というプレーヤーの真の姿を必死に探し出そうとしている。</p>

<p><br />
　そして、おぼろげながら武器のヒントも見えている。<br />
　８月１５日の京都サンガ戦。後半３６分に飛び出した家長の豪快なミドルシュートで１対０の完封勝利を飾った直後に、セレッソのレヴィー・クルピ監督はこう語っている。<br />
「家長は技術的に本当にいいものをもっている。パスもしっかりと出せるし、下半身が非常に強く、フィジカル的にもタマ際に強い。そうしたクオリティーを兼ね備えているが、逆に彼に今後も求めたいのはフィニッシュの数を増やすこと。ゴールの数が増えていけば、間違いなく日本のサッカー界を背負って立つ選手になると思っている」</p>

<p><br />
　セレッソの１８失点はリーグ最少。元日本代表の茂庭照幸を軸とする最終ラインの前に、マルチネスとアマラウの２人の経験豊富なブラジル人ボランチが並ぶ守備陣は磐石。家長や野洲高校で全国を制覇した経験をもつ乾ら若手が思う存分に暴れられる環境が整う。<br />
「春先は僕を含めて新加入の選手が多くいたのでなかなか噛み合わないところがあったけど、いまは自分たちのサッカーができるようになった」<br />
　７月のＪ１再開後で６勝２分け１敗、２０得点に対して５失点と群を抜く攻守のバランスに支えられた快進撃に家長も手応えを感じている。イビチャ・オシム氏もその才能にほれ込み、０７年３月にＡ代表デビューさせた逸材が、いよいよ覚醒の時を迎えようとしている。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>湘南ベルマーレ社長が掲げたＪ１残留へのハードル　　by  藤江直人</title>
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    <published>2010-08-20T17:10:23Z</published>
    <updated>2010-08-21T04:44:24Z</updated>

    <summary> ■Ｊ１第１９節 湘南ベルマーレ［勝ち点１４］　２‐２（前半０‐０）　京都サンガ...</summary>
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        <![CDATA[<p></p>

<p>■Ｊ１第１９節<br />
湘南ベルマーレ［勝ち点１４］　２‐２（前半０‐０）　京都サンガ［勝ち点１１］<br />
［８月１８日午後７時キックオフ＠平塚競技場／観衆９３０２人］</p>

<p><br />
　今シーズンのＪ１優勝戦線も大激戦の様相を呈してきた。名古屋グランパス、鹿島アントラーズ、清水エスパルス、川崎フロンターレと勝ち点３差の中に４チームがひしめきあい、夏場に入って調子を上げてきたセレッソ、ガンバの大阪勢も虎視眈々と殴りこみを狙っている。<br />
　毎年のようにドラマを生み出す最終節は１２月４日。それまでは目が離せない展開が続くが、一方でＪ１残留へ向けた戦いも本格化してきた。１６位以下の３チームがＪ２に自動降格するシステムは今シーズンも変わらないが、残留への目安となる勝ち点のボーダーラインが過去２シーズンと比べて減少する、とＪリーグ関係者の間では見られている。</p>

<p><br />
　１５位で残留したチームの勝ち点を見ると、２００８年はジェフ千葉が「３８」、昨シーズンは大宮アルディージャ、ヴィッセル神戸、モンテディオ山形が「３９」で並んでいる。こうした流れから、今シーズンの目安は開幕当初から「４０」なら間違いなし、とされてきた。<br />
「確かにそう言われてきたけど、いまは３８から３５にまで下がってきた、と思っている」<br />
　１１年ぶりのＪ１復帰を果たしながら苦しい戦いを余儀なくされ、第１９節を終えた時点で１７位に低迷している湘南ベルマーレの眞壁潔社長はこう数字を弾く。３勝５分け１１敗で勝ち点「１４」のベルマーレに当てはめれば、あと「２１」、ちょうど７勝分が必要になる計算だ。</p>

<p><br />
　ボーダーラインが当初予測より下がったのはなぜか。理由はＪ１全体の「二極化」にある。<br />
　これまでならシーズンも折り返し点の第１７節を過ぎると<br />
（１）Ｊ１優勝を含めて翌シーズンのＡＣＬ出場権を獲得できる上位を狙うチーム<br />
（２）負けないことを第一義的に戦い、何がなんでもＪ１残留を目指すチーム<br />
（３）そのどちらでもなく、シーズンの目標を半ば見失ってしまったかのようなチーム<br />
　の３つに分けることができた。しかし、現時点において、今シーズンのＪ１には（３）のグループに分類されそうなチームがなかなか見当たらない。</p>

<p><br />
　徹底した堅守速攻が酷暑の中での戦いに見事にはまり、すべて１対０で３連勝をマーク。苦杯をなめた横浜Ｆ・マリノスの木村和司監督をして「あの徹底ぶりが怖い」と言わしめ、９位にまで急上昇してきた絶好調のモンテディオまでが（１）に入ると見ていいだろう。<br />
　一方で３連敗中の１０位のサンフレッチェ広島は、ミハイロ・ペドロヴィッチ監督自身が「チーム自体が難しい時期に来ている」とギブアップ宣言とも受け取れる弱音を吐露。Ｗ杯による中断から再開された７試合で１勝１分け５敗と失速に歯止めがかからず、１１位とかつては考えられない位置に低迷している浦和レッズとともになかなか光明を見いだせないでいる。</p>

<p><br />
　しかも、１２位のアルディージャから１６位のベガルタ仙台まではダンゴ状態。チーム状態やこれまでの勝ち点の伸び具合から見ても（２）に舵を切らざるを得ないチームとなる。<br />
　この中には昨シーズンのナビスカップを制したＦＣ東京も含まれ、日本代表ＤＦの今野泰幸も「危機感があります」と現状に警鐘を鳴らしている。今後はこうした（２）のグループが（１）への勝ち点供給源＝草刈り場となりかねず、その一方で（２）のグループ同士が星を潰し合う。残留へのボーダーラインが下がると予測される理由がここにある。<br />
　だからこそ、これからの１勝はもちろん、引き分けで勝ち点１を拾っていくことも非常に重要になってくる。まず負けないことが１２月に胸をなでおろせるか否かを左右する。</p>

<p><br />
　その意味では、１８日の京都サンガ戦はベルマーレにとって悔恨の結果に終わった。<br />
　ベルマーレが勝てばベガルタを抜いて１６位に浮上し、サンガが２点差以上をつけて勝てばベルマーレに代わって最下位を脱出できる。ベルマーレは７月１８日にサンガに１対０で勝って以来、６戦ぶりの勝利を目指し、そのベルマーレ戦から連敗地獄につかったままのサンガがもし完封負けを喫すれば、７試合連続無得点とＪ１ワースト記録を更新する。<br />
　あらゆる点で注目を集めた今シーズン最後の直接対決。雨上がりで蒸し暑さと不快指数が増した平塚競技場には、９３０２人のサポーターと大勢の報道陣とが詰めかけた。</p>

<p><br />
　勝ちたいけど、負けたくない。<br />
　切実なる思いが両チームからひしひしと伝わってきた前半はスコアレスのまま終了。後半からＭＦドゥトラを右サイドに投入したサンガが一転して執拗なサイド攻撃を仕掛ける。迎えた後半１４分。左サイドを突破したＦＷ金成勇が６２７分ぶりとなるゴールをチームにもたらすと、まるでリーグ優勝を決めたかのようにサンガの控え選手やスタッフが狂喜乱舞した。<br />
　もちろんベルマーレも黙っていない。ゲームキャプテンに指名されたＦＷ田原豊が２年前に解雇された古巣相手に奮起。２４分に豪快な同点弾を突き刺し、３６分にはペナルティーエリアへの強引な侵入から勝ち越しとなるＭＦエメルソンのＰＫをゲットした。</p>

<p><br />
　残り１０分あまり。しかし、眞壁社長の脳裏を不安がかすめたのもこの時間帯からだった。<br />
「勝ちたいあまりに、全体が引きすぎちゃう。去年のＪ２の時はこうじゃなかった」<br />
　４分が提示された後半ロスタイム。途中から出場していたＦＷ柳沢敦のヘディングシュートがバー、ＭＦ角田誠の一撃が右ポストを叩くと、社長が抱く不安により拍車がかかる。<br />
「シュートを打たれること自体がダメなんだよ。ああいう時こそ前に行かないと」<br />
　勝利の神様は３度目の幸運までは与えてくれなかった。角田のシュートのこぼれ球を拾われ、クロスを上げられ、再び柳沢が体勢を崩しながら左足を一閃すると―。</p>

<p><br />
　当たり損ねのシュートがワンバウンドして、ベルマーレ守備陣の頭上を超えていく。前へ詰められないどころか、今度は動くことすらできない。コマ送りのようにボールが緩やかにゴールへ吸い込まれる。試合後の公式会見。反町康治監督も最後のプレーに珍しく感情的になった。<br />
「選手全員が（ボールを）見ちゃっている。人に対する厳しさの面で物足りなさが残る。サッカーに対する甘さがあったというか......私を含めて深く反省している」<br />
　目の前でするりと逃げた４勝目。終了とほぼ同時に再び降り始めた大雨に、眞壁社長も「これがサッカー。涙雨かな」と苦笑いした。「勝ち点３５」が口を突いたのはこの直後だ。</p>

<p><br />
　サンガ戦を終えた時点で残りは１５試合。最大にして唯一の目標となるＪ１残留へ向けて新たに設定されたボーダーライン「３５」に到達するには、「２１」もの勝ち点を積み上げなければならない。計算上では７勝で届くが、３月の開幕以来のチームの苦闘の軌跡や現有戦力を考えれば６勝３分け、あるいは５勝６分けといった星勘定を現実的な目標とせざるを得ない。<br />
「厳しいことは分かっている。（７勝には）１勝１敗のペースだけど、頑張らないと」<br />
　眞壁社長がネバー・ギブ・アップを宣言すれば、反町監督も務めて上を向いた。<br />
「言葉が見つからないが、見つかったところで勝ち点は戻らない。すぐ次の試合も来る」</p>

<p><br />
　ベルマーレの日程を見ると、１１月１４日のエスパルス戦を皮切りにグランパス、ガンバ、セレッソ、アルビレックス新潟と（１）のグループの強敵との５連戦でシーズンを終える。<br />
　つまり、２１日のレッズ、２８日のベガルタ、９月１１日のジュビロ磐田と続く（２）のグループとの３連戦は、必然的にＪ１残留への可否を左右しかねない正念場となる。<br />
「勝ち切ることが残留ラインに届くカギになる。２試合連続の引き分けで勝ち点を積み重ねたと言っても、１勝すれば簡単にそれを上回る。内容が伴わなくてもいいから勝ちたい」<br />
　真夏の段階で「残留」を口にするのは歯がゆい。それでも、１１年ぶりのＪ１挑戦をこのままで終わらせたくない。なりふりかまわず勝つ。田原の熱い叫びはベルマーレの総意でもある。</p>

<p><br />
　</p>]]>
        
    </content>
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    <title>指揮官の悲痛な叫び。清水エスパルスが迎えた正念場　　by  藤江直人</title>
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    <published>2010-08-18T07:33:56Z</published>
    <updated>2010-08-18T07:37:48Z</updated>

    <summary> ■Ｊ１第１９節 アルビレックス新潟［勝ち点３１］　４‐１（前半２‐０）　清水エ...</summary>
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        <![CDATA[<p></p>

<p>■Ｊ１第１９節<br />
アルビレックス新潟［勝ち点３１］　４‐１（前半２‐０）　清水エスパルス［勝ち点３６］<br />
［８月１７日午後７時キックオフ／東北電力ビッグスワンスタジアム／観衆３万００７６人］</p>

<p><br />
　Ｊリーグ史上で最も印象に残るハーフタイムコメントと言ってもいいだろう。<br />
「中２日。移動して疲れているのは分かるが、相手に負けるな！」<br />
「この展開では昨年と一緒。お前たちを信じている」<br />
　前半の戦いを総括した上での戦術的な確認事項が並ぶのがこれまでのハーフタイムコメントの常だったが、アルビレックス新潟に２点のリードを許した清水エスパルスの長谷川健太監督のそれからは、悲痛な叫びに近いものが伝わってきた。最後にはこう綴られている。<br />
「１点取れば、この試合、まだ分からないぞ!!」</p>

<p><br />
　その前半に放たれたシュートはＭＦ兵働昭弘の２本のみ。決定的な場面はゼロだった。<br />
「チーム全体で動きにキレも覇気もない状態。攻め手も何もなかった」<br />
　嘆く司令塔の小野伸二に、Ｗ杯南アフリカ大会を戦ったＦＷ岡崎慎司も続いた。<br />
「動けないなりの戦い方があるはずなのに、先制されて気持ちが落ちてしまった」<br />
　もはや戦術うんぬん以前の問題。わずか１５分間のハーフタイムで気力を奮い立たせ、疲弊した体にエネルギーを補充するしか手立ては見つからない。長谷川監督が発した「信じている」にはそんな思いが込められていたが、悲しいかな、笛吹けど選手たちは躍らなかった。</p>

<p><br />
　後半開始からわずか４分。次の１点を奪ったのはアルビレックスだった。<br />
　ＦＷミシェウのスルーパスに抜け出したＦＷ矢野貴章が豪快に右足を振り抜いた瞬間、勝負は決した。ロスタイムにもＰＫを献上するなど、４失点は今シーズンにおけるワースト。３位に後退してしまった現実を、長谷川監督も素直に受け入れるしかなかった。<br />
「選手はよく戦ったが、中２日で新潟に移動するのはきつかった。特に前半は選手たちの体が非常に重たいと思った。いつものアグレッシブさが影を潜め、相手に自由にやられてしまった。遠路はるばる応援に駆けつけてくれたサポーターの期待に応えられなかった。申し訳ない」</p>

<p>　<br />
　ともに前節で黒星を喫したチーム同士の対戦。連続無敗記録を「１１」で止められたアルビレックスの選手たちの動きは、ホームの大声援と中３日という日程のアドバンテージとあいまって確かに鋭かった。しかし、それ以上にエスパルスの状態が酷すぎた。<br />
　ホームのアウトソーシングスタジアム日本平で横浜Ｆ・マリノスに屈したのが３日前。異常ともいえる酷暑が続いていることを考慮すれば、わずか２日間の練習で気力と体力を回復させるのは至難の業。日程は公平に作成されているはずだが、焦る気持ちに体がついていかない選手たちを見ていると、この時期の過密日程にはどうしても首をひねりたくなる。</p>

<p><br />
　もっとも、エスパルスにとって問題は蓄積疲労だけにとどまらない。<br />
　長谷川監督のハーフタイムコメントに「この展開では昨年と一緒」と記されているように、エスパルスには大きなトラウマが刻まれている。<br />
　夏場から１３戦無敗と破竹の快進撃を続け、実に１０年ぶりとなる首位に立ったのは昨年１０月３日。この時点で残りは６節。就任５シーズン目の長谷川監督の厳しい指導のもと、初のＪ１初制覇となって大輪の花を咲かせるかと思われた矢先に今度は１３年ぶりとなる５連敗を喫してしまう。終わってみれば７位。「重圧と言われても仕方ない」と兵働は振り返っている。</p>

<p>　<br />
　今シーズンを振り返れば、７日の王者・鹿島アントラーズ戦で劇的な勝利を収めて首位ターンを決めた直後から初の連敗を喫した。ネガティブな予感が顔をもたげるのも無理はない。<br />
「苦しい状況で何もできなかった自分自身に責任を感じている」<br />
　発展途上のチームに経験を注入する役割をも担い、ブンデスリーガのボーフムから加入した小野も動きに精彩を欠いたまま後半２０分に交代を命じられた。優勝戦線に残れるのか。悪夢が繰り返されるのか。「昨年はズルズルと連敗が５にまで伸びた。ここからが真価を問われる戦いになる」とチーム関係者が表情を引き締めたように、まさに正念場を迎えている。</p>

<p><br />
　選手たちもそのことを肌で感じているのだろう。岡崎がチーム全体の決意を代弁する。<br />
「長いシーズンにはこういう時期が必ず訪れる。そこで最低でも勝ち点１を取れないところが、まだまだ未熟なんだと思う。でも、終わったことをあれこれ言っても仕方ない。次の試合で必ず勝つ。それだけの強いメンタリティーがないといけない」<br />
　次節は通算成績で１３勝４分け２０敗と負け越しているジュビロ磐田との静岡ダービー。ここ数年はふがいない成績が続くジュビロだが、エスパルス相手には目の色を変えて臨んでくる。７月１７日の対戦でも、エスパルスのホームでスコアレスドローに持ち込み意地を見せた。</p>

<p><br />
　幸いにも２２日のジュビロ戦へは中４日で臨める。翌２３日からは２日間のオフを設け、心身ともに疲れ切った選手たちをリフレッシュさせる予定だ。真夏のバトルも残り２試合。「お前たちを信じている」と異例のハーフタイムコメントを残した指揮官は「しっかりとコンディションを整えて、いい準備をしたい」と下を向くことなく静岡ダービーを次なる照準に定めた。<br />
　７勝３分けと開幕ダッシュに成功した今シーズン。５月８日に初黒星をつけられたアルビレックスには残念ながら返り討ちにあってしまったが、９月２５日の名古屋グランパス、１０月２日のアントラーズと続く「秋の大一番」を前に、このまま失速するつもりは毛頭ない。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>ミスター・ナイスガイ。佐藤寿人を応援したくなる理由　　by  藤江直人</title>
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    <published>2010-08-16T15:42:06Z</published>
    <updated>2010-08-16T15:50:05Z</updated>

    <summary> ■Ｊ１第１８節 川崎フロンターレ［勝ち点３２］　２‐０（前半０‐０）　サンフレ...</summary>
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        <![CDATA[<p></p>

<p>■Ｊ１第１８節<br />
川崎フロンターレ［勝ち点３２］　２‐０（前半０‐０）　サンフレッチェ広島［勝ち点２６］<br />
［８月１５日午後７時キックオフ＠等々力陸上競技場／観衆１万９０２６人］</p>

<p><br />
　歯がゆさがスタンドに設けられた記者席にまで伝わってくる。３分間が表示された後半のロスタイムに突入する直前だった。サンフレッチェ広島のＦＷ佐藤寿人がまるで何かに駆りたてられたかのように持ち場である最前線を離れ、敵陣へ向けて猛然とダッシュを始める。<br />
　この時点で２点のビハインド。敗色濃厚なのは分かってる。それでも、約５年にわたって勝ち星をあげていない天敵・川崎フロンターレに一矢でも報いて終わりたい。相手の攻撃陣と対峙していた味方に加勢する後ろ姿に、キャプテンの必死な思いが凝縮されていた。それでもボールを奪い、攻撃に転じることすらできない。なす術がないまま試合終了が告げられた。</p>

<p><br />
　自身が放ったシュートも９０分間でわずか２本。佐藤は潔く完敗を認めた。<br />
「後半はずっとディフェンスをしていたようなものだから......向こうも苦しいはずだからこそ、ウチも強い気持ちを持って臨まないとズルズルいってしまう。寄せも甘いし、タマ際も弱い。相手にバックパスさせる場面がほとんどなかった。ビルドアップうんぬん以前の問題だった」<br />
　ガンバ大阪に０対２と一蹴された前節に続く黒星。夏場の９連戦で６勝３分けと破竹の快進撃を続け、最終的にＪ１で４位に食い込み、ＡＣＬの出場権まで獲得した昨シーズンの手応えが残っているからこそ、「もっとタフにならないと」と自らも戒めるように檄を飛ばした。</p>

<p><br />
　正念場の夏場の戦いを迎える前の７月中旬に、佐藤は大きな決断を下している。<br />
　突如として舞い込んだ、クロアチアの強豪ディナモ・ザグレブからの獲得オファー。今年３月で２８歳になったストライカーにとって、年齢的にも最初で最後のチャンスになるかもしれない海外リーグへの挑戦。Ｗ杯南アフリカ大会の日本代表候補に名前を連ねてきた佐藤にとっては、代表チームでともにプレーしたことのあるＭＦ本田圭佑の飛躍ぶりにもちろん刺激を受けたはずだし、より高いレベルを求めたいと訴えるアスリートの本能も疼いたはずだ。<br />
　当初は７月１９日までに出すとしていた結論が数日延びたのも佐藤の迷いを物語っている。</p>

<p><br />
　サンフレッチェを率いて５シーズン目になるオーストリア人のミハイロ・ペドロヴィッチ監督は、１９８４‐８５年シーズンにＭＦとしてディナモ・ザグレブで活躍。その縁で現在もシーズン前のトルコ合宿で、同じくキャンプ中のディナモ・ザグレブと練習試合を組んできた。<br />
　そうした経緯もあって佐藤がリストアップされたと見られるが、クロアチアリーグそのものは７月２３日に開幕している。その直前のタイミングでの獲得オファーに対して佐藤も違和感を覚えたはずだし、もちろんチームメートとの意思疎通を図る時間もない。<br />
　下された結論はサンフレッチェ残留。決め手になったのは「チーム愛」だった。</p>

<p><br />
　佐藤は海外へのチャレンジを封印した理由をこう語っている。<br />
「このクラブ以外は考えられない。好きなクラブでサッカーができることは楽しいし、これからも続けていきたい。違うユニホームを着てプレーしている自分の姿が想像できない。甘いと言えばそれまでだけど、根本的なサッカーの楽しさを考えたらここしかない。（本田）圭佑のようにどこかをステップにしてビッグになるというよりも、このチームでタイトルを獲りたい」<br />
　ベガルタ仙台から移籍して６シーズン目。２００８年にはＪ２降格を味わいながら誰よりも先に残留を公言し、再びＪ１へ引き揚げた男が、今回も夢より「情」を貫いたことになる。</p>

<p><br />
　サンフレッチェのサポーターはもちろん拍手喝采した。一方で佐藤自身も「甘いと言えばそれまで」と覚悟していたように、海外挑戦のチャンスそのものが誰にでも訪れるものでもないだけに、佐藤の決断に物足りなさを感じたサッカーファンも決して少なくない。<br />
　３１もの日本代表キャップを保持しながら、ドイツ大会、今回の南アフリカ大会と２大会連続でＷ杯に縁がない。抜群のスピードで相手の最終ラインの裏に一瞬で抜け出し、ワンタッチでゴールを陥れるテクニックはＪ１でも屈指。日本人では初となる６年連続２ケタ得点もマークしている。海外挑戦という刺激がさらなる成長を促す可能性はもちろんあった。</p>

<p><br />
　しかし、佐藤という男、とにかく誠実で優しく、他人の悪口を言うこともない。負けた試合の後でも常に真摯な態度で取材に応じる。フロンターレ戦後も取材陣の輪が途切れることがなく、サンフレッチェのスタッフがしびれを切らして佐藤を帰りのバスに迎え入れたほどだ。<br />
　礼儀正しく、情にも深い。エゴイスティックな部分が求められるポジションにあって、大丈夫なのかと思うほど「いい人」でもある。２００７年にフェアプレー個人賞を受賞したように、イエローカードをもらわないことでも有名だ。Ｊ１で２００試合以上に出場して、わずか１０枚しか提示されていない。今シーズンは全１８試合に先発出場して、もちろんゼロ枚だ。</p>

<p><br />
　尊敬する選手の一人にキング・カズこと三浦知良を挙げる佐藤が、その憧れの存在がかつて在籍したディナモ・ザグレブでプレーできるチャンスをあえて見送った。<br />
　モダンな攻撃サッカーを標榜するペトロヴィッチ監督の長期体制のもとで緻密な戦術を磨き上げ、Ｊ１昇格１年目のチームでは最高位となる４位に躍進した昨シーズンの軌跡と結果が自信となり、悲願のタイトル獲得が近いことを佐藤自身も感じているのだろう。<br />
　それだけに、通算４チーム目となるサンフレッチェに骨を埋めるに等しい、サッカー人生で最大とも言える決断を下した直後の失速が歯がゆくて仕方ないはずだ。</p>

<p>　<br />
　フロンターレは後半２１分に２点目を奪うと、勝利を確信したのか、中３日でホームに首位・名古屋グランパスを迎える直接対決へ向けて、夏場の連戦で疲労が溜まっているＭＦ中村憲剛、稲本潤一、ＦＷジュニーニョの主力を次々とベンチへ引っ込めた。<br />
「悔しいというか、なめられた。特に憲剛君なんて代えがきかないポジションなのに」<br />
　唇をかみしめた佐藤だったが、いつまでも下を向いている性格でもない。現時点で勝ち点２６の９位だが、上位チームとの差はそれほど開いてもいない。グランパスとの勝ち点差は１２。追撃の可能性を繋ぎ止めるためにも、ここで気持ちを途切れさせるわけにもいかない。</p>

<p><br />
「苦しいけど、やるしかない。まだあきらめる位置じゃない。ウチは若い選手が多いので、こうした状況の中でポイントを重ねていけば、それだけ彼らの財産になるので」<br />
　佐藤自身も７年連続２ケタ得点のＪ新記録達成まであと２ゴールに迫っているし、得点王争いのトップがグランパスのケネディとガンバの平井将生の１０ゴールであることを考えれば、初のタイトル獲得も十二分に射程距離にある。それでも、チームと周囲を最優先に考える。<br />
　まさにミスター・ナイスガイ。その生き様は「成り上がり」を公言する本田圭佑とは対極の位置にあるが、それでも不思議と魅せられ、応援したくなる。こんなＦＷがいてもいい、と。</p>]]>
        
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    <title>王者アントラーズを沈黙させた今野泰幸の意外力　　by  藤江直人</title>
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    <published>2010-08-15T06:47:26Z</published>
    <updated>2010-08-15T07:05:54Z</updated>

    <summary> ■Ｊ１第１８節 鹿島アントラーズ［勝ち点３５］　１‐１（前半１‐０）　ＦＣ東京...</summary>
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        <![CDATA[<p></p>

<p>■Ｊ１第１８節<br />
鹿島アントラーズ［勝ち点３５］　１‐１（前半１‐０）　ＦＣ東京［勝ち点２０］<br />
［８月１４日午後７時キックオフ＠カシマスタジアム／観衆２万３６４０人］</p>

<p><br />
　Ｗ杯南アフリカ大会代表に名前を連ねた今野泰幸は、嬉しい悩みを抱えていた。<br />
「親によく言われるんです。シャビやイニエスタのように積極的に前に行ってほしいって」<br />
　今野自身、バルセロナの大ファンを自任している。テレビでリーガ・エスパニョーラの試合が放送される時は、自然と心臓部を司るシャビとイニエスタの動きに目を奪われる。<br />
「ヤヤ・トゥーレも見ますけど、やはりあの２人。ああいう選手になりたいですよね」<br />
　後半戦の幕開けとなった鹿島アントラーズ戦。１点のビハインドで迎えた後半４１分。両親の究極とも言えるおねだりに応えるかのように、先のＷ杯で世界一を戴冠した原動力にもなった２人のスペイン代表選手との「距離」を、一瞬ながら今野が詰めてみせた。</p>

<p><br />
　右サイドでのパス交換からＭＦ大竹洋平が中央へドリブルで抜け出す。ゴール前でクサビのパスを受けたＦＷ大黒将志が、ダイレクトで後方へ落とす。そこに猛然と走り込んできたのは、後半に入ってセンターバックからボランチへポジションを上げていた今野。巧みなトラップ。マークにきたＤＦ岩政大樹を翻弄する鮮やかなフェイント。ペナルティーエリアの外からゴール右隅を狙った左足の正確無比なシュートに、ＧＫ曽ヶ端準は一歩も動けなかった。<br />
「いい形で前へボールを持っていけた。ミドルシュートは練習している通りの形です」<br />
　王者を沈黙させた同点弾が、ゴール裏を赤青に染めたサポーターを狂喜乱舞させた。</p>

<p><br />
　意外性と言っては失礼にあたるかもしれない。通算５ゴールはチームトップをひた走る。<br />
「追いかける状況なので（今野の）シュートの精度の高さを生かしたいというのもあった」<br />
　自ら「Ｊリーグでトップのセンターバック」と公言し、全幅の信頼を寄せる今野をボランチに上げた理由を説明したＦＣ東京の城福浩監督は、その一方で１９歳のＦＷ重松健太郎の３ゴールが最高と決定力を欠き続ける攻撃陣に苦言を呈するのも忘れなかった。<br />
「私の記憶では、チームの得点王は今野。そういう点が嬉しくもあり、また忌々しきところでもある。同時にそれがこのチームの課題でもある」</p>

<p><br />
　センターバック、ボランチ、そして左右のサイドバック。守備的なポジションのすべてでハイレベルのパフォーマンスを演じられる今野にとって、ボランチは最も思い入れが強い。<br />
「プロになって一番長くプレーしたポジション。昨シーズンの途中でセンターバックにコンバートされた当初は、実はちょっと悩みました。ボランチをやりたかったんですかね」<br />
　カッコよくいえばユーティリティープレーヤー。ややネガティブな言い方をすれば便利屋。それでも、真面目で献身的、かつ飾らない朴訥な性格で誰からも愛され、いじられキャラでもある２７歳は、いつどんな時でも「フォア・ザ・チーム」を最優先にしてピッチに立っている。</p>

<p>　<br />
<strong>今野</strong>「だからといって、絶対にボランチじゃなきゃイヤだというのはない。監督が使ってくれるのならどこでも出たい、と僕は思っている。こだわりというものは特にない。監督が使ってくれるというのは、そのポジションで僕のことを期待してくれているから。やっぱり監督から『コイツがいてよかったな』と思われる選手になりたいんです。ＦＣ東京でも日本代表でも、自分がこれから所属するチームの監督には常にそう思われたいんです。ユーティリティーという言葉は大好きですね。代表でいうと、阿部ちゃんとポジションもスタイルも似ているかな。ただ、器用貧乏と言われないように、与えられたポジションでしっかりと仕事をしないと（笑）」</p>

<p><br />
　自身初のＷ杯となった先の南アフリカ大会。不調の内田篤人に代わって右サイドバックのレギュラーをつかみかけながら、直前のコートジボワール戦で右ひざのじん帯を損傷した。<br />
　右サイドバックには駒野友一が配され、土壇場になって岡田武史監督が採用を決めたアンカーの位置には「スタイルが似ている」と公言してはばからない阿部勇樹が指名された。<br />
　もちろん忸怩たる思いはあったはずだが、それを胸の奥底に封印するのが今野の流儀。一時はチームへの帯同そのものが危ぶまれた大けがからの回復に必死になって努め、デンマークとのグループリーグ最終戦の残り２分からピッチに登場。守備固めで勝利に貢献した。</p>

<p><br />
　わずか１試合、ロスタイムを含めて４分強のＷ杯。しかしながら、今野は夢舞台が開幕するはるか前から、いつ果てることのないチャレンジの旅路を思い描いていた。　<br />
「サッカーにおいて成長することに終わりはないと思っているので。南アの代表に選ばれても、まだまだ......ゴールって何ですかね？　多分、ないと思います」<br />
　下位に甘んじるＦＣ東京がＪ１で３番目に少ない１９失点で踏ん張っていられるのは、ただ一人、フル出場を続ける今野の存在を抜きには語れない。そして、憧れのバルセロナのシャビやイニエスタをほうふつとさせた起死回生の同点弾。今野はいまも進化をやめようとしない。</p>

<p><br />
　サポーターもそれを感じているのか。試合後の敵地には「コンノコール」がこだました。<br />
「スキのない鹿島に対し、何度もチャレンジしたことがゴールにつながった。チーム得点王うんぬんは関係ない。全員でゴールを奪うのがＦＣ東京。やっぱり勝ち点３がほしかったし、確かに苦しい状況ですけど、練習から全員が頑張っている。いつかいい流れが来ると信じている」<br />
　ナビスコカップ制覇の実績をひっさげ、悲願のＪ１初優勝を掲げて臨んだ今シーズン。再開後も１勝３分け２敗と上昇気流に乗れない中で、チームが苦境の時に神懸かり的な活躍をすることで「スーパーコンちゃん」とあだ名された男は、残り１６試合での巻き返しを誓っていた。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>脳裏をかすめる「たら、れば」。川崎フロンターレの苦闘　　by  藤江直人</title>
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    <published>2010-08-09T13:07:03Z</published>
    <updated>2010-08-09T17:47:22Z</updated>

    <summary> ■Ｊ１第１７節 セレッソ大阪［勝ち点２７］　０‐０　川崎フロンターレ［勝ち点２...</summary>
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        <![CDATA[<p></p>

<p>■Ｊ１第１７節<br />
セレッソ大阪［勝ち点２７］　０‐０　川崎フロンターレ［勝ち点２９］<br />
［８月８日午後６時キックオフ＠キンチョウスタジアム／観衆１万４０３１人］</p>

<p><br />
　勝負の世界に「たら、れば」は御法度だが、１７本ものシュートを放ちながら無得点に終わった川崎フロンターレの戦いぶりを見ていると、禁を破りたくなる衝動に何度もかられてしまう。<br />
　人間ブルドーザーなる異名を頂戴した、あの男がいたら......と。<br />
　そうした思いは敵味方の垣根を越えて不思議とシンクロする。長居球技場が改修され、キンチョウスタジアムと名称が変わった最初の一戦。残念ながら勝利で飾れなかったセレッソ大阪の関係者は、「たら、れば」の状況を思い浮かべながら勝ち点１獲得を素直に喜んだ。<br />
「ウチも点を取れなかったけど、相手にテセ（鄭大世）がいなかったというのもあるよね」</p>

<p><br />
　北朝鮮代表ＦＷとしてＷ杯南アフリカ大会に出場した鄭大世が、ブンデスリーガ２部のボーフムへ電撃移籍したのは７月。同時期に日本代表ＧＫ川島永嗣をベルギー１部リーグのリールスに送り出したフロンターレは、３シーズン連続で２けたゴールをマークした絶対的エースと不動の守護神を欠いた陣容で７月１４日に再開された後半戦に臨まざるを得なかった。<br />
　鄭の代役にはＦＷ黒津勝が指名された。埼玉・花咲徳栄高から２００１年に入団し、以来、フロンターレ一筋１０年目のレフティー。相手の最終ラインの裏に抜け出すスピードと左足から放たれる強烈なシュートは他チームにとって脅威であり、魅力的でもあったのか。「黒津がほしい」とラブコールを送ったＪクラブの監督は、実際のところ一人や二人ではなかった。</p>

<p><br />
　その黒津がセレッソ戦で決定機を逃してサポーターのため息を誘った。それも、２度も。<br />
　最初は前半３１分。左サイドを抜け出したＦＷジュニーニョが、絶妙のパスをゴール前でフリーだった黒津に送る。しかし、利き足の左足でミートすることができず、ボールは相手ＤＦにクリアされた。後半２２分にはジュニーニョとのワン・ツーから再び黒津がゴール前に抜け出したが、相手ＧＫをかわして放たれた一撃は無情にも左ポストをかすめてしまった。<br />
「チャンスをつくるだけの力はあるが、点を取れないと勝てない。３回に１回は決めないと」<br />
　７戦連続で敵地で勝てないもどかしさ。日本代表ＭＦ中村憲剛も思わず肩を落とした。</p>

<p><br />
　決して黒津個人を責めているわけではないし、責めるつもりも毛頭ない。<br />
　開幕から全試合に先発し、攻撃陣ではチーム最長の１４３１分間プレー。鄭大世だけでなく、第１４節まで故障離脱していたジュニーニョの代役も務めた。５ゴールは鄭大世と並ぶチーム２位。２００６年にマークした自己最多の７ゴールを更新するのも時間の問題だ。<br />
　奮闘ぶりは誰もが認める。それでも、物足りなさは残る。理由はふたつ。例えるなら機動力を兼ね備えた重戦車と言うべき、典型的なセンターフォワードの鄭大世とは根本的にタイプが異なるＦＷであることと、シーズンの真っ只中における主力流出の弊害という点だ。</p>

<p><br />
　言うまでもなく、サッカー界はヨーロッパを中心に回っている。カレンダーもヨーロッパの主要リーグに合わせられ、移籍市場も主要リーグの開幕前となる夏場に最も活況を呈する。<br />
　春秋シーズン制を採用しているＪリーグにとって、夏場の戦いはそのシーズンの覇権の行方を左右するクライマックスのひとつ。しかしながら、今年のようにＷ杯の舞台で所属選手が脚光を浴び、新しいシーズンを控えたヨーロッパのクラブから獲得のオファーを受ければ、Ｊクラブ側には引き留める術がないのが現状だ。フロンターレのように、結果として夏場をはさんだ前後でまったく異なるチーム作りやチーム戦術を強いられることになる。</p>

<p><br />
　より高いステージでの戦いに臨むな、と選手たちに言うことはできない。サポーターも自分たちのクラブで育った愛してやまない選手の旅立ちを涙をこらえて祝福するはずだ。<br />
　そして、別離という感傷的な思いに浸る間もなく現実に引き戻される。鄭大世と川島を欠いたフロンターレはＪ１の６試合を戦って２勝３分け１敗。勝ち点こそ９を積み重ねているが、引き分けはすべてスコアレス。２シーズン連続でＪ１最多得点を叩き出してきた攻撃力がウリのチームであることを考えると、大宮アルディージャやモンテディオ山形といった下位に低迷するチームに引き分けたことは、敵地とはいえ長い目で見れば「取りこぼし」になりかねない。</p>

<p><br />
　Ｊリーグがヨーロッパの主要リーグと同じカレンダーとなる秋春シーズン制をとっていれば、まだ対処のしようがある。海外クラブから獲得のオファーを受けた時点で、主力選手の流出を想定した上で、Ｊクラブ側もリーグ戦開幕へ向けて的確かつ迅速な補強ができるからだ。<br />
　こうした点を、Ｊリーグ前チェアマンの鬼武健二氏にぶつけたことがある。７０歳の定年で２期４年の任期を終えた先月２０日の懇親会の席。返ってきたのはごく短い言葉だった。<br />
「それは仕方のないこと。各クラブが頑張るしかない」</p>

<p><br />
　春秋シーズン制の維持はＪクラブ全体の総意であることは何度も確認されてきた。収入の最大の柱となっている観客動員の観点から考えれば、寒冷地対策が完璧に施されたスタジアムや練習設備という絶対条件が満たされるまでシーズンの移行はできない。<br />
　こうした「鬼武論」は大東和美・４代目チェアマンに継承され、秋春制への移行を強硬に唱えてきた前任者に代わった日本協会の小倉純二新会長も同調している。問題そのものが実質的に封印された中で、中心選手の海外移籍に伴う戦力ダウンに関しては今後も各クラブの努力で補ってもらうしかない。日本サッカー界を取りまく現状を誰よりも分かっているからこそ、「仕方のないこと」というぶっきらぼうな言葉が鬼武氏の口を突いて出てきたのだろう。</p>

<p><br />
　今シーズンを振り返れば、Ｗ杯開幕前の時点でアントラーズのＤＦ内田篤人がシャルケ、セレッソのＭＦ香川真司がドルトムントとともにブンデスリーガへ旅立つことが決まっていた。Ｗ杯後には鄭大世と川島に加えて、ＤＦ長友祐都がＦＣ東京からセリエＡのチェゼーナへ移籍。アントラーズの韓国代表ＤＦ李正秀は豊富な資金を擁する中東のクラブへ引き抜かれた。　<br />
　内田と香川のケースは、幸いにもＷ杯でＪ１が中断されている間に行われたキャンプで対策を講じられた。フロンターレは、川島から守護神の座を受け継いだ２８歳の相澤貴志が出場６試合中で４戦を零封。Ｊ１におけるキャリアがわずか４６試合だったことを感じさせないパフォーマンスを見せている。王者アントラーズは厚い選手層で李正秀の穴をカバーしている状況だ。</p>

<p><br />
　ベガルタ仙台のＤＦ朴柱成が試合中に熱中症で倒れ、退場を余儀なくされるほどの過酷な暑さの中での戦いを選手の頑張りで乗り切るしかないのと同様に、主力を海外流出で欠いたチームは代役に指名された選手の奮起に頼らざるを得ないのが現状だ。<br />
　開幕直後から中村憲やジュニーニョを故障で欠きながら踏ん張り、万全の状態で後半戦からの巻き返しを図ろうとしていたフロンターレの高畠勉監督は前半戦をこう総括している。<br />
「いろいろなことが起こったが、その中で出ている選手の特徴を生かしつつ、フロンターレらしいサッカーはでてきているかな、と思っている。後半戦も勝ち点を積み重ねていきたい」</p>

<p><br />
　勝ち点２９での４位ターン。指揮官は「３０点台にはいきたかった」と思わず本音も漏らしたが、７差をつけられた首位エスパルスは追尾可能な射程距離にあると力を込めた。<br />
「川島が移籍したことで、ＧＫでは相澤が活躍することが上位へいくための大事な条件だった。その意味で、彼のパフォーマンスには非常に満足している。相澤を中心とする守備陣のコミュニケーションは試合を重ねるごとにどんどんよくなる手応えは感じている」<br />
　少なくともＧＫに関しては「たら、れば」は言わせない。務めて前を向く指揮官の言葉が、黒津をはじめとする悩める攻撃陣を鼓舞するかのように記者会見場に響きわたった。<br />
　</p>]]>
        
    </content>
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    <title>最下位ターン。京都サンガを託された秋田豊監督の苦悩　　by  藤江直人</title>
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    <published>2010-08-08T12:50:19Z</published>
    <updated>2010-08-09T16:39:13Z</updated>

    <summary> ■Ｊ１第１７節 京都サンガ［勝ち点１０］　０‐２（前半０‐１）　アルビレックス...</summary>
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        <![CDATA[<p></p>

<p>■Ｊ１第１７節<br />
京都サンガ［勝ち点１０］　０‐２（前半０‐１）　アルビレックス新潟［勝ち点２８］<br />
［８月７日午後６時キックオフ＠西京極運動公園陸上競技場／観衆６８１８人］</p>

<p><br />
　野太い怒声が、情け容赦なく就任間もない指揮官に浴びせられる。<br />
「意味が分からん！」「もっと頭を使えよ！」<br />
　１点を追う後半２９分。京都サンガが最後の交代のカードを切る。ＦＷドゥトラに代えて投入されたのはＤＦ森下俊。何のための選手交代なのか。守備固めをする必要があるのか。<br />
　韓国代表に選出された１８６センチの長身ＤＦ、郭泰輝を前線に上げるパワープレーで打開を図ろうとした秋田豊監督の意図がスタンドにも伝わりかけた４分後。左からのＣＫで２点目を奪われてしまう。それもオウンゴールで。どこまでも続く悪循環。この瞬間、勝負は決した。</p>

<p><br />
　試合後の公式会見。前日の６日に４０歳になったばかりの秋田監督が声を絞り出す。<br />
「連敗という悪い流れから抜け出せないというか、スパイラルに入っている感じがする」<br />
　これで５連敗。その間、１点も奪うことができない。Ｊ１ではワースト２位タイとなる５試合連続無得点の不名誉な記録とともに、最下位にどっぷりとつかってしまった。<br />
　コーチとして２試合、監督代行として１試合、加藤久前監督から正式にバトンを託されて２試合。５つの黒星が歯がゆくて仕方ないからそ、秋田監督は「選手は１点を取る、という気持ちで最後まで戦ってくれた。そこは非常にポジティブに感じている」と必死に前を向いた。</p>

<p><br />
　シーズン途中での緊急登板。酷暑の戦いの連続で蓄積した疲労を考慮して、前半は堅守速攻で臨んだ。ボールポゼッションは３０パーセント台。カウンターを仕掛けるには打ってつけの試合展開だったが、ボールを奪ってからの攻撃がことごとく精度を欠いた。<br />
　後半９分にはアルビレックス新潟のＦＷミシェウがラフプレーで一発退場。絶好の追い風を背に、布陣を前監督のもとで慣れ親しんだ４‐４‐２に戻して総攻撃を仕掛けてもゴールは遠い。相手の２倍となる１０本のシュートを放ちながらの零封負け。対策を問われた指揮官は「どうしたら点を取れるのかということを考えながら、改善していきたい」と返すだけだった。</p>

<p><br />
　２００７年末にサンガで現役を終えた直後から「夢は監督」と公言してきた。図らずも夢を成就させる舞台が巡ってきたが、悲しいかな、現実はそれほど甘くない。<br />
　アルビレックス戦でちょうど折り返しとなったシーズン。これで１３試合も白星から遠ざかったサンガが前半戦であげた勝ち点は、わずかに「１０」しかない。Ｊ１残留へのボーダーラインが「３３」前後であることを考えると、後半戦の１７試合で７勝２分けか、あるいは６勝５分けの星を残さないと届かない。チーム全体が自信を失いかけている現状では、決して容易な数字ではない。秋田監督自身、理想を封印し、なりふりかまわぬ戦いに舵を切らざるをえない。</p>

<p><br />
　実際、７月２８日の監督就任会見で新指揮官は苦境への打開案をこう語っている。<br />
「あらゆる部分で連動する必要がある。攻撃なら『いまはスピードアップする時』、守備ならば『いまは時間を作る時』と攻守においてピッチ上の全員が同じことを感じられるようにしたい。時間がなくてもできることはあると思うが、本当の強さを作るにはもっと時間がかかる」<br />
　当面の課題は失われた自信を取り戻すこと。選手にはまずこう伝えたという。<br />
「戦う集団にしたい、と選手には言ってある。競り合い、タマ際、ゴール前の攻防において各自が持てるもののすべてを出せる、闘争心あるチームづくりをしていきたい」</p>

<p><br />
　１９９３年のＪリーグ元年。愛知学院大から鹿島アントラーズに入団してばかりの無名の秋田監督は、屈強なフィジカルもさることながら、闘争心あふれるプレーを当時の中心選手だったジーコに見染められてレギュラーを獲得。第１ステージ制覇に大きく貢献し、日本代表、日本が悲願の初出場を果たしたＷ杯フランス大会代表と階段を駆け上がっていった。<br />
　くしくも、この夜に対峙したアルビレックスを今シーズンから率いるのは、同じくアントラーズでジーコの薫陶を受けた黒崎久志監督。開幕から６戦連続で勝ち星なしに喘いだのがウソのように、１１戦連続不敗で試合終了の時点で暫定４位にまで順位を急上昇させた。</p>

<p><br />
　黒崎監督はアルビレックスの快進撃の理由をこう分析する。<br />
「選手たちがチャレンジできるようになったことが、この結果につながっている。選手たちに勝利へのメンタリティーが芽生えてきた、と私自身も感じているし、その点は満足している」<br />
　開幕直後の不振で袋小路に入りかけたチームをぶれない指導で鼓舞し、豊富な運動量と闘争心、攻守の連動を求め続けた。１０人で勝ったサンガ戦には指揮官自身も「ゼロで終わることが求めていた部分。ポジションをスライドさせながら、一人ひとりがさぼらず、足も止めなかった。ウチらしいサッカーが１０人になってからできたと思う」と手応えを感じている。</p>

<p><br />
　試合終了直後はコーチングボックスで呆然と立ち尽くしていた秋田監督だが、気合を入れ直すように、駆け寄ってきた黒崎監督と握手を交わした。２歳年上の黒崎監督が今シーズンのアルビレックスで描いてきた軌跡は、そのまま秋田監督が目指すべき道でもある。<br />
「選手たちのフィジカルは改善してきているが、しっかりした準備期間がなかった関係でそれが結果に出ていないというか、まだまだ完璧ではない。選手たちは本当に大変だと思いますが、強化と並行しながら勝利も追い求めていかなければいけない状態だと思っているので」<br />
　後半戦のスケジュールを見れば、現時点でひとつ上の１７位に位置する湘南ベルマーレとの直接対決が１８日に敵地平塚で待っている。青年監督に下を向いている時間はない。</p>

<p><br />
　１８年目を迎えたＪリーグ。一大ブームに沸いたその創成期に各チームの主力を演じ、歴史を彩ってきた男たちが指導者となって、再び火花を散らす時代に突入している。<br />
　首位ターンを決めた清水エスパルスを率いて６年目になる長谷川健太監督や黒崎監督は、１９９３年１０月２８日の「ドーハの悲劇」に涙し、Ｗ杯の地を踏むことなく現役を終えた。<br />
　その黒崎監督に秋田監督との初の同門対決の感想を聞くと、こんな言葉が返ってきた。<br />
「それだけアントラーズがＪリーグを引っ張ってきた、ということでしょう」<br />
　自信に満ち溢れた言葉には、シーズン途中という難しい状況であえてバトンを引き継ぎ、Ｗ杯出場経験者では初のＪ１クラブの監督となった後輩へのエールも含まれていたはずだ。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>現状維持か秋春制移行か。Ｊリーグが抱えるジレンマ　　by  藤江直人</title>
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    <published>2010-07-31T14:57:21Z</published>
    <updated>2010-08-07T02:13:05Z</updated>

    <summary> ■Ｊ１第１６節 横浜Ｆ・マリノス［勝ち点２２］　０‐２（前半０‐１）　名古屋グ...</summary>
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        <![CDATA[<p></p>

<p>■Ｊ１第１６節<br />
横浜Ｆ・マリノス［勝ち点２２］　０‐２（前半０‐１）　名古屋グランパス［勝ち点３２］<br />
［７月３１日午後７時キックオフ＠日産スタジアム／観衆２万９９６４人］</p>

<p><br />
　キックオフ３０分前の気温が２９.８度。湿度が７３パーセント。一時のうだるような酷暑ではないものの、それでも暑い。というよりも蒸し暑い。風通しがまだいい記者席のレベルでこうなのだから、すり鉢状のピッチレベルでは推して知るべし、のはずだ。<br />
　５分もたたないうちに、選手たちの顔から大粒の汗がしたたりおちる。横浜Ｆ・マリノス、名古屋グランパスともに８日間で３試合目。過酷な気象条件に過密日程が追い打ちをかけたのか。マリノスの注目の１７歳、ＦＷ小野裕二は３試合ぶりのベンチスタートとなった。木村和司監督は「いくら高校生で若いといっても、疲れとるからのう」と理由を説明した。</p>

<p><br />
　その小野が初先発、初のフル出場、初のアシストを決めてヒーローになった１週間前のガンバ大阪戦。実は前半３５分すぎに大ブーイングが日産スタジアムを揺るがしている。<br />
　発信源はマリノスサポータが陣取るゴール裏。対象はガンバではなくマリノス。最終ラインで何度もパスを交換しているところへ、業を煮やしたように「もっと攻めろ」と要求したのだ。<br />
　この試合は序盤から攻守がめまぐるしく入れ替わっていた。さすがに前線の選手の足が止まりかけ、ボールの出しどころがなくなっていた時間帯。３０度に達していた暑さを考えれば小休止と言ってもよかっただけに、ブーイングを浴びたマリノスの選手たちが気の毒に思えた。</p>

<p><br />
　Ｊリーグの秋春シーズン制への移行を強く主張し、当時の鬼武健二チェアマンと対立したこともある日本サッカー協会の犬飼基昭前会長はその理由として２点を挙げていた。ひとつはヨーロッパのサッカーカレンダーに合わせることで日本代表の強化スケジュールが組みやすくなる点。もうひとつが酷暑によって選手のパフォーマンスの質が低下してしまう点だ。<br />
　浦和レッズの社長時代。真夏に行われた試合内容があまりに悪く、試合後に選手たちを叱咤激励したところ「とてもじゃないけれど、この暑さの中でいいサッカーなんてできません」という言葉が返ってきたという。この経験が犬飼前会長の主張の最大の拠り所になっていた。</p>

<p><br />
　犬飼前会長は酷暑のもとで試合が行われる弊害をこう説いていた。<br />
「あんなサッカーを見せて、お客さんからお金を取るなんて失礼。いまに誰も来なくなる」<br />
　Ｊリーグ選手協会が行ったアンケートでも秋春シーズン制への移行を支持する声が大多数を占めたというが、これは実際にピッチ上でプレーする側の偽らざる本音だろう。<br />
　内容の伴った試合をすればおのずとスタンドも埋まる。選手たちや犬飼前会長のこうした持論は、まずファンに足を運んでもらう条件ありきの現状維持派と対極の位置にある。それ以上に、電撃的とも言える日本サッカー協会のトップの交代で状況は一変した。</p>

<p><br />
　小倉純二新会長は７月２５日の就任会見の席で喫緊に取り組む４つの課題を挙げたが、その中にＪリーグの秋春シーズン制への移行は含まれていなかった。そればかりか、ＦＩＦＡ理事として現地に赴いていたＷ杯南アフリカ大会で顕著になた「ある傾向」を指摘している。<br />
　全１０会場のうち、ポロクワネやルステンブルク、ネルスプロイトなど南アフリカ共和国の中でも寒冷地となる北部の都市のスタジアムの平均観客数が極端に低かったという。小倉会長によれば、ＦＩＦＡは最終的に「寒いとファンは来ない」と結論付けたという。同会長自身が海沿いで温暖な南部のポート・エリザベスの責任者を務めていただけに、なおさら気象条件が観客動員に与える影響を実感しているのだろう。</p>

<p><br />
　次回の２０１４年大会も南半球のブラジルで冬場の開催となるだけに、南アフリカ大会で顕著になった傾向は申し送り事項としてブラジルＷ杯の大会組織委員会に伝えられた。<br />
　小倉会長は「日本ともつながる問題」とした上で、シーズン制の移行について「冬でもサッカーができる環境を整えていくことが第一。現状では無理強いはできない」と明言している。これはＪリーグの第４代チェアマンに就任した大東和美・鹿島アントラーズ前社長の方針とも一致する。大東チェアマンは新たに日本協会の副会長にも就任しているだけに、今後数年間においては、シーズン制移行問題に関しては現状維持でほぼ大勢は決したと言っていい。</p>

<p><br />
　秋春シーズン制への移行には、北海道をはじめとする降雪地域のチームが特に強く反対していた。今回の南アＷ杯における傾向をそのまま当てはめれば、１２月や１月に雪が降る中で試合を開催すればファンの足は遠のく。現状では収入の最大の柱が入場料となっているだけに、経営的に立ち行かなくなるチームも出てきても何ら不思議ではない。<br />
　トヨタカップやクラブＷ杯などで真冬の取材経験があるが、手の指先がかじかむのを必死にこらえながら「勘弁してくれよ」という思いにかられたことは一度や二度ではない。首都圏でこうなのだから、降雪地域の場合はどうなるか。容易に推測がつく。</p>

<p><br />
　その一方で、最も大切なのは実際にサッカーをする選手だということを考えれば、心身を激しく消耗させる夏場の戦いが続くことは決してプラスにはならない。<br />
　特に今年の日本の夏は異常なほどの暑さが続く。８月に入ると、お盆が明けた週に再び平日夜にナイターが入る過密日程が待っている。Ｗ杯効果にわくスタジアムはいまのところ盛況で、ビールなどの飲料の売れ行きもいいはずだが、選手たちはたまったものじゃないだろう。<br />
　マリノスは８月１、２日をオフに充てた。現時点で体調を崩した選手がいないことが救いだ。</p>

<p><br />
　マリノスとグランパスの一戦は、自陣でブロックを形成し、カウンターを狙うグランパスの戦法が的中。敵地で２対０と完勝した。後半開始と同時に投入された小野も、ほとんど仕事ができない中で１８分には判定に異議を唱えて４戦目で初のイエローカードをもらってしまった。<br />
「パーフェクト。守備はしっかりしていたし、カウンターアタックは相手に脅威を与えていた」<br />
　首位アントラーズとの勝ち点２差をしっかりキープしたストイコビッチ監督は試合後の記者会見でご満悦の表情を浮かべていたが、この暑さを考えれば、ここ一番に勝負をかけてくる省エネ的な戦いにシフトするチームが必然的に増えるだろう。マリノスのＭＦ兵頭慎剛がこう呟く。<br />
「グランパスにやられたという感覚はないんですけど...」</p>

<p><br />
　春秋シーズン制の維持か、秋春シーズン制か。どちらが日本にはふさわしいのか。<br />
　集客事情を考えれば前者となるが、長い目で見れば、低パフォーマンスの試合を続ければどのような事態を招くか。選手本位で考えれば後者になるが、１８シーズン目を迎え、すでに文化として定着しかけている春秋シーズン制を覆すにはそれなりのリスクを伴う。<br />
　まさに究極のジレンマ。双方のシーズンに利点も懸念材料もある中で、真夏の試合を取材するたびにそう思う。「降雪地域をもつリーグの宿命」とは鬼武前チェアマンの言葉だが、現状では選手の踏ん張り、頑張りだけで過酷な夏場を乗り切っていることも忘れてはならない。<br />
　そのＪ１は８月７、８日の次節でようやく長く、険しいシーズンの折り返し点を迎える。</p>

<p></p>

<p>　</p>]]>
        
    </content>
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    <title>異例の会長交代で出遅れた日本代表新監督の人選　　by  藤江直人</title>
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    <published>2010-07-25T21:20:41Z</published>
    <updated>2010-07-25T22:20:37Z</updated>

    <summary> 　日本サッカー協会の技術委員会が推挙した人物に対して会長がＯＫを出し、最終的に...</summary>
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        <![CDATA[<p></p>

<p>　日本サッカー協会の技術委員会が推挙した人物に対して会長がＯＫを出し、最終的には理事会で承認される。日本の場合、代表監督選出の手順はこうした流れが原則とされてきた。<br />
　新生日本代表の初戦は９月４日。相手はＷ杯南アフリカ大会の決勝トーナメント１回戦でＰＫ戦の末に苦杯をなめたパラグアイ代表と、日本国内で対戦することが決まっている。<br />
　一方で、日本協会の理事会は８月には開催されず、次は９月９日まで日程が空く。それらを考えれば、２５日の理事会及び評議員会で何らかの決定がなされてしかるべきだった。</p>

<p><br />
　しかし、日本サッカー協会を取りまく状況はそれどころではなかった。最初にＯＫを出す会長を新たに選出しなければならなかったのだから無理もない。<br />
　２期目の続投が既定路線とされていた犬飼基昭会長に代わる第１２代会長に選出されたのは、２００２年から国際サッカー連盟（ＦＩＦＡ）理事も務める小倉純二副会長。その就任会見の席で、注目の新監督人事については「アジアの予選やＷ杯を総括して次の適任者を決めないといけない。大仁と原に全面的に委任するし、信頼している」と原則論を語るにとどまった。</p>

<p><br />
　大仁とは技術担当の副会長として留任が決まった大仁邦弥氏で、原とは特認理事から理事へ昇格することが決まった技術委員会の原博実委員長。前者は同席した新役員会見の席上で終始表情をこわばらせ、後者は後任監督人選のため海外滞在中で理事会を欠席した。<br />
　ジーコ、イビチャ・オシム元監督の例を見れば、Ｗ杯が終わって間もなく次期日本代表監督候補として一本化され、それぞれ２００２年、２００６年の７月中には就任が決まっていた。過去の選出事例と照らし合わせても、スピード感が大きく欠けている点は否めない。</p>

<p><br />
　岡田武史監督に率いられた日本代表の戦いを総括するレポートは、すでに原技術委員長から犬飼前会長宛に１５日に提出されている。しかし、小倉新会長によれば、日本代表チームが今後に進むべき方向性に関する提言はまだ技術委員会から上がってきていないという。<br />
　日本代表が南アの地から凱旋帰国してからすでに１か月近い時間が経過している。その点を突っ込まれた大仁副会長は「新監督の選出のリミット？　分からない。原に聞いて」と日本にいない人物の名前を言い残すと、足早にエレベーターに乗り込んで姿を消してしまった。</p>

<p><br />
　まさに無駄な時間が浪費されてきたとも言えるが、その間、水面下では異例とも言える日本サッカー協会内の「権力闘争」が繰り広げられていたことは想像に難くない。　<br />
　２００８年に当時の川淵三郎会長からバトンを託された犬飼前会長は、慣例とされている「２期４年」をまっとうできるという前提で就任していた。７月５日に６８歳を迎えた犬飼氏は日本サッカー協会の役員の定年となる７０歳にちょうど１期分を残しているし、実際、Ｗ杯開幕直前の５月下旬には次期役員改選についてこう語りながら続投に意欲満々だった。</p>

<p><br />
<strong>犬飼前会長</strong>「次期役員推薦委員会が決めることで、いままで２年間やってきたことがどう見られるかになるが、継続してやれ、と言われればやります」<br />
　日本が開催国として立候補している２０２２年のＷ杯では、５月に南米各国を訪問して積極的なロビー活動を展開。今年１月にスペイン協会と締結した若手育成、技術指導に関する包括的な協定を、今後はドイツ、フランス、メキシコの各協会とも結ぶ壮大なプランも披露していた。それだけに、配布された犬飼氏の退任コメントに違和感を覚えずにはいられなかった。</p>

<p><br />
<strong>犬飼前会長</strong>「途中、幾度となく体調を崩したりした中で今後の２年間を考えた時、この責務を全うするための気力、体力を維持することができないと判断し、この度、辞任することを決意しました。（中略）実は、ワールドカップ開幕前に、私を推薦して下さった川淵名誉会長に辞意を申し出ました。川淵名誉会長からは強く慰留され、最後まで思いとどまるように説得されましたが、私が描いたビジョンが部長以下スタッフに浸透してきたことから、後顧の憂いなくバトンを渡すことができると確信し、辞任に至った次第です」</p>

<p><br />
　続投へ並々ならぬ決意を表明していたＷ杯前に辞意を申し出ていたとは到底考えにくいし、言葉は悪くなるが、いかにも事態の沈静化を図るような配慮が文面から伝わってくる。<br />
　会長を含めた新役員の選出は（１）川淵三郎名誉会長が委員長を務める次期役員候補推薦委員会が骨格をまとめ（２）日本協会の常務理事会で確認（３）評議員会の承認を受けた上で新理事による互選で決まる、という手順となる。今回は（１）の部分でいきなり難航し、７月１４日に第１回が予定されていた会合が最終的に２２日までずれ込んでいる。</p>

<p><br />
　常務理事からの異例の抜擢で犬飼氏を後任に据えた川淵名誉会長は続投を骨子とする人事案をまとめようとしたが、犬飼氏の強引とも言える協会運営手法に嫌悪感を抱いていた幹部が猛反発。ある関係者は「犬飼氏と刺し違えてもいいと言う人間もいた」とも語る。<br />
　Ｊリーグの秋春シーズン制移行に関するＪリーグの鬼武健二チェアマン（当時）との対立に代表される歯に衣を着せない発言や、独断専行の形で決めた２０２２年のＷ杯招致。改革・急進派といえば聞こえはいいが、実情は犬飼氏に対して「何でもかんでも急いで決めすぎる」と眉をひそめる日本協会関係者は少なくなく、ほとんど「裸の王様」状態だったという。</p>

<p><br />
　それを物語るかのように、次期役員候補推薦委員会で理事２５人の無記名投票で会長人事に関する意見を集約すると犬飼氏への票が伸びず、信任を得るまでに至らなかった。<br />
　これでは収集がつかなくなる、と判断した次期役員候補推薦委員会は小倉副会長の昇格を骨子とする案を急きょまとめたが、新会長は８月に７２歳を迎える。ＦＩＦＡ理事を務めていることで「役員は就任時７０歳未満」という協会既定の例外となる小倉会長は世界のサッカー界に顔が利き、明るい性格で協会内の人望も厚いが、そのＦＩＦＡ理事も来年５月に退任する。就任会見では「１期２年」で退くことも明言し、次代を担う人材への「つなぎ」であることを自ら認めた。</p>

<p><br />
　実際、小倉氏は２年前の役員改選時にも会長候補に名前が挙がりながら「ＦＩＦＡ理事との両立は難しくてできない」と立ち消えになっている。<br />
　それだけを見ても今回の就任が緊急登板であることがうかがえるし、犬飼氏の後ろ盾だった川淵名誉会長が自身への責任論が及ぶ事態を回避させたかったという思惑も透けてくる。まさに梯子を外された形の犬飼氏は２５日の理事会及び評議員会に姿を見せず、２年前に同氏が三顧の礼で迎えた平尾誠二、クルム伊達公子の両理事もわずか一期で退任する。</p>

<p><br />
　代わりに小倉新会長の指名で美術家の日比野克彦氏と、南アフリカで日本代表を率いた岡田武史監督が新たに理事に就任。岡田理事は得意とする環境分野を担当するという。犬飼氏との不仲が伝えられた田嶋幸三専務理事が５１歳の若さで副会長を兼任するなど、まさに「犬飼色」が一掃された今回の人事だが、当然ながらファン不在の感はぬぐえない。<br />
　ライバル韓国はすでに韓国人のチョ・グァンレ新監督が就任。パラグアイも南アで指揮を執ったアルゼンチン人のヘラルド・マルティーノ監督が続投する。８月１１日の国際Ａマッチデーには王者スペインやアルゼンチン、ドイツ、日本に屈したデンマークも新チームで船出する。</p>

<p><br />
　この点だけを見ても、日本は大きく出遅れている、と言わざるをえない。小倉新会長のもとに後任の日本代表監督候補の名前がまだ報告されていない状況では、原技術委員長が意中とする人物との交渉開始までまだ相当の時間を要するのは必至だ。<br />
　小倉新会長は９月９日の日本協会理事会で新監督就任を「追認」する形もあると明言し、従来の手順にこだわらない柔軟な姿勢も見せたが、その一方で「急ぐよりいい監督を。大切なのは日本代表が２０１４年のＷ杯に出場すること。間に合わなければ原がいる」と状況によっては９月４日のパラグアイ戦を原博実監督代行で迎えることもほのめかした。</p>

<p><br />
　日本代表が予想を覆す快進撃を続け、感動的な戦いを続けた南アフリカ大会。自国開催大会以外では史上初の決勝トーナメント進出を決めたことで、前回ドイツ大会で喫した惨敗を引きがねにファン離れが加速していたサッカーへの注目度が再び急上昇に転じた。<br />
　Ｊリーグはこの熱気を集客アップにつなげたいとあれこれプランを練っているが、最大の求心力となるべき日本代表チームの動きが停滞。それもファンのあずかり知らぬ密室で繰り広げられた人事抗争が原因となればムードは一気にしらけ、潮は瞬く間に引いていく。</p>

<p><br />
　ましてや、目新しいカラーを何ひとつ打ち出せない中で「新生日本代表の船出」と謳えばどのような事態を招くか。誰の目に見ても明らかだし、因縁のパラグアイを招く意味もない。<br />
　新監督に就く人物も、せめて８月のＪリーグを実際に視察した上で代表選手を選出したいはずだ。となると、残された時間は極めて少ない。一方で、優秀とされる人材はどんどん新たな契約を結んでいく。後になって「失われた２０１０年７月」と非難されないためにも、新たにスタートした日本協会の執行部や技術委員会にはより迅速な行動と対応が求められる。<br />
　少なくとも「分からない」とか「原に聞いて」と言っている場合ではない。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>新チェアマン誕生で封印される秋春シーズン制移行　　by  藤江直人</title>
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    <published>2010-07-23T05:44:48Z</published>
    <updated>2010-07-23T05:54:53Z</updated>

    <summary> 　Ｊリーグの第４代チェアマンに、鹿島アントラーズの大東和美（おおひがし・かずみ...</summary>
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        <![CDATA[<p></p>

<p>　Ｊリーグの第４代チェアマンに、鹿島アントラーズの大東和美（おおひがし・かずみ）前社長が２９日付けで就任する。<br />
　２０日に開かれたＪリーグの総会及び臨時理事会で、定年の７０歳で退任する鬼武健二チェアマンの後任として満場一致で選出されたものだが、大東氏が次期チェアマンとして一本化されたことがメディアでいっせいに報道されたのは総会のわずか４日前の１６日。Ｊリーグという組織の巨大さを考えた場合、あまりに直前かつ唐突なタイミングだったと言わざるを得ない。</p>

<p><br />
　実際、組織を司るトップの後任者の名前がなかなか伝わってこない状況に、Ｊリーグのある関係者は「一体どうなっているんだろう」との思いを禁じえなかったという。<br />
　その間、７月に入ると日本サッカー協会の犬飼基昭会長がチェアマンを兼任するという仰天プランも報じられた。はたして水面下で何が起こっていたのか。犬飼チェアマンの選択肢もあったのか。鬼武氏にその点をぶつけてみると、単刀直入な答えが返ってきた。<br />
「ない、ない、ない。そんなこと、ありえないですよ」</p>

<p><br />
　もっとも、火のないところに煙は立たないと言われるるように、犬飼会長がチェアマンを兼任する動きはあったと見た方がいいだろう。仮にそうなった場合、同会長の悲願である「Ｊリーグ秋春シーズン制」へスムーズに移行できるというメリットが生じる。<br />
　一方の鬼武氏は、昨年３月のＪリーグ将来構想委員会で、Ｊクラブの総意として「各クラブの経営にマイナスの影響が出る」として現状の春秋シーズン制を堅持することを決定している。自らの退任とともに、その決定が覆される事態を迎えることだけは避けたかったはずだ。</p>

<p><br />
　２０１０年が明けて早々に、鬼武氏はＪリーグの理事を務めていた大東氏に次期チェアマンのバトンを託したい旨を伝えたという。<br />
　鬼武氏はその理由として（１）Ｊクラブの経営をされた。それも１、２年ではなく４、５年のスパンで（２）スポーツに対して理解がある（３）決断力と決定力があり、信念と覚悟がぶれない（４）健康で体力があって明るい―の４点を挙げた上で「彼しかいない。かなり前から意識していた」と意中の人物だったことを明かしている。</p>

<p><br />
　これには、もうひとつ、秘められた５番目の理由があったと見ていいだろう。もちろん、大東氏が現状の春秋シーズン制の堅持に賛同していることに他ならない。<br />
　日本代表キャップ６をもつラグビー界出身の異色社長としてアントラーズのトップに就任したのがわずか４年前。当然、次期チェアマン就任は青天の霹靂に近い思いだったが、３月の終わりには「いまのステージを変えて意欲的に取り組んでみようと思うようになった」と受諾の意思を伝えたという。もちろん、２０日の会見では春秋シーズン制を堅持することを明言した。</p>

<p><br />
<strong>大東新チェアマン</strong>「すでに昨年の段階で方向性は出たと認識している。今後の日本サッカー界の発展のためにスタジアムやアクセスなどの環境の変化があれば議論することになるかもしれないが、現状では東北や日本海地域のチームからの理解は得られないと思っている」<br />
　記者会見後に行われた懇親会でも、不退転の決意にも通じる持論が展開された。<br />
<strong>大東新チェアマン</strong>「ヨーロッパを見ても春秋シーズン制で行っているリーグもある。すべてがすべて、秋春シーズン制がいいとは限らない」</p>

<p><br />
　アントラーズ社長時代からのモットーは「ロマンとソロバン」。チームの強化をロマン、経営の強化をソロバンに例え、強化は２００７年シーズンから続く前人未踏のリーグ３連覇を、経営では同じく２００７年からの３年連続の単年度黒字達成で目標を成就させてきた。<br />
　同じ理念を今度はＪリーグのトップとして現在３７を数えるＪクラブに求めることになる。大分トリニータや東京ヴェルディの経営難が深刻化する中で「私は赤（字）が大嫌い。（アントラーズの）ユニホームの赤は好きだけど（笑）」と特に経営の強化を重点課題に挙げる方針だ。</p>

<p><br />
　任期は一期２年だが、１０月で６２歳になる若さと、早稲田大学ラグビーのキャプテンとして日本選手権優勝を勝ち取った馬力とリーダーシップを考えれば長期政権になる可能性もある。当然、大東チェアマンの間は秋春シーズン制への移行も封印されることが濃厚だ。<br />
「降雪地域のチームを抱えるリーグの宿命。（降雪地域に）真冬でもはってでも行きたいというスタジアムができれば別だけど、それには５年も１０年もかかる。（春秋シーズン制の堅持は）私の中ではとっくに結論が出ていること。次のチェアマンはわからないけどね」</p>

<p><br />
　Ｊリーグ名誉会員に就任する鬼武氏は、ギリギリまで名前を伏せてきた大東氏へ無事にチェアマン職をバトンタッチできたことに安どの表情を浮かべ、あらためて意を強くしていた。<br />
　２５日に日本協会会長に再選されることが濃厚な犬飼会長はおそらく秋春シーズン制移行への主張を曲げないはずだが、一方でトリニータやヴェルディ以外にも経営に問題を抱えるクラブが少なくない。まずは何が喫緊の問題なのか。車に例えれば両輪をなす日本協会とＪリーグのトップには、日本サッカー界が迅速に正しい方向へと進む議論が求められる。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>涙の旅立ち。ＤＦ長友佑都が恩師と交わした約束の場所　　by  藤江直人</title>
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    <published>2010-07-18T04:30:47Z</published>
    <updated>2010-07-18T16:48:19Z</updated>

    <summary> 　２年前の夏に２人の間で交わされた「約束の場所」への第一歩が刻まれた。 「もっ...</summary>
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        <![CDATA[<p></p>

<p>　２年前の夏に２人の間で交わされた「約束の場所」への第一歩が刻まれた。<br />
「もっと、もっとビッグになって、世界一のサイドバックになって、また青赤の（ＦＣ東京の）ユニホームを着て、このピッチに帰ってきたいと思います」<br />
　涙で震える声を聞いているうちに、感無量の思いがこみ上げてくる。味の素スタジアムを埋めたサポーターにセリエＡ・チェゼーナへの移籍を報告する長友佑都の姿を見ながら、明治大学サッカー部の神川明彦監督はかつての教え子がもつ「星」がひときわ輝くのを感じていた。</p>

<p><br />
　７月１７日のヴィッセル神戸戦後に行われた壮行セレモニー。花束の贈呈役を務めた神川監督は、久しぶりに間近で見た長友の変化を感じ取っていた。<br />
<strong>神川監督</strong>「どんどん精かんな顔つきになっていく。自信がそうさせているんでしょうね。Ｊリーグに送り出した時から、いつかは海外に挑戦できる選手になると思っていましたけど、こんなに早く訪れるとは。Ｗ杯に出て、活躍して、みんなに認められて、相手チームのサポータにまで祝福されて。最高の旅立ちですよね。星をもっている、とあらためて思いました」</p>

<p><br />
　２００８年８月。北京五輪の１次リーグを３戦全敗で終え、不完全燃焼のまま帰国した直後の暑い日だったと記憶している。明治大学サッカー部のある世田谷区八幡山とＦＣ東京の練習城のある小平市の中間地点、吉祥寺駅近くの喫茶店で神川監督は長友と会った。<br />
　当時の長友は明治大学政経学部４年生。「一刻も早くプロになりたい」という長友の申し出を受けてサッカー部からの退部を認め、オファーを受けていたＦＣ東京に送り出してから半年あまりの歳月が流れていた。その間に長友は北京五輪出場だけでなく岡田武史監督率いるＡ代表にも抜擢され、期待の左サイドバックとして一気に注目を集める存在になっていた。</p>

<p><br />
<strong>神川監督</strong>「アイツ、これで明治大学に対しても顔向けができると喜んでいたんですよ。もちろん、北京五輪でふがいない結果に終わったことに対しては悔しがっていましたけど」<br />
　長友の体に宿る無尽蔵のスタミナと１対１の強さを見抜き、１年生の１２月にそれまでのボランチからサイドバックへの転向を命じた神川監督は、次の目標として明治大学サッカー部出身者では史上初のＷ杯代表になることを挙げた上で、さらに壮大な夢を教え子に託している。<br />
<strong>神川監督</strong>「欧州チャンピオンズリーグに出るような選手になってほしい。そこに最高峰があるなら目指してほしい。お前ならできる。どんなカテゴリーに進んでも絶対に活躍できる」</p>

<p><br />
　長友から返ってきた短い言葉は、決意と自信に満ちあふれていたという。<br />
「もちろんです」<br />
　２年前の夏に吉祥寺の喫茶店でかわされた約束を、神川監督は懐かしそうに振り返る。<br />
<strong>神川監督</strong>「僕に転向を決断させるだけのサイドバックとしての能力を持っていたということと、長友がそれを真正面からちゃんと受け止めて、彼なりに『サイドバック長友佑都』を表現してくれたからいまがある。しかも、長友は進化することを止めない。お前ならできる、そんな星を持っている、とみんなに言わせてしまうような人間性を持っているんです」</p>

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　欧州チャンピオンズリーグ。長友が掲げる「世界一のサイドバック」になるためには、この舞台で、可能な限り頂点に近い場所で光り輝くことが最も近い道となる。<br />
　その第一歩を踏み出すチェゼーナは、今シーズンから実に２０年ぶりにセリエＡへの昇格を果たす。世界的に名前が知られたビッグネームの選手はもちろん皆無。チームの戦力的には厳しいと言わざるを得ないが、神川監督は「いい選択をしたと思う」と太鼓判を押す。<br />
<strong>神川監督</strong>「まず試合に出られるチームで経験を積んで、ビッグクラブへ移籍する足がかりをつくる。ペルージャでスタートした中田英寿と同じパターン。いいんじゃないですか」</p>

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　スタンドでセレモニーを見守っていた長友の母・美枝さんも万感の思いを胸に募らせていた。<br />
「大学に入った頃は『４年間サッカーを頑張ればいい会社に就職できる』という感じだったんですけど、まさか海外に移籍できるなんて。今夜も華やかに見えますけど、実際に向こうに行けばいいことばかりではない、相当な試練が待っているということを誰よりも佑都本人が分かっている。それを乗り越えた時に、より大きな人間になってくれると思っています」<br />
　長友が「一刻も早くプロになりたい」と副将就任が決まっていた明治大サッカー部を３年で退部したのも、女手ひとつで３人の子供を育てた母を楽にしてあげたいとの思いからだった。</p>

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　壮行セレモニーの冒頭。長友は唐突に黒いサングラスをかけ、イタリア語で「ボンジョルノ」と挨拶してスタンドの不評を買った。もちろん長友がいまにもあふれてきそうな涙を隠すためだと分かっていたからこそ、サポーターもブーイングに最大級の愛情とエールを込めた。<br />
「寂しいけど、これも自分が決めた道。信念を持って戦い、自分づくりに励んできます」<br />
　中学時代の恩師、井上博教諭は「周囲の人に喜んでほしいという思いでとことん頑張れる男」と長友を評する。母、神川監督や井上教諭をはじめとする恩師、ＦＣ東京のサポーター、そして日本中のサッカーファンの期待を力に変えて、長友は２１日にイタリアへ旅立つ。<br />
　ごく近い将来に、とびっきりビッグな夢を自らの力でかなえるために。<br />
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